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オーストラリア連邦政府の調査における依頼者の秘匿特権
2025.04.23
はじめに
日本の実務においては比較的馴染みが薄い、依頼者の秘匿特権について、オーストラリア連邦政府による調査の文脈において、その概要をQ&A形式でご説明いたします。
秘匿特権とは何か どのような場合に使う権利か
オーストラリアでは、連邦政府の機関(典型的には、税務当局のATO、法務当局のASIC、競争当局のACCC及び連邦警察)が強大な調査権限を持っており、調査の過程において事業者に対して資料・書類・情報などの提出を求めることが多々あります。秘匿特権は、Legal Professional PrivilegeやClient Legal Privilegeと呼ばれ、そのような請求に対して依頼者が資料・書類・情報などの提出を拒むことができる権利です。
米国においてはよく問題となりますが、日本では正面から認められていないため、日本の実務においては比較的馴染みが薄いと言えるでしょう。このため、オーストラリアの連邦政府機関から調査を受けた場合に備えて、制度の概要を把握しておくことが望ましいと言えます。
なぜ秘匿特権が認められているか
依頼者が機密情報も含めてすべての情報を率直に弁護士に開示するのでなければ、依頼者が弁護士から効果的な法的助言を受けることができず、依頼者が完全な形で法的権利の擁護を受けることができなくなってしまいます。このような政策的観点から、依頼者と弁護士の間のコミュニケーションを秘匿特権として保護し、依頼者が政府機関への開示を拒むことができるようにしています。
秘匿特権の要件は何か
連邦政府機関の調査の際に行使される秘匿特権はコモンローや法律が根拠となっており、概要、保護の対象となるコミュニケーションは、(1)依頼者と弁護士間の、(2)秘密の、(3)主目的が、法的助言のため、または、既存の(または、予想される)訴訟のためのコミュニケーションであること、をいずれも満たすことが要件となっています。
(1)の「弁護士」については、裁判例上、外国法資格弁護士との間のコミュニケーションも排除されていませんが、オーストラリア法に関する法的助言や訴訟のためのコミュニケーションであれば、通常はオーストラリア法資格を持った弁護士との間のコミュニケーションになると考えられます。また、資格ある弁護士であれば、企業で雇用されているインハウス弁護士とのコミュニケーションにも適用されますが、あくまで、弁護士としての、依頼者(雇用者)から独立した立場で行われたコミュニケーションである必要がありますので、留意が必要です。
秘匿特権が認められない場合はあるか 連邦政府機関の調査において秘匿特権を維持するために留意すべきことはあるか
秘匿特権が認められない場合として、上記の(3)の主目的要件を満たさない場合のほか、依頼者が秘匿特権を放棄してしまう場合、不適切・違法な目的で行われたコミュニケーションの場合、法令が認めない場合、が一般的に考えられます。
例えば、法的助言の内容を第三者に誤って開示してしまうことにより、上記(2)の秘密性の要件が失われてしまうような行動をした場合には、(暗黙のうちに)秘密性を放棄したとみなされてしまい、結果として秘匿特権が認められなくなる可能性があります。したがって、一般に、法的助言を求める弁護士とのコミュニケーションの内容については、次のようなステップを踏んで管理することが望ましいと言えます。
Step 1 弁護士からの法的助言へのアクセスを必要のある社員に限定する
Step 2 広い範囲の社員にアクセスを認める必要がある場合には、各社員に秘密保持にかかる誓約書に署名させ、小さく限定した社員のグループの外には開示しないことを誓約させる
Step 3 入念な検討の上で幹部社員の承認を得て開示する場合を除き、政府機関を含めた第三者に対して法的助言の内容に言及しない
Step 4 秘匿特権に関して社内研修を行う
連邦政府機関に対する秘匿特権についての最新状況はどうなっているか
大手会計事務所のスキャンダルにおける調査で発覚した問題に端を発し、オーストラリア連邦政府は、連邦政府機関の調査の過程で主張される秘匿特権の在り方について、見直しを進めています。2024年12月末にディスカッションペーパーが公表され、2025年2月末までパブリックコメントを募っていました。ディスカッションペーパーが指摘している問題点は、次のようなものがあります。
- 連邦政府機関の秘匿特権の取扱いが統一されておらず、手続が複雑で時間やコストがかかる
- 調査対象者や企業が合理的な根拠なく秘匿特権の主張をするケースがある
- 連邦政府機関による追加情報の請求に対して調査対象企業が適時に対応しない
- 調査対象者や企業が、連邦政府機関が請求したり差し押さえた情報について、根拠なく秘匿特権等の広範な主張をする
上記の問題によって、連邦政府機関の調査が阻害されているだけでなく、調査対象者側においても手続が大きな負担となっているという問題があります。特に、近時のITの進展によってより大量の電子データが作出され取り扱われるようになっていることや、政府機関側の資料・情報提出要求がより広範囲になってきていることがこの問題に拍車をかけていると言えます。
上記の問題に対応するため、オーストラリア連邦政府は、連邦政府機関の間で秘匿特権の取扱いや手続を統一すること、連邦政府機関の間でより協調して手続の効率化を図ること、合理的な根拠を欠くなどの不適切な秘匿特権の主張に対して罰則を導入すること、中立的機関による秘匿特権に関する紛争の解決手続を導入すること、などを検討しています。
この見直しの方向性についてはまだ見通せませんが、いずれにしても、各企業は、秘匿特権の要件を正しく理解し、秘匿特権を維持するための情報管理体制を構築しておくことが求められます。
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