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スタートアップ投資と会社法 -Pay to Playを導入する際の留意点-
2025.06.03
はじめに
弁護士の彈塚寛之/藤森裕介です。
このシリーズでは、スタートアップ投資に関連する様々なトピックについて、日本の会社法との関係を分析することを試みています。内容については、執筆者の個人的見解であり、当事務所の見解ではありませんのでご留意ください。
本ブログでは、日本のスタートアップ投資において、いわゆる「Pay to Play」の仕組みを導入する場合の留意点について、分析してみたいと思います。
Pay to Playとは
例えば、あるスタートアップが、シリーズAの資金調達ラウンドにおいて複数の投資家a・bから出資を受けたものの、その後の市況の悪化や事業の停滞等によって、シリーズBの新ラウンドにおいて追加の資金を調達することに苦慮しており、新規の投資家cが投資検討しているものの、投資家cによる出資のみでは十分な資金が調達できないとします。このようなケースにおいて十分な金額の出資を受けるためのアイデアとしては、大きく分けて、①バリュエーションを下げることと、②高い投資リスクを正当化するための仕組みを導入することが考えられます。
「Pay to Play」は、このうち②に該当する手法の一つであり、平たく言えば、「新規の資金調達ラウンドに参加(Pay)した投資家のみが、投資家としての優先権を行使(Play)できる」仕組みです。上記の例において、シリーズBで「Pay to Play」を導入し、結果として既存投資家a及び新規投資家cがシリーズBに参加したものの、既存投資家bは参加しなかった場合、シリーズB以降は参加した投資家a及びcのみが投資家としての優先権を有し、参加しなかった投資家bはシリーズAで得た優先権を剥奪されることになります。
すなわち、「Pay to Play」を導入することで、既存投資家のうち新ラウンドに参加しない者には「ムチ」として機能し、既存投資家のうち新ラウンドに参加する者や新規投資家には「アメ」として機能することで、救済的な局面などの通常より出資リスクが高い資金調達ラウンドにおいても、参加者や出資額を増やす効果が期待できます。
さて、「Pay to Play」の基本的なコンセプトは上記のとおりですが、具体的にどのような優先権が「アメ」や「ムチ」の対象になるでしょうか。
この点はケースバイケースですが、米国では、例えば以下のようなアレンジが見られます。
- 新ラウンドに参加した投資家には、「アメ」として、優先株式が付与される。この際、標準的な設計よりも投資家に有利な優先株式(例えば、優先分配額が1倍を超える優先株式や、ダウンラウンド調整条項における転換比率の調整方法が投資家に有利な優先株式)が付与されることもある。さらに、新ラウンドに参加した既存投資家については、過去のラウンドで発行を受けた既存の優先株式が、新ラウンドで発行されるより有利な優先株式に転換されることもある。
- 新ラウンドに参加しない既存投資家との関係では、「ムチ」として、当該投資家が保有している、過去のラウンドで発行を受けた既存の優先株式を、普通株式に転換する。さらに、1:1を下回る比率で普通株式に転換することで、そのような既存投資家の持分を大幅に希釈化することもある。
- なお、新ラウンドへの「参加」の意味について、既存投資家との関係では、その時点の持株割合に応じたプロラタ出資を指すことが多い。ただし、それ以上の割合(例えば、優先株式の保有比率)に応じた出資を求めるケースもある。
様々な選択肢の中でどこまで既存投資家に厳しい仕組みにするかは、その必要性(つまり、ドラスティックなインセンティブ設計にしないと新ラウンドが形成できない状況か否か)によるところも大きく、また、厳しい仕組みを設ける場合には、既存投資家に対して与える手続的な保護(新ラウンドに参加するか否かを検討する期間の確保など)も厚くすべきと考えられています。
いずれにせよ、基本的な設計としては、「新ラウンドに参加しない既存投資家の優先株式は、普通株式に転換される」という仕組みをベースとすることが多いと思われます。
他方、日本においては、そもそも「Pay to Play」が導入される事例自体が少ないですが、導入する場合でも、既存投資家の優先株式を普通株式に転換する例は少ないと思われます。
代わりに、「新ラウンドに参加しない投資家には、株主間契約上の優先引受権(将来の資金調達ラウンドにおけるプロラタ出資権)を認めない」という内容の、より穏当な設計をもって「Pay to Play」と称している例が多いように見受けられます。
もっとも、日本においても今後、例えば市況の悪化を受けて、より強力な「Pay to Play」を導入して出資を募る必要が生じるケースも出てくるかもしれません。
実際、米国においても、スタートアップ投資の市場環境が劇的に悪化した2022年後半から2023年にかけて、特にダウンラウンドの資金調達に際して、「Pay to Play」の導入例が増加したという統計があります。
会社法との関係
それでは、日本において、「新ラウンドに参加しない既存投資家の優先株式は、普通株式に転換される」という米国型の「Pay to Play」を導入する場合、会社法との関係で、どのような問題点があり得るでしょうか。
まず、米国において「Pay to Play」を導入する手続的な方法には複数のパターンがありますが、これを日本法に引き直すと、以下のようになります。
①既存の優先株式について、「一定の株主の同意がある場合には、普通株式に転換できる」などといった取得条項が既に規定されている場合には、スタートアップが当該取得条項を発動して既存の優先株式を全て普通株式に転換した上で、新ラウンドに参加する既存投資家との関係では、普通株式を再び優先株式に転換する。
②定款を変更し、既存の優先株式について、「新ラウンドに参加しない場合は普通株式に転換される」という内容の新たな取得条項を追加した上で、スタートアップが当該取得条項を発動する。
③新ラウンドに参加しない既存投資家とスタートアップが個別に合意し、当該既存投資家が保有する優先株式を普通株式に転換する。
日本において上記①の方法を試みる場合、「新ラウンドに参加する既存投資家との関係では、普通株式を再び優先株式に転換する」というプロセスをどのような手続で実施するか問題になります。
自己株式取得の手続によることが簡便に思えますが、取得の対価として発行会社の株式を交付することが禁止されているため(会社法156条1項2号)、難しいと思われます。
そのため、新ラウンドに参加する既存投資家が保有する普通株式については、自己株式取得の手続ではなく、株式の内容変更によって優先株式に戻すことが考えられます。もっとも、発行済みの種類株式の一部のみを他の種類株式に変更する場合、定款変更のための株主総会決議や種類株主総会決議に加え、当該種類株式を保有する株主全員からの同意が必要と解される可能性があります。
また、上記②の方法を試みる場合、既存の優先株式の内容に取得条項を新設することになるため、当該優先株式を保有する株主全員の同意が必要となります(会社法111条1項)。
他方、上記③を試みる場合には、「新ラウンドに参加しない既存投資家が保有する優先株式を普通株式に転換する」という部分は、既存投資家が優先株式に既に規定されている取得請求権を行使することで達成可能ですが、そもそも取得請求権を行使してもらうために既存投資家とスタートアップの合意が必要になります。
したがって、上記のいずれの方法を試みる場合でも、既存の優先株式を保有する株主全員の同意が必要となる(すなわち、新ラウンドに参加しない既存投資家の同意も必要となる)可能性があります。
日本において米国型の「Pay to Play」を導入する場合には、このような会社法上の制限を踏まえた上で、現実的な方法を模索する必要があると思われます。
以上