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【デジタル円ブログ②】デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義(後編)
2024.08.14
はじめに
弁護士の川上貴寛です。
このブログは、2021年6月から2024年6月まで日本銀行に出向し、デジタル円の発行に関する検討に携わっていた私が、様々な観点からデジタル円の利用イメージやその法的論点について連載形式でご紹介していくものです。
その他このブログの目的等については、「【デジタル円ブログ】ブログ開始のご挨拶」をご参照ください。
さて、今回の記事は、以下の予告テーマのうち、「1.デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義」の後編です。前編はこちらからご覧ください。
- デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義
- デジタル円の流通を担う「仲介機関」とは?担い得る業態と規制について
- デジタル円におけるプライバシーとAML/CFTのバランス
- デジタル円の「追加サービス」の内容と提供主体
- デジタル円の「上限」や「付利」
- デジタル円の私法的性質(債権か、物権か、それ以外か)
- 「デジタル円偽造罪」は必要か?
前編のあらすじ~「現金をスマホに」、現金の「法貨性」~
前編は上のリンクから全文をご覧いただけますが、後編の導入として、その内容をかいつまんでご説明します。
まず前編では、「CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する関係府省庁・日本銀行連絡会議 中間整理」(2024年4月公表)(以下「中間整理」といいます)を参照しながら、デジタル円の利用イメージについて「現金がスマホに入る」と一言で表現しました。
デジタル円は、基本的に電子マネー(交通系ICカード)やQRコード決済(○○ペイ)等と同様にスマホやカードで支払うことができ、使い易さは既存のデジタル決済手段に相当します。それでいて、例えば「○○ペイ使えます!」と書いてあるお店でしか使えない民間デジタル決済手段とは異なり、現金と同じく「誰でも、いつでも、どこでも」使える良いとこ取りの決済手段です。
このように、現金が「誰でも、いつでも、どこでも」使えるのは、「法貨性」という法律上の位置づけに拠るものです。
現金には、法貨として、「債務者が金銭債務を現金で弁済した場合には、債権者はその弁済の受領を拒むことができない」という効力(金銭債務の本旨弁済効)が付与されています。
しかし、これには、①当事者間の合意(契約)によって現金以外での弁済方法を選ぶことができる点(民法402条1項本文の任意規定性)、②硬貨(コイン)の場合には額面価格の20倍(100円玉の場合は2000円分)までしかこの効力が認められない点(硬貨の場合の量的制限)という2つの例外が存在します。
以上を踏まえつつ、この後編では、デジタル円が「法貨」になることとは具体的にどのような意義を持つのか、現金の場合と何が違うのかなどについて考えていきます。
デジタル円が「法貨」になった世界の基本的な姿
前編の最後でも述べたとおり、中間整理は、「CBDCの通貨制度における位置づけについては、……法貨とすることが基本」(3.(4)①参照)として、デジタル円を現金と同じ法貨とする方針を示しています。
では、デジタル円が「法貨」になると、具体的にはどのような効果が生まれるのでしょうか。
繰り返しになりますが、「法貨」には、「債務者が金銭債務をその決済手段で弁済した場合には、債権者はその弁済の受領を拒むことができない」という効力(金銭債務の本旨弁済効)が与えられています。そのため、デジタル円が「法貨」になれば、金銭債務の債権者は、債務者によるデジタル円での弁済を拒むことができないことになります。
要するに、どのお店や個人に対しても、原則としてデジタル円で支払えるということです。
しかも、スマホだけで支払いができるので、お財布に現金を入れて持ち運ぶ必要もありませんし、法貨なのでどこでも使えます。
法貨であるデジタル円が発行されれば、やがてこれが現金に置き換わっていき、今まで以上に「スマホだけで外出できる」とても便利な世界が実現するように思えます(キャッシュレス化が進んでいるとはいえ、まだまだ「現金オンリー」のお店もありますから、財布なしで外出することには少し不安がありますよね)。
さらには、社会的なコストの削減にも繫がる可能性があります。紙幣を刷ったり、偽造対策を施したり(2024年7月3日には、最先端の偽造防止技術を盛り込んだ新しい紙幣の発行開始が話題になりました)、ATMの設置や現金の輸送、盗難等の防犯対策に要する費用など様々なものを合わせると、現金決済インフラを維持するためのコストは年間2.8兆円にも上るとの推計があります(経済産業省「キャッシュレス将来像の検討」9頁)。加えて、モノによっては数万円~数十万円(あるいはそれ以上?)することもあるお財布自体を国民が買うための費用もそのコストの一種といえるでしょう。
主要民間銀行でも硬貨取扱手数料の導入が進められており(財務省「我が国の通貨と決済を巡る現状」9頁)、これを受けて、お寺が賽銭の扱いに苦慮しているとの報道等も耳にすることがあります。
デジタル円が発行されてもすぐに現金が流通されなくなるわけではないので、こうした現金流通にかかるコストがいきなりゼロになるわけではありません(日本銀行も、デジタル円導入後も「現金に対する需要がある限り、責任を持って、その供給を継続していく方針」を示しています(中間整理3.(2)②))。しかし、現金が徐々にデジタル円に置き換わっていくことで、こうしたコストは削減されていくはずです。
デジタル円が「法貨」になると困る?①~「デジタル円お断り」~
それでは、デジタル円が「法貨」になった世界では、誰も困る人はいないのでしょうか?
