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【知的財産ランドスケープ】半導体材料 マスクブランクス(前編)
2025.11.20
はじめに
私たちの生活は、スマートフォンやパソコン、家電製品、自動車、医療機器、さらには社会インフラに至るまで、あらゆる場面で半導体集積回路(IC)に支えられています。ICは、現代社会の基盤を形成しており、その性能向上や安定供給は、私たちの日常生活や産業の発展に不可欠な要素となっています。そのICの製造工程において重要な役割を果たすのが、ナノスケールで回路パターンを形成するリソグラフィ工程であり、そこで使用されるマスクブランクスは、デバイス性能や歩留まりを大きく左右する欠かせない材料です。
マスクブランクスとは、フォトマスクの基材となるもので、石英ガラスなどの透明基板上に、クロム膜や多層膜、保護膜などが積層された構造を有しています。特にEUVリソグラフィの本格導入に伴い、反射率の精密制御、欠陥低減、耐環境性の向上などが求められ、マスクブランクスの技術は急速に高度化しています。マスクブランクスの品質がそのままフォトマスクの品質、ひいてはICの性能に直結するため、半導体製造のサプライチェーンにおいて極めて重要な位置づけとなっています。
この分野では、日本企業が大きな存在感を示しており、特にEUVマスクブランクスにおいては世界シェアの大部分を占め、強固な競争力を維持しています。求められる性能が極めて高く、極低欠陥の成膜プロセスや高い量産安定性など、参入のハードルが大きいことも、日本企業の優位性を支える要因となっています。さらに、高いシェアを維持するうえでは、特許が一定の役割を果たしていると考えられます。EUV向けマスクブランクスは性能要求が厳格であるため、各社の技術が似た方向へ収束しやすく、その結果として特許の排他効果が市場に強く働く傾向があります。
こうした背景を踏まえ、本稿では、高性能な半導体集積回路の製造に不可欠なマスクブランクスについて、特許の観点から俯瞰した内容をご紹介します。
優先権主張国別特許ファミリー件数
まずは優先権主張国別の、2015年以降に出願された特許ファミリー件数について調査した結果、日本が576件と突出して多く、次いで韓国が150件、米国が103件、中国が47件と続きました。ここで優先権主張国とは、同一特許ファミリーのうち最初の特許が出願された国であり、主に出願人の国籍を示します。これを時系列で見ると、毎年日本から多くの出願がされており、出願件数で1位をキープしていることがわかります。


ただ、出願件数が常に右肩上がりというわけではありません。時系列で見た優先権主張国別特許ファミリー件数のグラフの横軸を、2000年まで広げると、日本では2011年頃をピークに出願件数が減少傾向に転じています。このことより、近年のマスクブランクスの主要な適用先であるEUVリソグラフィの研究開発が1990年代から進められ、2010年代に量産実用化を達成し、EUVリソグラフィ用のマスクブランクスの基礎的な開発テーマが一巡しつつある可能性が示唆されます。
一方で、韓国や米国は、2020年代に出願件数がピークを迎えており、中国も近年出願件数が右肩上がりです。これらの国々では、マスクブランクス市場への参入やプレゼンス向上を目指し、研究開発が活発化している可能性が示唆されます。

特許ファミリー件数(日本単独出願を除く)
次に、日本からの出願についてもう少し詳しく見ていきます。半導体集積回路は、日本のみならずアジア、欧米など、世界中で製造されるものであるため、マスクブランクスに関する特許も、世界各国で出願されていることが望ましいといえます。この観点から、日本にのみ出願された特許(日本単独出願)を除外して、再度調査を行いました。その結果、日本の出願件数が依然としてトップでした。日本の出願のうち70%以上が他国でも出願されていることがわかり、日本企業は、世界中で製造・販売等を行うことを考慮した出願戦略を取っていることが分かります。

以下は、縦軸を優先権主張国、横軸を出願国としたマトリクスマップですが、こちらのマップからも、日本を優先権主張国とする出願は、世界各国でもまんべんなく出願されていることがわかります。

特許スコア
続いて、特許調査・分析のための商用ツール「米レクシスネクシス社のLexisNexis® PatentSight+(以下、PatentSight+)」を用いて、2015年以降に出願された特許について、各優先権主張国の特許スコアを評価しました。PatentSight+は「Patent Asset Index」(PAI)という指標を用いて特許の価値を評価します。PAIは特許ポートフォリオ全体の総スコアを示し、「Competitive Impact」(CI)は特許ファミリー1件あたりのスコアを示します。また、CIは技術的価値を示す「Technology Relevance」(TR)と市場的価値を示す「Market Coverage」(MC)を掛け合わせることで算出され、PAIはCIの合計によって算出されます。


※ファミリー件数が10件未満の台湾及び欧州は除外しています。
PatentSight+で算出したスコアは、米国や欧州においてやや高めに出る傾向がありますが、PAIに関して、日本はトップでした。また、平均スコアを示すCIでみても、日本は米国を抑えて第1位でした。つまり、本ツールを用いた指標によると、日本では価値の高い特許が多く出願されていることがわかります。
続いて、各国特許の技術的価値と市場的価値を確認するために、CIをTRとMCに分解し、縦軸にTR、横軸にMCを設定して、優先権主張国別のバブルチャートを作成しました。

上記バブルチャートに示されているように、日本が最も高いTRを有しています。これは、多くの日本出願を基礎として各国で出願され、各国語で翻訳された公報が発行されることで、世界中で参照されやすい状態になっていることに加え、日本の特許がマスクブランクス分野の基礎技術を広くカバーしているため、各国の審査で引用文献として取り上げられやすい状況にあることに起因していると考えられ、日本のマスクブランクス関連の特許群が世界的に非常に高い技術的価値を有していることを示唆しています。
MCについても、日本は米国に次いで世界第2位となっており、非常に高い市場的価値(市場カバー率)を有していることがわかります。
次回は、マスクブランクス関連の特許出願について、プレイヤーの観点から見ていきます。

