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【デジタル円ブログ①】デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義(前編)
2024.07.30
はじめに
このブログの目的等については、「【デジタル円ブログ】ブログ開始のご挨拶」をご参照ください。なお、「ご挨拶」でお断りしたとおり、本ブログでは、わかりやすさの観点から、現在、日本で導入が検討されている「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」を「デジタル円」と表記しますのでご了承ください。
さて、今回の記事では、以下の予告テーマのうち、「1.デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義」についてご紹介していきます。
1.デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義
2.デジタル円の流通を担う「仲介機関」とは?担い得る業態と規制について
3.デジタル円におけるプライバシーとAML/CFTのバランス
4.デジタル円の「追加サービス」の内容と提供主体
5.デジタル円の「上限」や「付利」
6.デジタル円の私法的性質(債権か、物権か、それ以外か)
7.「デジタル円偽造罪」は必要か?
デジタル円の基本的な利用イメージ~現金をスマホに~
まず、デジタル円の基本的な利用イメージについて、「CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する関係府省庁・日本銀行連絡会議 中間整理」(2024年4月公表)(以下「中間整理」といいます)を参照しつつ見ていきます。
中間整理は、デジタル円の利用イメージについて以下のように説明しています。
「①電子マネーやQRコード決済といった民間デジタル決済手段と同様、例えばスマートフォンアプリや物理カードを用いることにより決済を行うことが想定されているデジタル通貨である。一万円券(お札)や500円貨(硬貨)といった現金と同様、例えば店舗における日々の買い物など、日常取引に幅広く使うことができる。通常、現金による決済が難しいオンラインショッピング等でも、決済手段として機能することが想定されている。
民間デジタル決済手段とCBDCの違いについて見ると、②民間デジタル決済手段は、店舗によって利用可能な決済手段が異なる場合や、異なる決済手段間での送金ができない場合もあり得る一方、CBDCは、誰でも、いつでも、どこでも使うことができる決済手段として制度化される点が大きく異なる。
もう一つの大きな違いは、CBDCが、中央銀行である日本銀行の負債として発行され、流通する点である。このため、現金と同様、利用者にとっては信用リスクなく安全に利用できるとともに、基本的に即時に決済が完了し安心して受け取ることができる。」(1.(2)参照。下線と番号は引用者)
ポイントは①・②の2点で、これらを大胆にまとめてデジタル円の利用イメージを一言で言い表すと、「現金がスマホに入る」ということになります。
すなわち、まず、①のとおり、デジタル円は、基本的に電子マネー(交通系ICカード)やQRコード決済(○○ペイ)等と同様にスマホやカードで支払うことができるようになります。
ユーザービリティ(使い勝手)の観点からは、既存のデジタル決済手段と比べて根本的な違いや新しさはありませんが(「追加サービス」として、民間企業の創造や競争を通じた独自の付加価値が加わっていく可能性を秘めたものではありますが、この点は次回以降の記事で詳述します)、現金(郵便為替などの例外を除けば、基本的に対面手渡し)と比べればはるかに進歩しています。
それでいて、②のとおり、基本的に店舗や相手方を問わずに「誰でも、いつでも、どこでも」、現金と同じように普遍的に使うことができるのがデジタル円ならではの特長です。
デジタル決済手段は、確かに便利ではあるものの、現状、使えるお店では使えるし、使えないお店では使えないという選択的な決済手段に過ぎません。それが現金であれば、(後述のように一部の例外はありますが)原則としてどのお店でも、「現金は使えますか?」などと聞かずとも使うことができます。
このように、使い易さは既存のデジタル決済手段相当でありながら、使える相手・場面・場所を問わない点は現金と同等という良いとこ取りの性質を持つ、まさに「現金がスマホに入る」を実現するのが「デジタル円」の基本的な利用イメージです。
皆様も、もし「デジタル円って何?」とお子様などに問われる場面があったら、「デジタル円っていうのはね、紙や金属でかさばってしまうお金を技術の力で見えなくして、スマホやカードという電子的なお財布の中に入れる仕組みのことだよ」などとご説明していただけるとわかりやすいのではないかなと思います。
現行法における「法貨」の基本的な理解~誰でも、いつでも、どこでも~
さて、ここから少し法的な観点について検討していきます。
上の箇所で、デジタル円の「使える相手・場面・場所を問わない点は現金と同等」と述べました。現金のこうした性質は、日本に住む誰もが身をもって知るところですが、法的にはどのような根拠に基づいているのでしょうか。
それは、現金、すなわち紙幣(銀行券)と硬貨(貨幣)に「法貨性」が認められている点に拠るものです(ちなみに、紙幣と硬貨をまとめて「貨幣」と呼称する用例もありますが、以下のとおり、法律の条文上は「貨幣」=「硬貨」となります)。
