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米国ステーブルコイン法制の最前線:GENIUS Actが示す制度設計と今後の展望
2025.05.06
ステーブルコインを巡る米国の規制の現状
近年、ステーブルコインはデジタル経済の中核インフラの一部として存在感を高めています。特に、USDCやPYUSDといった米ドル建てのステーブルコインは、個人間送金、商取引、Web3サービス内の決済手段として急速に普及し、金融の現場で不可欠な手段となりつつあります。
しかしながら、米国においては、現時点でこうした支払用ステーブルコインの発行や流通を包括的に規律する連邦法が存在せず、発行主体は、Money transmitterやニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)のBitLicense、州認可のトラスト会社といった州レベルの制度を通じて事業を行っているのが実情です。
このような枠組みは一定の法的基盤を提供しているものの、州ごとに規制内容や監督水準にばらつきがあるため、ステーブルコインに関わる事業者や利用者にとって、その取扱いや保護の水準を包括的に把握するのが難しい状況にあります。また、Tether(USDT)のように米国外の事業者が発行し、担保内容や償還体制が不透明なステーブルコインもDeFiや国際送金の現場で広く使用されていますが、これらには米国の監督が及ばず、万一の際に利用者が十分な保護を受けられる法的枠組みが整っていません。
こうした背景を踏まえ、ステーブルコイン市場における規制の空白を埋め、利用者保護と金融システムの安定性を図るべく、現在米国議会では上院提出のGENIUS Act(S.394)(注1)と下院提出のSTABLE Act(H.R.4766)(注2)という二つの包括的な法案が審議されています。
(注1)S.919 - GENIUS Act of 2025 https://www.congress.gov/bill/119th-congress/senate-bill/919/text
(注2)H.R.2392 - STABLE Act of 2025 https://www.congress.gov/bill/119th-congress/house-bill/2392/text
法案の検討とSECの動き
2025年3月に上院銀行委員会 (US Senate Banking Committee)において可決されたGENIUS Actでは、承認を受けた発行者(permitted payment stablecoin issuer)による発行であることが前提とされており、銀行に限らず、一定の条件を満たした非銀行系の事業者にも発行を認める柔軟な構成を採用しています。さらに、発行者の規模に応じて連邦または州レベルでの登録・監督を受けるという二段階の監督構造を特徴とします。また、米国外で発行された米ドル建てステーブルコインについても制度的な整合性や相互運用を確保するため、本法の施行日から2年以内に米国と本質的に同等の規制制度を有する外国法域との間で相互承認制度や二国間協定を締結することを目指すと定めています。これは、TetherやUSDCのように国外で発行されながらもグローバルに流通するステーブルコインへの対応を意識した制度設計であるといえます。
一方、STABLE Actについても、幾度かの修正・調整を経て、2025年4月に下院金融サービス委員会(House Financial Services Committee)において可決されました。GENIUS Actとの間にはいくつかの相違点が残るものの、最新の法案では、一定の条件を満たした非銀行系事業者や州認可の発行体も対象に含まれるなど、両法案の差異は着実に縮小しています。
このような立法動向と連動して、2025年4月、証券取引委員会(SEC)の企業財務部門(Division of Corporation Finance)はスタッフ声明を発表し、米ドルと1対1での償還が常時可能であり、流動性の高い低リスク資産によって裏付けられている特定のステーブルコイン(Covered Stablecoins)については、証券取引法上の「証券の提供または販売」には当たらないとの見解を明らかにしました(注3)。ただし、SECはこの見解をCovered Stablecoinsに限定しており、他の種類のステーブルコイン、たとえば、ドル以外の法定通貨・コモディティ・暗号資産などを参照対象とするもの、アルゴリズム等の代替的な価格安定メカニズムを用いるもの、米ドル建てであっても償還資産がドル以外であるもの、あるいは利回りや報酬を提供するいわゆるイールド型ステーブルコインについては、引き続き証券性を有する可能性を否定していません。
立法と行政によるこうした動きは、相互に補完し合いながら、制度の明確化と法的予見可能性の向上に寄与しているといえます。GENIUS Act とSTABLE Actは、依然として並走しているものの、最終的な調整や統合を経て、近いうちに包括的な一つの連邦法として制度化されることが期待されています。
(注3)SEC Division of Corporation Finance “Statement on Stablecoins” (Apr. 4, 2025) https://www.sec.gov/newsroom/speeches-statements/statement-stablecoins-040425?utm_medium=email&utm_source=govdelivery
GENIUS Actの適用対象とステーブルコインの定義
