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【パブコメ後更新版】MBO新ルールの公開買付届出書作成への影響について
2025.07.18
はじめに
2025年4月14日、東京証券取引所(以下「東証」といいます。)は、「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し等について」を公表し、マネジメント・バイアウト(MBO)や支配株主による完全子会社化等に関する企業行動規範の所要の見直し(以下今回の見直し後の企業行動規範について「MBO新ルール」といいます。)についてパブリック・コメント手続き(期間は同年5月14日まで)に付され、同年7月7日にその結果が公表されました。MBO新ルールは、同年7月22日が施行日とされ、施行日以後にMBO等を決定するものから適用されます。本稿では、パブリック・コメント手続きを経た変更も踏まえ、MBO新ルールの概要について解説するとともに、MBO新ルールの施行に伴う実務上の留意点を公開買付届出書の作成の観点から取り扱います。
MBO新ルールの概要
MBO新ルールは、(1)少数株主への影響に関する意見の入手先・内容の見直し、及び(2)適時開示における情報拡充に大別され、概要は以下となります。
項目 |
内容 |
(1) 少数株主への影響に関する意見の入手先・内容の見直し |
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①適用対象の拡大 |
✓ MBO、その他の関係会社等による完全子会社化等を適用対象に |
②意見の入手先の変更 |
✓ 入手先が特別委員会に限定 |
③意見の内容の変更、検討の視点の明確化 |
✓ 公開買付け等が「一般株主」にとって「公正なものであること」に変更 |
(2) 適時開示における情報拡充 |
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適用対象の拡大 |
✓ その他の関係会社等による完全子会社化等を適用対象に |
算定の前提条件の開示拡充 |
✓ DCF法による株式価値算定に関して、財務予測の作成経緯やその前提となる考え方、割引率、継続価値、非事業用資産といった項目について追加的な開示が必要に |
(1) 少数株主への影響に関する意見の入手先・内容の見直し
有価証券上場規程では企業行動規範として、支配株主を有する上場会社がその支配株主が関連する公開買付けに関する意見表明等の決定を行う場合には、当該決定が「少数株主にとって不利益なものでないこと」に関し、「当該支配株主との間で利害関係を有しない者」による意見の入手が求められてきました(有価証券上場規程441条の2第1項)。そのため、支配株主が関与する上場会社の完全子会社化においては、当該上場会社にて特別委員会を設置し「少数株主にとって不利益なものではないこと」に関する意見を答申書の形式で取得することが実務上一般的に実施されています。
今般、MBO新ルールでは、このような少数株主への影響に関する意見を入手しなければならない場面を、従前の支配株主による完全子会社化に加えて、MBO、その他の関係会社[1]等[2]による完全子会社化等[3]を含めることとしています(改定後有価証券上場規程441条1項)。また、意見の入手先については、「当該支配株主との間で利害関係を有しない者」から「独立性を有する社外取締役又は社外監査役その他の独立性を有する者」で構成される「特別委員会」に限定され、意見の内容としても「少数株主にとって不利益でないこと」から「一般株主にとって公正なものであること」に変更されています(改定後有価証券上場規程441条1項、改定後有価証券上場規程施行規則436条の3第1項)。
①適用対象の拡大
上記のように、意見を入手しなければならない場面として、支配株主による完全子会社化に加えてMBOとその他の関係会社等による完全子会社化等が含まれることになりました。関連会社や兄弟会社を完全子会社化するための公開買付けへの意見表明等にも適用対象が拡大されたことになりますが、上場廃止を伴う完全子会社化においては、特別委員会による意見を入手することが既に実務上一般的となっていると考えられますので[4]、MBO新ルールに伴う適用対象の拡大自体による実務上の影響はあまり想定されないといえます。
