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ICVCMによるカーボン・クレジットの新基準の公表について
2023.10.02
脱炭素への動きは加速を続けており、我が国においてもGXリーグが本年秋頃度から排出量取引の試行を開始する予定であるなど、国や企業を問わず、カーボン・ニュートラル実現に向けた取組みも多様化し始めています。
そんな中、不透明かつ制度が乱立しているボランタリーのカーボン・クレジット市場において、世界的に標準化した基準の創設を目指すICVCM(自主的炭素市場インテグリティ協議会。The Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)が、2023年3月29日に、基準の標準化に向けて、コアカーボン原則(CCPs, , Core Carbon Principles)及びそれを基盤としたプログラムレベル(クレジット発行団体の制度)の評価フレームワークを、そして2023年7月27日にはカテゴリレベル(カーボン・クレジット自体)の評価フレームワークを発表しました。
ISVCMは、今後、コアカーボン原則に合致しているクレジット制度の公表や、カーボン・クレジットのラベリングを行うとしており、CCPsの認証を受けたカーボン・クレジットが発行されていくことが見込まれています。
また、ICVCMは、2023年6月、主に需要者である企業等向けにカーボン・クレジットの活用に関するガイダンスを策定しているVCMI(自主的炭素市場インテグリティイニシアティブ、Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)との提携を発表しており、今回の発表によって、カーボン・クレジット活用のために、需要と供給の両面から統一的な基準が発表されたことになります。
このような基準が発表されたことは、カーボン・クレジット市場において世界的に標準化された基準が設定される可能性を秘めており、今後市場に大きな影響を与えることが予想されますので、以下ではその概要について説明します。
ICVCMとは
ICVCMとは、2020年秋に元イングランド銀行総裁であるマーク・カーニー氏を中心となって、効果的かつ効率的な自主的炭素市場の拡大を目的として設立されたTSVCM(自主的炭素市場の拡大に関するタスクフォース。Taskforce on Scaling Voluntary Carbon Markets)から、コアカーボン原則の策定が提言されたのを受け、TSVCMによって2021年秋に創設された民間団体であり、以下の3つをその使命として掲げています(注1)。
- コアカーボン原則を策定し、管理・監督すること
- コアカーボン原則を遵守する各クレジット発行機関や市場参加者を管理・監督すること
- 個々の団体間の相互連携の調整及び自主炭素市場の責任ある成長に向けたロードマップを策定すること
コアカーボン原則(CCPs, , Core Carbon Principles)について
ICVCMは、カーボン・クレジットの品質向上と安定を目的として、カーボン・クレジットの認証基準を示す10の原則をコアカーボン原則として発表しています。コアカーボン原則は、A)ガバナンス、B)排出インパクト、C)持続可能な開発の3つ大枠に分けられており、これらを基に、後述する評価フレームワークが設定されています(注2。なお、末尾に当該原則の対訳を記載しています。)。コアカーボン原則及びその評価フレームワークを設定するにあたって昨年実施されたパブリックコメントでは、ICVCMの草案に対し5,000件を超えるパブリックコメントが寄せられ、パブリックコメント後の検討においても議論が紛糾し、大幅に遅れての発表となりました。
また、コアカーボン原則では、上述した10の要件に加えて、①パリ協定6条に沿ったホスト国での承認、②適応のための費用(収益あるいは発行量の一部を気候適応対策として国等への寄付)、③定量化されたSDGsへのインパクト(Goal 13 以外のSDGsへの貢献)の3つについて、追加属性が規定されており、現段階では自主的な情報提供として位置付けられています。
なお、TSVCMが公表していた最終レポートには、法的な原則と契約(Legal principles & contracts)についての言及がありましたが、コアカーボン原則は、カーボン・クレジットの認証基準に焦点を当てたものであるため、これらへの言及はありません。
評価フレームワークについて
ICVCMが設定した評価基準では、クレジットを発行する団体の制度を認定するプログラムレベルの評価フレームワークと、発行されたクレジット自体の認証方法を認定するカテゴリレベルでの評価フレームワークの2段階の評価基準が設定されています。
プログラムレベルの評価フレームワークでは、前述したA)ガバナンス、B)排出インパクト、C)持続可能な開発の3つの原則から、また、カテゴリレベルの評価フレームワークでは、B)排出インパクト及びC)持続可能な開発の2つの原則から、それぞれ具体的な基準が定められています。
評価フレームワークについては、最終的には既に実績のある国際航空のための炭素オフセットと削減のための枠組みである排出相殺制度(CORSIA)を踏襲した部分も多く、例えば、B)排出インパクトの各評価基準については、基本的にCORSIA適格プログラムの要件を遵守することが必要とされています。
評価フレームワークの特徴について
ICVCMの草案に対して5,000を超えるパブリックコメントが寄せられたことからも推察できるとおり、コアカーボン原則及び評価フレームワークの内容については、まだまだ課題も多く、すべての当事者にとって満足のいく形とはなっていないと考えられています(注3)。
例えば、プログラムレベルでの評価基準の設定方法について、今回の基準設定によって、クレジットの発行団体の質の問題は依然として残ると考える専門家もいるものの、基準が厳しすぎることによって、多くの発行機関は認証を受けることができず、それによって、クレジットの供給量が大幅に減少する可能性があると考えられています(注4)。
