ブログ
GX推進法の改正~排出量取引制度の義務化~
2025.06.10
はじめに:GX推進法について~排出量取引制度の義務化~
脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(以下、「GX推進法」といいます。)は、世界的規模でエネルギーの脱炭素化に向けた取組等が進められる中で、日本における脱炭素成長型経済構造への円滑な移行を推進するために2023年5月12日に成立した法律です。
2025年5月28日の参議院本会議でGX推進法の改正法が可決・成立しました(以下、当該改正を「本改正」といいます。)。本改正によって脱炭素化に向けた法の実効性を確保するため、様々な規定が追加されています。特に重要な改正として、排出量取引制度の義務化が挙げられます。
以下では、最新の改正状況を踏まえたGX推進法の概要につき解説します。
改正の内容
(1)改正前のGX推進法の概要
本改正前のGX推進法において、化石燃料採取者等(原油等を採取し、又は保税地域から引き取る者をいいます。)からの化石燃料賦課金の徴収や、特定事業者(電気事業法2条1項15号に規定される発電事業者のうち、その発電事業に係る二酸化炭素の排出量が一定量以上の者をいいます。)に対する二酸化炭素排出枠の割り当て及び負担金の徴収等の規定が設けられていましたが、前者については2028年度から、後者については2033年度から徴収するものと定められています。
また、これらの規制はあくまで化石燃料採取者や発電事業者といった、特定の事業を営む事業者に対して課されるものであり、広くあらゆる業種の事業者に課されるものではありませんでした。
なお、本改正前のGX推進法においては脱炭素成長型経済構造移行債(以下、「GX移行債」といいます。)の発行に係る規定が設けられており、クリーンエネルギー自動車の導入促進のための補助金等、脱炭素社会への移行推進に関するさまざまな施策に要する費用の財源として用いられることが予定されていたところ、GX移行債の償還は、上記化石燃料採取者等に課せられる賦課金や、特定事業者に課せられる負担金の収入により行うものとされていました。
(2)排出量取引制度の法定化
本改正によって、2026年度から、業種を問わず二酸化炭素の排出量が一定規模以上の事業者(以下、「対象事業者」といいます。)に対して、広く排出量取引制度に参加することが義務付けられることとなりました。
これらの点について、具体的な内容は政省令により規定されることとなり、現時点ではまだ確定していませんが、2025年2月付け『GX2040ビジョン 脱炭素成長型経済構造移行推進戦略 改訂』(https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250218004/20250218004-1.pdf)(以下、「GX2040ビジョン」といいます。)において、二酸化炭素の直接排出量が10万トン以上の事業者に対して、排出量取引制度への参加が義務付けられることが想定されています。
当該制度の対象事業者数は、300~400社と見積もられており(内閣官房GX実行推進室作成の2024年11月22日付け『GX実現に資する排出量取引制度の検討の方向性』(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/carbon_pricing_wg/dai4/siryou2.pdf))、さまざまな業種の事業者に影響が及ぶことが想定されています。
本改正後のGX推進法により、対象事業者に対して義務付けられることとなる主要な措置の内容は、以下のとおりとなります。
① 排出量の算定・報告
対象事業者は毎年度、自らの二酸化炭素の直接排出量を算定し、登録確認機関による検証を受けた上で、国に報告することが求められるとされています(GX推進法35条1項、2項)。
② 排出枠の償却
対象事業者は、国に対して報告した排出量と同量の排出枠(各事業者の排出量の望ましい水準として、排出枠の割当の実施に関する指針に従い算定され、事業者に対して割り当てられることとなります。)を償却する義務が毎年度課せられ、その割り当てられた排出枠が①の排出量と比べて不足する場合には、第三者から排出枠を調達した上で償却する必要があるとされています(GX推進法36条3項、37条1項、38条1項)。
③ 不履行時のペナルティ
②の償却義務を履行しない事業者に対しては、未償却の排出量について、未償却相当負担金を支払うことが命じられるとされています(GX推進法41条1項、2項)。
④ 移行計画の提出
①の排出量の算定・報告から②の排出枠の償却までの一連の義務に加え、対象事業者に対しては各社の中長期での直接・間接排出削減目標等を記載した移行計画の提出が求められ、政府においてこれを公表するものとされています(GX推進法73条1項、2項)。