また、パブリック・コメント手続きを経て、緊急性が極めて高いものとして東証が認める場合には特別委員会の設置を必須とはせず、独立性を有する社外取締役、社外監査役、その他の独立性を有する者による意見を記載した書面の入手で足りることとされました(改定後有価証券上場規程441条1項但書)。企業の再生局面における買収を緊急性が高い場合として東証は想定しているとのことですが[5]、このように特別委員会の設置が不要となる場合があることは注目されます。
②意見の入手先の変更(特別委員会への限定)
MBO新ルールでは、意見の入手先を従前の利害関係を有しない「者」から独立性を有する社外取締役、社外監査役又はその他の独立性を有する者で構成される「特別委員会」に限定しています。実務上、公開買付け後も上場維持を前提として実施される取引(例として、支配株主が買付者と応募契約を締結する、連結子会社化を目的とする公開買付け)においては、特別委員会ではなく社外監査役から少数株主にとって不利益なものでない旨の意見書を取得する事例が見受けられます。もっとも、前述のように完全子会社化においては特別委員会から意見を取得することが実務上一般的になっていますので、特別委員会からの意見に限定されることによる影響は少ないと考えられます。
また、パブリック・コメント手続きを経て、特別委員会の構成員については従前の「利害関係を有しない」という限定ではなく、買収者(公開買付者又は支配株主等)からの独立性及び公開買付け等の成否からの独立性を有するという限定に変更されました。公正M&A指針(以下で定義します。)等も踏まえた変更とのことですが[6]、実務上、既に特別委員会の構成員については買収者からの独立性及び買収の成否からの独立性(成功報酬を含めないこと等)を考慮するのが一般的と考えられるため、当該変更(「利害関係を有しない」から「独立性を有する」への変更)についても実務上の影響は少ないと考えられます。
③意見の内容の変更、検討の視点の明確化
MBO新ルールでは、特別委員会から取得する意見の内容を従前の「少数株主にとって不利益なものでないこと」から「一般株主にとって公正なものであること」に変更しています。このように、被影響者(少数株主から一般株主)と評価(不利益なものでないから公正なものであること)の2点が変更されており、前者については経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」(2019年6月28日)(以下「公正M&A指針」といいます。)における表現と平仄を合わせたものと考えられます[7] [8]。現状実務においても公正M&A指針を踏まえた運用が実施されていることが一般的であるため[9]、被影響者にかかる変更による影響は、表現面の修正等、限定的と考えられます。
一方で、評価については、東証が「価格の公正性に懸念があるにも関わらず、…「不利益でない」と意見する事例」を踏まえてMBO新ルールを策定していることから、従前より踏み込んだ内容と考えられます。「公正であること」を判断するための観点として、東証は「公正M&A指針も踏まえ、企業価値の増加分が一般株主に公正に分配されるような取引になっているか」を示しています。前述のように、実務において公正M&A指針を踏まえた運用がなされていることから既に上記観点も踏まえた検討がなされており、その意味では、従前と異なる対応が求められる場面は限定的とも考えられます。しかし、これまでの実務においては、買収による企業価値増加分を考慮しない事業計画(買収によるシナジーを加味しない事業計画)に基づき株式価値算定が行われることが一般的であったところ、このような実務上のプラクティスの中で、どのような場合であれば「企業価値の増加分が一般株主に公正に分配されるような取引になっている」と判断できるかは、直ちに明らかではありません。
