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【知っておきたい韓国法Vol.1】韓国の新政権発足に伴う展望分析:日韓間の企業経営へのご参考
2025.06.10
2025年6月3日に行われた韓国の第21代大統領選挙で、共に民主党(以下「民主党」)の李在明候補が当選しました。 すでに国会議席数の過半数を占めている民主党の候補が大統領に当選したことで、尹錫烈前大統領政権(2022年から2024年まで、計3年間)とは異なり、与党が立法府と行政府の両方を支配する強力な政権が発足することになりました。 これは、政策の実行力を高めることができるというポジティブな側面もありますが、十分な社会的議論を経ずにポピュリズム的な政策が一方的に推進される可能性も懸念されています。民主党は社会自由主義を標榜する進歩政党として、市場経済体制の下での不公平解消、庶民のための分配、中小企業や労働者などの社会的弱者の保護及び地域均衡発展を強調してきたため、今回の政権交代により韓国内での企業活動に対する規制が強化される可能性が高いと評価されています。一方、李大統領は、韓国経済の回復と成長が最優先課題であることを強調しているため、今後、どのような方向で規制と成長を調和的に推進していくのかが注目されています。以下では、李在明大統領の大統領選挙公約を踏まえた今後の見通し及び日韓間の企業活動において参考となる事項をご紹介します。
韓国の対内政策の展望
(1) 経済成長のための戦略産業への支援拡大
新政権は、韓国経済の低成長に対する備えとして、直接的な企業育成と産業政策を推進するという方針です。
例えば、人工知能(AI)を韓国の未来成長動力とし、データ活用の活性化を国家競争力の核心軸として育成するため、次世代AI半導体の開発を含む100兆ウォン規模の官民共同投資、AIデータ集積クラスターの確保、AI研究所及びスタートアップの活性化が推進される見通しです。同時に、AIによる副作用を最小化するための関連事業者の個人情報保護義務の強化及びAI倫理に対する規制がより具体的に法制化されることが予想されます。
また、気候エネルギー部の新設により、エネルギーと気候政策を調整する政府組織を改編し、太陽光、海上風力などの再生可能エネルギー中心の環境にやさしい事業を積極的に支援する予定です。再生可能エネルギー拡大のための送電インフラの構築、電力生産地と消費地間の公平性を考慮した地域別差等料金制、韓国のRE100企業(「Renewable Energy 100%」の略称で、2050年までに使用電力の100%を再生可能エネルギー由来の電力で調達するという約束に参加した企業)に対するインセンティブの拡大導入が議論されています。
また、製薬・バイオ・ヘルスケア新産業に対する国家投資を拡大し、R&D 投資システムの構築、革新型製薬企業支援システムの整備、必須医薬品の安定供給体制の構築、救急医療体制及び非対面診療の制度化に努めるものと思われます。
その他、年間40兆ウォンのベンチャー投資市場の育成、中小企業のR&D予算の拡大、中小企業のM&A活性化のための法制度を設け、中小企業をより積極的に育成する予定だそうです。 そして、金融政策の面では、企画財政部、金融委員会と金融監督院の役割調整や組織改編が予想され、デジタル資産基本法の制定、ステーブルコインの法制化など、韓国のWeb3.0産業支援や法制化政策が加速することが予想されます。
以上のような特徴は、政府が韓国経済の成長を支援するという方向性において、前政権の方向性と大きな違いはないと予想されます。ただし、韓国への進出及び韓国企業との連携ビジネスを検討している日本企業としては、引き続き政策実行の動きに注目する必要があります。
(2) 公正な市場秩序確立のための規制強化
