ブログ
スタートアップ投資の基礎知識
2025.05.20
はじめに
弁護士の彈塚寛之です。
2016年に当事務所での勤務を開始して以降、スタートアップ投資の実務に携わり、また、2022年~2024年の留学期間中には、米国のベンチャーキャピタルで勤務する経験も得ました。本ブログは、そのような経験を通じて生まれた視点を発信する目的で執筆するものです。
さて、スタートアップ投資の実務に身を置くと、「バリュエーション」「エグジット」「アーリーステージ」など、業界特有の様々な概念が共通言語として用いられていることが分かります。実務に携わる上では、これらの概念を正確に理解することが不可欠です。
他方、これらの概念は、「スタートアップ」という企業体の本質と深く結びついており、この関係性を適切に理解することは意外と容易ではありません。
そこで、本ブログでは、スタートアップの本質的な特徴を概観しつつ、これに沿った形で、スタートアップ投資における基礎的な概念を整理してみたいと思います。
スタートアップとは
「スタートアップ」という用語に法律上の定義はありませんが、一般的には、以下のような特徴を持つ企業体を指すことが多いと思われます。
- 革新的なテクノロジーやビジネスモデルによって社会課題の解決を目指している
- 短期間で急成長する(Jカーブの成長曲線を描く)ことを目指している
- 設立から数年~十数年程度の若い会社である
- IPO(新規株式公開)又はM&A(買収)を目指している
また、スタートアップへの出資者には、投資ファンド、金融機関、事業会社など様々なプレイヤーがいますが、その中でも中心的な役割を果たすのが「ベンチャーキャピタル(VC)」です。
VCは、平たく言えばスタートアップへの投資に特化した投資ファンドであり、機関投資家や事業会社などのファンド出資者から出資されたお金をスタートアップに投資し、ファンド出資者に投資リターンを分配することを目指しています。ファンド出資者との関係上、VCには所定の存続期間(ファンド満期)が設定されており、一定期間内で投資の実行及び投資リターンの回収・分配を完了させることが求められます。
この後で説明するとおり、このVCの仕組みは、上記のスタートアップの特徴形成に大きく影響しています。
スタートアップによる資金調達
スタートアップは、革新的なテクノロジーやビジネスモデルを活用して新規領域のビジネスに挑戦しようとする「起業家」が、会社を設立するところから始まります。会社を設立した起業家を「創業者」(Founder)と呼び、共同で会社を設立した別の起業家がいる場合には「共同創業者」(Co-Founder)と呼びます。
会社を設立する際、起業家は、主に自分の資産を最初の事業資金として会社に出資し、代わりに会社の株式を保有することになります。創業者は、経営者として会社の経営に責任を持つことになりますが、同時に、会社の株式を保有する株主という立場でもあります。
もっとも、スタートアップがビジネスを成長させるには、元手となった資金のみでは限界があります。
特に、新規領域のビジネスに挑戦する場合には、初期の段階から研究・開発コストが高くなったり、競合が現れる前に先行者メリットを得るためにスピード感を持って事業に投資しなければならないニーズが生じます。他方で、新規領域であるがゆえ、初期の段階ではプロダクトが未完成であったり、市場が未開拓であったりして、安定的に売上を伸ばして事業資金に回すことが難しいというジレンマがあります。
そのため、このようなスタートアップが成長に必要な資金を調達する手段として、外部から出資を受けることが有力な選択肢になります。
外部から資金を調達するといっても、安定的な売上が生じていない段階での出資はリスクが高く、例えば金融機関からの借入れ(デット・ファイナンス)で大きな金額を調達するのは難しい可能性があります。
※一部の金融機関等は、「ベンチャーデット」と呼ばれるスタートアップ向けの融資も取り扱っており、近年日本でも注目が集まっていますが、本ブログでは割愛します。
そこで、スタートアップが外部から資金を調達する際には、「株式の発行」による資金調達(エクイティ・ファイナンス)を行うことが検討されます。その仕組みとしては、出資者がスタートアップに対して資金を供給し、その対価としてスタートアップが出資者に対して株式を発行するというものです。
