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ジョイント・ベンチャー/エンティティ選択
2022.03.28
はじめに
ジョイント・ベンチャー(以下「JV」という。)の組成は、従前から企業間のアライアンスのために多くの企業体が採用する手法であるが、近年、ビジネススキームの多様化、複雑化に伴い、採用される合弁化の手法も多様化する傾向にある。また、合弁契約の中で盛り込まれる規定・条項についても、多様化し、従前のリーガルの実務において必ずしも十分に議論が蓄積していない論点も多く見受けられる状況になっている。TMI総合法律事務所ではジョイント・ベンチャーを専門とする弁護士によって、JV Practice Teamを立ち上げたが、同Teamでは、昨今の多様化・複雑化するJVに関する知見・ノウハウを蓄積・整理し、クライアントの皆様に還元する取り組みを行っている。今回のブログ(第1回)では、JV Practice Teamにおける議論の結果を踏まえて、JV組成時にまず検討しなければならないJVのエンティティについて、特に合同会社と株式会社の比較について整理した。
エンティティ比較表
株式会社については既にご存知のところかと思われるが、合同会社とは、2006年の会社法施行に伴って創設された会社形態の一つであり、持分会社としての属性を有しつつ、持分保有者である社員は当該持分出資の範囲内でのみ責任を負い、会社の債務について原則として直接責任を負わないという特徴がある(いわゆる間接有限責任)。株式会社と合同会社の主たる特徴については下表記載のとおりである。以下ではかかる特徴の中でも特筆すべき数項目について記載していく。
項目 |
株式会社 |
合同会社 |
JV当事者の責任 |
間接有限責任(出資に関する全額を払い込まなければならない一方、会社債務に対する直接責任を負わない。) |
・ 間接有限責任(出資に関する全額を払い込まなければならない一方、会社債務に対する直接責任を負わない。) ・ 但し、合同会社の業務執行は、社員自らが行うか(社員が2人以上ある場合には、社員の過半数による決定によって行うか)、又は社員の過半数の決定によって定められる業務執行社員によって行われる必要があり、合弁会社に対して善管注意義務を負う(業務執行社員が法人である場合には、自然人を職務執行者とする必要あり。)。もっとも、会社に対する責任については、公序良俗に反しない限りで定款にて責任制限可能と解されている。 ・ 業務執行社員は第三者に対する責任を負うが、当該責任については定款による制限は不可能と解されている。 |
設立時の規制 |
・ 設立コストについて本文の表参照。 ・ 出資によって得た金額については少なくともその半額を資本金に計上しなければならないため、それに応じた登録免許税の支払いが必要。 ・ 現物出資によって設立する場合、現物出資規制(検査役の選任等)に服する必要がある。 |
・ 設立コストについて本文の表参照。 ・ 出資額の大半を資本準備金に計上して資本金額を低額に抑えることで、登録免許税を抑えることも可能。 ・ 現物出資によって設立する場合であっても、株式会社における現物出資規制(検査役の選任等)は存在しない。 |
情報の秘匿性 |
計算書類を定時株主総会で承認した後遅滞なく決算公告を行わなければならない。 |
そもそも計算書類の承認の規定が存在せず、決算公告を行う必要はない。 |
税務上の取扱い |
・ 内国法人は法人税の納税義務者となり、事業体課税が適用される。 ・ 合弁事業の損益は、合弁当事者の合弁事業以外の損益と通算されない。 |
・ 原則的には株式会社と同様。 ・ 米国連邦税法上は、「法人と分類されない複数の構成員を持つ事業体」は、いわゆるチェック・ザ・ボックスによりパートナーシップとして分類することが可能であり、合同会社は上記事業体に該当するため、損益通算が可能となる。 |
機関設計 |
・ 機関設計についての所定のルールが法令上詳細に定められている。 ・ 合弁契約上のいわゆる拒否権を契約上の権利のみならず、会社法上の権利とする場合には各種決議要件の加重、種類株式の発行、属人的定めを設定する等の工夫が必要。なお、債権者に定款の閲覧請求権あり。 |