新政権では、前回の尹錫烈大統領の拒否権行使により無力化された商法改正案を再推進しています。これは、①韓国商法上の取締役の忠実義務の対象を従来の「会社」から「株主全体」に拡大し、従来の社会的批判の対象であった分割上場(会社分割後の子会社の重複上場)や不合理な合併比率の算定等の問題から少数株主を保護し、②上場会社の電子株主総会の義務化を通じて少数株主の株主権行使の機会を拡大し、③監査委員分離選任(最低1人以上の監査委員を他の取締役と分離して選任する制度)の拡大、④大規模上場会社の集中投票制(株式1株当たり選任すべき取締役の数だけ議決権を付与する制度)の活性化及び⑤監査委員選任の際、最大株主及び特殊関係人の議決権の3%制限等を通じた少数株主の保護を骨子としています。本商法改正案は、企業支配構造の透明性の強化及び少数株主の保護を通じてコリア・ディスカウント(韓国上場株式がグローバル主要国の株式市場と比較して相対的に低い評価を受けている現象)を解消しようという趣旨ですが、同時に、企業経営の足かせになる可能性があるという懸念の声も出ています。
(3) 労働者の権利強化
新政権は、労働政策分野で労働者の権利保障のための様々な公約を提示しました。 特に、①いわゆる「黄色い封筒法」と呼ばれる労働組合法第2条及び第3条の改正案が実現される可能性が高く、これは、使用者(雇用主)の概念を「直接労働契約を結んでいる者」から「労働条件について実質的かつ具体的に支配・決定できる者」に拡大することにより、間接雇用関係において下請け労働者の元請けとの団体交渉を制度化し、違法争議行為における労働組合又は組合員の損害賠償責任を制限するという内容です。「黄色い封筒法」と呼ばれるこの改正案は2014年、韓国の自動車メーカーであった雙龍自動車の労働組合員が会社構造調整に反対して行ったストライキにおいて、裁判所が現労働組合法第2条及び第3条に基き、ストライキに参加した労働者側が雙龍自動車と警察に対して約47億ウォンの損害賠償責任を負うと判断したことから、損害賠償責任と仮差押で経済的に困っている労働者側を助けるために韓国市民たちが14億ウォン以上の寄付を集めたキャンペーンから由来しました。一般的に給料は黄色い封筒に入れて労働者に支給されるため、労働組合法の改正を支援する市民から「黄色い封筒法」と呼ばれるようになりました。この改正が成立すれば、案件毎に「実質的支配力」があるか否かについての争いが発生する可能性があり、下請業者の労働者の団体交渉権が拡大されるという側面で労働権が強化される側面があり、さらに強硬一辺倒の韓国の労働紛争において企業の合法的な対応を困難にし、経営上の法的不安定性を引き起こす可能性があるという点が指摘されます。
その他にも、李大統領は、②自営業者、特殊雇用及びプラットフォーム労働者を含め、働くすべての人々の権利を保障するための基本法の制定、③労働基準法改正による「労働者推定」制度(偽装請負などを防止するために使用者に労働者でないことを立証させる制度)と週4.5日制の導入、④包括賃金制の禁止明文化を通じた長時間労働慣行の改善、⑤社会的合意による定年延長など様々な親労働者的な政策を推進し、⑥既存の産業安全保健法と重大災害処罰法の適用において、事業主の産業災害に対する責任を強化する見通しであるため、韓国内の企業経営においては、人事労務管理に特に注意を払う必要があると考えられます。
韓国の対外政策の展望
李在明政府は、変化する国際通商環境に対し、国益中心の「実利主義」を基本として弾力的に対応するという戦略を提示しています。 特定の国への輸出依存度を下げるため、輸出市場と輸出品目の多様化を持続的に推進し、他の国とのFTA締結を継続的に拡大するという方針です。経済安全保障政策においては、先端戦略産業や核心鉱物を保有する国々との協力強化を通じたサプライチェーンの安定化、炭素多排出業種と中小企業の炭素規制への対応力強化、原油、LNG、石炭など核心エネルギーの韓国籍船社の積載率維持を通じた物流安全保障の実現などが言及されました。
外交関係の中でも特に日本との関係では、未来志向的な発展を図り、韓日及び韓米日協力を維持するという立場を表明していますが、多くの懸念の声があるように日韓関係が再び昔のような冷却状態に戻るのか、それとも表明された協力基調が実現されるのかについては、継続的なモニタリングが必要でしょう。
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