実は、「いない」とは直ちには言い切れません。
デジタル円は「デジタル」な決済手段ですから、利用にはスマホやカードといったデジタル技術が必要です。
例えば、小規模店舗等ではデジタル円の利用に必要な端末を導入するための資金が十分でないかもしれません(もっとも、既存の店舗の決済端末をデジタル円用に改修する案が想定されているほか(日本銀行「中央銀行デジタル通貨に関する実証実験「概念実証フェーズ2」結果報告書」12頁参照)、デジタル円が公的インフラであることを踏まえれば、こうした店舗における初期費用に関して何らかの公的負担の可能性もあります(中間整理3.(5)①参照))。また、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」の観点から、例えば、スマホを持たない方々など、必ずしもデジタル技術を十分に活用できない方への配慮も必要となります(中間整理3.(5)③参照)。
デジタル円を「法貨」とするためには、こうしたデジタル円を使いたくない人や使えない人との関係を考慮する必要があります。
ここで、法貨には、「当事者間の合意によって現金以外での弁済方法を選ぶことができる」という例外があったことを思い出してみましょう。
前編でもご紹介した東京ドームの「現金お断り」方針と同じ要領で、「デジタル円お断り」の方針をとれば、デジタル円を使いたくない人や使えない人も、デジタル円が法貨であることによって不利益を被る結果は避けられそうに思えます。つまり、金銭債務を発生させる契約(売買契約等)を締結する際には、デジタル円以外の決済手段(現金等)を用いる特約を契約締結の条件とする(その特約に応じられない相手とは契約しない)ようにすればよいのです。
お店(債権者)の場合には店頭に「デジタル円お断り」という趣旨の掲示を行っておけばよいでしょう。消費者(債務者)の場合には、「現金で払います」などといって購入をすればよいでしょう(※)。そうすることで、契約にデジタル円以外の決済手段(現金など)を用いる特約が含まれることになります。
※ ちなみに細かいですが、民法402条は「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、各種の通貨で弁済をすることができる。」(下線は引用者)と定めているので、例えば10,000円の支払いのために千円札10枚を用いたり、千円札5枚と五千円札1枚の組合せを用いたりすることができます(ただし、既述のとおり硬貨の場合には額面の20倍までという制限があります)。
デジタル円が法貨となった後も、このルールが、デジタル円と現金との間でも同じように当てはまるとすれば、実はデジタル円を使えない債務者からは、「現金で払います(デジタル円では払いません)」という特約を求める必要はありません。なぜなら、現金払いの場合にあらかじめ「(少額の支払いですが)一万円札でいいですか?」と断っておく必要がないのと同様に(実際には断っておいた方が事実上のトラブルは減るでしょうが)、契約(に基づく金銭債務)が成立した後で、債務者がデジタル円と現金のどちらで支払いを行うかを選択することができるからです。
デジタル円が「法貨」になると困る?②~「デジタル円お断り」の限界~
以上のように、デジタル円を使いたくない人や使えない人は、「デジタル円お断り」によることで基本的には不利益は避けられそうです。
しかし、実は「デジタル円お断り」だけでは解決できない問題が起こり得ます。
それが、「法定債権」の場合です。
法定債権とは、当事者間の合意(契約)ではなく、法律に基づき成立する債権のことで、事務管理・不当利得・不法行為を原因として生じる債権がこれに当たります。
法定債権においては、それを生じさせるための当事者間の合意が存在しないため(例えば、交通事故による損害賠償請求権等は、加害者と被害者の契約によって生じるものではありません)、「デジタル円以外の決済手段(現金等)を用いる特約」も存在し得ないことになります。
そうすると、債務者が「私はこの法定債権をデジタル円で弁済したいです」と申し出た場合(債務者がこの選択を行える理由については上記「※」参照)には、債権者はその弁済の受領を拒むことができませんから(これがまさに「法貨」であることの効果です)、もし債権者がスマホも、デジタル円用のカードも持っていないときは、弁済が完了せず、お互いに困ってしまいます。