また、カテゴリレベルの評価フレームワークにおいて、化石燃料等の開発はカテゴリの対象外とされるなど、対象となるカテゴリが限定されており、本基準が世界的に標準化されれば、ブルーカーボンといった新たな分野での温室効果ガスの削減は、カーボン・クレジット市場において対象外とされる可能性があります。
加えて、認証されたカーボン・クレジットは、その質(グレード)に関わらず、一律にカーボン・クレジットとして扱われることから、実効性や効果の高いものとそうでないものが一律に扱われてしまうなどの問題点が挙げられます。
こうした課題についてはICVCMとしても認識をしており、ICVCMは、科学技術の進歩や市場の発展を考慮しつつ、コアカーボン原則や評価フレームワークを改善していくことを予定しており、2025年にアップグレードされたコアカーボン原則を公表することを明言しています。
結びに代えて
上述のとおり、課題は少なくないものの、制度が乱立しているカーボン・クレジット市場において、標準的な基準が確立すれば、安定した市場が形成され、利用者にとっても取引のハードルが下がることが想定されるところであり、市場の拡大、ひいてはカーボン・ニュートラルの実現に向けて、確かな一歩を踏み出すことができると考えられます。
また、カーボン・クレジット市場が安定すれば、法的な規制や取引の留意点についても議論がしやすくなるところであり、EU-ETSやGX-ETSなど、各国の制度との関連性・整合性についても注視しつつ、今後の発展を期待したいところです。
<参考>
コアカーボン原則(Core Carbon Principles)対訳
A. ガバナンス
効果的なガバナンス(Effective governance):カーボン・クレジット制度は、透明性、説明責任、継続的な改善、および炭素クレジットの全体的な品質を確保するために、効果的なガバナンスを有しなくてはならない。
トラッキング(Tracking):カーボン・クレジット制度は、緩和活動および発行された炭素クレジットを一意に識別、記録、トラッキングするためのレジストリを運営または利用し、クレジットを安全かつ明確に識別できるようにしなければならない。
透明性(Transparency):カーボン・クレジット制度は、クレジット化されたすべての削減活動に関するする包括的かつ透明性の高い情報を提供しなければならない。この情報は、電子形式で一般に公開され、専門家以外でもアクセスできるようにし、削減活動の精査を可能にしなければならない。
独立した第三者による強固な妥当性確認と検証(Robust independent third-party validation and verification):カーボン・クレジット制度は、削減活動についての独立した第三者による強固な妥当性確認と検証のためのプログラムレベルの要件を有しなければならない。
B. 排出量インパクト
追加性(Additionality):削減活動による温室効果ガス(GHG)排出量の削減または除去は、追加的なもの、すなわち、カーボン・クレジット収入によって生じるインセンティブがなければ発生しなかったものでなければならない。
永続性(Permanence):削減活動によるGHG排出量の削減または除去は、永続的なものであるか、または破綻のリスクがある場合は、そのリスクに対処し破綻を補償するための対策が講じられているものでなければならない。
排出削減・除去の強固な定量化(Robust quantification of emission reductions and removals):削減活動によるGHG排出量の削減または除去は、保守的アプローチ、完全性、科学的手法に基づき、強固に定量化されなければならない。
二重カウントの禁止(No double counting):削減活動によるGHG排出量の削減または除去は、二重にカウントしてはならない、すなわち、削減目標またはゴール達成に向けて一度だけカウントするものとする。二重カウントには、二重発行、二重請求、二重使用などが含まれる。
C. 持続可能な開発
持続可能な開発への利益とセーフガード(Sustainable development benefits and safeguards):カーボン・クレジット制度は、削減活動が、持続可能な開発にプラスの影響を与えつつ、社会・環境セーフガードに関する広く確立された業界のベストプラクティスに適合するか、それを超えることを保証するための明確な指針、ツール、遵守手順を持たなければならない。
ネットゼロ移行への貢献(Contribution toward net zero transition):削減活動は、今世紀中盤までにGHG排出量をネットゼロとする目標と相容れない、GHG排出量水準や技術、または炭素集約的慣行にロックイン(固定化)してしまうことを避けなければならない。
(注1)なお、ICVCMのGoverning Board(理事会)には、アジアからは唯一中国から理事が選任されており、日本からは選任されていません。
(注2)https://icvcm.org/the-core-carbon-principles/
(注3)2023年8月21日付の日本経済新聞社の記事では、「今回発表された『IC VCM』の特徴は『妥協」だろう。」と評価されています(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1541T0V10C23A8000000/?n_cid=kobetsu)。
(注4)これについては、考え方にはよるものの、結局のところ、現在では、基準を満たすことができないような発行団体が乱立しており、カーボン・ニュートラルに貢献できているのかわからないカーボン・クレジットが市場において存在しているともいえ、筆者としては、クレジットの供給量が減少することが、必ずしも環境の改善に悪影響ではないと考えます。