対談・座談・インタビュー
電気通信分野における公正競争確保の課題と展望(前編)
2021.08.23
近時、電気通信分野を巡っては、総務省や公正取引委員会をはじめとする関係省庁が様々な施策を相次いで打ち出しており、とりわけ、携帯電話に関しては、同市場の適正化を重要施策の一つとして掲げる菅内閣が成立して以降、その動きは顕著です。そこで、携帯電話を中心に、電気通信分野を巡る近時の法的トピック及び今後の動向について、電気通信事業法及び独禁法を専門とする双方の弁護士に話を聞きました。
電気通信事業法と独占禁止法の交錯分野の重要性
山郷:
私は、平成22年から平成26年まで、総務省の総合通信基盤局という部署に出向し、通信関係の法令の改正や立案策定に関わっており、その後も、米国ロースクールに留学後、米国の大手ローファームのテレコム・プラクティスグループで勤務するなど、通信関連の仕事に長く携わっています。現在は、TMI総合法律事務所のTMT(Technology, Media and Telecommunications)プラクティスグループのテレコミュニケーションサブプラクティスグループに所属し、国内外の通信事業者の皆様に対して、主に、電気通信事業法や電波法等の通信関連の法規制に関わるリーガルサポートを提供しています。近時は、クライアントの皆様から、通信料金施策や電気通信事業法27条の3に関連したご相談が増えている印象を受けます。また、5G/ローカル5Gに関わる案件にも多く関与させていただいており、通信分野と他分野が融合する新規ビジネスの創出に向けて、精力的に活動しています。通信関係の法令は、非常に複雑で、かつ、改正も頻繁に行われるなど、高度の専門性が要求される反面、我が国では、この分野を専門にする弁護士はまだまだ数が少ないように感じています。
戸田:
私は、TMI総合法律事務所の独禁法・競争法プラクティスグループのパートナー弁護士で、クロスボーダーのカルテル調査案件、企業結合届出案件などを中心に、国内外のクライアントのサポートをしております。私も、山郷弁護士と同様に米国の大手ローファームでの勤務経験があり、米国の大手ローファームの独禁法プラクティスグループに所属して1年半ほど勤務しておりました。また、最近では、The Legal 500 Asia Pacific のAntitrust and competition分野においては、 2020年及び2021年に、Next Generation Partnersに選出されました。私の所属するTMI総合法律事務所の独禁法・競争法プラクティスグループには、公正取引委員会の元委員長や元事務総長の他、公正取引委員会に任期付き公務員として出向していた弁護士がいるなど、独禁法・競争法の実務に精通したメンバーが多数所属しており、The Legal 500 Asia PacificやChambers Asia-Pacificにおいても高い評価を受けています。
独禁法・競争法以外では、私は、海外贈収賄規制、国際通商(経済制裁、アンチ・ダンピング)、ビジネスと人権、公益通報者保護法、グローバル・ガバナンス体制の構築等、グローバルでのコンプライアンスに関するアドバイスやフォレンジックなどの情報ガバナンスも取扱い分野としており、社内コンプライアンス研修の講師等も精力的に行っています。
特に、国際通商の分野では、Chambers Asia-PacificのInternational Trade分野において、Co-Headを務める国際通商チームがBand 2の評価を受けています。
岡辺:
私も、山郷弁護士と同じく、一昨年から昨年にかけて総務省の総合通信基盤局に出向しておりました。私の出向先だった電気通信事業部事業政策課という部署は、電気通信事業についての総合的な政策の企画・立案等を担当している部署です。電気通信事業法においては、電気通信サービスについて様々な競争ルールが定められていますが、事業政策課では、そのような競争ルールについての検証も行われていました。