現金の場合には、不法行為に基づく損害賠償請求権の債権者が「私は現金では受け取りたくない。絶対に○○ペイで支払ってください」と主張しても、債務者は有無を言わさずに現金で支払って弁済を完了してしまうことができますが、デジタル円の場合には、スマホやカードを持っていない債権者の意に反して無理やり弁済してしまうということができません(この点は、○○ペイの利用者ではない相手に対して○○ペイで支払いを行うことができないことと同じです)。
上記のように、債務者が法定債権をデジタル円で弁済しようとしているにもかかわらず、債権者がこれに応じない(又は応じられない)場合には、法的に以下のような論点が生じ得ます。
- 債権者による受領遅滞(民法413条)に該当するか(受領遅滞の要件は、①債務者によって債務の本旨に沿った弁済の提供があること、②債権者が弁済の提供の受領を拒絶し、又は受領不能であることの2つですが、このケースでは①・②のいずれも満たすようにも思われます)。
- 受領遅滞に該当する場合には、債務者は債務不履行責任を免れるが(民法492条)、債務者として、紛争防止の観点から念の為に債務を消滅させておきたいと考えるときは、受領拒絶又は受領不能を理由に供託を行うことができるか(民法494条1項各号)。
以上の点については、中間整理でも、「CBDCを法貨と位置づける場合、CBDCの移転が民法上の金銭債務の本旨弁済となり、当事者間の合意によらずに発生する法定債権であっても、債権者は受取を拒むことができない。」(3.(4)①)として同様の問題意識が示されているところです。
「何が問題?法定債権であっても、その成立後に現金などで支払う旨の特約を合意すればそれで足りるのでは?」とお考えになった方は鋭いです。
確かに実際上は大半のケースで、そうした「成立後の特約」が合意されるでしょう。債権者と債務者の双方が合理的・友好的に行動すれば、いずれか一方がデジタル円の利用者ではないと判明した時点で、双方が現金や銀行振込みなどの弁済方法を選択すると通常は期待できます。
しかし、必ずしも全ての当事者が合理的に行動するとは限りません。例えば、法定債権の債務者が、債権者を困らせる意図で「嫌です。私は絶対にデジタル円で支払いたいです。法律上、私は法貨である現金かデジタル円で支払うことができます。また、債務者である私が現金とデジタル円のどちらで支払うかを選択することができるはずです」と言い張って譲らないケースを考えてみてください。
実際にはこのような意地悪な債務者はレアであるとしても、こうしたケースが理論上は生じ得る以上、法定債権の成立後の特約が合意されず、債権者がデジタル円の利用者ではないにもかかわらず、債務者がデジタル円による弁済にこだわった場合の法的な帰結は整理しておく必要があります。
デジタル円は「法貨」の新たな例外を切り拓けるか
ここで、さらに鋭い方は、「デジタル円の法貨性を、債権者と債務者の双方がデジタル円の利用者である場合に限定すればよいのでは?」という案を思いつくでしょう。
この案によると、例えば、デジタル円の法貨性は、「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、現金又はデジタル円で弁済をすることができる。ただし、デジタル円で弁済をすることができるのは、債権者がデジタル円の利用者である場合に限る。」等と規定することになるかもしれません(規定振りはあくまでイメージにすぎません)。
現行の法貨のうち硬貨に関する額面20倍までという制限を法貨性の「量的制限」と呼ぶのなら、上記の案は、「債権者がデジタル円の利用者かどうか」という点に着目した法貨性の「質的制限」とも呼べそうです。
そして、このような法貨性の例外を設けることができれば、法定債権について、デジタル円以外で弁済する旨の特約が合意されない場合の上記の不都合が回避できそうです。この例外を前提とすると、いくら債務者がデジタル円による弁済にこだわったとしても、債権者がデジタル円の利用者ではないケースでは、はじめからデジタル円は法貨として取り扱われなくなるためです。
受け取れる人が限定されている通貨を「法貨」とは呼べない?
