ブログ
日本版コンセント制度の導入と審査におけるポイント②
2025.07.09
実務上の検討事項
ここからは、実務上問題となり得るケースについてどのように対応すべきか、事例を通して考えてみましょう。
検討事項1:
出願人と引用商標権者の商標の類似度は比較的高いものの、出願人の指定商品が「トイレ用芳香性消臭剤」、引用商標権者の指定商品が「局所麻酔剤」であり、用途や需要者、流通経路が大きく異なる。このような場合、合意書や意見書の記載の仕方はどうすれば良いか。
考え方:
一見すると大きく異なる商品・役務間であっても、類似群コードが同一であるため、審査上は類似と判断される商品・役務は多数あります。上記ケースは、このような場合にいかに商品・役務間の差異を主張するのが望ましいか、という設例です。商標審査便覧42.400.02を見ると、合意に関する書類の例として、「甲は、引用商標を指定商品のうち特定の商品にのみ使用し、乙は、出願商標を指定商品にのみ使用することで、甲及び乙は、出願商標と引用商標を同一商品に使用することはないものとする。」との記載があります。この記載は、甲(引用商標権者)の指定商品が包括的な記載(例:コンピュータソフトウェア)で、乙(出願人)の指定商品が具体的な記載(例:顔認識用コンピュータソフトウェア)のような場合に有効といえます。しかし、引用商標権者の指定商品も具体的な記載である場合、「特定の商品にのみ使用し」との記載は不自然です。そこで、上記ケースのような場合、合意書に、「甲は、引用商標を指定商品・役務にのみ使用し、乙も出願商標を指定商品・役務にのみ使用することで、甲及び乙は出願商標と引用商標を同一商品に使用することはないものとする。」といった記載をすることが考えられます。その上で、意見書において両商品の生産部門、用途、需要者等の相違を説明し、出所の混同を生ずるおそれが少ないことを主張することが考えられます。
検討事項2:
商標法第4条第4項における「混同を生ずるおそれがないこと」の主張時の商品・役務間の差異の説明は、商標法第4条第1項第11号における商品の類否、役務の類否と同程度の説明が求められるのか。
考え方:
商標法第4条第1項第11号における商品の類否、役務の類否、商品役務間の類否についての考慮要素は商標審査基準に規定があります(注1)。商標法第4条第1項第11号におけるこれらの類否を争う実務上のハードルは高く、強い説得力のある説明と相応の証拠の提出が求められると考えられています。もし、商標法第4条第4項における「混同を生ずるおそれがないこと」の主張時にも同程度の商品・役務間の差異を説明しなければならないとすると、出願人は実質的に商標法第4条第1項第11号の主張をしているのと変わらないことになり、大きな負担となります。しかし、商標法第4条第4項における「混同を生ずるおそれがないこと」の判断は、前述の①~⑧の要素の総合考慮となります。また、⑧の商標の使用態様その他取引の実情についても、ケースバイケースで様々な事情が考慮の対象となります。そのため、商標法第4条第4項における商品・役務の説明では、必ずしも商標法第4条第1項第11号における説明と同程度の説明が求められるものではないと考えられます。また、商品・役務間の差異の説明が説得力を欠く場合でも直ちに拒絶査定となるわけではなく、出願人には説明を補完する機会が与えられると考えられています。
検討事項3:
承諾書や合意書はどの段階で提出すべきか。
考え方:
承諾書や合意書の提出時期については、明確な制限は設けられていません。例えば、「日本版コンセント制度の導入と審査におけるポイント③ コンセント制度を用いた登録例 登録例1」では、商標登録出願後、まだ拒絶理由通知書が発行されていない段階で、これらの書面を提出しています。先行商標との類似性が高く引用されるおそれが極めて高い、事業計画の観点から少しでも早く商標登録を完了したい、グローバルでの商標登録に関する併存契約が締結されており相手方との関係でトラブルが生じるおそれがない、といった事情がある場合は、出願と同時に、又は出願後拒絶理由通知書の発行前に承諾書や合意書を提出することが考えられるでしょう。しかし、一般的には拒絶理由通知書を受けた後に引用商標権者と交渉を開始し、拒絶理由通知書への応答時に意見書と共にこれらの書面を提出するのが望ましいといえます。なぜなら、先行商標が実際に引用されるかどうか不明な段階で先行商標権者と交渉する必要は通常なく、むやみに交渉を持ちかけることで、かえって相手方との間に不要な争いが生じるおそれがあるためです。
