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ネットワーク関連発明の権利保護に関する特許法改正に向けた動向について
2024.08.08
はじめに
特許庁より、令和6年6月27日付けで、「特許庁政策推進懇談会中間整理」という報告書(以下「本報告書」)が公表されました。本報告書は、知的財産政策に関する今後の検討の方向性が提言されたものであり、これに基づいて今後、然るべき論点について、特許庁において法改正に向けた詳細な議論が交わされることになります。本稿では、本報告書で提言された各論点のうち、「国際的な事業活動におけるネットワーク関連発明等の適切な権利保護」について、簡潔にご紹介します。なお、その他の論点については本報告書を要約した弊所記事もご覧ください。
背景と現状
インターネットやクラウド技術等の発展により、国境を越えたネットワーク関連技術の利用が急増していること等を踏まえ、令和4年度及び令和5年度にそれぞれ、ネットワーク関連発明について適切な権利保護の在り方に関する調査研究が実施され、これによりユーザ・有識者の考え方や法制上の論点が検討、把握されました。ネットワーク関連発明とは、いわゆる、サーバ・ユーザ端末等の複数のコンピュータがネットワークを介して接続されて実施される発明を指します。ネットワーク関連発明では、ユーザ端末は国内に置かれる一方でそれと接続されるサーバが海外に置かれる場合や、海外のサーバから国内のユーザ端末にプログラム配信がなされる場合など、ネットワーク関連技術の国境を超えた利用が考えられます。この点、我が国は、特許権について、いわゆる属地主義の原則を採用しており、日本国の特許権は、日本国の領域内においてのみ効力を有するとされていますので、かかる属地主義の原則を厳格に解釈した場合、国境を超えたネットワーク関連技術の利用について、日本の特許権による権利行使は容易ではないと考えられていました(いわゆる「域外適用」の問題)。
こうしたなか、知財高裁は、令和4年7月20日判決(平成30年(ネ)第10077号)において、米国のサーバからのプログラムの「提供」等について特許権侵害を認め、また、令和5年5月26日大合議判決(令和4年(ネ)第10046号)において、米国のサーバと日本国内の端末装置とで構成されるシステムの「生産」について特許権侵害を認めました。これらの判決は、いずれも、属地主義の原則を前提としつつも、属地主義を柔軟に解釈し、一定の場合に日本国内での特許権侵害が認められると判断したものです。すなわち、これらの判決は、特許発明の効果が日本国の領域内で得られているか等の諸事情を考慮し、行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、日本国内での特許権侵害に該当すると判断したものです。
本報告書では、これまでの調査研究の結果、上記の各知財高裁判決を踏まえてもなお、権利保護の予見性に懸念を有する者が多数であり、法改正による明確化が必要であるとの意見が依然として多数派であったことを踏まえ、今後、特許法改正に向けて、さらに集中的に検討を深める必要があると整理されています。
特許法改正に向けた方向性案
本報告書では、下記3つの方向性が議論された結果、方向性案②で進めることについて、概ねコンセンサスが得られたと整理されています。
具体的には、方向性案②は、行為の「一部」が国内である場合に、発明の「技術的効果」及び「経済的効果」が国内で発現していることを要件として、実質的に国内における行為と認められる(=日本の特許権の効力が及ぶ)ことを明文化するというものです。これは、権利保護の予見性を向上させるという視点から、上記の大合議判決で示された考慮要素のうち、少なくとも、発明の「技術的効果」及び「経済的効果」を明文化するというものであると考えられます。また、明文化の規定の置き方については、主に、実施(第2条)に規定を置く考え方と、特許権の効力の例外規定(第69条)に規定を置く考え方があることが示されています。
【方向性案①】実施行為(第2条第3項)の明確化
・SaaSサービスを念頭に置き、特許発明を電気通信回線を通じて他人の利用に供する行為が「譲渡等」に含まれるとする特許庁の従前の解釈を条文で明確化すること
【方向性案②】実質的に国内とみられる行為の判断基準の明確化
・特許発明の「実施」行為の一部が日本国外で行われた場合であっても、一定の要件を満たした場合には国内の行為と認められる旨明文化すること
【方向性案③】間接侵害規定(第101条)の整備
・「業」要件を満たさない個人ユーザーが直接実施行為(使用)の主体となるケースを念頭に、「使用させる(利用に供する)」行為を間接侵害行為として捉えること
今後の展望
本論点について、今後、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会にて集中的に検討が深められ、早ければ、来年の令和7年特許法改正に向けて法改正される可能性があると思われます。法改正に向けた方向性案は、上記3のとおりですが、「技術的効果」及び「経済的効果」とは具体的にはどのようなものを指すか、及び、どのような場合にそれらが国内で発現していると言い得るか(これらが上記の知財高裁判決の事例との関係でどのように整理されるか等)、並びに、ネットワーク関連発明以外にも適用される余地はあり得るのか等は、今後のさらなる検討が注目されます。
また、本報告書では、方向性案①の採用は見送られたようですが、同案は、2022年6月30日付け「知財活用促進に向けた知的財産制度の在り方~とりまとめ~」における「AI、IoT時代に対応した特許の『実施』定義見直し」の内容に基づくものであると思われるところ、ここで議論されていたSaaSサービス(ユーザ端末等にプログラム等をダウンロードさせることなく当該プログラム等の利用を可能とするサービス)や、複数主体の問題等についても、今後、併せて議論されるか注目されます。
今後の法改正の議論については、引き続きブログ等でご報告したいと思います。
(弁理士 澤井光一)
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