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TMIヘルスケアコンサルティングシンポジウム第2弾「認知症と共生する社会 国内+世界の第一線研究者と現在~今後を見抜く」の開催(2)
2025.05.21
<「TMIヘルスケアコンサルティングシンポジウム第2弾「認知症と共生する社会 国内+世界の第一線研究者と現在~今後を見抜く」の開催(1)」から続く>
テーマ
④ 講演「認知症と事故責任」
◆講演者 米村滋人 東京大学大学院教授
◆概要 認知症高齢者の事故リスクと損害賠償責任について
認知症高齢者に関する現代的課題は、医療・介護の確保、意思決定支援、事故を起こした時の責任の3点である。
高齢運転者の事故件数は増加傾向にあり、中でも認知機能低下の恐れのある人の割合が高い。事故を起こした場合、民法709条により加害者に「不法行為」に基づく損害賠償責任が発生するが、認知症高齢者の場合には正常な判断能力がないために、責任が否定される場合がある。事故を起こした本人が責任無能力者として責任を負わない場合は、民法714条によりその責任無能力者を監督する法定の義務を負う者(法定監督義務者)が、第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったときは、この限りではないと定められている。
従来の裁判実務の傾向は、認知症高齢者の行為について本人が免責された場合、法定監督義務者として家族の責任が問われるというのが一般的だった。714条の監督義務者責任はかなり広く認められ、事実上、無過失責任に近い運用がされていた。ただし、家族のうち誰の責任を認めるかについては判断が分かれていた。
そのような状況で、平成28年3月1日に出されたJR東海事件の最高裁判決は、一般的に成年後見人、配偶者のいずれも「法定監督義務者」にはあたらないとした。しかし、「法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合」には、「準監督義務者」として714条1項の類推適用により責任を負うとした。結論として、この事案では加害者の配偶者も長男も責任を負わないとされた。
この最高裁判決は、世間一般には高く評価されたようだが、法学者の間では強く批判するものが多い。なぜなら、「法定監督義務者」の認定を極めて厳格化し、「法定監督義務者」が存在しないことになった一方、「監督義務を引き受けた」と見られる事情があれば「準監督義務者」として責任を負うとされたからだ。本件で家族の責任が否定されたのは、紙一重の事実認定の問題で「準監督義務者」とされなかったためであり、「準監督義務者」の認定要件は狭いものではない。医療機関・介護施設の職員や成年後見人が責任を負う可能性もある。
つまり、最高裁判決が残した課題は、認知症高齢者の行為に対して責任を負う者の範囲が明確でなく、医療・介護の引き受けにつき「萎縮効果」を生みかねないことにある。また、高齢者については多様な主体がそれぞれの立場で関与するという現状に即したきめ細やかな責任判断が必要ということも指摘できる。他方で、現実に被害が発生した場合の責任主体が不明確な状況は不適切である。
私は、誰か1人が責任を負うのではなく、それぞれ自分の役割をもって高齢者に関わっている人がいる中で、責任を特定できる仕組みを整備すること、また責任を分散できる仕組みを制度化していくこと、これらが必要だと考えている。
◆パネルディスカッション
パネリスト 当社取締役・医師・弁護士・参議院議員 古川俊治
パネリスト 当社取締役・医師・弁護士 吉岡正豊
吉岡弁護士:判断能力がないことを認めない方向で事案の解決を図るという議論は、判断能力がないことは免責の事由ではないということで、民法713条を否定する法定責任をつくるということか。
米村教授:裁判例の運用は今の条文を前提にしているので、実務では責任無能力としないとしている。学界内では立法して「責任無能力でも本人が責任を負う」とすべきという議論が多い。「衡平責任」と呼ばれるが、諸外国ではその種の仕組みを導入しているところが多く、日本も同様の責任を受け入れるべきだ。本人が責任を負うとしても100%の責任とは限らず、事案の状況によって適切に減額して本人に責任を負担させる仕組みが一般的である。不法行為法上の過失や責任能力を前提とする枠組みとは別に、新たに立法する必要がある。
吉岡弁護士:精神保健福祉法の保護者制度が廃止されたが、最高裁も法定の監督義務者はいないと言っているように見受けられる。家族関係の問題として法定の監督義務者は観念できるのか。
米村教授:法定監督義務者は無くすべきではないと思っており、最高裁の判断はおかしいという立場である。法定監督義務者というのは、条文に監督義務が書かれているかが問題ではなく、家族関係の問題として責任負担を決めるべき問題なので、最高裁の判断がおかしいと多くの学者は考えている。
吉岡弁護士:法定監督義務者を免責して精神障害者の責任を認めていく場合、被害者の救済からは遠ざかるのではないか。
