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【ESG訴訟ブログ】KLMオランダ航空に対するグリーンウォッシュ判決の紹介
2024.11.01
はじめに-グリーンウォッシュとは-
サステナビリティ意識の向上、ESG投資の拡大等に伴い、企業には、気候変動をはじめとするサステナビリティへの取組みと積極的な情報開示が求められ、環境に配慮した製品・サービスの開発・宣伝広告が広く行われている中で、昨今問題視されているのが「グリーンウォッシュ」です。
「グリーンウォッシュ」とは、環境への配慮を彷彿させる「グリーン」と、うわべだけ取り繕うことを意味する「ホワイトウォッシュ」を組み合わせた造語で、企業が、その実態が伴わないにもかかわらず、消費者や投資家に対して、自社の製品・サービスや企業体制が環境に配慮していると誤解を与えるような広告、PR、情報開示等を行うことをいいます。最近では、各国・地域でグリーンウォッシュに対する法整備が進んでおり、例えば、EUでは、2024年4月に、グリーンウォッシュからの消費者保護を目的として、既存の不公正商取引慣行指令(UCPD)と消費者権利指令(CRD)を改正する指令案が採択された(注1)ほか、2023年3月には、同指令を補完するものとして、環境主張に係る科学的根拠に基づく立証の義務付け等を定めた「グリーン・クレーム指令案」が公表されています(注2)。
このように、グリーンウォッシュに対する問題意識の高まりと規制強化が進められている中、2024年3月20日、オランダのアムステルダム地方裁判所は、KLMオランダ航空(KONINKLIJKE LUCHTVAART MAATSCHAPPIJ N.V.,)の広告がいわゆる「グリーンウォッシュ」にあたり、消費者に誤解を与えるものとして違法であると判断しました。
本ブログでは、KLMオランダ航空判決の事案概要とともに、同判決で違法と判断された表現を例に、「グリーンウォッシュ」となりうる事例について紹介したいと思います。
KLMオランダ航空判決の概要(注3)
(1)事案の概要
本件は、オランダの環境保護団体である「Fossielvrij(フォッシル・フリー)」が原告となって、KLMオランダ航空に対して、同社の「Fly Responsibly(責任ある航行)」キャンペーン(注4)における広告が、消費者に誤解を与えるものであり、オランダの不公正商行為法(注5)(オランダ民法第6編193a~j)違反であるとして、2022年7月6日、アムステルダム地方裁判所に提訴した事案(注6)です。原告は、KLMオランダ航空に対して、対象となる19の広告表現について、「持続可能な」、「責任ある」航空飛行が可能であるかのような、または気候変動への影響の一部を緩和するかのような誤解を招くもので違法であることの確認、当該誤解を招く文言を含む広告の差止、これら19の表現及びこれらと実質的に同じ趣旨の文言の削除及び訂正広告等の公表等を求めていました。
「Fly Responsibly(責任ある航行)」キャンペーンとは、2019年にKLMオランダ航空が、創立100周年を迎えるにあたり、KLMオランダ航空自身のみならず、同業他社を含む航空業界全体や利用者に対して、持続可能な航空産業の実現への協力を呼び掛けた取組みであり、当時、「飛行機ではなく電車で移動しませんか?」と呼びかける大胆な広告動画が話題となりました(注7)。
(2)結論
本件では、KLMオランダ航空の各種広告媒体における19の表現がオランダの不公正商行為法(オランダ民法第6編193a~j)に違反するか否かが争われたところ、アムステルダム地方裁判所は、そのうち、15の表現について、主に、以下のいずれかの理由により、消費者に誤解を与えるものであるとして、同法に反して違法であると判断しました。なお、同判決は確定しています。
- KLMオランダ航空による広告表示は、環境上の便益に関するあいまいで一般的な記述に基づく環境主張を行うことにより、消費者の誤解を招いていること。
- KLMオランダ航空による広告表示は、SAFの利用拡大や森林再生プログラム等の施策が環境に対するマイナスな影響をわずかに低減するにとどまるにもかかわらず、これらの施策の結果について過度にバラ色のイメージに描くことにより、KLMオランダ航空による飛行が持続可能であるかのような誤った印象を与えるものであること。
上記②にある「SAF」とは、バイオマスや廃食油等などを原料とする航空燃料のことで、持続可能な航空燃料=Sustainable Aviation Fuelの頭文字をとったものです。
KLMオランダ航空は、Fly responsiblyキャンペーンにおいて、CO2排出量削減への様々な施策を示す中でも、特にSAFの利用について、(CO2排出量削減に対して)「圧倒的に大きな貢献をするのはSAFだ」と紹介していました。これに対して、裁判所は、現時点で、SAFの利用によるCO2排出量の削減への効果は限定的であり、今後改善される可能性は否定できないとしても、この分野における不確定要素を踏まえると、KLMオランダ航空の表現は、「あまりにもバラ色の絵を描いている」(“KLM paints an overly rosy picture”(※原文”KLM een te rooskleurig beeld over de gevolgen”を英訳))として、消費者の誤解を招くものと判断しています。
