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【フランス会社法ブログ】2025年10月施行:会社法における「無効制度」の概要と注目ポイントを解説!
2025.04.25
フランス政府は2025年3月12日、会社法における無効制度を改革するオルドナンス(政令)第2025-229号(「オルドナンス」)を公布しました。この改革は、企業の資金調達とフランスの投資環境の魅力向上を目的とした施策の一環として位置づけられています。
本稿では、フランス会社法における無効制度の改革内容について、背景、主要な変更点及び実務への影響という観点から解説します。
改革の背景と目的
この改革は、法規範の明確化と会社関連取引の安全確保という二つの目的を持っています。従来の制度では、民法典と商法典にまたがる二重構造、用語の不統一、無効の自動適用など、法的予測可能性を損なう体系的な問題が指摘されていました。特に、民法典と商法典の規定が複雑に絡み合い、場合によっては矛盾する状況も見られたうえ、判例の変遷も法的不確実性に拍車をかけていました。さらに、無効原因の特定が困難であり、制度全体が不透明でした。
本改革の核心は、企業活動における法的安全性を根本的に高めることにあります。制度の簡素化と安定化を通じて、企業・投資家・利害関係者にとってより信頼性の高い法環境を整備することを目指しています。
無効規定の体系的再編
2.1. 民法典への一般規定の集約
この改革の主要な成果の一つは、会社の無効に関する一般規定を民法典の第1844-10条以下に集約したことです。オルドナンスにより、商法典の一般規定(第L.235-1条から第L.235-14条)が廃止されます。これにより、適用ルールの整合性が確保され、解釈上の混乱が解消されることが期待されています。
また、無効制度の適用対象を全ての会社形態に拡張することで、制度の普遍性も高められています。具体的には、株式会社(SA)、単純型株式会社(SAS)や有限責任会社(SARL)といった資本会社に限定されていた従来の規律が、無限責任会社や民事会社にまで適用されるようになり、会社形態を問わず同一の無効基準が適用される枠組みが整備されました。
2.2. 商法典における特別規定の再構成
一方、合併、分割、増資といった特定の会社行為に関する無効制度は、引き続き商法典に規定されています。これは、各行為の特有の手続的複雑性と実質的影響力を考慮し、個別にルールを設ける必要があると判断されたためです。この再構成により、例えば、新設された第L.236-2-1条には、これまで複数の条文に散在していた合併に関する無効のルールが体系的に整理されました。
これらの特別規定は、民法典の一般規定との整合性を保ちながら、具体的手続の性質に即した特則として機能するものであり、オルドナンス全体の制度設計において重要な補完的役割を担っています。また、無効の発動条件やその法的効果も明示されており、実務上の適用可能性と予測可能性の向上が図られています。
法的用語の見直し及び定款違反の扱い
3.1. 「会社の決定」という用語の導入
無効の対象となる法律行為について、1966年7月24日付改正法以来使用されてきた「行為と決議(actes et délibérations)」という表現が廃止され、新たに「会社の決定(décisions sociales)」という用語が採用されました。これにより、無効制度の対象範囲がより明確になります。
従来の「行為」という言葉は、会社が第三者と締結する契約など、会社の意思決定とは関係のない法律行為まで含むと解釈される恐れがありました。また「決議」という言葉も、書面による協議や集団的な討議を伴わない形式には適していないという批判がありました。
これに対し、新たに導入された「会社の決定」は、会社の内部的意思決定に限定された概念です。これにより、無効制度の対象が会社の内部統治に関わる決定に限られることが明確になりました。この変更は、会社内部のガバナンス領域と外部との関係を明確に区別する立法意思を表すものといえます。
3.2. 定款違反の扱いに関する原則と例外
従来、会社の定款に違反した意思決定が無効となり得るかについては、明確な規定がなく、判例に判断が委ねられていました。今回、この点が明確化され、定款違反は原則として無効原因とならないことが、民法典第1844-10条第4項で明文化されました。
これにより、定款違反が直ちに会社の意思決定の法的効力を否定する根拠とはならなくなり、形式的な瑕疵を理由とする恣意的な無効主張を抑制する効果が期待されます。ただし、この原則には例外も設けられています。特に単純型株式会社(SAS)については、商法典L.227-20-1条により、定款自体に定めがある場合に限り、特定の定款違反を無効原因とすることが可能とされています。これはSASの定款自治の自由度の高さを尊重するものであり、会社の内部規範としての定款の効力を、当事者の合意により柔軟に設計できるという特性を活かした制度です。もっとも、この場合でも、無効の効果や手続は一般制度(民法典第1844-10条〜17条)の枠内で行使される必要があるため、制度全体としての整合性は確保されています。
