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【Web3ブログ】シリーズ:DAOの財務管理における米国の課題と展望―第2回DAO に法的地位を与えるリーガル・ラッパーの現在地
2025.08.26
DAOが財産を保有し、契約を締結し、訴訟当事者となる場合、それはどのような法的な位置付けになるのでしょうか。
財務管理がファシリテーターやサービス提供者、関連法人などによってオフチェーンで行われる場合、その関係は米国の代理法における本人と代理人の構造に近いように見えますが、「誰が本人か」が明確ではなく、当然に代理法が適用されるというわけではありません。「そのファシリテーターがDAOを法的に拘束する権限を有するのか」、「契約違反や資金管理の失敗に対して誰が責任を負うのか」といった点が不明確なままでは、思わぬ責任を負うリスクがあります。
米国における近時の判例は、DAOの参加者が負う法的責任リスクへの懸念を強めることになりました。Sarcuni v. bZx DAOやCFTC v. Ooki DAOでは、DAOが州法上の共同事業体(general partnership)に類似した非法人団体とみなされる可能性を示唆し、その後のSamuels v. Lido DAO 事件では、裁判所が、Lido DAOはカリフォルニア州法に基づき無限責任を伴う共同事業体を構成し得るとしました。これらの判例は、当事者が明示的に「Partnership」であると合意していなくとも、2人以上が利益を目的として事業を共同で行っていれば、事実上の共同事業体と認定され得ること、そしてDAOの構成員も個人的な責任を免れない可能性があることを示しています。特に、利益共有や集団的意思決定が行われている場合には、パートナーシップに関する法理が適用される蓋然性が高まります。このような動向は、DAOが共同事業体として認定されることにより、トークン保有者や創設者に加え、DAOの運営や意思決定に積極的に関与していないものの、トークンの価値上昇や利益分配を期待して参加する受動的な投資家にまで、個人的責任が及ぶ可能性を示唆しています。これにより、コミュニティや開発者、投資家のあいだで、DAOにふさわしい法的構造の整備の必要性が改めて意識されるようになりました。
こうした法人格の不存在、代理関係の曖昧さ、共同事業体としての責任の拡大といった法的な不確実性を踏まえ、多くのDAOは、必要に応じてリーガル・ラッパー(legal wrappers)と呼ばれる独立した法的エンティティを設立・活用し、オフチェーンの活動を代行させることで、現行の法制度との接続を模索しています。
リーガル・ラッパーとは何か?
DAOが自ら法人格を持たない以上、そのオフチェーン行為(契約、資産保有、銀行口座の開設、納税等)は、代替的な法的主体によって担われる必要があります。このとき用いられるのが、DAOの「外側に置かれる法的エンティティ」、すなわちリーガル・ラッパーです。ここでは代表的なリーガル・ラッパーを3つご紹介します。
ワイオミング州DAO LLC(有限責任会社)
ワイオミング州は、全米で初めてDAO(分散型自律組織)に対し、LLC(有限責任会社)としての法人格付与を認めました。これによりDAOは、資産の保有、契約の締結、訴訟対応といった基本的な法的機能を持つことが可能となります。
従来のLLCは自然人による運営を前提としますが、DAO LLCはスマートコントラクトや自然人、またはその両方による運営が認められ、分散型ガバナンスへの対応が制度的に担保されています。運営原則は定款またはスマートコントラクトによって定義され、両者に矛盾がある場合にはスマートコントラクトが優先されるほか、将来的な変更可能性も法令上の要件とされています。さらに、DAO LLCは利益の分配も可能であり、収益性を志向するプロジェクトにも対応できます。
ただし、DAO LLCを設立しても、トークンが証券に該当しないとは限らず、証券規制の適用リスクは残るとされています。また、企業透明性法(Corporate Transparency Act)に基づく実質的支配者の開示義務は、匿名性を重視するDAOの価値観と衝突する可能性もあります。
こうした制度的・規制的制約があるため、DAO LLCはガバナンス全体を包括的に統合する手段というよりも、金融資産や知的財産の管理、オフチェーン契約など、特定の機能に限定して活用されています。
参照:Legal Nodes Team “Wyoming LLC as a DAO Legal Wrapper: What You Need to Know” (Jul. 10, 2025)
https://legalnodes.com/article/wyoming-dao-llc
Counsel for Creators “Wyoming DAOs as LLCs” (May 25,2022)
https://counselforcreators.com/log/wyoming-daos/
ケイマン財団法人
ケイマン財団法人(Cayman Islands Foundation Companies)は、DAOがオフチェーンの法制度と接続する手段として、近年注目を集めています。これらはメンバーや株主を持たずに設立可能であり、取締役会が契約締結、資産保有、銀行口座の開設などを行うことができます。
この柔軟な構造は、DAOのガバナンス構造に一定の適合性を持つ一方で、DAOの意思決定と財団の法的行為とのあいだに明確なリンクが存在しない場合、執行責任や権限との対応関係が曖昧になる可能性があります。トークン保有者は財団の法的所有者ではなく、単にトークンを保有しているだけでは、財団に対する所有権的・契約上的な権利を当然には有しません。
