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TMIヘルスケアコンサルティングシンポジウム第2弾「認知症と共生する社会 国内+世界の第一線研究者と現在~今後を見抜く」の開催(1)
2025.05.21
シンポジウム開催
2025年1月31日、TMIヘルスケアコンサルティング株式会社は、「認知症と共生する社会 国内+世界の第一線研究者と現在~今後を見抜く」と題するシンポジウムをTKPガーデンシティPREMIUM京橋で開催いたしました。
日本は現在、急速な高齢化に直面しており、それに伴い認知症・軽度認知障害の患者数も増加の一途をたどっています。現在、国内では約1,000万人が認知症またはその予備軍とされ、まさに「認知症大国」と呼ばれる状況にあります。この現実は、患者ご本人のみならず、ご家族、介護者、医療機関、地域社会に至るまで幅広い影響を及ぼしています。
認知症に対する社会の意識は、徐々に高まりつつありますが、依然として課題は山積しています。例えば、早期発見や治療法の研究の進展、社会的な支援体制の強化、さらに偏見や差別をなくすための啓発活動が必要です。その一方で、地域社会での共生や、患者さんの尊厳を重んじたケアの在り方についての模索も進んでいます。本シンポジウムは、これらの課題に対して学術的な議論にとどまらず、医療、法律、政策の観点から意見交換を行い、実際に現場で活動されている方々の経験や知恵を結集し、今後の実践に活かせる具体的な解決策を模索し、新たな知見を共有する場となることを目指して開催いたしました。
本シンポジウムでは、当社代表取締役、順天堂大学医学部附属病院特任教授である天野篤医師によるご挨拶の後、伊原和人 厚生労働省事務次官から「認知症と共生する社会」と題して基調講演をいただき、続いて、岩坪威 東京大学大学院教授、三村將 慶應義塾大学名誉教授、米村滋人 東京大学大学院教授、清元秀泰 姫路市長から、それぞれご講演いただきました。
また、各テーマにおいて、当社のパネリストも交えてパネルディスカッション形式で多角的に議論し、予定時刻を超え盛況のうちに終了いたしました。
テーマ
① 基調講演「認知症と共生する社会」
◆講演者 伊原和人 厚生労働省事務次官
◆概要
人口構造が変化し、今後、後期高齢者(75歳以上)の伸びは低下し、2030年代半ばに向けて85歳以上の人口の伸びが課題となる。これは、医療と介護の複合ニーズが一層高まることを意味している。85歳以上では6割超がMCIか認知症というデータがある。今後は、あらゆる局面で認知症対応が一般化する。
このような背景から、国の取組みとして、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」の施行に先立ち、認知症の本人やその家族、有識者を交え、基本法の目指す共生社会の実現に向けた議論を行う「幸齢社会」実現会議を実施した。
また、法務省は成年後見制度の見直しに向けた検討を行い、厚生労働省は成年後見制度以外の権利擁護支援策を総合的に充実させる必要があるため、福祉の制度や事業の見直しを検討している。
その他、認知症対応として、身元保証等高齢者サポート事業、身寄りのない高齢者等が抱える生活上の課題に対応するためのモデル事業の実施、住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律等の改正などが行われている。
これまでの認知症施策の経緯としては、2000年に「介護保険法」を施行し、認知症ケアが大きく変化したことを皮切りに、2023年に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立、2024年には「認知症施策推進基本計画」が閣議決定された。これらの基本的な方向性としては、認知症の人本人の声を尊重し、「新しい認知症観」に基づき施策を推進するというもので、例えば認知症サポーター制度、認知症の人本人からの発信の支援、認知症カフェの設置、ピアサポーターによる本人支援の推進、認知症バリアフリーの推進、認知症バリアフリー社会実現のための手引き作成、若年性認知症等の方の社会参加を後押ししている。
最近では、アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」「ドナネマブ」が登場しているが、MCIの方も対象となるため対象患者が多く、医療保険財政への影響も大きい。今後、臨床データを集め、費用対効果をよく見極めていく必要がある。
