ブログ
「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の概要
2023.05.18
はじめに
2022年9月13日、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます)が策定・公表されました。
本ガイドラインは、①人権方針の策定・公表、②人権デュー・ディリジェンス(以下「人権DD」といいます)の実施、③自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済を求めています。
本ガイドラインの対象企業及び人権尊重の取組の対象範囲
本ガイドラインは、法的拘束力を有するものではありませんが、企業の規模、業種等にかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業(個人事業主を含みます)を対象としています。また、自社の直接の取引先が全て国内企業であり、国際的な事業を行っていない企業でも本ガイドラインの対象となります。
企業は、国際スタンダードに基づく本ガイドラインに則り、国内外における自社・グループ会社、サプライヤー等(サプライチェーン上の企業及びその他のビジネス上の関係先をいい、直接の取引先に限られません)の人権尊重の取組に最大限務めることが求められます。
①人権方針の策定・公表
まず、本ガイドラインは、企業がその人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメント(約束)を企業の内外のステークホルダーに向けて明確に示すために、人権方針を策定・公表することを企業に求めています。
人権方針の策定に当たっては、以下の5つの要件を満たす必要があります。
① 企業のトップを含む経営陣で承認されていること
② 企業内外の専門的な情報・知見を参照した上で作成されていること
③ 従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること
④ 一般に公開されており、全ての従業員、取引先及び他の関係者にむけて社内外にわたり周知されていること
⑤ 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続に、人権方針が反映されていること
事業の種類や規模等は各企業によって様々であり、負の影響が生じ得る人権の種類や、想定される負の影響の深刻度等も各企業によって異なるため、人権方針の策定に当たっては、まずは、自社が影響を与える可能性のある人権を把握する必要があります。
そして、こうした検討に当たっては、 社内の各部門から知見を収集することに加えて、自社業界や調達する原料・調達国の事情等に精通したステークホルダーとの対話・協議を行うことによって、より実態を反映した人権方針を策定することが期待されています。
②人権DDの実施
次に、企業は、⑴自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権への「負の影響」を特定し、⑵防止・軽減し、⑶取組の実効性を評価し、⑷どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為、すなわち人権 DDを実施することが求められます。
人権 DD は、その性質上、人権侵害が存在しないという結果を担保するものではなく、ステークホルダーとの対話を重ねながら、人権への負の影響を防止・軽減するための継続的なプロセスです。
(1) 負の影響の特定・評価
企業が関与している、又は、関与し得る人権への負の影響を特定し、評価します。特定・評価に当たっては、従業員、労働組合・労働者代表、市民団体、人権擁護者、周辺住民等のステークホルダーとの対話が有益であるとされています。
具体的には、以下のプロセスで負の影響の特定・評価を行うことが求められています。なお、自社製品・サービスの追跡可能性が低く、全てのサプライヤー等を把握することができない場合には、幅広いステークホルダーとの対話や、適切な苦情処理メカニズムの設置・運用を通じて、又は、ステークホルダー等や業界団体と連携しながら、追跡可能性が低いサプライヤー等における人権への負の影響も把握するよう努めることがより一層重要です。また、追跡可能性が低い場合には、なぜサプライヤー等の把握に限界があるのかを対外的に説明することができるようにしておくことが望ましいとされています。
【負の影響の特定・評価のプロセス】
(a) リスクが重大な事業領域の特定
人権への負の影響が生じる可能性が高く、リスクが重大であると考えられる事業領域を特定します。この事業領域の特定に当たっては、4つのリスク要素(セクターのリスク、製品・サービスのリスク、地域リスク、企業固有のリスク)を考慮します。
(b) 負の影響の発生の過程の特定
自社のビジネスの各工程において、人権への負の影響がどのように発生するか(誰がどのような人権について負の影響を受けるか)を具体的に特定します。
(c) 負の影響と関わりの評価
適切な対応方法を決定するために、人権への負の影響と企業の関わりを評価します。特に、自社が負の影響を引き起こしたか(引き起こす可能性があるか)、負の影響 を助長したか(助長する可能性があるか)、又は、負の影響が自社の事業・製品・ サービスと直接関連しているか(直接関連する可能性があるか)について評価します。
(d) 優先順位付け
特定・評価された人権への負の影響の全てについて直ちに対処することが難しい場合には、対応の優先順位を検討します。対応の優先順位は、人権への負の影響の深刻度により判断され(基準は、人権への負の影響の規模、範囲、 救済困難度)、深刻度の高いものから対応することが求められます。深刻度は、人権への負の影響の程度を基準として判断され、企業経営に与え得る負の影響(経営リスク)の大小を基準として判断されないことに留意が必要です。
(2) 負の影響の防止・軽減
(ア) 自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合
自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合、企業は、引き起こし又は助長している人権への負の影響について、例えば 以下のような方法で 、負の影響を防止・軽減するための措置をとるべきとされています。