上記のとおり、特に初期のスタートアップへの出資はリスクが高いですが、例えばVCは、ハイリターンが見込める場合にはハイリスクな投資を許容します。そのため、VCは、スタートアップの資金面での成長に大きな役割を果たすことになります。
そして、VC等の外部の出資者から資金を調達したスタートアップは、出資者に対して、ハイリスクな投資に見合ったハイリターンをもたらすことを目指す責務を負います。特に、前述のとおりVCには所定の期間(通常は10年程度)のファンド満期がありますので、VCから出資を受けたスタートアップは、その期間内に投資リターンを提供できるよう、一層のスピード感を持って成長することが求められます。
冒頭で述べた「短期間で急成長することを目指している」「設立から数年~十数年程度の若い会社である」というスタートアップの特徴には、このような背景があります。
また、出資者が実際に投資リターンを得るためには、スタートアップが成長するだけではなく、成長したスタートアップの株式を売却してお金に換えるイベントが必要です。このイベントを「エグジット」といい、典型的には「IPO(新規株式公開)」と「M&A(買収)」です。
IPOやM&Aによってスタートアップがエグジットすると、創業者や出資者は、保有しているスタートアップの株式を売却することができます。この際、出資時点よりも売却時点のスタートアップの企業価値(バリュエーション)が上がっていれば、その差分が経済的なリターン(キャピタルゲイン)になります。
冒頭で述べた「IPO(新規株式公開)又はM&A(買収)を目指している」というスタートアップの特徴も、このような背景から必然的に生じるものです。
※VCと共にスタートアップ投資を支える存在である事業会社は、財務的なリターン(フィナンシャル・リターン)のみならず、戦略的なリターン(ストラテジック・リターン)を重視している場合も多いです。この場合、スタートアップへの投資に求めるリターンはキャピタルゲインに限られませんが、本ブログでは割愛します。
繰返しになりますが、スタートアップへのハイリスクな投資をする出資者は、当然ながらそれに見合ったハイリターンを求めます。そして、スタートアップが、比較的短い期間での成長によってハイリターンを生むためには、市場が確立されており競合が多数存在する既存領域でビジネスを行うのではなく、新規領域に挑戦して未知の市場を開拓し、開拓できた場合には市場で圧倒的な優位性を獲得できるようなビジネスモデルが親和的です。
そのため、鶏と卵のような話ですが、スタートアップの成長ストーリーは、「起業家が新規領域のビジネスに挑戦する」という点から出発する一方で、そのようなスタートアップが外部から資金を調達して成長するために、宿命的に新規領域のビジネスに挑戦することが必要となるという関係にあります。
「ステージ」と「ラウンド」
一般的にハイリスクと捉えられるスタートアップへの投資が成り立つ理由は上記のとおりですが、例えばプロダクトが未完成の初期の段階で、エグジットまでの必要資金が一度に出資されることは通常ありません。
多くの場合、投資リスクを最低限コントロールするため、スタートアップへの出資は、その事業フェーズごとに段階的に行われます。すなわち、スタートアップのフェーズを一定期間(1~3年など)ごとに区切った上で、まずは次のフェーズに進むための資金(=一定期間分の運転資金)を出資し、その後に想定どおり次のフェーズまで成長した場合には、また新たに出資するという具合です。
その結果、理想的な成長曲線を描いているスタートアップは、創業からエグジットに至るまで、段階的に「事業の成長」と「資金調達」を繰り返すことになります。
そのため、スタートアップは、出資者から資金を調達するタイミングで事業フェーズが変わり、一定期間ごとに出資者からの審査を受けながら、非連続的な成長を遂げることになります。
