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【労働法ブログ】職種限定合意と配置転換の可否-滋賀県社会福祉協議会事件(最高裁令和6年4月26日)
2024.12.09
今年の4月26日、職種限定合意がある場合の配置転換の可否に関する最高裁判例として、滋賀県社会福祉協議会事件が出た。
本ブログでは、滋賀県社会福祉協議会事件の最高裁判断を紹介するとともに、同判決の意義について解説する。
事案の概要
Y法人は、滋賀県立長寿社会福祉センターの一部であるE福祉用具センター(以下、「本件福祉用具センター」)から福祉用具の展示・普及、利用者からの相談に基づく用具の改造・製作ならびに技術開発等の業務を指定管理者等として行っていた。
原告であるXは、平成13年3月、溶接ができる機械技術者を募集しているとの理由で勧誘を受け、同年4月1日からA(後にY法人に承継)の本件福祉用具センターにおける福祉用具の改造・製作ならびに技術開発にかかる技術職の正規職員として採用された。
その後、本件福祉用具センターにおける福祉用具の改造・製作の実施件数は減少し、平成29年度にはX1名のみとなった。平成30年4月には、本件福祉用具センターのE課長が、Xの前で、改造・製作業務をやめる趣旨の発言をしたことがあった。
その後、平成31年3月25日、Y法人の人事異動の内示が発表され、Xは18年間勤務してきた本件福祉用具センターの技術職から、同年4月1日付で総務課施設管理担当に配転されることとなった(以下、「本件配転命令」)。なお、Xへの事前の打診はなかった。
これに対し、本件配点命令を債務不履行又は不法行為であるとして、Xが、Y社に対して、損害賠償を求めたのが本件である。
裁判所の判断
⑴ 第一審、控訴審の判断
第一審では、XY間の雇用契約書においては、Xの職種を技術者に限るとの合意はないとし、明示的な職種限定合意はないとしつつも、Xの採用経緯やXが18年間にわたって技術者としての勤務を続けてきた実態に照らして、「福祉用具の改造・製作、技術開発を行わせる技術者」として職種を限定する黙示の合意があったと認定した。
そのうえで、福祉用具のセミオーダー化により、既存の福祉用具を改造する需要が年間数件までに激減していることから、月収約35万円のXを専属として配置することに経営上の合理性はないとのY法人の判断はやむを得ないなどと判示し、XとYとの間に黙示の職種限定合意があったとしても、Xの解雇を回避するためには、Xを総務課の施設管理担当に配転することにも、業務上の必要性があるというべきであって、それが甘受すべき程度を超える不利益をXにもたらすものでなければ、権利濫用ということまではできないとした。
控訴審(大阪高判令和4年11月24日労判1308号16頁)も、第一審と概ね同様に判断し、本件配転命令は違法・無効ではないとした。
⑵ 最高裁の判断
最高裁は、「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。」とし、控訴審判決を破棄し、不法行為の成否、債務不履行の有無等について更に心理を尽くさせるため、控訴審に差し戻した。
本判決の意義と実務上の影響
多くの場合、就業規則において、使用者が広く配置転換を命じることができる旨の定めが置かれており、就業規則上は限定なく配置転換を命じることができる内容となっている。もっとも、職種限定の合意がある場合には、当該合意は、無制限に配置転換を受けうるという地位よりも有利な内容であることから、就業規則に優先し、就業規則の定めにかかわらず、当該職種限定合意を超える配転命令を一方的に命じることはできず、当該職種限定合意を超えて配置転換を行う場合には、改めて労働者の合意を要すると解されてきた。
本判決は、職種限定合意が存在している場合には、当該職種限定合意に反する配置転換を命じることができないとしたものであり、上記の解釈を最高裁として宣明したことに一つの意義を有する。