なお、KLMオランダ航空は、当時問題となった広告の掲載を既に中止していたことから、裁判所は、KLMオランダ航空に対する各広告の削除請求・掲載の差止請求は認めず、是正措置(訂正広告の公表)も求めませんでしたが、今後、消費者に対して、例えばCO2排出量削減に係る野心的な主張を伝える場合には、「正直かつ具体的に」行うべきであることを注意喚起として指摘しています。
グリーンウォッシュとなりうる表現とは?-環境上の便益に関するあいまいで一般的な記述-
(1)KLMオランダ航空判決で問題となった広告表現の紹介
本件で問題となった19の広告表現のうち、1つの事例(表現2:空港のポスター広告における表現)を用いて、裁判所の判断とともに紹介します。
表現2では、オランダのアムステルダム・スキポール空港の広告塔に掲載されていた、空と水と山を背景にブランコに座る子どもの描写とともに、「Join us in creating a more sustainable future(私たちと一緒に、より持続可能な未来を創りましょう)」と謳う、以下のポスターの表現が問題となりました。
【訴状(注8)116頁より引用】
裁判所は、この表現について、「『より持続可能な未来(”a more sustainable future”)』という環境上の便益に関するあいまいで一般的な記述に基づく環境主張がなされているところ、当該広告からは、KLMオランダ航空の利用により、どのような環境上の利益が達成されるのか、それがKLMオランダ航空のどのような側面を指すかについて具体的ではない」「当該ポスターの背景(空と水と山を背景にブランコに座る子どもの描写)が、KLMオランダ航空の利用により環境上の利益がどのように得られるかを明確にしないまま、環境上の利益が得られるかのような印象を強めている」として、違法であると判断しています。
(2)「環境上の便益に関するあいまいで一般的な記述」とは
前記(1)のとおり、表現2については、主として、「環境上の便益に関するあいまいで一般的な記述」であることを理由に違法と判断されていますが、KLMオランダ航空判決では、その他の複数の表現についても同じ理由で違法と判断されていることから、この点について少し触れます。
「環境上の便益に関するあいまいで一般的な記述」とは、「環境にやさしい」「エコ」「グリーン」等の表現のことをいい、製品・サービスについて、全体的に環境に配慮した印象を与えるものであり、消費者に対して誤解を生じさせる可能性が高いことから、無条件で使用することは制限される場合があります(例えば、アメリカの米連邦取引委員会(FTC)が公表している環境に関するマーケティング・ガイドラインである「Green guide」(注9)は、このような環境主張は、その根拠を立証できる可能性は極めて低いため、無条件で主張すべきでないと明記しています。)。
本判決においても、アムステルダム裁判所は、オランダの不公正商行為法の解釈にあたって、2021年に欧州委員会が公表した、「不公正な商慣行に関する指令(UCPD)の解釈と適用に関するガイダンス」(注10)を参照しているところ、同ガイダンスには、「環境上の便益に関するあいまいで一般的な記述」について、「その便益を適切に実証せず、主張が参照する製品の関連する側面が示されていない場合」には誤解を招く可能性があること、場合によっては、そのような根拠のない主張は、製品や取引業者の活動が環境に悪影響を与えていない、または環境にプラスの影響を与えているだけであるという印象を消費者に与える可能性があるとして、平均的な消費者を欺き、他の方法では取らなかった取引上の決定を消費者に取らせる可能性が高い場合には、不公正な商慣習に関する指令第6条(1)(a)及び(b)に定める「欺罔行為」(注11)に該当すると明記されています。
(3)日本における規制-「JIS Q 14021」と「環境表示ガイドライン」-
日本において、グリーンウォッシュが関連し得る法令は、景品等表示法、不正競争防止法、独占禁止法ですが、これらの法令に、「環境表示」に関する具体的な要求事項は定められておらず、参考となるものとして、自己宣言する場合の要求事項を定めた国際規格であるISO14201を受けて日本国内で規格化されたJIS Q 14021と環境省の「環境表示ガイドライン」があります(注12)。