また、私自身が出向中に担当したのは、外国事業者への適用・執行の実効性を向上するための電気通信事業法改正というテーマでした。従来、電気通信市場についての競争ルールの整備に当たっては、NTTグループや大手キャリアのような事業者の市場支配力が念頭に置かれていましたが、GAFAをはじめとするグローバルなプラットフォーマーが電気通信市場においても存在感を高めていることも、電気通信市場における最新のテーマの一つです。
本日は、電気通信市場における市場構造と競争ルールの関係について、最新の動向を踏まえながら議論できればと思っております。
阪本:
私は、独禁法・競争法案件を専門としており、戸田弁護士ともよく案件を一緒に担当することがあります。
独禁法は、自社の違反リスクを評価・防止する場面のみならず、他社の独禁法違反行為について損害賠償請求を行ったり、公正取引委員会に対し当該他社への処分を促す場面でも検討されています。このように様々な適用場面があることを念頭に置きつつ、独禁法に関する検討課題を適時に発見して迅速に対応するためには、各事業分野においてどのような行為が問題とされやすいのかを予め把握しておくことが重要であると感じています。
後でもその実例が取り上げられるように、公正取引委員会は、指針(ガイドライン)や実態調査報告書を通じて、様々な事業活動について独禁法に抵触し得るという見解を示しています。
ただし、そのような公正取引委員会の「見解」を前提としても、具体的な事業者の行為について独禁法違反と評価できるかどうかは、市場の実態等、個別具体的な検討を要する場合も少なくありません。この機会に、この市場の実態の部分についても検討させて頂きたいと思います。
林:
私は、主にデータビジネス・IT関連の案件、スポーツ・エンタメ業界の案件を担当することが多く、電気通信分野の発展が他の産業界に与える影響について、強い関心を持っています。また、私は企業買収・投資案件に関与することも比較的多いですが、買収・投資先企業が電気通信事業法を遵守しているか、という観点からの検討を行う機会も年々増えてきている印象です。本日のテーマとは直接の関係はありませんが、電気通信分野の広がりを感じています。
遠藤:
私は、入所以来、企業結合届出や独禁法違反の有無が争点となっている訴訟、競争事業者間での業務提携や不公正な取引方法に関するアドバイスなど、独禁法案件を中心に担当しています。とりわけ、独禁法と知的財産法の交錯分野に関心があり、独禁法と知的財産法の双方の観点での検討が必要となる案件も担当させていただいています。近年、独禁法が単体で問題となる事例のほか、独禁法と他の法分野が交錯する領域や、特定の事業や業種にフォーカスした独禁法の適用が注目されていると認識しています。このような流れの中で、電気通信事業という特定の事業にフォーカスした独禁法の適用の在り方について議論することは、極めて重要なものであると考えています。
山郷:
皆さん、ありがとうございます。我が国の電気通信事業は、政府による国営にはじまり、公法上の特殊法人である日本電信電話公社による半官半民の経営が行われてきましたが、昭和60年に、競争原理の導入を目的として、同公社が民営化されて以降、電気通信市場が民間に開放されたという歴史的背景があります。また、その後も、NTTグループの数次にわたる再編に伴い、電気通信市場における公正競争の在り方が度々議論されるなど、電気通信事業法と独禁法は切っても切れない関係にあります。電気通信事業法を正しく理解するためには、競争法的視点が欠かせませんし、逆に通信の文脈で独禁法を正しく運用するためには、電気通信市場の特殊性を理解することが不可欠です。本日は、電気通信事業法と独禁法の双方の専門家にお集まりいただいたことで、有意義な議論ができるのではないかと私自身非常に楽しみにしています。
電気通信市場の特性
岡辺:
電気通信分野における競争政策を語る上では、電気通信市場の特性を正しく理解することが重要です。電気通信市場の特性としては、①ボトルネック設備の存在、②ネットワーク産業、③市場変化や技術革新の速さという三点が挙げられます。
まず、ボトルネック設備についてですが、NTT東西が提供する加入者回線は、その不可欠性・非代替性から、他の事業者がそれに依存せざるを得ないという特色があります。
