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シリーズ:トランプ2.0の動向と対応 ~ その②関税賦課の法的根拠~
2025.03.18
トランプ政権による関税政策が世界中を震撼させています。TMI総合法律事務所の関税チームでの取組みとともに、トランプ2.0の関税政策の動向と対応について、解説していきます。
前回(リンク)に続く第2弾として、今回はトランプ政権の関税政策の基礎となる法的根拠について解説し、報道を単に追いかけるだけではなく、先読みのきっかけとなるヒントをお伝えできればと思います。
関税賦課の法的根拠
(1) 大統領ではなく、本来は議会にあるはずの賦課権限
そもそも関税(率)は誰が決めているのでしょうか?まず身近な例として日本についてみますと、租税法律主義(憲法第84条)に基づき関税定率法の「別表」に基本的な関税率(基本税率)が規定されています。憲法上、立法権は国会に属しますから(同第41条)、関税(率)を決められるのは原則的には国会(立法機関)ということになります。
米国でも同様に、憲法上の原則としては関税の賦課徴収の権限は連邦の立法機関である連邦議会が有するとされています(米国憲法第1条第8節(註1)、第10節(註2))。
しかしながら、トランプ政権は行政機関の長として発する「大統領令」のみで高関税を課す政策を次々と打ち出しています。なぜこのようなことが可能なのでしょうか。
(2) 連邦議会法による大統領に対する授権
実は、憲法上の原則論とは別に、柔軟な関税政策の実行のため、個別の立法により関税賦課権限が大統領に対して授権されているのです。いずれもあくまで例外的な場面に与えられる権限であり、発動可能な条件がそれぞれ決まっています。トランプ政権においても関税政策の発動は当該権限の範囲内で検討されるのだとすれば、これらの根拠を知ることは「トランプ」の「手札」を知ることにもなります。
なお、日本でも、ダンピングに対抗するアンチダンピング関税や輸入急増に対応するセーフガードなど、予め授権が行われており国会の議決なしに政府(行政機関)の判断のみで発動できる関税制度自体はありますが、米国法では安全保障上の理由や「不公正」等の抽象的な理由で高関税を課すことが認められているのが日本法にはない特徴といえます。
以下の根拠法の多くは発動前に数か月の調査期間を置く必要があります(現に、本稿執筆時点では、「トランプ大統領が関税政策を指示」等と報道されているケースでも、実際には調査が開始されているに過ぎないケースも見受けられます)。もっとも、既に実施済みの措置の枠組み内で、当該措置の変更を行うだけであれば新たな調査なしに実施できると考えられており(過去の政権でも実績あり)、トランプ政権下においても既存の措置の変更により新たな調査なしに措置が実施される可能性がある点にも注意が必要です。
根拠 |
概要 |
国際緊急経済権限法(IEEPA) |
安全保障、外交政策及び米国経済に異常の(“unusual and extraordinary”)脅威が認められる場合、禁輸措置や金融制裁等を行う裁量を大統領に与える法です。事前の調査期間を置く必要はありません。 通常、禁輸措置などで使用されてきましたが、今般の対カナダ・メキシコ・中国に対する関税(第1回<就任後の各措置の整理>の2.及び3.)の発動に際しては、不法滞在者やフェンタニルを含む薬物によってもたらされる脅威を理由として本法が根拠とされました。 また、コロンビア政府の不法移民送還拒否に対する制裁措置(第1回の同1.)の根拠としても用いられました。 |
1974年通商法第122条 |
「大規模で深刻な」国際収支赤字に対して、最大15%の関税賦課権限を大統領に与えています。 150日間の制限付き(議会による延長可)ではあるものの、トランプ大統領は大統領選挙中から全世界への普遍関税(universal baseline tariff)の可能性について言及しており、理論的には15%までであれば当該普遍関税の根拠となり得ます。 |
1974年通商法201条 |
輸入急増に対応するセーフガード条項であり、前回トランプ政権時には、太陽光電池・モジュール、洗濯機が対象とされました。 |
1974年通商法301条 |
関税やその他の貿易制限的措置による不公正な貿易慣行があり、米国の通商に悪影響を及ぼす場合等に発動できます。 第1次トランプ政権及びバイデン政権による対中関税の法的根拠として使用されました。 |
1962年通商拡大法232条 |