パブリック・コメント手続きでの東証の回答では、「取引の公正性を判断するに際しては…「企業価値の増加分が一般株主に公正に分配されるような取引になっているか」が基本的な目線」とされる一方で、「企業価値の増加分の定量化が困難な場合もあることから、必ずしも、企業価値の増加分やそのうち一般株主が享受すべき部分の価値について定量的な算出・説明を求めるものではな」く、特別委員会においては「取引条件の公正性や手続きの公正性等の検討の観点を踏まえ、取引が「公正である」ことに関して意見することが求められる」とされています[10]。特別委員会では、取引の目的の正当性・合理性、取引条件の妥当性及び取引に係る手続の公正性の各項目に係る判断に基づいて少数株主にとって不利益ではないことを判断することが、特別委員会の判断過程として、従前より一般的であると考えられるところ、東証の上記回答を踏まえると、MBO新ルールにおいてもこのような判断過程は維持されるものと考えられます。また、下記表のように、特別委員会が検討しなければならない「取引条件の公正性」での検討の視点である「株式価値算定内容およびその前提とした財務予測・前提条件等の合理性」において、企業価値増加分(シナジー)の検討は明示的には要求されていません。したがって、シナジーを加味しない事業計画に基づく株式価値算定を踏まえ、取引条件の公正性ひいては取引の公正性を判断することも引き続き許容されていると考えられることから、事業計画策定等に係る実務への影響は大きくないと考えられます。
もっとも、「企業価値の増加分が一般株主に公正に分配されるような取引になっているか」が基本的な目線として設定され、どのような場合に当該目線を充足するのかについては引き続き明らかではないため[11]、MBO新ルール施行後の実務の動向を引き続き注視していく必要があると考えられます。
また、対象会社・一般株主の利益を図る立場から、特別委員会による「一般株主にとって公正なものであること」に関する意見をするにあたり検討・説明すべき視点として、以下の事項が要求されることになりました[12]。
項目 |
検討の視点 |
①取引の是非 |
当該取引が、上場会社の企業価値向上に資するか |
②取引条件の公正性 |
以下の観点を踏まえ、買収対価の水準、買収の方法及び買収対価の種類その他の取引の条件が公正なものとなっているかどうか |
③手続の公正性 |
取引条件の公正さを担保するための手続が十分に講じられているかどうか[16](一部の公正性担保措置を講じない場合にはその理由[17]) |
いずれも従前の実務において検討され、その検討結果が特別委員会の答申書の中でも明示されてきたものですが、今回MBO新ルールにより特別委員会が検討・判断すべき事項として有価証券上場規程施行規則の中で明文化されることになっています。また、東証は上記の通り、各事項における検討の観点も示しており、特に、取引条件の公正性について「協議・交渉の方針や主要な論点が存在する場合にはその内容、当初の協議・交渉方針から変更が生じた場合にはその理由(破談リスクに関する検討内容等を含む)」等の説明が求められていること、手続の公正性について公正M&A指針で例示されている公正性担保措置の一部(外部専門家の専門的助言等、マーケット・チェック、マジョリティ・オブ・マイノリティ条件の設定又は強圧性排除)を行わない場合にはその理由や当該措置を講じなくとも全体として取引条件の公正さが手続的に担保されているかについての説明を求めていることについては、留意が必要です。具体的な留意事項については後記3.(2)及び(3)を参照ください。
さらに、MBO新ルールでは入手した意見の概要を適時開示資料に記載するのではなく、意見書そのものを適時開示資料の添付資料として要求することとしており(改定後有価証券上場規程441条2項)、この点は従前よりも追加的な対応を求めており留意が必要です。なお、パブリック・コメント手続きを経て、入手した意見書(答申書)において、事業上の機密情報が含まれている場合は、当該箇所について合理的な範囲で非開示とすることができる旨明示されました[18]。
(2) 適時開示における情報拡充
MBO及び支配株主等による公開買付けに対して上場会社が意見表明等を行う場合の適時開示においては必要かつ十分に行うことが求められ(有価証券上場規程441条、441条の2)、算定に関する事項として算定の重要な前提条件の具体的な記載が求められる等[19]、追加的な開示が求められているところ、MBO新ルールでは、追加的な開示が求められる場面としてその他の関係会社等による完全子会社化等を決定する場合を含めることとし(改定後有価証券上場規程441条2項)、さらに株式価値算定の概要の開示を拡充しています。具体的には、ディスカウントテッド・キャッシュ・フロー法(DCF法)による株式価値算定の重要な前提条件として、①財務予測[20]、②割引率[21]、③継続価値[22]、④非事業用資産[23]について追加的な開示を求めるとともに、算定機関の報酬体系(成立等を条件に支払われる成功報酬・成否にかかわらず支払われる固定報酬の別など)の開示を求めています[24]。従前よりも踏み込んだ開示が求められることから追加的な対応が必要となる点留意が必要です。具体的な留意事項については、後記3.(5)を参照ください。