本改正以前においても一部の都道府県では、条例(東京都における『都民の健康と安全を確保する環境に関する条例』、埼玉県における『埼玉県地球温暖化対策推進条例』が挙げられます。)及びこれを受けた排出量取引運用ガイドライン等において排出量取引に係る制度を設けているところがありましたが、本改正により全国規模で排出量の取引制度が導入されることとなりました。
本改正により、全国の企業のうち二酸化炭素の直接排出量が一定規模以上の事業者が、排出量取引制度への参加を義務付けられることとなるため、改正に応じた各規制遵守を行うことが求められます。
(3)排出量取引制度の導入スケジュール
GX推進法の今回の改正については、大半の規定が2026年4月1日から施行されるものとされています。
もっとも、2026年4月時点では対象事業者において、割当量の算定の根拠となる自社の排出量を正確に把握できていない可能性が高いことが指摘されています。
そのため、2026年度は割当申請の基礎となる自社の排出量等を算定する期間とし、これを踏まえて初回の割当を2027年度に実施することが想定されています(内閣官房GX実行推進室作成の2024年12月19日付け『GX実現に資する排出量取引制度に係る論点の整理(案)』(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/carbon_pricing_wg/dai5/siryou2.pdf))。
法改正の経緯
(1)東証における実証実験
GX推進法の改正により、新たに排出枠の取引を行う市場に関する規制が追加されることとなりました。
従前、GX推進法においては、脱炭素社会への円滑な移行に資する事業活動を行う者に対する必要な資金の出資や専門家の派遣等の業務を行う機関として、脱炭素成長型経済構造移行推進機構(以下、「脱炭素機構」といいます。)に係る規定が設けられていました。
本改正により、脱炭素機構において、これまでの業務に加え、新たに排出枠取引を行うための市場の設置及び運営等を行っていくことが予定されています。
なお、本改正に先立ち、株式会社東京証券取引所(以下、「東証」といいます。)において、2022年9月から2023年1月までの間、カーボン・クレジット市場の実証事業が行われました(東証カーボン・クレジット市場整備室作成の2025年1月28日付け『カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会(第4回) カーボン・クレジット市場について』(https://www.fsa.go.jp/singi/carbon_credit/siryou/20250128/02.pdf))。
当該市場の実証実験について、東証から詳細な報告書が公表されており(東証作成の2023年3月付け『令和3年度カーボン・クレジット市場の技術的実証等事業最終報告書』(https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2021FY/050772.pdf))、インターネットベースでの発注や情報取得を可能とするカーボン・クレジット市場システムの概要、排出量取引システム整備のために行われた模擬売買の内容、参加者からのフィードバック等の情報が記載されています。
(2)法的問題点の整理
本改正にあたっては、憲法、行政法、私法との関係で法的な問題が生じないかにつき、詳細な検討がなされていました。
具体的には、弁護士や大学教授を委員として構成された「GX実現に向けた排出量取引制度の検討に資する法的課題研究会」において、2024年5月17日から同年12月4日にかけて、6度にわたり法的論点の整理が行われたことが経済産業省により公表されており(https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gx_implementation/index.html)、当該検討結果を踏まえて2024年12月18日付けで「GX実現に資する排出量取引制度の法的課題とその考え方についての報告書」が作成され、公表されています(https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GX-league/houkokusho.pdf)。
当該報告書においては、憲法で保障された営業の自由、平等原則、財産権等との関係や、行政法における権利救済・権利保護手続きの確保、民事法上における既存法令との関係を踏まえ、GX推進法の排出量取引制度につきどのような規制であれば問題がないと整理し得るのかが、詳細に報告されています。
おわりに
本稿では、特に排出量取引制度の観点から、GX推進法に関わる改正を取り上げました。
なお、本改正に関するGX推進法の政令や省令については現時点で未公表のため、具体的な内容については、当該政省令の公表後に確定することとなります。
GX推進法における本改正により、多様な業種の様々な事業者に決して少なくない影響が及ぶことになると思われ、本改正の内容に従ったGX推進法の遵守が求められます。
以 上