製品の輸入が米国の国家安全保障への脅威となる場合に、大統領に輸入を制限する権限を与えています。発動には事前の調査とパブリックコメントが必要です。 第1次トランプ政権やバイデン政権においては、鉄鋼製品(25%)、アルミ(10%)への関税措置が発動されました。日本は発動後、米国との協定締結と共に適用から除外されていました。 第2次トランプ政権は、第1次政権において調査等を経て設定された枠組み内で、アルミの関税率を25%(既に制裁で200%を課しているロシアを除く)に引き上げると共に、既存の適用除外措置を撤廃することにより再度関税率を引き上げる方針です(第1回<就任後の各措置の整理>4.)。 2025年2月18日に発表された「自動車関税」の根拠として用いられる可能性もありますが、依然不透明です。 2025年3月3日には、米国のカナダからの木材輸入に対応するため、本制度に基づく調査手続を開始する旨、報道されています。 |
1930年関税法338条 |
外国と比較して米国の商業を「差別」した国からの輸入品に対して、最大50%の関税を課す権限を大統領に与えています。 ただし、WTO加盟国は互いに最恵国待遇義務を負っているため発動機会に乏しく、また、同法が適用可能な場合は上記の第301条も適用可能であると考えられ、最近は使用されていません。 |
第1回でも触れた「相互関税」については、先例もなく、どのような根拠により実施するかが注目されます。1974年通商法第122条や1930年関税法第338条を候補とする考え方もありますが依然不透明であり、全くの新法が制定される可能性も含め、どのように構成されるかは引き続き注視していく必要があります。
また、トランプ大統領の大統領令に基づいて行われる課税政策に関しては、米国の有識者においてもどの範囲まで大統領権限として行使できるのかについて、未だに多くの議論がされている状況です(外交問題評議会、Council of Foreign Relations(CFR)の記事が参考になります。https://www.cfr.org/report/tariffs-trading-partners-can-president-actually-do )。
TMIの関税チーム・国際通商法プラクティスグループの紹介
TMIでは、外務省・経済産業省等での出向経験者や、財務省を含む各省出身の顧問を含めて、関税をはじめとする国際通商業務を対応させていただいております。
国家間の合意を基礎とする国際通商法(WTO法、FTA、EPA等)は、私企業の活動に直接的な影響を及ぼします。近年は、米国に限らず、アジア、南米等の当局の動きも活発化し、国際的に活動する企業へのリスクが更に高まっています。TMIは、国内外の通商問題における豊富な経験から、活用と予防の両面において国際通商事案に対応しております。
(1) 海外対応
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(2) 国内対応
TMIは、国内の最新の実務に精通しており、日本政府を依頼者とする海外の通商紛争事例、国内法の運用に関する調査業務を行う経験を有しています。その他に、外国からの輸入品に対するアンチダンピング関税・相殺関税・セーフガードの申請代理業務、税関対応業務(関税分類、原産地表示等)をはじめ、広く国内外の企業、業界団体等に対して助言・代理を行います。必要に応じて、TMIにおける独占禁止法、税法、IT・通信法等の他分野の専門家とともに総合的な対応をします。
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TMI総合法律事務所 弁護士
上野一英、石原慎一郎、櫻木伸也、富井湧、山田怜央、國井耕太郎
(註1)米国憲法第1条第8節「連邦議会は次の権限を有する。すなわち、合衆国の国債を支払い、共同の防衛および一般の福祉に備えるために、租税、関税、賦課金、消費税を賦課徴収すること。ただし、すべての関税、賦課金、消費税は、合衆国全土で同一でなければならない」訳文出典:The National Constitution Center, https://constitutioncenter.org/media/files/JPN-Constitution.pdf
(註2)同第10節「各州は、その検査法施行のために絶対に必要な場合を除き、連邦議会の同意なしに、輸入または輸出に対し、賦課金または関税を課することはできない。各州によって輸出入に課された関税または賦課金の純収入は、合衆国国庫の用途に充てられる。この種の法律は、すべて連邦議会の修正および管轄に服するものとする。」 Id.
※連邦制国家である米国においては連邦と各州の権限分配が問題となるところ、各州ではなく連邦の議会が統一的に関税の賦課徴収権を有することを定めるものです。