MBO新ルールの公開買付届出書作成への影響
(1) 特別委員会への諮問事項・特別委員会の答申内容
前記2.(1)のとおり、特別委員会から取得する意見の内容が「少数株主にとって不利益でないこと」から「一般株主にとって公正なものであること」に変更されるため、諮問事項及び答申内容もこれに合わせて修正されることになると考えられます。なお、MBO新ルールは適時開示に係る規制であり、金融商品取引法に基づき提出が求められる公開買付届出書には直接的に影響を及ぼすものではありません。しかし、公開買付けにかかる開示において、公開買付届出書をベースに適時開示書類を作成することが実務上一般的であり、公表資料において統一的な表現がなされることが望ましいと考えられることから、MBO新ルールにかかる適時開示の内容の変更は、公開買付届出書の記載内容に反映されることが想定されます。
(2) 取引条件の公正性[25]に関する記載(公開買付者等との協議・交渉の過程)
MBO新ルールにおいて取引条件の公正性に関する検討の観点として示されたものは、現行実務において既に検討されるのが一般的なものと考えられますが、「公開買付者等との協議・交渉の過程」の観点で「協議・交渉の方針や主要な論点が存在する場合にはその内容、当初の協議・交渉方針から変更が生じた場合にはその理由」の検討・説明が求められたことには留意が必要です。現行実務においても、特別委員会が関与した協議・交渉の過程として具体的な価格交渉の内容が開示されることがありますが、協議・交渉の方針等についてまで開示されることは一般的ではないと考えられます。特別委員会の方針変更に至る検討経緯が不明であること等から特別委員会がその役割を十分に果たしたとは評価できないとする近時の裁判例[26]を意識した内容と考えられますが、仮に、協議・交渉において相手方に示さない(いわば「手の内」である)「協議・交渉の方針」等まで記載することを求める趣旨であるとすると、交渉戦略上、買収者との間で取引条件について合意に至るまでは、買収者に当該方針等について知られないようにする必要があるため、買収者の目に触れることになる公開買付届出書等の書類のドラフトにも記載することができないと考えられ、書類作成スケジュール等の観点から留意が必要であると考えられます。
(3) 手続の公正性に関する記載(公正性担保措置の実施状況及び実施しない場合の理由・全体の公正性)
MBO新ルールでは、公正M&A指針で例示されている6つの公正性担保措置[27]の実施状況並びに特別委員会の設置及び情報開示以外の措置(積極的なマーケット・チェックを含みます。)を実施しない場合にはその理由や当該措置を講じなくても全体として取引条件の公正さが手続的に担保されているかについて検討・説明が求められています。これらの公正性担保措置については実施の有無にかかわらず、言及が必要になった点には留意が必要です。これらのうち実施しないことが多いのはマジョリティ・オブ・マイノリティ条件の設定と考えられますが、現行実務においても、同条件を満たす買付予定数の下限を設定しない場合には、同条件を設定すると「本公開買付けの成立を不安定なものとし、かえって本公開買付けに応募することを希望する対象会社の少数株主の皆様の利益に資さない可能性もあると考えられること」等の理由を明示することが多いことから、MBO新ルールによって新たに対応が必要となることは少ないと考えられます。
また、強圧性の排除については、現行実務において明示的な公正性担保措置として言及されない場合もありますが、完全子会社化の取引においては、通常、公開買付けの決済の完了後速やかに公開買付価格と同一の対価を取得できるスクイーズアウト手続(価格決定申立権が確保されているもの)が予定されていることから、MBO新ルールの施行後は、そのことを公正性担保措置の1つとして言及することになると考えられます。