日本銀行法46条2項は「日本銀行が発行する銀行券……は、法貨として無制限に通用する。」と、通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律7条は「貨幣は、額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する。」とそれぞれ定めています。
法貨として(無制限に、又は一定の数量まで)通用するということは、専門用語で「強制通用力」と言い換えられますが、その具体的な意味は、必ずしも上記の2つの条文からは明らかではありません。
そこで民法402条1項本文を見てみると、「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、各種の通貨で弁済をすることができる。」と定められています。
そして、この「通貨」とは、強制通用力を有する紙幣及び硬貨のことであり、さらに、「強制通用力」とは、金銭債権の債務者が当該効力を有する媒体を用いて弁済をした場合に、債権者がその弁済の受領を拒むことができず、当然にその弁済が有効となるとの効力を意味すると解されています(「内閣参質一八六第三九号」「三の1について」)。
少し話が入り組んでしまったので、一言で簡単にまとめると、債務者が金銭債務を現金で弁済した場合には、債権者はその弁済の受領を拒むことができないという効力(金銭債務の本旨弁済効)を現金は有しているということです。
「法貨」の2つの例外~「現金お断り」と「20倍」上限~
しかし、この現金の「法貨」性には2つの例外があります(次回の後編で述べるとおり、これらの他にもさらに例外を認める必要性があるかを今後検討する必要があるため、厳密には「2つの例外が現時点で確認されています」という表現がより正確です)。
1つ目の例外は、民法402条1項本文の任意規定性です。
任意規定とは、当事者の意思によって当該規定と異なる法律効果を生じさせることができる規定を意味します(例えば、ある法律に「A」と書いてあっても、契約で「B」と定めることができる場合、この法律は任意規定です)。そうすると、民法402条1項本文が任意規定であるということは、強制通用力の全部又は一部を当事者間の合意によって排除することができることになります。
例えば、「当事者間の合意にかかわらず法貨を支払手段とすることについては、その必要性や契約自由の原則等を勘案し、現状においては考えていない。」と述べた国会答弁(「内閣参質二〇〇第一三号」「三及び四について」)も、このような考え方に基づくものと考えられます。実際に、「現金お断り」を掲げる店舗も昨今増えていますが(一例として東京ドームの方針が有名です)、こうした運用は、民法402条1項本文が任意規定であることを前提に、現金以外の決済手段(民間企業のデジタル決済手段等)を用いる特約を顧客との契約締結の条件としている(その特約に応じられない場合には、契約の締結に応じない)ものと整理できます。
2つ目の例外は、硬貨の量的制限です。
鋭い方はすでに「硬貨は、紙幣と違って額面価格の20倍までしか強制通用力がないのか」と一読してお気付きでしょうし、博識な方であれば本記事を読まれる前からこの違いをご存じであったかもしれません。
通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律7条のとおり、硬貨は、その強制通用力が「額面価格の二十倍まで」に限られます。つまり、100円硬貨の場合には、20枚(2,000円分)までしか「債権者がその弁済の受領を拒むことができない効力(金銭債務の本旨弁済効)」がありません。
そのため、2,100円の金銭債権の債権者は、債務者が100円硬貨21枚で弁済をしようとした場合には、「お札を使ってください」(債務者は500円硬貨で弁済してもよいのでこのお願いは厳密には不正確ですが)などといって受領を拒むことができる(したがって、債務者はこの時点では債務の本旨に従った弁済を提供していない(民法493条)と評価される可能性があります)のです。
なお、あくまでも「二十倍」を超えて強制通用力が認められないだけなので、上記の例で、債権者が任意に100円硬貨21枚を受け取ることは可能です。しかし、この場合は、100円硬貨を20枚以内で支払う場合とは、(このような取り決めは代物弁済合意(民法482条)とまでは呼べず、むしろこのような取り決めによって21枚目までを含めて本旨弁済効を有するに至ったと評価できるでしょうから、生じる結果は同じなのですが)厳密には別の事象が生じているのです。
次回予告~デジタル円が「法貨」になることの意義と課題~
上記で利用イメージに関してご説明する際に、デジタル円も現金と同じように「誰でも、いつでも、どこでも」使えるようになる、とすでに述べていますので、デジタル円が現金と同じく「法貨」になることは皆様もお察しでしょう。
中間整理でも、
「CBDCの通貨制度における位置づけについては、現金との互換性を確保するとともに、決済手段として広く受け入れられるよう、法貨とすることが基本であり、その場合、法律で規定することが必要と考えられる。」(3.(4)①参照)
として、すでにこの方向性が明示されています。
そこで、次回の記事(後編)では、今回の内容も踏まえつつ、デジタル円が「法貨」になることは具体的にどのような意義を持つのか、現金の場合と違いがあるのか、などについて考えていきたいと思います。
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