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スタートアップ投資と会社法 -投資家による取締役派遣に関する留意点-
2025.06.03
はじめに
弁護士の彈塚寛之/藤森裕介です。
このシリーズでは、スタートアップ投資に関連する様々なトピックについて、日本の会社法との関係を分析することを試みています。内容については、執筆者の個人的見解であり、当事務所の見解ではありませんのでご留意ください。
本ブログでは、投資家がスタートアップに取締役を派遣する場合の留意点について、会社法の観点から分析してみたいと思います。
投資家による取締役派遣について
スタートアップが優先株式を発行して投資家から資金調達を行う場合、スタートアップと投資家との間で株主間契約が締結され、投資後のスタートアップの会社運営等について合意されることが一般的です。その中で、スタートアップの取締役のうち一部を投資家が指名できる権利(すなわち、投資家が取締役を派遣できる権利)が合意されることがあります。
この権利を導入するに当たり、会社法との関係で、いくつか見逃されがちな留意点があります。
定款上で取締役選任権を規定する場合
上記の投資家の取締役指名権は、日本の実務上、これまでは株主間契約等の契約上の権利として合意されている例が多かったと思います。
他方、取締役指名権(選任権)を定款上で規定することにより、契約上の権利にとどまらず、優先株式の内容自体としても設計することができ(会社法108条1項9号)、近時は、こちらの方法によるメリットにも注目が集まっています。
※その理由として、契約上の権利としてのみ合意するより、優先株式の内容自体として設計した方が、万が一当該権利を無視した選任手続がなされた場合の株主保護が手厚くなる可能性があり、投資家の権利保護に資するという背景があります。従前、この点の投資家の権利保護については契約上のプットオプションを中心とした仕組みが形成されていましたが、近年、強力なプットオプションを規定することにネガティブな見方が生じていることもあり、その他の実効的な権利保護手段として上記のような議論がされています。詳細は、本ブログでは割愛します。
仮に取締役指名権を定款上で規定した場合には、既存の取締役(創業者等)も含めて、取締役の選任手続に変化か生じますので、注意が必要です。
すなわち、例えばA種優先株式の内容として取締役1名の選任権を設けた場合、A種優先株式の発行後は、A種種類株主総会により取締役1名を選任することになります。そして、優先株式の内容として取締役選任権を設定し、その優先株式を発行している場合、取締役を全体株主総会で選任することはできなくなりますので、A種種類株主総会により新たに選任する取締役に加えて、従前から選任されていた取締役についても、再任する際には種類株主総会の決議が必要となります(会社法347条1項)。
この点、既存の取締役については従前と同様に全体株主総会で選任したいのであれば、定款上で、「全種類の株主で構成される共同種類株主総会で選任する」という体裁をとる必要があります。
取締役の任期を短縮する場合
非公開会社における取締役の任期は最長10年間であるため(会社法332条2項)、外部の投資家から資金調達を受ける前のスタートアップにおいては、往々にして取締役の任期が10年間となっています。
もっとも、投資家がスタートアップに投資する場合、投資後のガバナンスを強化する観点から、取締役の任期を2年間などに短縮するよう求めることも多いです。特に、投資家が取締役を派遣する場合には、派遣取締役が長期の任期を負うことは、投資家・スタートアップ双方にとって望ましくない側面があるため、資金調達と合わせて取締役の任期を短縮する定款変更が実施されることがあります。
この場合、短縮後の任期は、在任中の既存の取締役(創業者等)にも適用されます。
そのため、定款変更の効力発生時点において、在任中の取締役が変更後の任期を満了している場合、当該取締役の任期は自動的に満了してしまうため、これを再任するための手続が必要となります。特に、会社設立から2年以上が経過していた段階で投資家から資金調達を行い、その際に取締役の任期を10年から2年に短縮するようなケースでは、設立時から取締役に就任していた創業者の任期との関係で問題になりやすいと思われます。
また、上記のケースにおいて、創業者たる取締役の任期は満了するものの、資金調達の直近で加入していた別の取締役の任期は満了しないという場合もあります。
もっとも、このような場合でも、仮に定款に「増員により選任された取締役の任期を、他の在任取締役の任期の残存期間と同一とする」旨の規定(いわゆる増員規定)がある場合には、創業者たる取締役の任期が任期短縮の定款変更により満了することで、他の在任取締役の任期も全て自動的に満了し、再任決議が必要となるため、注意が必要です。
取締役の員数について
会社法上、取締役が辞任したことで、取締役の人数が法律又は定款の定める最低人数に欠ける場合、辞任した取締役は、新たな取締役が選任されるまで引き続き取締役としての権利義務を負います(会社法346条1項)。
もっとも、投資家からの取締役派遣を受け入れた後、スタートアップと投資家との間で利害が対立し、その状況が重大化・長期化するような局面では、派遣された取締役がスタートアップに対して善管注意義務を尽くすことが事実上困難となり、取締役を辞任せざるを得ないようなケースも考えられます。このようなケースにおいては、上記の規定により、辞任取締役が後任の取締役が決まるまで権利義務を負い続ける事態は、可能な限り避けるべきと考えられます。
スタートアップの定款において、取締役の最低人数が多めに規定されているような場合、投資家にとって上記のリスクが高まることになります。そのため、取締役指名権を合意・行使する場合には、この点に関する定款規定にも注意を払う必要があります。
以上