・ 定款による柔軟な機関設計が認められている。 ・ 特定のJV当事者が持ついわゆる拒否権も定款に規定することにより効力を持たせることが可能。なお、債権者に定款の閲覧請求権なし。 |
JV当事者の責任
株主は、間接有限責任、つまり、自ら出資した株式の範囲で会社に対して責任を負い、会社の債務に対して直接責任を負うことはない。
他方、合同会社の持分権者である社員についても、間接有限責任のみを負うことが原則である。但し、合同会社の業務執行は、社員自らが行うか(社員が2人以上ある場合には、社員の過半数による決定によって行うか)、又は社員の過半数の決定によって定められる業務執行社員によって行われる必要があり(会社法第590条・第591条)[1]、この点が、株主とは別に業務執行を行う取締役が設置され、いわゆる「所有と経営の分離」が図られている株式会社とは大きく異なる。
そして、会社法上、合同会社において業務執行を行う社員は、会社に対して善管注意義務を負うとされており(会社法第593条第1項)、任務懈怠を理由とする会社に対する損害賠償責任(会社法第596条)や第三者に対する損害賠償責任(会社法第597条)を負う点に留意する必要がある[2]。
但し、合同会社においては、少なくとも会社に対する責任については、もっぱら会社内部の問題であり、定款によって、この業務を執行する社員の責任について、公序良俗に反しない限り減免することも認められていると解されている[3]。一方で、社員の第三者に対する責任については第三者の権利制限を定款で行うことはできないと考えられるため、不可能であろう。
なお、一方のJV当事者にとってJVが子会社に該当する場合には、子会社の管理責任としてのJV当事者の役員の責任を問われる可能性もあるため[4]、留意が必要である。
設立時の規制について
(1) 設立コストの相違点
株式会社と合同会社の設立に際して必要になる法定の費用は下表記載のとおりである。
株式会社 |
合同会社 |
|||
紙媒体の定款 |
電子定款 |
紙媒体の定款 |
電子定款 |
|
定款認証費用 |
3~5万円(資本金の額によって手数料が異なる) |
なし |
||
定款認証にかかるその他の手数料[5] |
数千円程度 |
なし |
||
定款貼付印紙税 |
4万円 |
なし |
4万円 |
なし |
登録免許税 |
資本金額の1000分の7(但し、最低15万円) |
資本金額の1000分の7(但し、最低6万円) |
また、以下の税務上の取り扱いにも関連するが、株式会社の場合、出資によって得た金額については少なくともその半額を資本金に計上しなければならないが(会社法第445条第1項、同条第2項)、合同会社の場合、このような資本金計上に係る規定は存在しないため、出資金額の多くを資本準備金に計上することができる。
そして、設立時の登記にかかる登録免許税は、資本金の額によって定まるため、合同会社をJVのエンティティとして選択した場合には、資本金額を抑えることにより登録免許税の金額を抑えることも可能となる。
(2) 現物出資規制との関係
筆者の担当した案件では、合弁当事者の各既存事業を切り出した上で合弁事業を営むことを検討したものがあったが、現物出資規制が大きな問題となった。
この点、株式会社の場合、設立に際して金銭以外の財産を拠出してJVを設立する場合には、現物出資規制に服することとなり、原則として裁判所に検査役の選任を求めた上で、当該検査役による現物出資財産の価額の適正性を調査する手続を経なければならない(会社法第33条)[6] [7]。
他方、合同会社の場合、かかる現物出資規制が存在しないため、仮に金銭以外の財産を拠出してJVを組成・設立する場合であっても上記の手続を経る必要がなく、よって多様な拠出財産を用いてJVを組成し得るというメリットがある。例えば、JVの各当事者、又は一方当事者において潤沢な金銭がない場合であっても、JVの事業運営に活用し得る優良な資産を有しているときに、当該資産を用いたJV組成が比較的容易に行うことができるというメリットは大きい。
