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【相続ブログ】相続制度と遺産共有・相続登記を含む登記制度(6)住所変更登記等の申請の義務化と実効性確保のための環境整備策(改正不動産登記法76条の5、76条の6)
2023.06.12
はじめに
令和3年4月21日に、「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立しました。これらの法律は、所有者不明土地等の発生予防と利用の円滑化の観点から総合的に民事法制を見直すことを目的としたものですが、令和5年4月1日から順次施行されており、実務上も大きな影響を持つと考えられます。相続プラクティスグループでは、これらの法律を「相隣関係・共有制度」「相続制度と遺産の共有・相続登記を含む登記制度」「財産管理制度」の3つに大別して、ブログとしてそれぞれの内容の記事を連載いたします。この記事は、「相続制度と遺産の共有・相続登記を含む登記制度」の第6回となります。
住所変更登記等の申請の義務化と実効性確保のための環境整備策(改正後の不動産登記法76条の5、76条の6)【施行日未定/経過措置あり】
【改正のポイント】 |
民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)の成立(令和3年改正)で、所有権の登記名義人に対し住所等の変更登記が新たに義務付けられるとともに、登記官の職権による変更登記という新たな方策が導入されました。
以下では、Q&A方式で、住所変更登記等の申請義務の内容と職権登記制度について具体的に見ていきましょう。
〔設例〕
Xは、東京に自宅マンションを購入して住んでいましたが(自宅マンションの登記名義人はXのみです)、突然、仕事で地方への転勤を命じられました。Xは、いつ東京に戻ることができるかわからないため、自宅マンションを当面賃貸に出すことにしました。Q:改正後の不動産登記法(以下、改正前の不動産登記法を「不登法」といい、改正後の不動産登記法を「改正不登法」といいます)の下では、転勤により住所が変わったXは、自宅マンションの住所変更登記をしなければならないのでしょうか。
(1) 不登法下での問題点
不登法の下では、登記名義人の氏名、名称や住所(以下「住所等」といいます)に変更があった場合でも、当該変更について登記を申請する義務はなく、かつ、変更の登記を申請しなくても登記名義人に大きな不利益はありませんでした。それに加え、転居等のたびに所有する不動産について変更登記を行うのは負担であることから、所有権の登記名義人が住所等を変更した場合でも、その登記がなされないケースが多く見受けられました。
このように、所有権の登記名義人の住所等が変更された場合に、その変更が登記記録に反映されないことは、所有者不明土地の発生原因の約33.6%を占めるとの調査結果もありました(※1)。
そこで、改正不登法においては、所有者不明土地の発生予防の観点から、所有権の登記名義人に対し、住所等を変更した場合にはその変更登記を行うことが義務付けられるとともに、手続の合理化・簡素化を図るため、新たに登記官による職権登記制度が設けられました。
(2) 法改正の内容(※2)
ア 住所変更登記等の申請の義務化
改正不登法の下では、個人、法人を問わず、所有権の登記名義人は、住所等に変更があった場合、その変更の日から2年以内に、その変更登記の申請をしなければなりません(改正不登法76条の5)。また、「正当な理由」がないのに、登記名義人がその申請を怠った場合には、5万円以下の過料に処せられることになります(改正不登法164条2項)。
なお、「正当な理由」の具体的な類型については、今後、通達等において明確化される予定ですが、例えば、①登記申請義務を負う者自身に重病等の事情があるケース、②登記申請義務を負う者がDV被害者等であり、その生命・身体に危害が及ぶ状態にあって避難を余儀なくされているケース、③経済的に困窮しているために登記に要する費用を負担する能力がないケースなどが考えられます(※3)。
イ 職権登記制度
一方で、住所等の変更は頻繁に生じうることから、住所等の変更のたびに登記名義人に変更登記の申請義務を課すことは、登記名義人に大きな負担となることが予想されます。
そこで、改正不登法では、手続を合理化・簡素化するため、以下のような登記官による職権登記の制度が設けられました(改正不登法76条の6)。なお、以下に記載する内容は現時点で想定されているものであり、具体的な手続については、法務省令等により今後定められる予定です。
① 所有権の登記名義人が個人(自然人)の場合
改正不登法施行後に新たに所有権の登記名義人となる場合には、その登記申請時に、あらかじめ、法務局に対し、氏名、住所のほか、生年月日等の検索用情報を提供する必要があります(改正不登法施行時に既に所有権の登記名義人である場合でも、任意で検索用情報を提供することが可能とされる予定です)。法務局側は、これを検索キーとして、定期的に住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)に照会をして住所等の変更の有無を確認し、変更を確認した場合は、本人からの「申出」があった場合に限り、登記官が職権的に変更の登記を行うこととされています(改正不登法76条の6但書)。もっとも、実際には、法務局側が所有権の登記名義人に対し住所等の変更登記をすることについて確認を行い、了解を得たときには、これを本人から「申出」があったものとして扱うこととされました。
このように、本人から「申出」があったときに限り住所等の変更登記を行うのは、DV被害者など最新の住所を公示されることに支障がある者が存在しうることや、プライバシー保護の観点から住民基本台帳を閲覧できる事由を制限している住民基本台帳制度の趣旨等を踏まえたためとされています。
② 所有権の登記名義人が法人の場合
法務省内のシステム間連携により、法人の住所等に変更が生じた場合には、会社法人等番号を検索キーとして、商業・法人登記システムから不動産登記システムに変更情報が通知され、取得した情報に基づき、登記官が職権的に変更の登記を行うこととされています。法人の場合、商業・法人登記上公示されている法人の商号・名称や本店の住所等に関する情報を不動産登記上も公示するのみですので、個人の場合と異なり、本人からの「申出」は不要とされました。なお、検索キーとなる会社法人等番号については、改正不登法により、新たに登記事項の一つとされています(改正不登法73条の2第1項1号)。
上記の仕組みにより、登記官により職権で変更登記がなされた場合には、所有権の登記名義人は、住所変更登記等の申請義務を履行したものとして扱われます。
ウ 経過措置
住所変更登記等の申請義務を定める改正不登法76条の5は、改正不登法施行日前に住所等の変更が生じていたケースについても適用されます。もっとも、施行日と、住所等に変更があった日のいずれか遅い日から2年以内に住所変更登記等の申請をすればよい旨の経過措置が定められており、施行日前から2年の履行期間がカウントされることはありません(改正附則5条7項)。なお、改正不登法76条の5、同76条の6は、令和8年4月までに施行することとされていますが、現時点で具体的な施行日は決定されていません。
(3) 設例の検討
改正不登法の下では、所有権の登記名義人の住所等に変更があった場合、その変更の日から2年以内に、その変更登記の申請をしなければなりません。そのため、Xは、転勤により住所に変更がある場合には、その変更の日から2年以内に、住所変更登記等を申請する義務を負います。
もっとも、Xがあらかじめ法務局に対して、その氏名、住所、生年月日等の検索用情報を提供しておけば、X自身が変更登記の手続を行う必要はなく、住所変更登記等をするかどうかの法務局側からの確認に対し了解するのみで、登記官の職権により変更登記が行われ、住所変更登記等の申請義務を履行したものと扱われます。
[参考]
(※1)法務省民事局「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明」(2020年1月)162頁
(※2)法務省民事局「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント(令和4年10月版)」13頁以下
(※3)村松秀樹ほか「令和3年民法・不動産登記法等改正及び相続土地国庫帰属法の解説(2)」NBL1208号(2021)23頁以下