(a) 負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を確実に停止するとともに (例:有害物質を使用しないために製品設計を変更)、 将来同様の負の影響 を引き起こしたり助長したりする活動を防止する。
(b) 事業上、契約上又は法的な理由により、 負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を直ちに停止することが難しい場合は、その活動の停止に向けた 工程表を作成し、段階的にその活動を停止する。
他企業が引き起こしている負の影響を自社が助長している場合には、自社による措置では その負の影響を完全に解消することは難しいものの、負の影響を助長する自社の活動を停止した後に、さらに、残存した負の影響を最大限軽減するよう、関係者に働きかけを行うなど、可能な限り自身の影響力を行使するべきとされています。
(イ) 自社の事業等が人権の負の影響に直接関連している場合
自社の事業等が人権の負の影響に直接関連している場合には、企業は、その負の影響そのものに対処できないとしても、状況に応じて、負の影響を引き起こし又は助長している企業に対して、影響力を行使し、若しくは、影響力がない場合には影響力を確保・強化し、又は、支援を行うことにより、その負の影響を防止・軽減するように努めるべきとされています。
*取引停止
負の影響の防止・軽減措置として、取引停止を行うことも考えられますが、取引停止は、負の影響それ自体を解消するものではなく、むしろ、取引停止によって、負の影響への注視の目が行き届きにくくなったり、取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる可能性があったりするなど、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性もあります。このため、直ちにビジネス上の関係を停止するのではなく、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するよう努めるべきです。したがって、取引停止は、最後の手段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施される必要があります。
*紛争等の影響を受ける地域からの「責任ある撤退」
一般に、紛争等の影響を受ける地域においては、急激な情勢の悪化等により、企業が突如として 撤退せざるを得なくなるケースがありますが、新規参入や買収等により撤退企業代替する企業が登場しないことも十分に想定され、消費者が生活に必要な製品・サービスを入手できなかったり、撤退企業から解雇された労働者が新たな職を得ることが一層難しくなったりすることが考えられます。
このため、企業は、こうした地域において事業活動の停止や終了を判断する場合、強化された人権DDを実施し、通常の場合以上に、慎重な責任ある判断が必要です。
*構造的問題への対処
構造的問題とは、企業による制御可能な範囲を超える社会問題等により広範に見られる問題でありながら、企業の事業又はサプライチェーン内部における負の影響のリスクを増大させているものをいいます。例えば、児童労働のリスクを増大させる就学難及び高い貧困率、外国人、女性、マイノリティー集団に対する差別等があります。
企業は、社会レベルの構造的問題の解決に責任を負うわけではありませんが、企業による問題への取組が、人権への負の影響を防止・軽減する上で有効な場合もあり、可能な限り、企業においても取組を進めることが期待されます。具体的には、個社での取組ももちろんですが、例えば、複数の業界が協働して取組を行うことや、国際機関やNGO等よる支援事業に参加することも考えられます。
(3) 取組の実効性の評価
企業は、自社が人権への負の影響の特定・評価や防止・軽減等に効果的に対応してきたかどうかを評価し、その結果に基づいて継続的な改善を進めることが求められます。
評価に当たっては、その前提として、自社内の各種データ(苦情処理メカニズムにより得られた情報を含みます)のほか、負の影響を受けた又はその可能性のあるステークホルダーを含む、企業内外のステークホルダーから情報を収集することにより、情報を広く集める必要があります。
具体的には、企業の事業環境や規模、対象となる負の影響の類型や深刻度等を考慮して、自社従業員やサプライヤー等へのヒアリング、質問票の活用、自社・サプライヤー等の工場等を含む現場への訪問、監査や第三者による調査等を行うことが考えられます。
(4) 説明・情報開示
各企業が実際に行う情報開示の内容や範囲は、それぞれの状況に応じて、各社の判断に委ねられます。人権 DDでは、不断の改善プロセスを踏んでいることが重要であり、どういうプロセスを踏んだかを開示していくことが重要です。
情報提供の方法としては、情報を一般に公開する際には、例えば、企業のホームページ上で記載したり、統合報告書、サステナビリティ報告書やCSR報告書、人権報告書を作成して開示したりする例があります。頻度としては、1年に1回以上であることが望ましいとされています。他方、特に負の影響を受ける又は受けたステークホルダーに対して情報を提供する際には、オンライン形式を含む面談等を行うことが考えられます。
③自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済
企業は、自社が人権への負の影響を引き起こし、又は、助長していることが明らかになった場合には、救済(人権への負の影響を軽減・回復すること及びそのためのプロセスを指します)を実施し、又は、救済の実施に協力すべきです。他方で、自社の事業・製品・サービスが負の影響と直接関連しているのみの場合は、その企業は、救済の役割を担うことはあっても、救済を実施することまでは求められていません。ただし、こうした場合であっても、企業は、負の影響を引き起こし又は助長した他企業に働きかけることにより、その負の影響を防止・軽減するよう努めるべきであることに留意が必要です。
救済の具体例としては 、謝罪、原状回復、金銭的又は非金銭的な補償のほか、再発防止プロセスの構築・表明、サプライヤー等に対する再発防止の要請等があります。
以上