情報の秘匿性について
クライアントによってはJVの業績が開示されることを嫌うことも多いが、株式会社の場合には、計算書類を定時株主総会で承認した後遅滞なく決算公告を行わなければならない(会社法第440条第1項)。
他方、合同会社の場合には、そもそも計算書類の承認の規定が存在せず、決算公告を行う必要はない。そのため、合同会社の場合には、決算公告を避けることができ、財務状態の秘匿性を一定程度維持できるといったメリットがある[8]。
なお、合同会社の債権者には、株式会社の債権者と異なり、定款の閲覧請求権が認められていないなど、債権者に開示しなければならない情報にも差異が存在する。
税務上の取り扱い
株式会社、合同会社ともに、日本の税法上、原則として各法人レベルで法人税等の課税対象となり、かつ当該エンティティの持分保有者レベルでも課税対象となる(いわゆるDouble Taxation)。日本法人がJV当事者である場合には、株式会社又は合同会社であるJVの損益について税務上通算することはできない。
一方で、合同会社の場合、仮に米国法人がJV当事者であるときには、当該当事者の選択によって合同会社の損益について通算することが可能となる。
すなわち、米国連邦税法上、Corporationとみなされる内国又は外国法人以外の企業体については、所定のフォームを当局に提出することにより税務上はパートナーシップ(日本法下での組合に相当)としての取り扱いを受けることが可能となる(いわゆるチェック・ザ・ボックス・ルール)。
そして、株式会社は、米国連邦税法上、明示的に米国におけるCorporationとして取り扱われることが明記されているが(26 CFR § 301.7701-2(b)(8)(i), Japan, Kabushiki kaisha)、合同会社は除外されており、よって米国連邦税法上は、所定の手続を経れば合同会社はパートナーシップとしての取り扱いを受けることが可能となる。
パートナーシップとして取り扱われるとすると、パートナーシップレベルでは課税対象とならず、各メンバー(組合員)レベルが課税対象となるのみであるため(いわゆるパス・スルー課税)、メンバーであるJV当事者の損益とJVの損益が税務上通算可能であることになる。
機関設計
株式会社の場合、取締役を設置しなければならない上、取締役会を設置する場合には取締役は3名以上必要となり、かつ原則として監査役の設置が必要となるなど、会社法上、機関設計についてそれなりに詳細な規定が置かれている。
一方で、合同会社の場合、機関設計についてはかなりの部分が定款自治にゆだねられており、株式会社に比して柔軟な機関設計が可能となっているが、反対に言えば、JV当事者が決めなければならない点が多く、手間が多いという評価もあり得るところであろう。
そのため、日本企業同士のJV契約の場合には株式会社の形態の方が予測可能性は高いと言えるが、一方当事者が外国法人のような場合には、日本の株式会社に関する知見を有しているわけではなく、また、定款の中に機関設計や各機関の招集・決議等のプロセスを記載することを求めてくることも多いため[9]、外国法人の立場からすると必ずしも手間が多いという評価にはならないこともある。
なお、株式会社・合同会社のいずれのスキームであってもオブザーバーの派遣等についてJV契約の交渉において論点となることが多い(オブザーバーについては別の機会に解説する予定である。)。
投資事業有限責任組合(LPS)は合同会社に出資できないこと
投資事業有限責任組合(LPS)は合同会社に対する出資が認められていないことから[10]、投資事業有限責任組合(LPS)をJV当事者とする場合には、合同会社をJVのエンティティとして用いることができない点に留意する必要がある。
小括
上記のように設立費用・現物出資規制、情報の秘匿性、(米国企業にとっての)税務上の取り扱いといった観点からすると、合同会社には株式会社に比して一定のメリットがある。一方で合同会社を選択した場合、持分保有者の責任が株式会社のそれに比して重くなり得るというデメリットも観念できるが、この点は上記のとおり定款の規定の工夫によって一定程度回避できる。