しかし、財団の定款や付属定款、またはDAOとのサービス契約等において、DAOのガバナンス手続や投票結果を明示的に反映させる条項を設けることで、一定の法的拘束力を持たせることが可能とされています。Walkersの解説によれば、こうした法的ドキュメンテーションを通じて、DAOと財団の役割や責任の分配を明確にすることが実務上有効であり、トークン保有者の権利保護にも資するとの見解が示されています。
そのため、ガバナンス投票は形式的には法的拘束力を持たない場合もありますが、定款や契約における明文化の工夫次第で、ガバナンス参加者の意思を財団の運営に反映させる道が開かれています。
このように、ケイマン財団法人はDAOの資産保有や資金管理のための実務的なラッパーとして有効な手段である一方、DAOの分散型ガバナンスを直接反映するには一定の工夫が必要であり、法的構造との整合性確保に向けた制度設計が重要となります。
参照: Walkers “Cayman Islands Foundation Companies: The leading vehicle for wrapping a DAO” (Nov 29,2024)
https://www.walkersglobal.com/en/Insights/2024/11/Cayman-Islands-Foundation-Companies-The-Leading-Vehicle-for-wrapping-a-DAO
このように、ケイマン財団法人はDAOの資産保有や資金管理を担う部分的ラッパーとして有効である一方、オンチェーン・ガバナンスとの法的整合性には限界もあります。財団の法的構造とDAOコミュニティの意思決定プロセスの間にはなおもギャップが存在し、分散型ガバナンスをそのまま反映する仕組みとは言いにくい側面があります。こうした状況は、法的形式とDAOの分散型機能との間に存在する制度的な隔たりを改めて意識されつつあります。
DUNA(分散型非法人非営利団体)
分散型組織の法的ニーズに応えるため、ワイオミング州は2024年3月にDUNA法(通称:SF50)を制定し、DUNA(Decentralized Unincorporated Nonprofit Association)という新たな法的ラッパーを導入しました。これは従来のUNA(非法人非営利団体)を基礎に、Web3環境に適応したDAO専用の法制度です。
DUNAにおいて、DAOは完全な法人格を持たないものの、契約締結・資産保有・納税・訴訟当事者性といった基本的な法的機能を備えた「法的存在」として扱われ、DAOが分散性を保ちながらオフチェーン制度と接続する手段を提供します。
最大の特徴はオンチェーン・ガバナンスとの高い親和性にあり、スマートコントラクトによる意思決定が前提とされ、取締役や役員を置かないフラットな構造が可能です。構成員には有限責任が認められます。また、ガバナンス参加に対する合理的な報酬の支払いが認められる一方、利益分配を行わないことから「他者の努力に依存」しない設計として、Howeyテストにおける証券性の否定根拠にもなり得ます。
従来のラッパーが資産保有や契約に機能を限定していたのに対し、DUNAはトークンベースの会員制度とオンチェーン・ガバナンスを一体化させた包括的な枠組みを提供し、制度との整合性を重視するDAOにとって有力な選択肢となります。
ただし、非営利団体であることのトレードオフとして、DUNA は残余利益をメンバーに分配することはできず、余剰資金は法律に従い再投資する必要があります。また、DUNAは、ワイオミング州が独自に導入した制度であるため、その法的効力は基本的には州内に限定され、州外における承認や強制執行の面では不確実性が残ります。
参照:Jennings and Kerr “The DUNA: An Oasis For DAOs” (March 8, 2024)
https://a16zcrypto.com/posts/article/duna-for-daos/
Lawrence and Peltz “The Wyoming DUNA and the Future of DAO Legal Frameworks” (June 10, 2025)
The Wyoming DUNA and the Future of DAO Legal Frameworks - Falcon Rappaport & Berkman LLP
税務面でも課題があります。DUNAは非営利団体でありながら、合理的範囲での営利活動やメンバーへの報酬が認められるため継続的運営に適していますが、州レベルの非営利認定が連邦税法上の免税を意味するわけではありません。たとえば、プロトコル手数料やステーキング報酬などの収益がある場合、IRSがDUNAをパートナーシップまたは法人として課税対象とみなす可能性があります。実務では、申告や源泉徴収義務の煩雑さを避けるため、法人課税を選択する例が多いようですが、その場合でもKYC、情報報告、源泉徴収、さらに分配がなくとも経済的利益の認定に基づく課税リスクが生じ得ます。このように、DUNAはオンチェーン・ガバナンスとの整合性に優れた先進的モデルである一方で、地理的な適用範囲の限界や税務コストの高さが、実務上の採用を制約する要因となっています。
現行リーガル・ラッパーの限界
以上のとおり、現行の法制度は断片的な対応にとどまり、DAOの本質であるグローバルで越境的な性質には十分対応しているとはいえません。そのため、DAOの拡大と多様化が進む中、分散性・法的保護・運用効率を両立する、強靭で柔軟な制度的枠組みが引き続き求められています。
次回(第3回)は、DAOにおけるガバナンスと財務管理の事例について触れたいと思います。
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