個別の資金調達の機会のことを「ラウンド」と呼びますが、結果としてスタートアップの事業フェーズはラウンドによって区切られることになります。そして、この区切られたスタートアップの事業フェーズのことを「ステージ」と呼び、フェーズに応じて「シードステージ」、「アーリーステージ」、「レイターステージ」などと区別されます。
順調に成長しているスタートアップにおいては、成長が進むにつれて事業規模が拡大していくため、次のフェーズまでの必要資金も加速度的に増えていくのが通常です。そのため、ラウンドが進むに連れて、調達金額は大きくなる傾向があります。この調達金額の規模のことを「ラウンドサイズ」と呼ぶことがあります。
なお、同じ出資者がシードステージからレイターステージまで一貫して出資することもありますが、ラウンドが進むにつれて出資者の顔ぶれも変わることも一般的です。
これは、スタートアップへの出資は、ラウンドごとにリスクとリターンのバランスや出資金額の規模が異なるためです。すなわち、初期のスタートアップへの投資は、成長の不確実性が高い一方でバリュエーションが低いため、よりハイリスク・ハイリターンであり、また出資金額は比較的少額であるのに対して、エグジット間近のスタートアップへの投資は、相対的にリスクが低い一方でバリュエーションが高いためリターンは抑えられ、また事業が大きくなっているため出資金額は多額に及びます。そのため、リスク選好や出資可能な金額に応じて、ラウンドごとに出資者の構成が変わるという関係性にあります。
バリュエーションについて
「エグジット」の説明の際に、出資時点よりも売却時点のスタートアップの企業価値(バリュエーション)が上がっていれば、その差分が経済的なリターンになると述べました。この「バリュエーション」について、もう少し整理してみます。
一例として、アーリーステージのスタートアップに対して、出資者が5億円の資金を出資したとします。出資前のスタートアップのバリュエーションが20億円だったとすると、5億円の出資により、出資後のバリュエーションは25億円になります。この例において、20億円(出資前のバリュエーション)を「プレ・バリュエーション」、25億円(出資後のバリュエーション)を「ポスト・バリュエーション」と呼びます(あるいは、単に「プレ」、「ポスト」と呼びます。)。
このとき、出資者は、ポスト25億円のうち5億円を出資していますので、20%の持分割合(=スタートアップの発行株式数のうち20%に相当する数の株式)を保有することになります。
すなわち、スタートアップによる資金調達において、バリュエーションの交渉は、新規の出資者との関係では、その出資者がどの程度の持分割合を保有することになるかを交渉しているのと同義です。
その後、仮にこのスタートアップが追加の資金調達をしないまま成長し、エグジットの際にバリュエーションが1000億円であると評価されたとします(IPOであれば上場時の時価総額が1000億円であることを意味し、M&Aであれば買収価額が1000億円であることを意味します。)。この場合、20%の持分割合を有する出資者は、合計200億円で保有株式を売却できますので、5億円の出資に対して40倍の投資リターンを得ることができることになります。
もっとも、通常、スタートアップは、創業からエグジットに至るまでに複数回の資金調達を行います。新規の資金調達が生じると、新しい出資者に対して新たに株式が発行されます。そのため、創業者や過去のラウンドで出資した出資者(すなわち既存株主)の持分割合は、ラウンドが重なるに連れて低くなっていく(薄まっていく)ことになります。この現象を「ダイリューション」(希釈化)と呼びます。
すなわち、スタートアップによる資金調達において、バリュエーションの交渉は、既存株主との関係では、ダイリューションの割合を交渉しているのと同義です。
おわりに
以上、スタートアップ投資に関する基礎的な概念を整理してみました。
実際にスタートアップへの投資を行う場合(あるいはスタートアップが資金調達をする場合)には、本ブログで触れた概念の他、「優先株式」や「コンバーティブルエクイティ」、「ストックオプション」などについても理解する必要がありますが、どんなに複雑化しても、基本的な仕組みは大きく変わりません。本ブログの内容が、理解の一助になれば幸いです。
以上
Member
PROFILE