対談・座談・インタビュー
近時のTOB事例における新たな問題
2020.10.01
近時のTOB事例においては、敵対的な事案の増加や、対象会社の意見表明の内容の複雑化といった傾向が見られる。こうした事例を含め、近時のTOB事例には、どのような法的論点があるのか。
近時のTOB事例の傾向と敵対的TOBにおける留意点
宮下弁護士
近時のTOB事例の傾向として、敵対的な事案が増加しているということ、また、対象会社の意見表明の内容が複雑になっていること、この2点が挙げられるのではないかと考えています。
そこでまず、敵対的TOBについて話ができればと思いますが、敵対的TOBを行う場合、通常のTOBと比較し、何が一番気を付けるべきポイントなのでしょうか。例えば、対象会社の協力が得られない中では、公正取引委員会への届出に一定の困難性を伴うというようなことはよく言われますが、そのようなある意味事務的な部分よりも、もっと本質的なことがあるのではないかという気もしています。
谷口弁護士
少し前は、対象会社の賛同が得られない、敵対的とまでいかなくても、完全に友好的ではない案件では、買収資金を提供する金融機関や、公開買付代理人となるべき証券会社を見つけることが困難であるという状況がありましたが、金融機関や証券会社の考え方に変化が見られ、現在は、その点のハードルは比較的低下している印象があります。
ただ、事務的なことであっても、実際に一定の影響はあると思います。例えば、公開買付届出書は、対象会社から情報が得られることを前提とした記載項目になっており、対象会社から情報が得られないと記載が難しい内容も多くあります。
池田弁護士
私も、公正取引委員会への届出については、それほど大きな障害とはならない印象を持っています。
注意すべきは、米国証券法上の公開買付規制の免除規定を使う場合ではないでしょうか。そもそも米国居住株主からの買付けを一切行わないという方法もありますが、できるだけ幅広く買い集めることを目指し、米国居住株主からの応募を受け付ける場合は、米国証券法の適用を限定するために、免除規定の要件を満たす必要があり、その内容として、米国居住株主が一定の割合以下であることが含まれています。敵対的TOBを検討する場合、事前にプロキシーファイトを展開しているような場合はともかく、通常、水面下で準備が進められるため、対象会社から株主名簿を入手することができない場合もあり、そのような状況の中で、米国居住株主が一定割合以下であることをどのように確認するか、米国法律事務所の証券規制を専門とする弁護士との連携も重要となってくる部分です。
岡部弁護士
公的機関全般に対しての印象ですが、敵対的だからといって特別扱いしないというスタンスであるように感じています。敵対的事例の場合は、文字どおり買収者と対象会社が敵対しているわけですが、公的機関が特別な対応をすることにより、通常の場合よりも買収が困難になったり容易になったりすることがあるとすれば適切ではないため、どちらにも肩入れせず、中立の立場を保つという考え方なのだろうと考えています。
敵対的TOBとインサイダー取引規制
岡部弁護士
実際上、支障になる可能性があるのは、インサイダー取引規制ではないかと思います。友好的なTOBであれば、対象会社にインサイダー情報に該当し得るものがある場合、対象会社に公表を求めたり、TOBに関する開示の中で言及することによりインサイダー取引規制に抵触することを回避するなどの方策があり得ますが、敵対的TOBの場合、そのような対象会社側の対応が期待できないため、買収者としては難しい判断を迫られることもあり得ると思います。
谷口弁護士
インサイダー情報の中でも、金融商品取引法167条の「公開買付け等事実」であれば、平成26年の金融商品取引法改正によりまだ対処のしようがありますが、金融商品取引法166条の会社の重要事実については、いまだに対応が難しい状況が残っているという認識です。
反対に、敵対的買収を受ける可能性があるような状況下の会社においては、インサイダー情報に該当し得るものを買収者に伝達することにより敵対的買収を阻止するという方策も議論になることが多いですが、私は、買収者の属性等によってはフェアディスクロージャー・ルールとの抵触もあり得ることから、あまり有効な策ではないのではないかと考えています。仮に、それが本当にインサイダー情報に該当するとした場合は、情報管理のあり方などの点も含め、取締役の善管注意義務との関係でも問題が生じる可能性があると思います。
宮下弁護士