検討事項4:
承諾書や合意書は、正式な提出前に特許庁に確認してもらうことは可能か。
考え方:
承諾書や合意書を提出した後に特許庁から再提出を求められることになれば、出願人・先行商標権者の双方にとって負担となります。そのため、特許庁への正式な提出に先立ち、出願人は通常の面接ガイドラインに従い、ドラフト段階の書面についても事前に確認を受けることが可能とされています。また、仮にこれらの書面を正式に提出した後、審査官が「混同のおそれは解消されていない」と判断した場合でも、審査基準上、直ちに拒絶されるのではなく、追加資料の提出等を求められることが明記されており、柔軟な制度設計となっています。ただし、「混同を生ずるおそれがないこと」は前述のように具体的な事情についての判断が必要となるところ、担当審査官がまだ決まっていない場合には特許庁も適切な判断をすることは難しいといえます。また、担当審査官がすでに決まっていたとしても、相談が長引くことで拒絶理由通知書の発行が遅れてしまうおそれがあります。このような遅れは、特に領域指定の通報日から18ヶ月以内の審査が要求される国際商標登録出願において問題となり得ます。そのため、出願前や、出願直後の段階で特許庁にドラフトの詳細を確認してもらうことは難しいと考えられます。
検討事項5:
審査便覧では、「混同を生ずるおそれがないこと」の考慮事由として、ハウスマークの付記が挙げられているが、ファミリーネームやペットネームの付記も考慮事由になるのか。
考え方:
ファミリーネームやペットネームについても、ハウスマークの付記同様、「混同を生ずるおそれがないこと」の考慮事由となり得ると考えられます。ただし、需要者が出所を識別できることが重要であるところ、ファミリーネームやペットネームの出所識別力はハウスマークと比べて弱いケースがあるため、注意が必要です。
検討事項6:
別件で使用した承諾書や合意書は、援用可能か。
考え方:
コンセント制度は、案件毎の個別具体的な判断が重視されています。そのため、別件で使用した承諾書や合意書を援用することはできないとされています。商標は既にコンセント制度を利用して登録となっている別件の出願と同一、指定商品・役務についても前回の出願とほぼ同一のものを指定している、などの事情から、少なくとも別件で登録となっている指定商品・役務については別件で提出済の資料の援用が認められても良いように思われますが、少なくとも現時点で特許庁は援用を認めない方針のようです。
併存登録後の措置
コンセント制度が採用されたことにより、併存登録後の措置に関しても一部制度が改正されています。まず、一方の権利者による商標の使用の結果、他方の権利者の業務上の利益が害されるおそれがあるときは、混同防止表示請求が可能とされています(商標法第24条の4第1号)。これは、これまで商標権が移転された場合に認められていた制度ですが、コンセント制度による商標権の併存登録の場合にも認められるようになりました。
また、当事者の一方が不正競争の目的で商標を使用し出所混同を生じさせた場合には、何人も不正使用取消審判の請求が可能となっています(商標法第52条の2第1項)。本規定も、以前は商標権が移転された場合に認められていた制度ですが、コンセント制度による商標権の併存登録の場合にも認められるようになりました。
(注1)第4条第1項第11号(先願に係る他人の登録商標)では、商品の類否、役務の類否、商品役務間の類否について、それぞれ次のような考慮要素が規定されています。
(1) 商品の類否について
① 生産部門が一致するかどうか
② 販売部門が一致するかどうか
③ 原材料及び品質が一致するかどうか
④ 用途が一致するかどうか
⑤ 需要者の範囲が一致するかどうか
⑥ 完成品と部品との関係にあるかどうか
(2) 役務の類否について
① 提供の手段、目的又は場所が一致するかどうか
② 提供に関連する物品が一致するかどうか
③ 需要者の範囲が一致するかどうか
④ 業種が同じかどうか
⑤ 当該役務に関する業務や事業者を規制する法律が同じかどうか
⑥ 同一の事業者が提供するものであるかどうか
(3) 商品役務間の類否について
① 商品の製造・販売と役務の提供が同一事業者によって行われているのが一般的であるかどうか
② 商品と役務の用途が一致するかどうか
③ 商品の販売場所と役務の提供場所が一致するかどうか
④ 需要者の範囲が一致するかどうか
日本版コンセント制度の導入と審査におけるポイント①はこちら
日本版コンセント制度の導入と審査におけるポイント③はこちら