GENIUS Actは、payment stablecoin(支払用ステーブルコイン)のみを制度の対象として定義しています。この定義は、現行のSTABLE Act案とも整合しており、今後ステーブルコインを法的に分類・規制する上での基準枠となる可能性が高いと思われます。
法案によれば、「payment stablecoin」は、支払いや決済手段として使用される、あるいはそのような用途を意図して設計されたデジタル資産であり、かつ、その発行者が所定の金銭的価値での償還・再購入・交換の義務を負うこと、または利用者にそのような期待を抱かせる設計となっていることが要件とされています。これは、米ドルに1対1でペッグされ、利用者がいつでも等価で償還できる性質を持つ、いわゆる「法定通貨担保型ステーブルコイン」を念頭に置いた定義といえます。
また、payment stablecoinは、①米国通貨そのものではなく、②連邦預金保険法上の預金でもなく、③保有者に対して利息やイールドの支払いを提供せず、④証券に該当しないものでなければならないとされてます。この点、2025年4月には、PayPalが米国居住者向けに自社のステーブルコインであるPYUSDに年率3.7%の利回りを提供するプログラムを発表しています(注4)。PYUSD自体の発行者はNYDFSの認可を受けたトラスト会社Paxos Trust Companyであり、PayPalはその流通や利用インターフェースを担う立場にありますが、このような利回り提供がpayment stablecoinの「無利息性」の要件と整合するかについては、今後の制度解釈や監督実務の中で整理されていくでしょう。
(注4)SAN JOSE, Calif “Buy. Hold. Earn Rewards. PayPal Unlocks Rewards for Holding PayPal USD” (Apr. 23, 2025) https://newsroom.paypal-corp.com/2025-04-23-Buy-Hold-Earn-Rewards-PayPal-Unlocks-Rewards-for-Holding-PayPal-USD
規制内容:信頼性を制度化するステーブルコイン発行ルール
GENIUS Actは、制度上の信頼性と市場での透明性を確保する観点から、発行者に対し、厳格かつ包括的な運用基準を課しています。
準備金の1対1保有とその厳格な要件
発行者は、常に発行済みステーブルコインの総額と同額以上の準備金(reserve)を保有する義務があります。この準備金として認められるのは、米国通貨、連邦準備銀行口座残高、即時償還可能な預金、満期93日以内の米国債、またはこれらのトークン化資産など、流動性が高く価値の安定した資産に限定されています。これらの準備金は、原則として再担保や流用が禁止されており、償還の確実性と価格の安定性が制度的に確保される仕組みとなっています。
償還義務と月次報告
発行者は、利用者からの償還請求に速やかに応じる体制を構築するとともに、償還ポリシーを公開し、準備金の額及び構成やステーブルコインの発行残高をウェブサイト上に開示する義務を負います。この情報は、登録公認会計士による監査と、CEO・CFOによる認証を受け、虚偽があった場合には刑事罰の対象になります。
資本規制・流動性基準
GENIUS Actは、発行者に対して資本要件、流動性基準、リスク管理基準を課すことを明記しています。これらは業態や規模に応じて柔軟に設定され、過度な負担を避けつつも、継続的な事業運営に必要な健全性を確保する設計となっています。
AML対応
また、発行者はBank Secrecy Act(BSA)上の金融機関と同等に扱われ、マネーロンダリング防止、経済制裁対応、顧客確認(KYC)など、広範なコンプライアンス義務を負います。FinCENが個別の規模・複雑性に応じて策定したルールに従うことも求められます。
法的命令への技術的対応義務と国外ステーブルコインの制限
発行者は、デジタル資産の差止や凍結を命じる法的命令(lawful order)に技術的に確実に対応できる体制を備える必要があります。さらに、国外発行のステーブルコインについても、米国における販売や取引を許可するには、同様の法的命令への対応力を有することが条件とされています。
ステーブルコイン発行者の業務範囲と誇大広告の禁止
発行者の業務は、ステーブルコインの発行、償還、準備金管理、保管業務に限定され、それ以外の商業活動は原則として認められていません。また、米国政府による保証や法定通貨と誤認されるような名称・広告は禁止されており、消費者保護の観点から厳格なマーケティング規制が課されています。
年次報告と会計監査義務
発行残高が500億ドルを超えるステーブルコイン発行者については年次財務諸表の作成と、関連当事者取引の開示が義務づけられています。この財務諸表は、登録済みの会計監査法人による監査が必要とされています。作成された監査済み財務諸表は、発行者のウェブサイトで公表されるとともに、連邦当局にも提出されることが求められています。
今後の展望と制度化の意義
以上のとおり、現在の法案では、発行者登録、1対1の準備金保有、償還義務、AML対応、法的命令への技術的対応などを柱に、法的安定性と透明性の高いステーブルコイン制度の構築が目指されています。これにより、発行者・利用者の双方に予見可能性をもたらすと同時に、米国外の発行者にとっても、明確な参入ルールを提示する点で大きな意義を有しています。
一方で、アルゴリズム型やDeFi型など、準備金を伴わない形態のステーブルコインは現在検討中の枠組みの対象外であり、引き続き制度的又はガイドライン上の整備が求められる領域といえます。こうした新たな類型への対応についても、今後さらに活発な議論が展開されていくことが期待されます。
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