② 講演「認知症の基礎知識」
◆講演者 岩坪威 東京大学大学院教授
◆概要 アルツハイマー病の最新の治療について
認知症とは、認知機能の障害により独立した生活を営むことが困難になった状態をいうが、アルツハイマー病の場合、症状は記憶障害以外にも、言語や空間の認識、抽象的な思考が組み合わさって進行性に低下する。アルツハイマー病の一番の危険因子は加齢。日本は高齢社会によりアルツハイマー病も増加傾向にある。
アルツハイマー病はアミロイドβというたんぱく質が蓄積して老人斑となり、徐々に神経細胞が変化したタウが溜まり、神経細胞が脱落していくと初めて症状が出てくる。これが軽度認知障害(MCI)だが、このMCIから認知症の比較的軽い時期までの限られた時期(早期AD期)に一定の効果がある治療薬ができた。
この治療薬の効果を評価するには、臨床症状が出る前の無症状期に、PETスキャンやバイオマーカーを駆使してMCI期前の「プレクリニカル期AD」の変化を精密に測ることが必須になってきている。
新薬のレカネマブやドカネマブは、アミロイドβに対する特異抗体を作り、貪食細胞が効率よくアミロイドβを除去する、というのが治療の原理である。抗アミロイド抗体薬治療は、認知症の専門医がいる専門病院で受けられる。軽度認知障害から軽症の認知症が対象で、症状が進んだ重い認知症の方は対象にならない。
抗アミロイド抗体薬の副作用として「ARIA」と呼ばれる血管からの液体成分の漏出や出血が一部に生じることが分かっている。多くは無症状だが、MRI検査でARIAを発見した場合、中等症以上でも休薬すれば多くは回復することが分かった。
新規抗体薬の治療が成功した理由は、早期AD期の方、つまりまだ脳の神経細胞の回路が多く残っている、救える部分が大きい方を対象にしたこと。またアミロイドPETスキャンでターゲットとなるアミロイドのある方を選んで治験を行ったこと。そして副作用を見極め、有効性発揮に必要な量の薬の投与が可能になったこと、が挙げられる。
しかし、臨床効果は自然経過のスピードを3割落とすに留まる。もう一段階早いプレクリニカル期ADを対象に予防治療を行う必要がある。現在、無症状だがアミロイド反応が陽性の方に治験に参加してもらう取り組みを行っている。血液バイオマーカーで脳アミロイドの量を予測し、非常に高精度で診断が可能になってきており、特に「リン酸化タウ217」の性能が画期的である。
◆パネルディスカッション
パネリスト 順天堂大学医学部附属病院特任教授・当社代表取締役 天野篤
パネリスト 当社取締役・医師・弁護士 吉岡正豊
吉岡医師:認知症の医薬品開発や、臨床現場での難しさ・苦労は、どのようなところがあったか。
岩坪教授:脳の老化過程によって加速される病気のため、非常に長丁場であることと、脳の変化に明確に因果関係のあるものを取り除くことが困難だった。PETスキャンやバイオマーカーという大きな力が加わったので進んだといえる。
天野教授:プレクリニカル期を管理するバイオマーカーや画像診断はあるか。
岩坪教授:これから一番取り組みたいところで、日本も予防試験を行っている。ただ、無症状の人は進行もゆっくりで変化率も少ないため時間がかかり、必要な治験者も増える。実証しきれるかどうかが1つの山になる。
評価は、アミロイドのPETスキャンがゴールデンスタンダードになるが、リン酸化タウ217が米国の診断基準などにも取り入れられ始めている。
吉岡医師:バイオマーカーは、すでに臨床的な検査として成立するのか。バイオマーカーとして今後乗り越えるべき課題はあるか。
岩坪教授:臨床試験や治験など条件をコントロールした状況では良い予想能力を持っているが、実際の保険治療や健康診断で使う場合は、まだ少し距離がある。
また、アルツハイマー病に近づいているという診断をした結果、患者をフォローアップするバックアップ体制を作ることが大きな課題になる。
天野教授:人口増大を示している新興国の患者は、日本の研究の対象となるか。
岩坪教授:アジア諸国でも認知症の発生が非常に多くなっているが、専門医が少ない、診断機器がないという現状がある。そこで非薬物的な生活習慣への介入によるリスク低減を併せながら世界的な対策を各国で考えていくということになる。
天野教授:ウィルスワクチンが認知症を予防できるという著作を読んだが、新薬ではない突破口はあるか。