こうした例外が可能かどうかは、いまだ正解が存在しない未開の領域ですが、実は参考になる考え方が存在します。
エルサルバドル共和国がビットコインを法貨にすることを検討していた2021年頃、「エルサルバドル共和国がビットコインを法定通貨とした場合、ビットコインは資金決済に関する法律上の暗号資産の定義から外れるか、示されたい。」との質問に対して、「資金決済に関する法律(平成二十一年法律第五十九号)第二条第五項第一号における外国通貨とは、ある外国が自国における強制通用の効力を認めている通貨と解されるところ、ビットコインについては、公開されているエルサルバドル共和国のビットコイン法においてその支払を受け入れる義務が免除される場合が規定されており、当該外国通貨には該当せず、同項に規定する暗号資産に該当しているものと考えている。」(下線は引用者)との国会答弁がされています(内閣参質204第114号。なお、同答弁は2021年6月25日付けですが、同年9月には実際にエルサルバドル共和国ではビットコインが法定通貨とされました)。
このやり取りは、ある外国でビットコインが法貨となることで、ビットコインが資金決済法上の暗号資産(定義上、外国通貨は除かれています)に該当しなくなる可能性について議論したものですが、注目すべきは下線部です。
下線部は、
①外国通貨とは、ある外国が自国における強制通用力を認めた通貨のことである。
②エルサルバドル共和国はビットコインを「法貨」と定めたが、「その支払を受け入れる義務が免除される場合が規定されて」いるため、ビットコインは同国で強制通用力を有しているとはいえない。
という2点を述べています。
①については、特に違和感がありません。日本でも同様に、強制通用力を有する紙幣及び硬貨が通貨に該当します(前編参照)。
②については、やや文章の構造が複雑ですが、「その支払を受け入れる義務が免除される場合が規定されて」いる(※)、すなわち、ある決済手段(この場合にはエルサルバドル共和国におけるビットコイン)について、原則として金銭債務の本旨弁済効が規定されていても、「○○の場合には、債権者は当該支払手段を受領しなくてもよい」という例外が規定されている場合には、全体として、当該決済手段が強制通用力を有しているとはいえない(つまり、当該決済手段は法貨ではない)と述べているように読めます。
要するに、「受け取れる人や場面が限定されている通貨は、“法貨”と呼ぶことはできない」という考え方が我が国の政府の見解であると理解できそうです。
※ 実際にエルサルバドル共和国の「ビットコイン法」の英語版を見てみると、7条が「Every economic agent must accept bitcoin as payment when offered to him by whoever acquires a good or service.」(すべての経済主体は、商品又はサービスを取得する相手からビットコインが提供された場合、ビットコインを支払いとして受け入れなければならない。)と規定した上で、12条が「Those who, by evident and notorious fact, do not have access to the technologies that allow them to carry out transactions in bitcoin are excluded from the obligation expressed in Art. 7 of this law. The State will promote the necessary training and mechanisms so that the population can access bitcoin transactions.」(明白かつ周知の事実により、ビットコインでの取引を可能にする技術にアクセスできない者は、本法第7条で表明された義務から除外される。国は、国民がビットコイン取引にアクセスできるよう、必要な訓練や仕組みを推進する。)と規定しています。
上記の国会答弁も、「ビットコインを支払いとして受け入れなければならない」という義務が、「ビットコインでの取引を可能にする技術にアクセスできない者」については免除される点を踏まえて、「その支払を受け入れる義務が免除される場合が規定されて」いると評価したものと推測されます。
以上のように、エルサルバドル共和国はビットコインを自国の「法貨」としましたが、ビットコインを使う技術を有さない人までビットコインの受け取りを強制されることはありませんでした。
そして、もし政府が、この点をとらまえて、「受け取れる人や場面が限定されている通貨を“法貨”と呼ぶことはできない」と考えたのであるとすれば、デジタル円についても同じことがいえるのではないでしょうか?
