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特許実務とストーカー規制法改正に見る技術予測と権利範囲の考察
2025.10.06
はじめに
特許弁理士としての実務と社会で起きている出来事との間に、共通点があると実感する場面が増えている。特許実務においては、技術の発展や新しい製品の登場を見越して請求項を作成することが求められるが、同様の課題は法律の分野にも存在する。本ブログでは、ストーカー規制法の改正事例を通じて、法と特許実務に共通する課題を考察する。
技術の進展と新たな社会問題
近年、子どもの見守りや貴重品の紛失防止を目的とした小型端末が、ストーカー行為に悪用される例が増加している。加害者はこれらの端末を被害者の持ち物に忍ばせ、GPSやBluetooth通信を用いて位置情報を把握し、付きまといや待ち伏せなどの行為に及ぶ。このように、技術の進展が生活の利便性を高める一方で、新たな社会的リスクを生み出している。
ストーカー規制法改正の背景と限界
このような事態を受け、2021年のストーカー規制法改正では、相手の承諾なしに相手の持ち物にGPS端末を取り付けたり、GPSを用いて位置情報を取得したりする行為が禁止された。これにより、「位置情報を記録し、送信する機能を有する装置」を利用したストーカー行為を取り締まることが可能となった。しかしながら、この改正が当時主に問題となっていたGPS機器を想定したものであったと仮定するならば、その後普及した紛失防止タグ(以下「タグ」)には対応していなかったことになる。タグは端末自体が位置情報を発信する仕組みを持たないため、現行法上の規制対象から外れている。
新技術の登場と法改正の必要性
実際には、タグはBluetooth通信の届かない場所でも、近くにいる第三者のスマートフォンを介して位置情報を取得できる。そのため、タグを悪用すればGPSと同様の監視行為が可能になる。現在では、このような新技術を規制対象に含めるための法改正が検討されている。すなわち、法の制定時には想定していなかった新技術が登場し、既存の規制が不十分になるという典型的な事例である。
特許請求の範囲作成との共通点
この点は、特許請求の範囲を作成する際の弁理士実務とも共通している。法律の文言も特許請求の範囲も、いずれも「現時点で想定される範囲」を言語化して将来に適用するという性質を持つ。そのため、改正や補正を要する原因の多くは「想定外の技術」の出現にある。出願時点で想定した構成だけを記載した場合、後に登場する改良品や異なる構造の装置を権利範囲に含められないおそれがある点で、両者は非常に類似している。
発明の本質を捉える思考
特許出願の際には、既存の模倣品や改良品を想定するにとどまらず、発明の本質的技術思想を抽出し、多様な実施形態を包含できるよう請求項を構成することが重要である。将来の新技術を正確に予測することは困難であるが、「技術的差異があっても発明の本質は共通である」という視点をもって請求項を検討する必要がある。
具体例による考察
例えば、ある装置(装置A)を利用したストーカー行為を発見し、警察に通報するシステムを開発した場合を考える。装置Aが「自身の位置情報を記録し、他の装置Bに送信する」機能を有している場合、この構成のみを前提に請求項を作成すると、同様の目的を達成するが「位置情報を自ら送信せず、他の装置から取得される」別構成(装置X)には権利が及ばないおそれがある。本質的には、「被害者の所有物に仕掛けられた装置の位置情報が、加害者の装置に渡る」という現象こそが問題の核心であり、情報伝達の手段自体は本質ではない。したがって、請求項作成時には、通信手段や伝達経路の多様性を考慮した包括的な表現が求められる。
おわりに
法改正と特許実務に共通するのは、「現時点の状況だけを基準に規定してしまうと、将来の変化に対応できない」という点である。技術も社会も絶えず進化する以上、弁理士も立法者も「予測困難性」を前提に柔軟で本質的な思考を行う必要がある。発明の本質を見極め、未来の技術にも通用する概念として言語化することは、単なる出願作業ではなく、技術と法の間に橋を架ける知的営為である。弁理士はその最前線に立ち、変化を先取りしながら、技術と法をつなぐ役割を果たしていくことが期待される。
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