次にネットワーク産業という点ですが、特に新規参入者にとっては、自己のネットワークを競争関係にある既存事業者のネットワークに接続することで、利用者の効用を大きく増加することができます。逆に、新規参入者が既存事業者のネットワークに接続できないと、事実上サービスの提供が不可能になるという側面があります。
また、電気通信市場では、市場の変化や技術革新の速度が非常に速いという特色もあります。特に近年の移動通信分野では、スマートフォンやタブレット端末の発展は目覚ましいものがあると思います。これらの端末が普及したことで、電気通信市場の構造も、かつての垂直統合型の構造から水平分離型に大きく変化したと評価することができるでしょう。
戸田:
岡辺弁護士が指摘されていた電気通信市場の3つの特性は、電気通信市場を独禁法的観点から考えていく際にも留意する必要があります。例えば、①ボトルネック設備の存在により市場支配力を有する事業者が存在することとなり、電気通信市場における十分な競争が進みにくいといった特性があります。また、②ネットワーク産業であるがゆえに「既存事業者のネットワークに接続できないと、事実上サービスの提供が不可能になる」との指摘がありますが、サービスの提供に当たり他事業者への依存を余儀なくされ、電気通信市場では、新規参入のための障壁が一般的に高くなってしまいます。
このような市場の特性を考えると、独禁法の執行を通じて競争制限行為を排除するだけではなく、電気通信事業法においても公正競争促進のための措置を講じていくことが必要となります。
このような考え方から公正取引委員会と総務省が「電気通信事業分野における競争の促進に関する指針」(以下、「競争の促進に関する指針」といいます。)を公表しており、電気通信市場における市場実態を踏まえつつ随時改定が行われています。
阪本:
電気通信事業の分野における独禁法の著名な事件としては、FTTHサービス市場において私的独占の成立が認められた最高裁判例(最判平成22年12月17日)があります。この判例で問題とされている「マージンスクイーズ」とは、「川下市場で事業活動を行うために必要な商品を供給する川上市場における事業者が,自ら川下市場においても事業活動を行っている場合において,供給先事業者に対する川上市場における商品の価格について,自らの川下市場における商品の価格よりも高い水準に設定したり,供給先事業者が経済的合理性のある事業活動によって対抗できないほど近接した価格に設定したりする行為」を指すと考えられています(公正取引委員会競争政策研究センター「ネットワーク産業に関する競争政策~日米欧のマージンスクイーズ規制の比較分析及び経済学的検証~」1頁)。
林:
電気通信市場の近年の動きでいえば、令和元年(2019年)に楽天モバイルが第4のMNO(Mobile Network Operator)として新規参入を果たし、令和2年(2020年)4月から本格的なサービス提供を開始していますよね。これにより、携帯電話市場に新たな競争をもたらすことが期待されています。また、日本の携帯電話料金は諸外国に比べて高水準であるといった批判がありますが、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手キャリアが続々と格安プランの提供を開始しています。総務省が令和3年5月25日に公表した「令和2年度電気通信サービスに係る内外価格差に関する調査」によれば、(各都市における最もシェアが高い事業者の最安プランを比較したものではありますが)東京における20ギガバイトの大容量プランは、令和3年3月時点の主要6都市において、ロンドンに次いで2番目に安い水準になったとされています。他方で、各MNOの料金水準が低下したことで、いわゆる格安SIMを提供するMVNO(Mobile Virtual Network Operator)は、今後どう差別化を図っていくかがポイントになりそうです。
法律の基本的枠組み
(1)電気通信事業法
山郷:
電気通信事業法は、非対称規制と呼ばれる競争法的な規制を有しています。市場支配的事業者とそれ以外の事業者の間における公平競争を確保するため、市場支配的事業者に対して特別の規制を課すというものです。
非対称規制は、固定通信分野と移動通信分野で内容が異なります。