つまり、「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、現金又はデジタル円で弁済をすることができる。ただし、デジタル円で弁済をすることができるのは、債権者がデジタル円の利用者である場合に限る。」等と規定することで、デジタル円の法貨性に「債権者がデジタル円の利用者かどうか」という点に着目した質的制限を設ける案は、エルサルバドル共和国のビットコイン法12条の規定(「明らかにビットコインでの取引を可能にする技術にアクセスできない者」はビットコインの受け取りを強制されない旨の規定)と同様に、「その支払を受け入れる義務が免除される場合が規定されて」いることになってしまい、このような質的制限を設けたデジタル円をもはや「法貨」とは呼べず、結果として、デジタル円を法貨とする以上は、このような質的制限を設けることはできない(デジタル円の法貨性とこのような質的制限は両立し得ない)ということになってしまうかもしれません。
もちろん上記の国会答弁は、直接問題となっている法律も場面も異なりますから、その射程については慎重に考える必要がありますが、やはり(エルサルバドル共和国におけるビットコインの位置づけという個別事例の文脈とはいえ)「強制通用力」という用語の一般的な解釈を述べている(ように読める)点は無視できません。
また、実際上も、「受け取れる人や場面が限定されている通貨を“法貨”と呼ぶことはできない」という考え方は相応に合理的なように思われます。
デジタル円の法貨性に「デジタル円で弁済をすることができるのは、債権者がデジタル円の利用者である場合に限る。」という例外が規定されていても、実際上、債務者が、「債権者がデジタル円の利用者である」かどうかを個々の取引ごとに正確に確かめることは必ずしも容易ではありません。コンビニなどでの対面取引であればともかく、オンライン取引の場合には確認する術がないかもしれませんし、債権者が「私はデジタル円を使えますよ」と言っても、それが嘘や勘違いだった場合(例えば、デジタル円の利用開始手続に不備があって完了していない場合など)にはどうするのでしょうか?
取引の相手方がデジタル円の利用者であるかどうかは、必ずしも自身において常に容易かつ確実に確かめられる事情ではない以上、こうした事情によってデジタル円が金銭債務の本旨弁済効を有するかどうかが左右されるというのは、やや法的に不安定で明確性を欠く制度であるようにも思えます。ひいては、それによって(せっかくデジタル円を法貨にしても)普及が十分に進まない可能性もあり得ます(原因は不明ですが、エルサルバドル共和国でもビットコインの利用はあまり広がっていないようです)。
ちなみに、個人的には、デジタル円の法貨性について、上記のような「債権者がデジタル円の利用者かどうか」という点に着目した質的制限ではなく、上記で述べた法定債権の場合の問題点を払しょくする観点から、次のような債権の性質に着目した質的制限の案がより有効ではないかと考えます。
すなわち、「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、現金又はデジタル円で弁済をすることができる。ただし、デジタル円で弁済をすることができるのは、債権が約定債権である場合に限る。」(この規定もあくまでイメージです)等と定めることにより、デジタル円が約定債権(契約により生じる債権)だけに限って強制通用力を有する制度にするのです。
こうすれば、上記「デジタル円が「法貨」になると困る?①~「デジタル円お断り」~」で述べたとおり、デジタル円の利用を希望しない又は利用できない人は、契約の際に「デジタル円お断り」の特約を結ぶようにすればよく、反対に、この特約を結ぶことができない法定債権については、デジタル円ははじめから強制通用力を有しませんので、法定債権特有の不都合も回避されます。
皆様は、デジタル円の法貨性についてどのようなルールがよいと思われますか?デジタル円の法貨性については、どのようなルールが最適なのでしょうか?
このようなことを考えながら今後の議論を見ていくのも楽しそうです。
前後編を通じて相当の分量にわたってしまいましたが、以上で1つ目のテーマである「デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義」を終わります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ちなみに、前編では、デジタル円が「誰でも、いつでも、どこでも」使えるという利点を強調しながら、この後編では、「デジタル円お断り」によればデジタル円の受領を強制されないと述べるなど、一転してやや後ろ向きな議論に見えてしまったかもしれませんが、あくまで法的な観点から考え得る問題意識をご紹介したものであり、ネガティブキャンペーンの趣旨は全くありません。
また、発行後当面こそ、デジタル円を好んで使う人と使わない人が同じくらい大勢いて、「法貨性の例外」のような考慮が必要になる場面が少なくないでしょうが、いつかは(遠い未来かもしれませんが)デジタル円の普及率が十分に高まって、あまりややこしいことを考える必要はなく、文字通り「誰でも、いつでも、どこでも」使える決済手段になっていくことを筆者一個人としては強く期待しています。特に決済手段には、それを使う人が増えれば増えるほど便利になって、ますます使う人が増えていく性質がありますから、(ある○○ペイのように)一度普及が始まればそのスピードは速いでしょう。
次回予告~デジタル円の流通を担う「仲介機関」とは?担い得る業態と規制~
次回は、デジタル円の流通を担う「仲介機関」という主体の役割、そしてそれを担うことが想定される業態や仲介機関に対する規制の可能性などについて考えていきます。
ご期待ください。
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