米村教授:被害者救済に関してはその通りである。家族に責任を負担させるという714条の方が被害者救済には手厚いということになる。
古川議員:最高裁の方向性は、709条の固有の責任ということか。
また、保険に入ることが必要になってくると思うが、事故の確率やどの程度の保険料で保険が成り立つかなど、保険学会等と何かやり取りはしているか。
米村教授:714条は中間責任と言われており、立証責任を転換して被害者救済を容易にした規定と考えられている。709条に一元化すると被害者が義務違反を立証しなければならないので、被害者救済には遠くなる。最高裁は監督義務違反の責任を否定しているので、監督義務違反を厳密に立証させる方向で、709条に一元化する方向と一致している。
保険については、保険業界の方と話したことはないが、最高裁判決を前提に保険を組むのは相当に難しいと思う。
準監督義務者の仕組みでは誰が責任主体になるか分からないので、誰の行為に保険をつければ良いかがわからず、保険として運用するのは非常に難しくなる。法定監督義務という仕組みをなくすと保険も使えなくなるというのは大きな問題である。私は、元の状態を復活させて、法定監督義務者が保険や行政的な仕組みで負担を分散すべきだと思う。
吉岡弁護士:714条但書の監督義務を果たしているかという論点に関して、解釈として監督義務を下げていくという議論はされているか。
米村教授:かつては議論があったが、法定監督義務者がいないということになると議論する意味がないということになる。準監督義務者については類推適用があり得ると思うが、監督義務を負っていてその義務違反があったということを被害者側が証明しないと責任が認められないので、それほど実益のある議論ではないことになるだろう。
⑤ 講演「姫路市における認知症に関する施策と実情について」
◆講演者 清元秀泰 姫路市長
◆概要 姫路市における認知症と共生するための取り組みについて
地方の中核市である姫路市では、認知症事業として「認知症サロン」を開き、高齢者同士の交流促進により地域からの孤立を防止し、認知症の早期発見を目指している。「認知症サロン」から「認知症カフェ」に繋いで、認知症の人やその家族の交流や情報交換、相談等を行う。また、新規事業として、軽度認知障害者の把握・予防支援を行っている。
姫路市では、認知症に対する理解を深めるために認知症サポーターを養成し、人口の約10%がサポーター養成講座を受講している。また、行方不明になるおそれのある認知症高齢者を介護している家族に対して、本人の事故防止や家族の負担軽減を図り、行方不明時の早期発見に努めるため、GPS機器購入時の助成をし、SOSネットワークの整備を図っている。
さらに、認知症になっても住み慣れた地域で暮らし続けられるよう、認知症初期集中支援チームを配置し、認知症の人やその家族に対して支援方法を検討している。グループホームについては、正確に調査したところ入居待ちは意外と少ないので、整備可能な施設だけ増床する。今後は、ショートステイや訪問支援に切り替えていかなければならない。
姫路市には多くの高齢者が独居で暮らしているため、終活支援事業としてリバースモーゲージ等も検討している。
◆パネルディスカッション
パネリスト 当社取締役・医師・弁護士・参議院議員 古川俊治
古川議員:国は医療・介護だけでなく認知症患者の生活状況に応じた体制を取っているが、市長から見て現状で特に今一番の問題点はどういうところか。
清元市長:地方創生という観点でいうと、介護保険料や保育保険料は地域係数によって決まっているので、給与の点で大都市に負けてしまう。田舎ほど地域係数を上げないと人材確保ができず、認知症事業ができないという点である。
古川議員:人材不足は日本の様々な産業においても大きな課題だが、市町村から見て外国人に担い手になってもらうことについてはどうか。
清元市長:付け焼き刃的な技能労働者として看護師や介護士を入れるのではなく、外国人を高校生の時から留学生として受け入れて、日本で働く人を一緒に育てる、それが本当の国際化なのだと考える。姫路市では昨年から留学生コンソーシアムを立ち上げて、数名が日本語を学びながら専門職を学んでいる。
古川議員:認知症患者の家族からの相談も多いと思うが、今後どのような支援を行っていこうと考えているか。
清元市長:姫路市の地域包括支援のコンセプトは持続性のある見守り介護なので、積極的にショートステイなどを使ってレスパイト(休息)していこう、と言っている。社会のコンセンサスで、家族は犠牲になるべきという不適切な概念を意識改革し、レスパイトを含めて皆がマイクロハッピーを感じられるような支援策をしていきたいと思う。
おわりに
本シンポジウムを通じて得られた知見は、認知症をめぐる医療的・社会的・法的な課題解決に向け、今後の実践や政策提言の礎となるものです。TMIヘルスケアコンサルティング株式会社およびTMI総合法律事務所は、引き続き、医療と法律の両面から認知症共生社会の実現に貢献してまいります。