固定通信分野では、ボトルネック設備を保有するNTT東西のみに非対称規制が適用されます。例えば、NTT東西は、光ファイバやメタル回線をはじめとする第一種指定電気通信設備と呼ばれる電気通信設備に関し、接続約款を定め、総務大臣からの認可を得る必要があります。これにより、他事業者は、接続約款に規定された条件で、ボトルネック設備を利用することが可能になります。また、NTT東西は、接続業務に関して知り得た情報の目的外利用や、特定の電気通信事業者に対する優先的取扱いなどが禁止されています。
岡辺:
これに対して、移動通信分野では、NTTグループであるNTTドコモのみならず、KDDIやソフトバンクなどの大手MNOについても、一定の非対称規制が課せられていますね。これらの事業者は、第二種指定電気通信設備と呼ばれる移動通信用の電気通信設備について、接続約款を作成し、総務大臣に届け出る必要があります。これにより、MVNOをはじめとする他事業者は、接続約款に規定する条件で、大手MNOが設置する電気通信設備を利用することが可能になります。また、大手MNOの中でも収益ベースでのシェアが大きいNTTドコモについては、追加的な規制が課せられており、接続業務に関して知り得た情報の目的外利用や、特定のグループ会社に対する不当な優先的扱いなどが禁止されています。
(2)独占禁止法
遠藤:
そもそも独禁法は、市場に対して悪影響を及ぼす、あるいは及ぼす可能性のある行為を規制する法律です。規制対象になる行為の典型例の一つとして、市場において競争者を排除する効果を持つ行為があります。独禁法上、これらの競争者を排除する行為は私的独占又は不公正な取引方法に該当するものとして禁止されることになります。このうち私的独占は、市場に対して悪影響を及ぼす行為として、不公正な取引方法よりも強い競争への悪影響が認められる場合にのみ成立が認められるものと考えられます。そのため、不公正な取引方法に比べて、その実例は多くありません。一方、不公正な取引方法は、市場に対して悪影響を及ぼす可能性のある行為に分類されますが、さらに細かく10以上の行為類型に分かれています。したがって、不公正な取引方法に該当するか否かの判断にあたっては、いずれの類型に該当するかの検討が必要となります。市場において競争者を排除する効果を持つ行為としては、不当廉売、排他条件付取引、取引妨害等があります。
戸田:
競争の促進に関する指針においては、相対的に高い市場シェアを有する電気通信事業者が、ボトルネック設備に関して、競争事業者に対し、コロケーションの取引を拒絶するといった行為を行った場合には、私的独占又は不公正な取引方法に該当し得ることが指摘されています(9頁、13頁)。このように、競争事業者の事業活動にとって不可欠あるいは重要な設備の利用を制限し、当該競争事業者を市場から締め出すような影響をもたらす行為については、独禁法上問題になり得るといえます。
セット提供(43~44頁)に関して、料金の値引行為について不当廉売に該当し得ることが指摘されていますが、コスト割れと評価できるのか否かや、他の事業者への影響度合いについて精査を要します。また、競争の促進に関する指針では、他社サービスとセットでサービスを提供する場面での問題についても取り上げられています。例えば、ある通信事業者が電力会社と提携してそれぞれのサービスをセットで提供しようとする際に、当該電力会社が他の通信事業者との間で同様の提携を行うことを禁止する行為について、他の通信事業者への影響度等によっては、私的独占や排他条件付取引に該当する可能性があります。
山郷:
近時、電気通信市場における公正競争確保の必要性が叫ばれており、総務省や公正取引委員会を中心に様々な規制が検討されていますが、各事業者は、電気通信事業法と独禁法の双方について、今まで以上に十分な対策を講じる必要があります。本日、皆さんとディスカッションしてきたように、電気通信事業法と独禁法の両者は複雑に絡み合っているため、一つの法分野だけに偏った対策にならないように注意が必要かと思います。
後編では、電気通信市場を巡る近時の政策動向と今後の見通しについて、より深いディスカッションができればと思っています。後編は1ヵ月後を目途に弊所HP上で公開予定です。
本日はどうもありがとうございました。