マーケット・チェックに関して、パブリック・コメント開始時においては、具体的かつ実現可能性のある対抗提案を受けた場合であって、MBO等に賛同するときには特別委員会における検討内容や当該判断の根拠の検討・説明が求められていましたが、パブリック・コメント手続きを経て、マーケット・チェックの方法、買付者との取引保護条項などを説明することとされました[28] [29]。また、MBO新ルールでは、(間接的なマーケット・チェックを講じていても)積極的なマーケット・チェックを講じていない場合にその理由等の説明が必要とされている点には留意が必要です。積極的なマーケット・チェックを講じない理由として、「情報管理の観点等」や「情報拡散への懸念」からその実施が容易ではないことや公開買付者の株券等所有割合を踏まえ実施する意義が大きいとはいえないといった開示がなされることが実務上あります。
(4) 答申書全体の記載
MBO新ルールでは、特別委員会からの答申書が適時開示書類の添付書類とされたことから、少なくとも添付書類として答申書の全文が開示されることになりました。現行実務では答申書の内容を開示書類としての読みやすさの観点から調整して開示書類に記載する取扱いが見受けられますが、このような従前の取扱いについて認められるのか、それとも開示書類の本文でも全文の開示が必要であるかは必ずしも明らかではありません。仮に開示書類本文でも答申書の全文の記載が必要とされる場合には、従前の対応から変更となる可能性があるため留意が必要です。この点についてパブリック・コメント手続きを経ても明確にはなりませんでしたが、前記2.(1)③のとおり、パブリック・コメント手続きを経て、答申書に事業上の機密情報が含まれる場合には当該箇所について合理的な範囲で非開示とすることが可能であることが明示されました。
(5) 株式価値算定の重要な前提条件の記載
前記2.(2)のとおり、MBO新ルールではDCF法における株式価値算定の重要な前提条件について開示が拡充されています。公正M&A指針の内容を踏まえた拡充であるもの(財務予測期間の設定に関する考え方や従前公表された財務予測と大きく異なる財務予測を用いる理由等)や従前の実務でも言及されていたもの(FCFの大幅な増減の要因等)が多い印象ですが、以下のような従前の実務でほとんど言及されることのなかった事項についても開示が求められるものがあり、開示書類の作成に当たっては留意が必要です。
ⅰ. 財務予測の作成経緯及び目的
パブリック・コメント手続きを経て、財務予測については、その作成経緯(プロセスの概要等)やどういった目的で作成された財務予測かの開示が追加的に求められることになりました。現行実務においても、財務予測が記載された事業計画の作成等に公開買付関連当事者が関与していないこと等といった作成経緯の開示[30]や、事業計画が完全子会社化を目的とする取引ために作成されたといった目的の開示がなされることもありますが、MBO新ルールではこれらの事項の開示が必須となっています。
ⅱ. 割引率の種類、サイズリスク・プレミアム[31]の考慮等
公正M&A指針では、割引率の種類の例として、株主資本コストか加重平均資本コストを明示しており、そのような説明を行うことが求められるとするのが文理解釈としても自然と考えられます。また、割引率の算出に当たってサイズリスク・プレミアムなどの追加的なリスク・プレミアムの考慮が行われた場合にはその内容と根拠を明示する必要があります。
ⅲ. 継続価値の具体的な数値(レンジ可)、パラメータ設定に関する考え方
継続価値については従前からその算出手法(永久成長法やマルチプル法等)の開示が求められていましたが、MBO新ルールでは継続価値の具体的な数値そのものの開示が求められています。企業価値・事業価値や純有利子負債の具体的な数値の開示は求められていませんが、事業価値における継続価値だけは具体的な数値の開示が必要になります。また、パブリック・コメント手続きを経て、前提条件(最終事業年度の一時的な支出を考慮しない等)の内容は、「算定において重要性を有する場合」に限り、開示が必要となりました。そこで、最終事業年度のFCFを継続価値算出のためのFCFとしてそのまま利用しない場合(調整する場合)には算定において重要性を有する前提条件として調整内容の開示が必要となるか検討する必要があります[32]。