岩坪教授:ヘルペスウイルスは無関係ではないと思うが、関与の詳細は明らかにはなっていない。糖尿病や生活習慣病リスクは、確実に認知症リスクを上げている。GLP-1の作用を増強するセマグルチドなどは、認知症リスクを低減する予防薬として期待されている。
③ 講演「認知症の予防と介護・治療の最前線」
◆講演者 三村將 慶應義塾大学名誉教授
◆概要
認知症は、プレクリニカル期にアミロイドが溜まり始めてから臨床症状が出てくるまでにおよそ20年かかると言われている。これからはプレクリニカル期にアルツハイマー病を発見し早期の薬物治療につなげていくことや、健常人においても将来の認知症予防を行っていくことが医療的に大きな課題である。
認知症を予防するには、生活習慣の改善が大きなポイントになる。これは、40、50歳以上が対象となる。認知症に対して修飾可能な危険因子として、2020年にリヴィングストンらは12の因子(教育、難聴、頭部外傷、高血圧、飲酒、肥満、喫煙、うつ病、社会的孤立、運動不足、大気汚染、糖尿病)を挙げ、これが2024年には14に増えている(高LDLコレステロール、視力低下が追加)。これら修飾可能な因子が全体の危険因子の45%程度であるとされている。その予防戦略も老年期から壮年期に前倒しになっている。
脳の健康の維持、認知症予防に良いのは危険因子を避けることのほか、豊かな人間関係、精神活動、身体活動が重要である。すなわち、食事、運動、睡眠など生活習慣の改善のほか、マイクロハピネス、ポジティブシンキングという精神活動が重要であることが分かっている。
地域とのつながりがある人は認知機能が保たれているという調査結果があり、積極的な社会参加は非常に重要であるし、ポジティブサイコロジーという概念も知られるようになってきた。その中でもストレスをある程度コントロールするレジリエンスという概念がキーになるが、レジリエンスを高める方法としてマインドフルネスと呼ばれるタイプの認知行動療法は高齢者になじみやすい。感謝の気持ちに目を向け、人生の満足度や充実感をポジティブな方向に柔軟にシフトさせていくと、脳年齢も若くなる。そもそも、認知症予防は特別なことではなく、成人病や生活習慣病を予防し、うつ病や糖尿病を予防することも認知機能低下につながる。
認知症になると、BPSDと呼ばれる不安・焦燥・興奮・攻撃などの認知症の行動・心理症状が出る。この場合介護者もストレスを抱える状況になるため、厚生労働省は認知症施策として「認知症ケアパス」という取り組みを行い、認知症の当事者と介護者との間に起こる悪循環の解消を図っている。BPSDには非薬物的介入が優先されるが、向精神薬の効果もある程度期待でき、ガイドラインに沿って慎重に使用される必要がある。
◆パネルディスカッション
パネリスト 順天堂大学医学部附属病院特任教授・当社代表取締役 天野篤
天野教授:高齢者の外科手術の場合、術前から生活習慣病の管理を行った方が良いのか。術後のリハビリで工夫をした方が良いのか。
三村教授:予防手段はなるべく早い時期から行った方が良い。普段からサプリメントを取るよりバランスよく食事をとる方が良いというのは豊富なエビデンスがある。継続することが重要である。また、デイサービスでのアクティビティも、身体を動かす、人と繋がるという点で確実に良い。手術を受ける人には、病院内での対応も重要だと思う。
天野教授:医療従事者教育で介護に関する臨床教育が抜けている。医師国家試験でも認知症に対する知見や介護に対する取り組みという考え方が入ってしかるべきではないか。
三村教授:そのとおりで、日本は取り組みが遅れている。今後は充実させていかないといけない。認知症、アルツハイマー病に対して告知することも、共生社会として、社会的な問題として必要になっていくのではないか。
天野教授:認知症の話ではないが、ASDやADHDというようなタイプの子供たちが成長して精神的な障害を受けないように、またハラスメント対策として、安定した平和な精神を維持していくための精神教育も大切であると考えている。
三村教授:いわゆる発達障害と呼ばれるものも疾患や病気と捉えるより、ある種の特性と捉えて、共生できる状況を作っていくことが必要だ。いま高齢者の発達障害が増えているが、認知症ではないかと病院に来る人が、実は認知症ではなく若いころから発達障害傾向を持っていた、それが顕在化してきた、という事例もある。認知症に限らず、発達障害傾向も含めた共生という考えが必要といえる。
<続きは「TMIヘルスケアコンサルティングシンポジウム第2弾「認知症と共生する社会 国内+世界の第一線研究者と現在~今後を見抜く」の開催(2)」にて公開中。>