そもそも、会社としての実質的な意思決定がなされているのであれば、適時開示がなされていることも多いはずですので、買収阻止策として買収者に伝達することを検討することになるのは、インサイダー情報に該当するかどうかが微妙な段階ということになるのではないかと思います。しかし、買収者の属性によっては、そのようなインサイダー情報に該当するかどうかが微妙な段階の情報を知ってしまったからと言って、それにより本当に買収を思いとどまるかというと、そうとは限らず、その意味でも実効性には疑問があるように思います。逆に、私が買収者の立場であれば、買収を阻害するためにインサイダー情報を伝達されたことが明らかな状況であれば、買収者側でその事実を公表してしまい、実質的にはインサイダー情報とは言えないような状況にしてしまうということも考えると思います。また、法令上は、TOBの場合であっても、いわゆるクロクロ取引の適用除外を利用することはできるため、買収者としては何らかの回避策を採ることは可能で、そうだとすると、下手にインサイダー情報を伝達するというようなことをしようとすると、対象会社側は、効果はあまりないのに非難だけ受けるというようなことすらあり得るのではないかと思います。
池田弁護士
私も同様の認識で、買収者側の回避策としては、TOBの場合は、公開買付者から応募株主に交付される公開買付説明書に、未公表のインサイダー情報を記載し、応募株主からも確認書を取得することなどにより、いわゆるクロクロ取引としてインサイダー取引規制の適用を除外するといった方法があり得ると思います。
敵対的TOBと善管注意義務
宮下弁護士
敵対的TOBといえば、これまでは投資ファンドのイメージもありましたが、最近では事業会社による敵対的TOBが多く見られるようになったというのが際立った特徴ではないかと思います。その中で、1つの論点ではないかと考えているのが、敵対的TOBを行う側の善管注意義務の問題です。
敵対的TOBである場合、善管注意義務の観点から、より慎重になった方が良いのかどうか。買収後に被買収会社において何か問題が発覚した場合に、敵対的TOBだったために事前に認識することが難しかったということはあるにせよ、買収が友好的に行われていれば認識できたのではないか、そうであれば、友好的に買収を行うことについて十分な検討・対応がなされたのかという点は問題にならないでしょうか。
谷口弁護士
問題にならないことはないと思いますが、逆に、敵対的買収だからといって、殊更に善管注意義務が問題になるということでもないのではないでしょうか。敵対的買収の場合であっても、取締役の経営判断には広い裁量が認められるはずです。判例上、取締役の経営判断が善管注意義務違反となるのは、判断の内容が著しく不合理である場合に限定されますが、著しく不合理であると認定されるような状況は通常あまりないのではないかと思います。友好的な買収とするための方法を試みたかどうかという点についても、対象会社の姿勢によっては、事前にコンタクトすることによって買収を阻害するような対応を採られ、結果的に敵対的なものも含めておよそ買収が実現する可能性がなくなってしまうと判断し、友好的な方法を試みずに敵対的TOBを実施したような場合、その判断が著しく不合理であるということにはならないのではないでしょうか。
宮下弁護士
その点の検討自体はしっかりしなければならないのでしょうね。何も考えずにいきなり敵対的TOBということではなく、メリット・デメリットを検討した結果として、友好的な方法を試みることにより買収が成功する可能性が低下してしまうと判断したのであれば、善管注意義務違反になる可能性は低いということですね。そうだとすると、善管注意義務の問題がネックになって敵対的買収を行うことができないということは、あまりなさそうですね。
池田弁護士
元々の関係性や、敵対的買収に至るまでの経緯なども関係するのではないかと思います。例えば、株主総会でプロキシーファイトが行われた直後に敵対的TOBを開始するような場合、友好的な方法を試みる意義があまり見いだせない状況であるということがいえるかもしれません。また、公開買付者と対象者との間で資本関係等があり、両者の関係があまりうまくいっていないような場合にも、友好的な方法を模索するメリットよりも、敵対的買収の可能性を事前に察知され敵対的買収防衛の準備等をされるデメリットの方が大きいといえるかもしれません。
買収対象会社の取締役の行為規範
谷口弁護士
敵対的買収を行う側の善管注意義務よりも、被買収者の取締役の善管注意義務の方が問題になることが多いと思います。ただ、問題にはなるのですが、議論が十分に整理されていない印象もあります。特に、企業価値の向上と株主の利益が相反した時にどちらを優先するのかという問題です。ここで言っている「株主の利益」というのは、ある買収の際に株主に与えられる対価というような意味合いになりますが。
岡部弁護士
私の理解では、日本の会社法の解釈論として、そのような場合の判断基準は必ずしも明確ではないのではないでしょうか。純粋な法律論としては、日本の会社法上は、企業価値の向上が優先するという建前ではないかとも思いますが、そのような考え方が市場・投資家から十分な理解が得られるかという疑問もあります。
宮下弁護士
