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【Web3ブログ】シリーズ:DAOの財務管理における米国の課題と展望―第1回 DAOの財務管理の構造と制度的課題
2025.08.26
DAOにおける財務管理の位置づけ
DAO(Decentralized Autonomous Organizations:分散型自律組織)は、ブロックチェーン技術によって中央管理者を持たず、スマートコントラクトとトークンを通じて集団的意思決定を行う新しい組織形態です。その分散性や自律性は、従来の会社組織とは異なるガバナンスの可能性を示しています。
DAOの持続的な運営において避けて通れない実務的要素があります。それが、プロジェクト、募集金、報酬等の支出に対応する資金を適切に配分する「財務管理」です。プロジェクト運営、提案への資金配分、報酬の支払い、資産の保全といった実務は、DAOの健全性と信頼性を左右する根幹にあります。財務管理をいかに分散的に、かつ法的に整合的に行うかは、DAOにとっての重要な課題です。
本シリーズでは、DAOの運営において中核的な役割を担う財務管理の実態を出発点に、主に米国法の観点から、法制度上の対応とその限界、そして新たな制度提案までを、最新の議論に基づき多角的に紹介していきます。
【本シリーズの構成】
◇ 第1部:財務管理を起点としたDAOをとりまく制度的・実務的状況の概観
第1回:DAOの財務管理の構造と制度的課題
◇ 第2部:現状の制度対応とその限界
第2回:DAO に法的地位を与えるリーガル・ラッパーの現在地
・ワイオミングDAO LLCの仕組みと評価
・ ケイマン財団、DUNAの特徴
第3回:DAOにおけるガバナンスと財務管理の事例
・ DAOの抱える構造的課題と事例紹介
第4回:ガバナンストークンと証券規制のグレーゾーン
・ HoweyテストとSECによる証券規制の執行動向
◇ 第3部:制度的・構造的アプローチ
第5回:トークン分配に関するセーフハーバー制度
・ セーフハーバー制度によるDAOの実態に即した規制緩和の試み
第6回:Harmony Frameworkによる法的構造化
・ 分散性と法制度の両立に向けてーDAO専用エンティティ(DSE)の構想
第7回:ガバナンス強化と外的補強──マキャベリDAOとBORGモデル
・ 貢献と権限を結びつける統治設計 vs ガバナンス・ロジック埋め込みモデル
財務管理の構造:オンチェーンとオフチェーンの接続点
理論上、DAOはスマートコントラクトによって自律的に資金の配分ルールや投票手続を定義することができます。しかし、法定通貨の管理、金融商品への投資、契約の履行など、オンチェーンの外にある「オフチェーン」活動への対応はスマートコントラクトだけでは対応できない場合がしばしばあります。
そのため、多くのDAOでは、外部の信託法人や財団を通じて資産管理や契約実務を行う体制をとっています。
たとえば、Maker DAOが2022年、MKRトークン保有者による投票により、最大5億ドル相当のステーブルコインDAIを米国債などの現実資産(RWA:Real-World Assets)に転換し運用する方針を打ち出しましたが、その実際の運用は外部ビークルが担い、DAOとの契約関係や資産の法的管理は、オフショア財団などが補完的に担う形がとられました。
制度的障壁:DAOの制度的ジレンマ
もっとも、DAOの財務管理にはいくつもの制度的障壁があります。
第一に、法人格の不在です。DAOは自然人や法人と異なり、法律上の主体ではないため、そのままでは資産を保有したり契約の当事者になることができません。
第二に、代理権・代表権の不明確さです。財務管理がファシリテーターやサービス提供者、関連法人などによってオフチェーンで行われる場合、その関係は米国の代理法における本人と代理人の構造に近いように見えますが、「誰が本人か」が明確ではなく、当然に代理法が適用されるというわけではありません。また、「そのファシリテーターがDAOを法的に拘束する権限を有するのか」、「契約違反や資金管理の失敗に対して誰が責任を負うのか」など、法的に不確実といえます。
第三に、証券規制との緊張関係です。DAOが発行するトークンは、資金調達・分配・投票といった機能を担う一方、SECによる「Howeyテスト」に照らして「投資契約」とみなされれば、証券法上の規制対象となります。これにより、未登録のトークン配布は違法とされるおそれがあり、DAOの初期資金調達にも大きな制約が生じます。
こうした制度的ジレンマにより、DAOが本来目指す「完全な分散化」から逸脱し、事実上の中央集権的構造となるケースも見られます。
日本制度の位置づけ
日本でも、DAOに法的整合性を与える動きは始まっています。2024年4月に金融商品取引法の内閣府令等の改正により、DAOを想定した合同会社の設立が制度的に可能となりました。この制度により、トークンに社員権に類似した機能を持たせることを想定した枠組みや、社員の匿名性を確保しつつ持分の移転を柔軟に行える仕組みなどが導入され、トークンを活用したガバナンスへの対応が一歩進みました。
他方で、業務執行社員の設置・登記が求められる点など、非中央集権的な運営や、オンチェーン上での意思決定に法的な効力をもたせる仕組みの構築に向けた課題も認識されています。
また、トークンを統治インフラとして活用する制度設計や、DAO内部のガバナンスの健全性を支える枠組みの整備といった点についても、今後の検討が期待される分野です。
こうした状況をふまえると、日本と米国はそれぞれの制度的な文脈こそ異なるものの、より「DAOらしい」構造や機能に即した制度的アプローチを模索している点で共通しており、現在の米国における議論や制度設計の動向は、共通する課題に取り組む上での有益な参照点になりうるでしょう。
次回(第2回)は、「DAO に法的地位を与えるリーガル・ラッパーの現在地」をお届けします。
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