そして、JIS Q 14021においては、「5.3 あいまいな又は特定されない環境主張、又は製品が環境に有益若しくは環境に優しいと大まかにほのめかす環境主張をしてはならない。(略)」と規定され、これを受けて、環境表示ガイドラインにおいても、「あいまいな表現や環境主張は行わないこと」と規定されています。ただし、JIS Q 14021及び環境表示ガイドラインは、「自己宣言による環境主張は、主張だけでは誤解を招くおそれがある場合、説明文を付けなければならない」(環境表示ガイドライン13頁、JIS Q 14021 5.6)と規定し、環境主張に係る説明文の要求事項がa)からr)まで規定されていることから(環境表示ガイドライン13~14頁、JIS Q 14021 5.7)、同要求事項を満たした適切な説明文を付すことにより、JIS Q 14021及び環境表示ガイドラインへの要求事項は充足されると考えられます。
JIS Q 14021も環境表示ガイドラインも法的拘束力を有さないことから、これらに抵触することが、直ちに法令違反となるものではないと考えられますが、環境主張に係る要求事項が定められていることから、「環境上の便益に関するあいまいで一般的な記述」に限らず、今後環境主張を含む表示を行う際には、これらに準拠した表示となっているかを確認してみることを推奨いたします。
おわりに
今回は、オランダのKLMオランダ航空判決の概要とともに、グリーンウォッシュとは何か、どのような表示がグリーンウォッシュとなるかについて、簡単にご紹介しました。諸外国では法整備が進み、裁判事例も出てきており、日本においても、数は多くないものの、グリーンウォッシュの事例が出てきており、企業として無視できる問題ではなくなってきているのが現状です。
企業として具体的な対応を検討するにあたっては、前記の JIS Q 14021や環境表示ガイドラインのほか、今後を見据えて、諸外国における法令の要求事項や裁判事例を参考にすることも考えられます。
引き続き、諸外国の状況も含めて情報発信をしていきたいと思います。
(注1)
https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2024/02/20/consumer-rights-final-approval-for-the-directive-to-empower-consumers-for-the-green-transition/
(注2)
https://environment.ec.europa.eu/publications/proposal-directive-green-claims_en
(注3)
https://uitspraken.rechtspraak.nl/details?id=ECLI:NL:RBAMS:2024:1512(ただし、判決原文はオランダ語であるため、本ブログでは、イギリスの環境法律家団体であるClientEarthが公表している非公式の英訳版〔klm-judgment-20-march-2024.pdf〕に依拠して作成しています。)
(注4)
https://www.sustainablebrands.jp/news/us/detail/1193094_1532.html
(注5)
https://wetten.overheid.nl/BWBR0005289/2020-07-01/#Boek6_Titeldeel3_Afdeling3A_Artikel193g
(注6)
FossielVrij NL v. KLM, C/13/719848 / HA ZA 22-524
(注7)
https://www.asahi.com/and_travel_airport/articles/0003/
(注8)
https://climatecasechart.com/wp-content/uploads/non-us-case-documents/2022/20220707_17244_petition.pdf
(注9)
https://www.ftc.gov/sites/default/files/attachments/press-releases/ftc-issues-revised-green-guides/greenguides.pdf
(注10)
Guidance on the interpretation and application of Directive 2005/29/EC of the European Parliament and of the Council concerning unfair business-to-consumer commercial practices in the internal market(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:52021XC1229(05))
(注11)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex%3A32005L0029
(注12)
https://www.env.go.jp/policy/hozen/green/ecolabel/guideline/guideline.pdf