Ⅳ. 算定において重要性を有する個別資産(非事業用資産)
公正M&A指針でも、企業価値を構成する非事業用資産の価値について株式価値算定において重要性がある場合には、これについての考え方を説明することが望ましいとの指摘があると言及されていましたが[33]、MBO新ルールでは、非事業用資産について、算定において重要性を有する場合に個別資産の算定上の取扱い(算定上の考え方)の開示が求められることになりました。なお、パブリック・コメント手続きを経て当該開示を求められる個別資産の例示として、現預金、保有有価証券、賃貸等不動産などが挙げられています[34]。このようにMBO新ルール施行後では、算定において重要性があると判断された場合に、事業用資産と非事業用資産切り分けについての考え方[35]についての開示が必要となります。なお、開示が求められるのは個別資産に係る切り分けの考え方であり、当該個別資産が事業用資産と非事業用資産のどちらかに計上されているかについて詳細な開示は求められないことはパブリック・コメント手続きを経て明示されました[36]。また、パブリック・コメント手続きを経ても、重要性を有するか否かについて定量的な基準は明示されなかったものの、算定において重要性を有する場合の例示として、①資産全体に占める賃貸等不動産賃貸等不動産・保有有価証券等の割合が大きい場合やこれらの含み益が大きい場合、②現預金がその属する業種・業界における一般的な水準と比較して多い場合を挙げられています[37]。一方で、何をもって割合等が大きいかといった基準は明示されていないため、個別具体的な事案において開示の要否につき慎重な検討が必要となると考えられます。
最後に
MBO新ルールは、従前の実務上の取り扱いをトレースするものもありますが、従前よりも踏み込んだ開示を求めるものがあるため、留意が必要です。金融庁でも2025年7月4日付けで「令和6年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等に関するパブリック・コメントの結果等について」が公表され(施行日は2026年5月1日)、公開買付届出書の「買付け等の目的」欄の記載事項が拡充されています。このように公開買付けにおける開示の充実化を求める流れはより強くなっていくものと考えられ、今後もその動向に引き続き留意が必要です。
[1] 財務諸表等規則8条8項に規定するその他の関係会社をいい、対象会社を関連会社とする会社等が該当します。
[2] ①上場会社と同一の親会社をもつ会社等(当該上場会社及びその子会社等を除く。)、②上場会社の親会社の役員及びその近親者、③上場会社の支配株主(当該上場会社の親会社を除く。)の近親者、④上場会社の支配株主(当該上場会社の親会社を除く。)及び③に掲げる者が議決権の過半数を自己の計算において所有している会社等及び当該会社等の子会社(当該上場会社及びその子会社等を除く。) 、⑤上場会社のその他の関係会社の親会社、⑥上場会社のその他の関係会社の子会社が含まれます(改定後有価証券上場規程施行規則436条の3第3項)。
[3] MBO、支配株主等による公開買付けのほか、支配株主等(一連の行為として行われる公開買付けにより新たに支配株主等になった者は除かれます。)が関連する株式併合、株式交換、株式移転等を行うこと(上場廃止となることが見込まれる場合に限られます。)等が対象となります(有価証券上場規程441条)。
[4] 2024年4月1日から2025年6月30日までに提出された公開買付届出書において買付予定数の上限がない旨記載された公開買付け(いわゆる全部取得を目的とする公開買付け)121件の全件において、特別委員会(又は独立委員会)が設置されています(公表された公開買付届出書に基づき筆者が確認)。
[5]東証「「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し等について」に寄せられたパブリック・コメントの結果について」(2025年7月7日)(以下「パブコメ回答」といいます。)No.24。
[6] パブコメ回答No.21。
[7] 公正M&A指針において、「一般株主とは、対象会社の株主のうち、買収者および当該M&Aに関して買収者と重要な利害関係を共通にする株主を除いた者をいう。」とされています(公正M&A指針5頁)。
