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日本版コンセント制度の導入と審査におけるポイント①
2025.07.09
はじめに
令和5年6月14日に公布された「不正競争防止法等の一部を改正する法律」が令和6年4月1日施行され、日本でも商標のコンセント(同意)制度が導入されました。これは、商標登録出願をした際に他人の先行商標が引用された場合でも、先行商標権者が当該出願人による商標の登録に同意をすると、両商標間の混同が生じないことを条件として登録が認められる、というものです。
コンセント制度導入の議論自体は過去数十年にわたって行われてきたものの、長らく具体的な法改正にたどり着くことはありませんでした。しかし、海外ではコンセント制度を採用する国も多いため、グローバルな併存契約が締結されることも多く、日本でもコンセント制度の導入が期待されていました。このような国際的な制度調和の観点からも、コンセント制度に対するニーズが高まっており、遂に法改正となりました。
以下では、制度の概要を説明するとともに、コンセント制度を利用する上での実務上のポイントを詳しく解説します。
コンセント制度の概要
今般のコンセント制度導入にあたって、商標法には第4条第4項が新設されました。また、それに伴い商標審査基準(第4条第4項(先願に係る他人の登録商標の例外))、商標審査便覧(42.400.01 先願に係る他人の登録商標の例外に関する審査の具体的な取扱い、42.400.02 商標法第4条第4項の主張に係る資料の取扱い)も改訂されています。
- 商標法第4条第4項(先願に係る他人の登録商標の例外)
第1項第11号に該当する商標であっても、その商標登録出願人が、商標登録を受けることについて同号の他人の承諾を得ており、かつ、当該商標の使用をする商品又は役務と同号の他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の業務に係る商品又は役務との間で混同を生ずるおそれがないものについては、同号の規定は、適用しない。
商標法第4条第4項によると、コンセント制度を利用した商標登録が認められるためには、次の2つの要件を充足する必要があります。
①他人の承諾を得ていること
②出願人商標の使用に係る商品・役務と他人の登録商標に係る商品・役務との間で混同を生ずるおそれがないこと
コンセント制度には「完全型」と「留保型」の2類型があり、「完全型」は当事者間の合意のみで商標登録を認めるのに対し、「留保型」は審査官が出所の混同を生ずるおそれの有無等についても審査を行うというものです。日本では、上記②の要件も必要とされていることから、「留保型」であることが分かります。海外に目を向けると、ニュージーランド、オーストラリア、インドなどは「完全型」を採用している一方、アメリカ、中国、台湾、シンガポール、ベトナム、マレーシアなどは「留保型」を採用しています。また、日本とほぼ同時期にコンセント制度がスタートした韓国は「完全型」を採用しています。
なお、「他人の承諾」は、査定時において存在することを要し、「混同を生ずるおそれがないこと」は査定時を基準として、査定時現在のみならず、将来にわたっても必要とされています。
コンセント制度を用いた具体的手続
①「他人の承諾を得ていること」を示す資料
「他人の承諾を得ていること」を示すために承諾書を提出する場合、(1)引用商標権者であることを特定する記載、及び(2)出願人が当該商標登録出願について商標登録を受けることを承諾する旨の記載が必要となります。(1)の記載としては、引用商標権者の氏名又は名称、住所又は居所及び引用商標の登録番号の記載が必要となります。また(2)の記載としては、商標登録出願の番号、指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分を記載した上で、当該商標登録出願について、出願人が商標登録を受けることを承諾する旨を記載することが必要です。なお、「他人の承諾を得ていること」を示すための書面は、上記(1)及び(2)が確認できれば良く、必ずしも承諾書という名称の書類である必要はありません。また、「混同を生ずるおそれがないこと」を明らかにする資料と1通に統合した資料でも良いとされています。
②「混同を生ずるおそれがないこと」を示す資料
日本の商標制度は、実際に商標が使われているかどうかに関係なく商標登録が認められる「登録主義」に基づいています。また、審査は特許庁が職権で行うため、判断には限界があります。そのため、商標法第4条第1項第11号および第15号の審査では、実際の使用状況は必ずしも考慮されず、一般的・抽象的な観点から、商標の類似性や混同の可能性が判断されています。一方、コンセント制度では、商標の使用態様や事業内容など、より具体的な事情をもとに混同の有無が判断されます。そのため、出願人が特許庁に対してこれらの具体的な内容を丁寧に説明することが重要になります。
また、商標法上の「混同」には、一般的に「狭義の混同」と「広義の混同」という考え方があります。「狭義の混同」とは、商品・役務の出所が同一であると誤認されることをいい、「広義の混同」とは、商品・役務の出所が同一であると誤認される場合のみならず、経済的又は組織的に何等かの関係があると誤認されること(例:グループ会社であるとの誤認を生じさせる場合)をも含む概念です。商標審査基準では、コンセント制度における混同は広義の混同を指すものとされている点には注意が必要です。
