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【知っておきたい韓国法Vol.2】最近可決した韓国商法改正案のうち、取締役の忠実義務条項におけるご参考事項
2025.07.14
はじめに
2025年7月3日、韓国国会本会議において、韓国の与党である「共に民主党」が発議した商法一部改正法律案が可決されました。本商法改正案は、韓国企業のガバナンス強化及び少数株主の保護、コリア・ディスカウント(※韓国企業固有の問題として指摘されるオーナーへの経済力集中、便法的事業承継のための意図的な合併・分割等の企業構造改編、親会社と子会社の重複上場等を通じた大株主の利益確保及び少数株主の被害等を理由に、韓国の上場株式市場及びその銘柄が過小評価される現象)の解消を目的として提案され、前政権において国会で可決されましたが、大統領(権限代行)の拒否権行使により一旦挫折した経緯があります。その後、政権交代に伴い、新政権で再び改正案が国会で可決され、法律として成立しました(※韓国は会社法制定前の日本と同様に、商法で株式会社など各種会社に関する基本的な事項を定めています)。
この改正案で最も重要な改正として扱われ、話題になっているのは、株式会社の取締役の忠実義務の対象を「会社」から「会社と株主」に改正したことです。 その背景及び内容について以下でご説明いたします。
取締役の株主に対する忠実義務の対象拡大 - "株主に対する忠実義務"
現行 |
改正商法 |
第382条の3(取締役の忠実義務)取締役は、法令と定款の定めにより、会社のためにその職務を忠実に遂行しなければならない。 |
第382条の3(取締役の忠実義務)①取締役は、法令と定款の定めにより、会社および株主のためにその職務を忠実に遂行しなければならない。 ②取締役は、その職務を遂行するにあたり、総株主の利益を保護し、株主全体の利益を公平に扱わなければならない。 |
韓国の現行商法では、株式会社の取締役が法令と定款の定めに基づいて「会社」のためにその職務を忠実に遂行しなければならないと規定していますが(商法第382条の3)、「株主」に対する忠実義務は規定されていませんでした。韓国の判例でも、取締役の経営上の意思決定により株主の利益が侵害された事例において、取締役は会社の事務を処理する者であり、会社に直接的な損害がなかったとの理由で、取締役の株主に対する責任を否定する場合が多くありました。 今回の改正案は、取締役の忠実義務を「会社及び株主」に拡大し、取締役が株主全体の利益を公平に考慮するように明文化する趣旨です。
このような改正が推進された背景は次のとおりです。韓国では、伝統的に少数のオーナー一族に支配力が集中した企業集団(「財閥」)が主力事業を中心に複数の系列会社を置く形でビジネスを展開しており、その過程において、企業の家系内承継を目的とした各種の便法的な企業支配構造改編行為が社会的に批判されていました。それは、例えば、系列会社間の合併及び分割等の価額比率の不当算定、上場会社の主要事業部門の分割及び分割新設会社の上場、大株主の利益のための有償増資等の株式の希薄化取引等です。その他、オーナー一族の取締役と会社との自己取引、ビジネス機会流用等も事実上統制されていないという批判も多くありました。特に、最近では、いわゆる「分社化上場」(上場会社の有力事業部門の分割及び分割新設会社の上場)が大きな批判を受けましたが、これは、そのような構造改編が、たとえ商法、資本市場及び金融投資業に関する法律等の諸法令を形式的に遵守しながら行われたとしても、実質的には、親会社の少数株主の持分価値の低下及びオーナー家の不当な利益確保及び承継という結果をもたらしたと評価されたためです。今回の改正案は、会社の取締役が支配株主以外の他の株主に対しても忠実義務を負うことを明確にすることで、不当に少数株主の利益を害する意思決定に対する法的責任を負わせるものです。
今後の見通しと注意点
今回の改正について参考にすべき注意点及び今後の見通しは以下の通りです。
- 取締役の株主に対する忠実義務が具体的な事件においてどのように適用されるかについて明確な解釈や判例がないため、これに対する多くの論争および紛争が起こることが予想されます。 特に、韓国の上場会社の少数株主、アクティビストファンド、市民団体などによる損害賠償訴訟などが多くなることが予想されており、これによる企業活動の萎縮を懸念する声も高いです。
- 米国のような黄金株を使った差のある議決権制度がなく、高い相続税率を維持している韓国の場合、今回の改正による取締役の責任を重く負担させる方式は根本的な解決策にならず、合法的な企業承継を許容する方式を突破口として設けるべきとの声もあります。一方、今回の改正により、より透明で投資家を保護する企業ガバナンスが実現されることで、全体的にコリア・ディスカウントが解消され、外国人と戦略的投資家の投資活性化及び日本のような資本市場の改革につながる可能性があるという肯定的な評価もあります。
- 結局、韓国企業としては、経営判断を行う際に、一般株主の損害を防止するための措置が十分に検討されたかどうかを事前に確認し、これに対する根拠資料を準備するなど、徹底した対策が必要となりました。但し、当分の間、(1)のように法的に不明確な状況が展開されることが予想されるため、ある程度の企業活動の萎縮は避けられないと思われます。
- 韓国に進出した日系企業の場合、韓国にある子会社が100%子会社及び非上場会社の形態であれば特に問題はないと考えられますが、JVなど他の株主が含まれている持分構造を有している場合には、上記のような改正商法の趣旨を考慮し、子会社の取締役が忠実義務違反による責任(損害賠償責任又は背任罪による刑事処罰リスク)にさらされないように備える必要があります。また、韓国大企業とのJVの場合には、投資協力パートナー関係にある韓国大企業が、今後の経営判断に対する法的紛争を懸念し、やや保守的な経営戦略をとる可能性があることを念頭に置く必要があります。加えて、韓国企業への戦略的・財務的な持分投資を検討している場合には、上記のような仕組みを通じて対象会社及び大株主を監視、牽制することができるという点も参考になります。
その他の改正事項
今回の商法改正では、上記のような忠実義務条項の改正の他、韓国の上場会社を対象とした(1)「社外取締役」の「独立取締役」への名称変更及び取締役の1/3以上が「独立取締役」として求められるという義務選任比率の引き上げ、(2)監査委員選任時、最大株主とその家族などの特別関係人の議決権を3%に制限、(3)電子株主総会の義務化等の改正が行われました。
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