[8] なお、従前の支配株主との取引等に係る遵守事項としては、引き続き「少数株主にとって不利益なものでないこと」に関し「独立性を有する者」による意見を入手する必要があります(改定後有価証券上場規程441条の2第1項)。
[9] 公開買付けにおいて買付資金を金融機関から借り入れる場合に、当該借入の前提条件として「対象会社の意思決定及び遂行にあたり、公正M&A指針の趣旨が実務上可能な限り尊重されていること」が含まれる場合もあります。
[10] パブコメ回答No.26乃至No.28。
[11] なお、シナジーを加味しない事業計画をベースに作成された株式価値の下限を下回るような公開買付価格での公開買付けについては、公開買付価格がシナジーを加味しない株式価値を下回っていることから「企業価値の増加分が一般株主に公正に分配されるような取引」には該当しないと考えられます。もっとも、近時の裁判例を踏まえ、このような場合には特別委員会の承認を得られないことが既に一般的になっていると考えられますので、この点に対する実務上の影響は大きくないと考えられます。
[12] 改定後有価証券上場規程施行規則436条の3第2項、東証「会社情報適時開示ガイドブック」(2025年7月改訂箇所)第3編第1章【MBO等に係る企業行動規範に関する実務上の留意事項等】。
[13] ①公開買付者等と時系列での協議の経過(特別委員会の関与の内容を含む)、②特別委員会における協議・交渉の方針や主要な論点が存在する場合にはその内容、当初の協議・交渉方針から変更が生じた場合にはその理由(破談リスクに関する検討内容等を含む)等を踏まえ、協議・交渉が企業価値を高めつつ一般株主にとってできる限り有利な取引条件でM&Aが行われることを目指して行われているかどうかについて検討することが求められるとのことです。
[14] 取引条件の公正性を判断するにあたり基礎とした株式価値算定の内容及びその前提とされた財務予測・前提条件等が合理的なものとなっているかどうかについて検討することが求められ、特に財務予測に利益・FCFの大幅な増減を見込んでいる場合や当該M&A以前に公表されていた財務予測と大きく異なる財務予測を用いる場合、割引率や継続価値などに関して重要な前提条件が置かれている場合には、その合理性について慎重に検討することが求められるとのことです。
[15] 過去の市場や同種案件と比較してプレミアムの水準が妥当なものとなっているかどうかについて検討することが求められ、買収の検討と近接した時期にネガティブ情報を公表している場合には、当該ネガティブ情報の合理性や当該時期に当該取引を行うことを選択した背景・理由等を確認のうえ、それらの内容も踏まえて妥当性について検討することが求められるとのことです。
[16] 公正M&A指針で例示されている公正性担保措置(特別委員会の設置、外部専門家の専門的助言等、マーケット・チェック、マジョリティ・オブ・マイノリティ条件の設定、強圧性排除、情報開示)を実施している場合には、その具体的な実施状況について説明することが求められるとのことです。
[17] ①外部専門家の専門的助言等、②積極的なマーケット・チェック、③間接的なマーケット・チェック、④マジョリティ・オブ・マイノリティ条件の設定又は⑤強圧性排除のいずれかを公正性担保措置として講じない場合には、その理由や、当該公正性担保措置を講じなくても全体として取引条件の公正さが手続的に担保されているか(これを補うために他の公正性担保措置を実施している場合にはその内容を含む)について説明することが求められるとのことです。
[18] 東証「会社情報適時開示ガイドブック」(2025年7月改訂箇所)第3編第1章【MBO等に係る企業行動規範に関する実務上の留意事項等】
[19] 東証「会社情報適時開示ガイドブック(2025年4月版)」146頁。