出願人は、「混同を生ずるおそれがないこと」を審査官に示すため、資料を提出することができます。ただし、引用商標に専用使用権や通常使用権が設定されている場合は、引用商標権者のみならず専用使用権者又は通常使用権者との間でも混同を生ずるおそれがないことが必要となる点は、注意が必要です。
審査官が混同を生ずるおそれがないことを判断する際の考慮要素として、商標審査基準は、以下の①から⑧のような事由を挙げています。
① 両商標の類似性の程度
② 商標の周知度
③ 商標が造語よりなるものであるか、又は構成上顕著な特徴を有するものであるか
④ 商標がハウスマークであるか
⑤ 企業における多角経営の可能性
⑥ 商品間、役務間又は商品と役務間の関連性
⑦ 商品等の需要者の共通性
⑧ 商標の使用態様その他取引の実情
- 査定時現在における混同を生ずるおそれについて
上記の⑧ 商標の使用態様その他取引の実情については、引用商標及び出願商標の現在における使用態様その他取引の実情を考慮し、査定時現在において使用態様等について当事者の合意がある場合は、当該合意内容も考慮するとされています。また、現在における具体的な使用態様等は審査官による職権調査によっても把握し得るため、職権調査で得た事情も合わせて判断されます。コンセント制度が利用されるケースでは、査定時において引用商標及び出願商標のいずれも、又は一方が使用されていないことも多いと考えられますが、そのような場合でもコンセント制度は利用可能です。そして、商標審査基準では、「少なくとも一方の商標が現実に使用されていないのであれば、査定時現在における混同を生ずるおそれを否定する要素として考慮する。」とされています。
- 将来の混同を生ずるおそれについて
前述のとおり、「混同を生ずるおそれがないこと」という要件は、査定時現在のみならず将来にわたっても要求されます。将来にわたっても混同が生じないことを証明する方法としては、(1)当事者間の合意、(2)両商標の具体的な事情に関する証拠等の提出が考えられます。(1)当事者間の合意の例としては、「引用商標権者、出願人それぞれ商標を常にハウスマークと併用する」、「引用商標権者は、引用商標を指定商品『コンピュータプログラム』中の『ゲーム用コンピュータプログラム』にのみ使用し、出願人は出願商標を商品『医療用コンピュータプログラム』にのみ使用する」、「引用商標権者は商品を東京都でのみ販売し、出願人は商品を大阪府のみで販売する」などが考えられます。(2)両商標の具体的な事情に関する証拠等の提出の例としては、「両商標とも長年にわたって特定の商品のみに使用されてきた事実がある」、「当事者の業務の性質からして領域の異なる事業に進出する可能性がない」といった事情を証拠の提出により示すことで、将来にわたっても混同が生じないことを証明することが考えられます。
なお、商標審査基準では、将来にわたって混同を生ずるおそれがないことを判断するにあたって、査定後に変動することが予想される事情は考慮されないとしている点に注意が必要です。これは、もし査定後に変動することが予想される事情を根拠に商標が併存登録された場合、それら商標の使用によって、将来両商標の間に混同を生ずるおそれが否定できないためです。この点に関して、上記(1)当事者間の合意を用いる場合には当事者間で「両商標に関する具体的な事情を将来にわたって変更しないこと」を合意書に明記することで対応可能であるため、審査官は査定後に事情が変動する可能性がないとの判断を下しやすいといえます。一方、(2)両商標の具体的な事情に関する証拠等の提出による場合、これまでの引用商標権者や出願人の具体的な事業の実施状況、商標の使用期間や地域等を証拠として提出し、今後もそのような事情が変動することがないと考えられる旨を示す必要があります。しかし、合意書と異なり不確定要素が複数含まれるため、審査官は査定後に事情が変動する可能性がないとの判断を下しにくい点に注意が必要です。そのため、出願人としては、「両商標に関する具体的な事情を将来にわたって変更しないこと」を合意書に明記できるよう、引用商標権者に協力を求めることが望ましいといえます。
「混同を生ずるおそれがないこと」を示す資料としては、当事者間の合意書や契約書を提出することが考えられますが、書類形式に明確な規定はなく、合意が有効かつ適切に存在することが確認できれば足りるとされています。また、当事者間の合意書や契約書は要約版でも良いほか、署名や押印も必須ではありません。ただし、要約版の内容では具体的な記載がなく「混同を生ずるおそれがないこと」が判断できない場合には、審査官から要約されていない合意書や契約書等の提出を求められることがあります。この際の実務上の注意点としては、承諾書や合意書、契約書といった資料は、包袋請求により誰でも閲覧可能となることです。したがって、審査官から要約されていない合意書や契約書等の提出を求められる可能性があることを前提に、合意書や契約書等の文言には機密事項等が含まれていないか、十分注意する必要があります。なお、書類に黒塗りをした上で特許庁に提出すること自体は可能ですが、基本的に黒塗りされた部分を根拠に審査することはできないとされていますので、この点にも注意が必要です。