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オーストラリアの労働者に対する競業避止条項の禁止等について
2025.08.12
オーストラリア連邦政府は、2025年7月25日、競業避止条項の禁止等について、コンサルテーション・ペーパーを公表し、2025年9月5日までの一般からの意見募集を開始しました。この政策が立法化されれば豪州で事業を行う日本企業にも大きな影響があると考えられますので、以下でその概要を説明いたします。
禁止導入の理由と制度変更のスコープについて
オーストラリア連邦政府は、これまでの調査の結果から、オーストラリアの多くの企業の従業員について不合理な内容の競業避止条項が活用・適用されるようになっており、特に、比較的低賃金の労働者に利用され、雇用の流動性を妨げ(転職に際して業界を変えたり、より長期の無就業状態を余儀なくされる)、賃金を押し下げていることについて、問題視しています。雇用者側の機密情報や顧客情報の保護は、機密保持条項によっても図ることができるという考え方です。
したがって、雇用に関係のない競業避止条項(営業譲渡に伴って売主に課するものなど)や、雇用契約における機密保持条項については、今般の政策で変更を意図するものではない点にご留意ください。
意見募集の対象となっている4項目
今回の意見募集の対象になっているのは次の4項目です。
①高所得ではない労働者に対する競業避止条項の禁止
②高所得の労働者に対する競業避止条項や(顧客や同僚の)勧誘禁止条項(non-solicitation clauses)に関する制限
③パートタイム労働者や臨時労働者(casual employee)による副業に対する制限
④企業間の引抜禁止合意や賃金カルテルの禁止
以下において、それぞれについて概要をご説明いたします。
①高所得ではない労働者に対する競業避止条項の禁止
オーストラリア連邦政府は、雇用法であるフェアワーク法(Fair Work Act 2009(Cth))における高所得基準(high-income threshold)の183,100豪ドル(2025年7月1日~2026年6月30日の間に適用。毎年物価調整あり)を下回る所得の労働者への競業避止条項の禁止を導入することを表明しています。
競業避止条項は、様々な規定の仕方があり得ますが、一般に、雇用終了後に、当該労働者が他の競合する事業者と雇用関係に入ることを一定期間制約する条項です。
コンサルテーション・ペーパーでは、禁止対象となる競業避止条項をどのように定義づけすべきか、また、同様の禁止をいわゆる個人事業主である契約業者(independent contractors)についても導入すべきか、などについて一般からの意見を求めています。
オーストラリア連邦政府は、禁止する競業避止条項を執行不能(unenforceable)とするだけではなく、より禁止の実効性を高めるための罰則を導入することも検討しており、どのような罰則を導入すべきかについても一般からの意見を求めています。
この禁止は、2027年からの導入が想定されています。
②高所得の労働者に対する競業避止条項や(顧客や同僚の)勧誘禁止条項に関する制限
オーストラリア連邦政府は、上記の高所得基準(high-income threshold)を上回る所得の労働者に対する競業避止条項も制限するかどうか、また、顧客や同僚の勧誘を禁止する条項(non-solicitation clauses)を制限するかどうかについては、これまでの調査の結果や関係者からの意見を踏まえ、まだ決定しておらず、これらの導入をすべきかどうかについて、今般一般からの意見を求めています。
高所得の労働者は、自らの雇用条件について雇用者に対して交渉力を持っており、競業避止条項についても交渉可能であるため政府が介入して保護する必要性が小さいとの説明がなされています。他方、労働者を新規に雇用したい雇用者の立場からすれば、そのような条項は禁止した方が生産性、イノベーション及び競争を促進することになると主張されています。コンサルテーション・ペーパーでは、高所得者についても競業避止条項を完全に禁止するか、あるいは、部分的な制限(最低補償額の支払いの義務付け、及び/または、期間の制限)の導入が選択肢として提示されています。
勧誘禁止条項(non-solicitation clauses)は、様々な形態ものがあり得ますが、一般に、雇用終了後に当該従業員が従前の雇用者における同僚や顧客を勧誘することを禁止する内容の条項です。顧客に関する勧誘禁止条項は、競争、消費者価格及び雇用の流動性等(特に、顧客との高度のやり取りが発生するヘルスケアや高齢者ケアなどの分野において)に影響を与えるものの、全面禁止はバランスを失すると考えられており、禁止を導入するかどうか、導入するとしてどの程度のものにするか(期間、活動の種類や顧客の範囲など)について一般に意見を求めています。他方、元同僚に関する勧誘禁止条項は、non-recruitment条項とも呼ばれ、一般に反競争的効果があると考えられており、コンサルテーション・ペーパーにおいても、元同僚に対する勧誘禁止によって雇用者側の利益を守るべき合理性に疑問が呈されており、全面的な禁止も検討の視野に入れられています。
③パートタイム労働者や臨時労働者(casual employee)による副業禁止に対する制限
一般に、雇用契約においては、労働者に雇用者での職務に専念することを義務付ける条項(exclusive service clause)が定められますが、パートタイム労働者や臨時労働者(casual employee)について副業を禁止すると、副業によって労働時間を補い、十分な報酬を得ることが妨げられてしまうという点が問題視されています。雇用者側の懸念は適切な機密保持条項で守るべきではないか、という考え方です。これに対しては、すでにコモンローによって十分な保護が図られているとの意見もありますが、パートタイム労働者や臨時労働者は、これらの条項に対する交渉力が一般に低いと考えられることも踏まえ、制限を導入することに合理的な理由があるとの意見もあります。コンサルテーション・ペーパーは、これらの意見も踏まえ、制定法による制限を導入すべきかどうかについて一般に意見を求めています。
④企業間の引抜禁止合意や賃金カルテルの禁止
引抜禁止合意(non-poach agreements)は、企業間でお互いに従業員を引き抜かないように合意、賃金カルテル(wage-fixing agreements)は、企業間で賃金に上限を定めることの合意を意味します。これらはすでに先進各国では反競争的行為として価格カルテルなどと同様に規制されていますが、オーストラリアでは労働市場については商品・役務とは別個に取り扱われるべきとして規制されてこなかったため、今般、オーストラリア連邦政府は、これらの「抜け穴」を防ぐことを表明しています。
2027年以降、引抜禁止合意と賃金カルテルは、競争消費者法(Competition and Consumer Act 2010 (Cth))においてカルテルなどと同様に規制され、罰則が科されることが想定されています(2027年以前の合意であっても、それを2027年以降に実行する場合には規制対象となり得ますので、ご留意ください。)。コンサルテーション・ペーパーは、民事罰としてどのような罰を科するべきか、また、刑事罰の対象とすべきかについて、意見を求めています。
なお、複数の企業間で合意する労働協約(collective bargaining agreements)、ジョイントベンチャーにおける合意、出向契約、派遣契約、及び、プロスポーツリーグにおけるサラリーキャップ合意などは、例外として許容される可能性が示唆されており、これらについても、意見が求められています。
最後に
オーストラリア連邦政府は、上記意見募集対象の項目のうち、①と④については、詳細は今後の意見募集や法案次第であるものの、2027年からの規制導入自体は既に決定しています。2027年の規制導入まではまだ時間がありますが、各企業への影響は大きいと考えられますので、オーストラリア連邦政府における議論の状況をモニタリングの上、早めに準備することが重要と考えられます。
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