JVのエンティティとしては、やはり株式会社が選択される例が多数であると考えられるが、具体的な事案によっては(特に既存事業を切り出す形で組成するJVの事案やJVの当事者が米国企業の事案等では)上記の点を踏まえ合同会社についても少なくともエンティティ選択時に検討の遡上に乗せる価値はあると考えられる[11]。
[1] なお、法人が業務執行社員である場合には、職務執行者を選任する必要があるが、たとえば、取締役会設置会社が職務執行者を選任するにあたっては、職務執行者の選任に係る取締役会議事録の提出が求められている。
[2] 自社で自ら社員になるのではなく、中間的な子会社を介して間接的に出資することで、直接第三者への責任を負わない建付けにすることも考えられる。また、株式会社の場合であっても、自社が選出した役員の行為によって会社に損害を与えた場合には、合弁パートナーに対する責任を負う場面はあり得る。
[3] 大杉謙一「ジョイント・ベンチャーの企業形態の選択」中野通明=宍戸善一編『M&Aジョイント・ベンチャー(ビジネス法務体系II)』(日本評論社、2006年)50頁。
[4] 最判平成26年1月30日裁判集民事(集民)246号69頁(福岡魚市場株主代表訴訟事件)。
[5] 謄本交付手数料、電磁的記録保存手数料等。
[6] 選任された検査役は必要な調査を行い、当該調査の結果を記載した書面等を裁判所に提出して報告し、発起人に対してもその書面等の写しを交付する必要がある(会社法第33条第4項、第6項)。東京地裁民事8部の運用として、検査役の調査に要する期間は、受付から選任まで10日程度、検査役による報告書提出までの期限は、選任から40日程度(但し、事情に応じて伸長・短縮される。)であるとの報告もあり(針塚遵『東京地裁商事部における現物出資等検査役選任事件の現状』旬刊商事法務1590号4頁(2001年)、相当程度、時間と手間のかかる手続であるといえる。
[7] 検査役を選任する必要のない例外的な場面としては、①当該現物出資財産の価格が500万円を超えない場合(会社法第33条第10項第1号)、②現物出資財産が市場価値のある有価証券である場合で、かつ当該有価証券の価格が定款の認証日における市場における最終の価格等を超えない場合(会社法第33条第10項第2号、会社法施行規則第6条)及び③当該現物出資財産の価格について弁護士、公認会計士等の専門家より相当である旨の証明を受けた場合(会社法第33条第10項第3号)がある。
[8] なお、会社法上、株式会社が決算公告を懈怠した場合には、代表取締役等に対する過料の制裁が規定されているが(会社法第976条第2号)、実務上は、当該義務を懈怠したとしても過料が課されるケースがほぼ見受けられないことから、当該義務に違反しているケースは相当程度見受けられる。また、合同会社の債権者には、計算書類(但し、作成した日から5年以内のものに限る。)の閲覧請求権が認められていることから(会社法第625条)、債権者から当該請求を受けた場合には基本的に開示せざるを得ない。
[9] なお、合同会社を選択した場合であっても、全ての業務執行を持分保有者であるJV当事者が都度行うのは現実的ではないと考えられることから、合弁契約及び定款において、株式会社における取締役会と類似の会議体が設置され、この会議体の決定によって一定の業務執行にかかる決定がなされるように設計されることがある。合同会社においてこのような設計が採用された場合、機関設計の観点からの株式会社・合同会社の差異はあまり大きなものではないとも評価し得る(但し、監査役の選任の要否等の違いは依然としてある。)。
[10] 投資事業有限責任組合契約に関する法律第3条第1項各号参照
[11] なお、許認可等や官公庁による入札要項等では、株式会社を念頭に置いて作成されているものも多く、合同会社の場合に各要件や基準をどのように解釈すればよいかが必ずしも明らかでないケースもある。そのため、ストラクチャー検討時に合同会社を選択することによって許認可等や官公庁による入札要項等との関係で予期せぬ問題が生じないかにつき慎重に確認することが重要である。