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【意匠】意匠法条約の採択について
2024.12.24
はじめに
サウジアラビアのリヤドにおいて、2024年11月11日から11月22日の期間にWIPO加盟国間で外交会議が開催され、「リヤド意匠法条約(Riyadh Design Law Treaty)」が採択されました(以下、「意匠法条約」といいます。)。意匠法条約により、各国意匠制度の手続制度の簡素化や整合性が図られることが期待されます。本稿では、意匠に関する実務上の影響が予想される意匠法条約の条項をご紹介します。
日本から見た意匠法条約の採択
意匠法条約は、各国で異なる国内手続を調和・簡素化することにより、出願人の負担を軽減することを目的とするものですが、2005年に議論がはじまってから、今回の外交会議によって採択されるまで20年近くの時間を要しました。その要因は、出所開示要件等の論点で南北対立が生じ、長らく議論が膠着したことにあったといえます。商標法条約が1996年に、特許法条約が2005年に、それぞれ発効されていたことと比較しても、ようやく採択に至った、という状況です。
これまで、期限の延長や徒過の救済などに関し、特許法や商標法では特許法条約および商標法条約の要請による制度の設計がなされるのに対して、意匠法では意匠法条約がなかったために、同様の救済等が認められない状況がありました。すなわち、期限の延長や徒過の救済は、ユーザから見ればフレンドリーな制度であるものの、行政サイドから見れば、例外を設けて、行政コストを上昇させる制度ですから、条約の要請がないと認められにくい状況といえました。しかしながら、近年の意匠法改正(運用改訂含む)では、指定期間の延長、権利回復、優先権の追加・回復など、特許法や商標法と同等の手続救済の規定の整備が進められてきました。
したがって、日本のユーザにとっては、今回の意匠法条約の採択は、国内出願におけるメリットというより、外国出願において国内出願と同等の手続要件の簡素化・統一が進む期待ができる、というメリットが見いだせるものといえます。
以下、意匠に関する実務上の影響が予想される意匠法条約の条項をご紹介します(※1)。
(※1)意匠法条約の各条項、および意匠法条約に基づく規則:https://www.wipo.int/edocs/mdocs/sct/en/dlt_dc/dlt_dc_26.pdf
実務上の影響が予想される条項
(1)グレースピリオド(意匠法条約第7条)
条約は、グレースピリオドの期間(優先日から遡って12か月)に意匠が公開されたとしても、その意匠の新規性等が喪失しないものとして取り扱うことを定めています。
外国諸国、特に日本のユーザが出願を行う可能性が高い、中国や東南アジア各国では、新規性喪失の例外適用期間を6ヶ月とする国があります。このような国が、条約に加盟すれば、グレースピリオドが12月となる可能性があります。ただし、締約国は、加盟時に当該規定を留保する宣言が可能であるため、今後、締約国が当該条項を留保するか否かについて注視する必要があります。
なお、日本が加盟にあたって当該規定を留保しない場合には(日本は本条項を支持する国であるため、留保しない方向であろうと予想されます。)、日本の意匠法において、新規性喪失の例外を適用できる期間が、現在の出願日から遡って1年以内から、優先日から遡って1年以内とする改正がされるものと予想されます。このような改正が実現すれば、制度としては欧米と同じ内容となり、主要国でのハーモナイズが進むことになります。
(2)出願・登録意匠の非公表の維持(意匠法条約第10条)
条約は、出願・登録意匠を、出願日から最低6か月の期間、非公開とすることを定めています(非公開とする期間は意匠法条約に基づく規則第6(Rule 6)によって規定されています)。
日本のユーザにとって、外国への意匠出願での懸念は、特に秘密意匠制度、公開延期制度、審査繰り延べ制度などを有さない国において、製品等の販売前や日本での登録公報発行前に先行して公開されてしまうことと思われます。出願日から6月という期間は、秘密意匠制度で3年の非公開が確保されている日本と比較すると、必ずしも長いといえませんが、優先日と合わせれば最大12月とすることもでき、ハーグ制度との平仄もあって合理的な内容であると考えることもできます。
本条項は、優先日から6月とするか、出願日から6月とするかが議論の対象となっておりましたが、日本の代表団の尽力もあって出願日起算に決着したと伺っています。
グレースピリオドと同様、本条項も各締約国によって留保が宣言される可能性はありますが、今後、各締約国が本条項に基づきどのような制度を設けるかなど、引き続き注視する必要があります。
なお、その他の条項に関する参考情報として、特許庁のWebページに意匠法条約の概要が紹介されていますのでご参照ください(※2)。
(※2)特許庁「リヤド意匠法条約の採択について」:https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/wipo/riyadh-design-law-treaty.html
(3)意匠法条約の今後のプロセスと意匠制度の動向について
意匠法条約が採択された後は、各国による批准や加入の手続きを経て、順次、各国で意匠法条約の効力が生じます。そのため、条約の効力が発生するには、各締約国における意匠制度の整備が必要であり、これには一定の時間を要することが予想されます。
今後は、上記(1)、(2)で紹介した条項に限らず、日本の意匠法と締約国の意匠制度との調和が図られることに期待しつつ、意匠法条約の各条項がどのように解釈され、国内制度に落とし込まれていくか、注視すべきと考えます。
今後、意匠法条約が関わる新た動きや情報があれば、適宜ブログにてご紹介する予定です。