最近の事例でも感じたのですが、100%買収のTOBにおいて、買収の結果、企業価値は向上するものの、TOBの対価(公開買付価格)は十分ではないと判断した場合、特に難しい対応を迫られるように思います。企業価値が向上する以上、買収には賛成ということになりそうです。100%買収ではない場合、買収には賛成、ただし、応募するかどうかは株主が判断してください、ということでも良いと思うのですが、100%買収の場合は、TOBが成立すると、その後のスクイーズアウトの手続により、既存株主は、公開買付価格、すなわち、取締役が十分ではないと考える価格によって強制的に株式を手放さなければならないことになります。そうだとすると、やはり、企業価値が向上するからといってTOB自体に賛成するということもできなくなるのではないかという問題意識です。
谷口弁護士
私は、企業価値の向上と株主の利益が完全に相反することとなるような状況、例えば、スクイーズアウトを実施して買収者の完全子会社とならない限り企業価値の向上が見込めないものの、株主に与えられる対価が不当であるような状況において、漫然とTOBに賛成し、結果的に買収の実現に寄与することは、取締役の善管注意義務違反になり得るのではないかという疑念を持っています。実務上、対象会社が賛成しない限り、買収の実行自体がされないことが多いですので、その状況でTOBに賛成する行為は、会社が株主を不当な対価で排除する行為を黙認したという評価につながりかねないのではないでしょうか。
池田弁護士
日本の会社法の善管注意義務の観念に照らして考えたときに、善管注意義務違反になるかどうかという点は議論がありそうですね。
谷口弁護士
議論はあると思いますが、私は、企業価値が毀損される場合も、株主の利益が害される場合も、いずれも善管注意義務違反になり得るのではないかと考えています。
岡部弁護士
裁判例においては、マネジメント・バイアウト(MBO)の事案に関するものですが、取締役及び監査役は、善管注意義務の一環として「公正価値移転義務」を負うとしたものがあります。これなどは、まさに、TOBの局面で株主が得られる利益についての取締役の判断が善管注意義務違反となり得ることを述べたものであると思いますが、MBOのように構造的な利益相反が存在する事例ではなく、純粋な独立当事者間のM&Aにおいても、TOBの際に、株主が得られる利益に配慮しなければならないということが善管注意義務の内容になり得るでしょうか。
谷口弁護士
日本興亜事件の裁判例は、独立当事者間の共同株式移転の事例において経営判断原則を適用して判断していますが、経営判断原則を持ち出しているということや、株式価値算定書の内容が認定根拠となっていることからすれば、株主に与えられる対価が不当であった場合には善管注意義務違反があり得るという前提と思います。このように、私は、株主の利益に配慮することは、MBOのような構造的利益相反が存在する事案ではなくても、善管注意義務の一内容になっていると考えています。そのような義務は、MBOの場合に限られるわけではないものの、MBOの場合は、一層厳格に判断するということなのではないかと考えています。
宮下弁護士
先ほど谷口弁護士が言っていた、企業価値が毀損される場合も、株主の利益が害される場合も、いずれも善管注意義務違反になり得るという考え方も説得力がありますが、例えば、企業価値の向上においては極めて大きな意義があるものの、株主が得られる利益(買収の対価)は、ごく軽微なレベルで十分ではないという状況であればどうでしょう。取締役の判断は、現状維持であれば常に正当化されるというわけではないと思いますので、そのような提案を受けている状況では、仮に株主の利益を多少害することになったとしても、むしろ、そのような提案を受け入れて案件を実現しないことの方が善管注意義務違反になるという考え方もあり得そうですが。
池田弁護士
あり得るかもしれませんね。逆のパターン、すなわち、企業価値はごく軽微なレベルで減少するものの、株主に与えられる対価は非常に大きいという場合はいかがでしょうか。
宮下弁護士
企業価値が少しでも毀損するのであれば、理論的には、そのような取引は行うべきではないということになるのではないでしょうか。
谷口弁護士
私も理論的にはそうなると思いますが、株主に与えられる対価が非常に大きいということは、買収者は、それだけ企業価値を高められるという判断をしているはずです。買収者が、損を被って株主に対価を支払うということは考え難いですので。そうすると、被買収者側の対応としては、ただ漫然と「企業価値を毀損する」と主張するだけでは足りず、買収者側が提示する対価と、その背景となっているはずであろう企業価値向上への期待・施策を踏まえ、それでもなお企業価値を毀損するという判断に至った理由について、説得力のある反論をする必要があるでしょうね。
岡部弁護士
買収者が買収後に対象会社を解散させることを意図しているような場合は判断が難しいですね。その場合、理論的には、解散して個々の資産や権利になった方が、継続企業としての株式会社の総体よりも価値があるということなので、効率的な資源配分という意味では、買収者の行為はむしろ正当性があることになるのかもしれませんが、このような状況下において、会社法における取締役の善管注意義務、言い換えると、取締役は会社の企業価値の向上に努めるべきであるという一般的な命題が、取締役にどのような行動を求めることになるのかという点は、非常に難しい問題のように思われます。