[20] 財務予測の作成経緯(プロセスの概要等)及び目的、財務予測期間の設定に関する考え方、財務予測の前提となる考え方(事業内容や事業環境等についてどのような前提を置いているか)、フリー・キャッシュ・フロー(FCF)に大幅な増減(全事業年度と比較して30%以上の増減)がある場合にはその要因、公表されている直近の数値と大幅に異なる(売上高10%以上、利益又はFCFは30%以上の増減の)数値の財務予測を用いる場合にはその理由についての開示が追加で要求されています。なお、2025年2月18日開催の第20回市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の資料では、財務予測の具体的な数値として成長率を追加される旨記載されていましたが(東証上場部「MBO・支配株主による完全子会社化に関する企業行動規範の見直し」(2025年2月18日))、同年4月14日付の公表資料からは成長率の記載はなくなっています。また、パブリック・コメント手続きを経て財務予測の作成主体に加えて作成経緯(プロセスの概要等)及び目的が追加されています。
[21] 割引率の「種類」の開示が追加的に求められることになり、サイズリスク・プレミアムなど追加的なリスク・プレミアムの考慮がある場合には、その内容と根拠の開示が必要になります。
[22] 継続価値の具体的な数値(レンジ可)及び継続価値の算定に用いたパラメータの設定に関する考え方の開示が追加で求められ、最終事業年度の一時的な支出は考慮しないよう調整を行っている等の前提条件がある場合には、その内容の開示が求められます。パブリック・コメント手続きを経て、当該前提条件については「算定において重要性を有する場合」に限り、開示が求められることになりました。
[23] 個別資産の算定上の取扱い(現預金、保有有価証券、賃貸等不動産などについて、事業資産と非事業資産の切り分けについての考え方など)の開示が算定において重要性を有する場合に限り追加的に求められます。
[24] 東証「会社情報適時開示ガイドブック」(2025年7月改訂箇所)第2編第1章12.公開買付け等に関する意見表明等
[25] 公正M&A指針では取引条件の「妥当性」という表現がなされていますが、MBO新ルールでは取引条件の「公正性」とされています。
[26] 東京地決令和5年3月23日金法2230号59頁。
[27] ①特別委員会の設置、②外部専門家の専門的助言等、③マーケット・チェック、④マジョリティ・オブ・マイノリティ条件、⑤強圧性の排除、⑥情報開示。
[28] 改定後有価証券上場規程や同施行規則に加え、東証「会社情報適時開示ガイドブック」(2025年7月改訂箇所)においても、対抗提案に係る記載はMBO新ルールとして追加されていません。
[29] 対抗提案に係る検討内容や判断根拠の検討・説明が求められる場合には、対抗提案の内容(対抗提案者の氏名・名称、取引条件等)についての開示が求められるのか(それともMBO等についての検討内容や判断の根拠を説明する上で必要な範囲でのみ言及すれば足りるのか)、MBO等の公表前に入札手続が実施される場合のMBO等の実施者以外の応札者による入札が「対抗提案」に該当するのかといった論点が想定されましたが、パブリックコメントを経たMBO新ルールにおいては、「マーケット・チェックの方法」などの記載のみ求められるため、当該論点を特段意識する必要はないと考えられます。
[30] 公正性担保措置としての対象会社における独立した検討体制の構築の説明として記載される場合があります。
[31] 資本資産評価モデル(CAPM)で説明できない超過収益率のうち、企業規模に起因する部分を調整するための追加的なプレミアムなどと説明されます(株式会社プルータス・コンサルティング編『企業価値評価の実務Q&A(第4版)』334頁〔岩佐秀典、野口真人〕(中央経済社、2018年)参照)。
[32] 重要性の判断に関する定量的な基準は設定されず、個別の事案の状況に応じて判断されることが想定されています(パブコメ回答No.79乃至No.82)。
[33] 公正M&A指針44頁。
[34] パブコメ回答No.83、No.84。
[35] 開示の例示として、①賃貸不動産や保有有価証券について、非事業資産又は事業資産への計上をどのような観点(売却可能性など)で判断しているのか、②現預金については事業上必要な資金をどのように設定したか、が挙げられています(パブコメ回答No.85、No.86)。
[36] パブコメ回答No.85、No.86。
[37] パブコメ回答No.83、No.84。
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