また、従前から上記のような解釈があった一方で、裁判例の中には、仮に職種限定合意がある場合でも、「採用経緯と当該職種の内容、使用者における職種変更の必要性の有無及びその程度、変更後の業務内容の相当性、他職種への配転による労働者の不利益の有無及び程度、それを補うだけの代替措置又は労働条件の改善の有無等を考慮し、他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には、当該他職種への配転を有効と認めるのが相当である」として、一定の必要性が認められる場合には、職種限定合意の内容を超える配置転換を命ずることができるとしたものがあった(東京海上日動火災保険(契約社員)事件(東京地判平成19年3月26日労判941号33頁)。
本判決は、この東京海上日動火災保険(契約社員)事件の考え方を否定した点にも意義を有する。
残された課題
⑴ 整理解雇との関係
ところで、滋賀県社会福祉協議会事件は配置転換の違法性が問題となった事案であったが、本事案を読むと浮かぶ疑問として、「では今回Y法人はどうすればよかったか。」という点であろう。
この点について、退職交渉等の協議を経たうえで、なおも退職合意に至らないのであれば、最終的には整理解雇を行うことが基本的な考え方になると思われる。
整理解雇は、労働者に責任がない経営上の理由による解雇であることから、容易には有効とならず、①人員削減の必要性、②解雇回避努力義務、③人選の合理性及び④手続きの妥当性の4要素を総合的に判断して有効性が判断される。
ここで問題になるのは、②解雇回避努力義務であり、企業全体が赤字でなくとも、①人員削減の必要性は肯定されるものの、②解雇回避努力義務として、できる限り配置転換を行い、解雇を回避することが要請される(この点を明確に述べるものとして、アクセルリス事件(東京地判平成24年11月16日LLI/DB判例秘書登載)がある。)。
もっとも、滋賀県社会福祉協議会事件の判断を前提とすると、職種限定合意がある場合には、労働者に対して一方的に配置転換を命じることができないのであり、解雇回避努力義務として配置転換を命じる義務もないことになると考えられる。
ただし、職種限定合意がある場合であっても、解雇回避努力義務として、配置転換の「提案」は行うべきであるとする考え方もあり、実務的には、職種限定合意があるからといっていきなり整理解雇を行うのではなく、まずは配置転換の提案を行うのが穏当であろう。
⑵ 変更解約告知と留保付き承諾
その他、立法上の課題としては、変更解約告知と留保付き承諾という問題がある。
変更解約告知とは、労働条件の変更に応じないことを理由とする解雇とされる(荒木=菅野=山川「詳説 労働契約法[第2版]」(弘文堂)第274頁))。変更解約告知は、労働契約の解消を目的とする解雇とは異なるとして、整理解雇とは別の判断枠組により判断する考え方であり、これを肯定する裁判例もみられるが(スカンジナビア航空事件(東京地判平成7年4月13日労判680号6頁等))、変更解約告知を否定し、整理解雇の枠組みで判断する裁判例もみられ(大阪地判令和元年6月6日LLI/DB判例秘書登載等)、いまだ議論のある状況である。
また、職務に限定がある労働者には解雇回避努力義務として配置転換義務が免除ないし軽減されるとした場合、労働者としては解雇を受け入れるか、職務の変更に合意するかを迫られることになる。そこで、一旦労働条件の変更に承諾しつつ、のちに争うことを留保するという条件付きの承諾が可能かが問題になる。
この点、民法上、申込みに対して条件を付して承諾した場合には、新たな申込みとみなすとされており(民法528条)、会社がそれに承諾しない限り、合意が成立しない(結果、解雇されることになる。)。立法論としては、このような留保付き承諾を有効とすることも考えられる。
近年流行している「ジョブ型雇用」であるが、「ジョブ型雇用」の定義は、研究者の中においても一様ではない(例えば、中央大学の佐藤教授は「職場と職務の両者が限定されているもの」をジョブ型雇用とし、慶應大学の鶴教授は「職務、勤務地、労働時間のいずれかが限定されたもの」をジョブ型雇用としている。)。
もっとも、少なくとも職務(職種)の限定がある場合には、「ジョブ型雇用」に当たってくることになる。
ジョブ型雇用社会が進み、職務限定合意がなされた労働契約が増加していった場合には、整理解雇、変更解約告知、留保付き承諾といった論点についても議論が進められるべきであろう。
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