谷口弁護士
私は、個人的には、取締役には、会社の企業価値の向上だけではなく、社会全体の効用、取引先・従業員等のステークホルダーに対する何らかの義務も負っているのではないかと考えています。善管注意義務の一内容とまで言えるかどうかは断言できませんが。
池田弁護士
市場価格を下回る買付価格の公開買付けへの応募を撤回しなかった会社の取締役の善管注意義務が問題となった事例において、公開買付者グループとの取引関係の維持を理由の一つとして善管注意義務に抵触しないと判断した裁判例もあります。また、MBOを実施した対象会社の取締役の善管注意義務が問題となった事例において、善管注意義務の一内容であるとまでは言っていませんが、MBOが従業員等の士気の向上につながるものであり、有効に活用すれば企業価値の向上に大きく資するものと判示するなど、従業員等のステークホルダーへの考慮について言及している裁判例もあります。これらの裁判例からしますと、少なくとも、企業価値向上の判断要素としてステークホルダーへの配慮も含まれると考えるのが自然なように思われます。
岡部弁護士
ステークホルダーに対する配慮については、会社以外のステークホルダーにも配慮した経営を行うことが中長期的に見れば企業価値の向上に資するという形で、企業価値向上に向けた義務に引き直して会社に対する責任と整理するのが伝統的な善管注意義務の考え方には馴染むかもしれません。一方で、近年、ヨーロッパを中心に、ESGを重視する考え方が顕著で、社会的な存在である株式会社の取締役は、環境や社会問題に対して直接的な責任を負うという発想があります。谷口弁護士の先ほどのお話は、どちらかというと、後者のような発想に近しいものでしょうか。
谷口弁護士
そのような考え方のほうが、日本で実際に業務に携わられている取締役の方の感覚にも近いのではないかという気がします。皆さん、会社の従業員を守らなければならないということは当然の感覚として持っているように思います。理論的には、従業員を保護することが、従業員の士気向上や生産性拡大につながり、結果的に企業価値の向上に資するのだという説明もできますが、そのような間接的な説明よりも、従業員に対して直接責任を負っているという意識がおありなのではないでしょうか。
公開買付制度の今後
谷口弁護士
TOBについては、法令等よりも実務が先行しているという印象を持っています。近年、指針やガイドラインの公表などもありますが、新たな規範を提示するものというよりは、それまでの実務を整理し、ベストプラクティスを共有するものであると受け止めています。このように実務が先行していく状況は、これからも変わらないだろうと考えています。法令等が予定していない状況に接した時に、実務家のアイデアや工夫が求められ、それにより新たな実務が出来上がっていくのだと感じています。
宮下弁護士
私は以前に、日本証券経済研究所の活動の一環として、海外のTOB制度を調査・検討する機会を得ました。その際に調査した、イギリスのTOB制度はとても印象的でした。良く知られているように、一種の自主規制団体としてTake Over Panelというものが存在しており、新たな論点が生じた際には、案件当事者のアドバイザーと、Take Over Panelがディスカッションし、Take Over Panelの判断を仰ぐ、また、Take Over Panelの実務者は民間からの出向者が中心になっているため、Take Over Panelへの出向者はいずれ民間に戻り、Take Over Panelの考え方や実務を民間に共有していくということが、業界のエコシステムとして定着しており、非常に洗練されていると感じました。日本の場合、金融庁・関東財務局が公開買付届出書の事前確認を行っており、また、論点に関しては、当事者や我々弁護士から金融庁・関東財務局に対して個別に照会が行われるということがありますが、規制を運用する側と規制を受ける側で、必ずしも活発にディスカッションがなされているという感じではないと思います。その点に少し物足りなさを感じることはあります。
岡部弁護士
逆に、日本の場合は、公的機関が関与しているからこその権威であったり、厳格さのようなものもあるかもしれませんので、良いところとそうではないところがあるのかもしれませんね。
谷口弁護士
公的機関であるため、簡単にディスカッションするという感じにはならず、可能な限りまずは自分たち(当事者のアドバイザー)が考え切るというところがあると思います。それによって、先ほど申し上げたような実務が先行して発展するということも起こったのではないかと思います。
宮下弁護士
どのような形であっても、もっとディスカッションの機会があっても良いのかなという気はしています。今日の議論もそうですが、異なる意見の人と議論する方が、議論が深まっていくとことはあると思いますので、TOB制度、TOB実務の文脈においても、建設的な議論を通じて、より良い制度、より良い実務が作られていくと良いのかなと思います。
本日はどうもありがとうございました。