無効判断の新たな基準と手続き
4.1. 「三重テスト」の導入と裁判官の裁量権強化
本改革の大きな特徴の一つは、無効判断における裁判所の役割と裁量を明文化・制度化した点にあります。具体的には、民法典第1844-12-1条の新設により、「三重テスト(triple test)」が導入され、会社の決定を無効とするための要件が明確に定義されました。
この三重テストにより、今後は以下の3つの条件がすべて満たされる場合に限り、会社の決定が無効とされます。
- 原告は、その違反によって自らが実質的な不利益を被ったことを証明しなければならない
- その違反が、最終的な意思決定の結果に実質的な影響を与えたと認められること
- 無効にすることで会社全体が被る不利益が、原告個人が受けた不利益と比較して過大ではないこと
これにより、裁判官の裁量が強化され、無効という制裁の適用に際し、個別具体的な状況に応じた柔軟な判断が可能となります。
さらに、無効の効果についても柔軟性が導入されています。民法典第1844-15-1条の新設により、「連鎖的無効」が制限され、会社機関の選任やその構成の瑕疵が、それ自体では、その後の決定の無効につながらないことが明文化されました。また、同法典第1844-15-2条の新設により、無効の遡及効果が対象会社に明らかに過度の不利益をもたらすような場合、裁判官はその裁量により、無効の効果を調整できるようになりました。
これらの規定は、無効判断において、会社が直面する実際的な制約と事業継続の必要性を考慮した現実的なアプローチを示すものといえます。
4.2. 無効申立期間の短縮
手続的安定性を確保する観点から、本改革では無効の申立期間が見直され、原則として、これまで3年だった消滅時効が2年に短縮されることになります[1]。これは、企業活動における意思決定の法的安定性をより迅速に確保するための措置であり、同時に関係者に対しては合理的な訴訟提起の期間を提供するものとなっています。
4.3. 是正措置の強化:無効よりも修正を優先する新たな仕組み
改革のもう一つの重要な側面は、瑕疵ある行為の是正メカニズムを強化した点です。従来の制度では無効命令が中心的な措置でしたが、新制度では無効よりも誤りの修正を促進するための新たな手段が導入されました。
具体的には、裁判官は無効を命じる代わりに、会社に対して瑕疵を是正するよう命令することができ、必要に応じて、是正手続を実行するための特別受任者を指名することも可能になりました。この是正措置の強化は、企業活動の継続性を確保しながら問題を解決する「より建設的なアプローチへの転換」と捉えることができ、本改革の趣旨に合致しています。
実務への影響と今後の展望
5.1. 実務への影響
本オルドナンスは、会社法における無効制度に重要な変更をもたらすものであり、訴訟の範囲を限定し、予測可能性を高める効果が期待されます。最後に特記すべき点として、これらの変更は2025年10月1日より施行される予定であり、それ以前に設立された会社や下された決定については、従前の規定が引き続き適用されます。
実務上は、今後ますます、定款の設計、意思決定手続の整備・文書化、期限の厳格な管理が重視されるでしょう。形式的な違反が直ちに致命的な無効原因とされなくなる一方で、手続的正当性に対する要求水準はむしろ高まったと考えられます。
特に単純型株式会社(SAS)においては、定款上に「違反が無効につながる旨」を明示的に定めるか否かという、新たな戦略的判断が求められます。定款違反に無効という厳格な制裁を設けることでルール遵守を強化できますが、その一方で、過度な厳格さは企業の機動性を損なうリスクも伴います。
5.2. 今後の課題
2025年3月12日付のオルドナンスは、法的安全性の向上と規制の簡素化に向けた大きな前進ですが、いくつかの課題も残されています:
- 違反した場合に会社の意思決定が無効となりうる「会社法の強行規定」という新たな概念の適用範囲について、判例を通じた明確化が求められます
- 「三重テスト」の適用における裁判官の裁量権行使の基準について、さらなる具体化が必要です
- SASにおける定款違反による無効の可能性が、他の会社形態との間に制度的不均衡を生じさせないか、継続的な検証が不可欠です
まとめ
今回の法改正は、会社法における無効制度の従来の課題に効果的に対応するものといえます。形式面では、民法典及び商法典の複雑な交錯が整理され、内容面では、無効原因の明確化とその効果の予測可能性が高まりました。
この改革は、無効という概念を「制裁」ではなく「調整のための手段」と捉える新たな法的思考への移行を示すものでもあります。会社法特有の複雑性と関連する重要な経済的利害を考慮すると、予防的アプローチの重要性は今後さらに高まるといえるでしょう。
[1] 消滅時効が短いものとして、合併及び分割に関する無効申立は6か月、増資に関する無効申立は3か月などがあります。ただし、上場企業の増資については、市場の安定性が最優先されるため、増資実施後は無効申立ができません(商法典第L.22-10-55-1条)。