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【Web3ブログ】シリーズ:DAOの財務管理における米国の課題と展望―第4回:ガバナンストークンと証券規制のグレーゾーン
2025.08.26
Howeyテストとは?
ガバナンストークンが証券に該当するかどうかを判断する上で、米国証券法における「Howeyテスト」が重要な基準となっています。
このテストは、1946年の連邦最高裁判決(SEC v. W.J. Howey Co.)に由来し、以下の4つの要素をすべて満たす場合に「投資契約」として証券とみなされます。
1.資金の投資
2.共同事業
3.利益の期待
4.他者の努力によって生じる利益
DAOによるトークン発行がこの基準に該当するかどうかは、SEC(米国証券取引委員会)による執行方針や個別の事例においても、近年注目を集めています。
SECの姿勢と近年の動向
SECは、「分散型組織だからといって証券規制の適用を免れるわけではない」という立場を一貫してとっています。
これまでは中央集権的な発行体によるユーティリティトークンが主な規制対象でしたが、DAOが発行するガバナンストークンについても、Howeyテストが直接適用されたケースが複数存在します。
The DAOレポート(2017年)
SECが2017年に公表した「The DAO」に関する調査報告書は、ガバナンストークンに証券法を初めて本格的に適用した事例として知られています。
The DAOは、暗号資産関連プロジェクトに出資することを目的としたクラウドファンディング型DAOで、参加者はETHを拠出することでトークンを受け取り、プロジェクトの選定や報酬の分配に関する投票に参加していました。
表向きは分散的なガバナンス構造が採用されていたものの、実際にはSlock.it社およびキュレーターが提案の選定権限を握っていたことが重視され、SECはこれを実質的に中央集権的な構造と判断し、Howeyテストの4要件すべてを満たすとして、DAOトークンは証券に該当すると結論づけました。
このレポートは、「形式的な分散化では足りず、実質的な運営構造が規制の対象となる」というSECの基本姿勢を明確に示したといえます。
参照:SEC “Report of Investigation Pursuant to Section 21(a) of the Securities Exchange Act of 1934: The DAO” (July 25, 2017)
https://www.sec.gov/files/litigation/investreport/34-81207.pdf
Mango DAOとMNGOトークン(2024年)
2024年9月、SECはMango DAOおよび関連団体に対して制裁と和解措置を発表しました。
Mango DAOは、MNGOトークンを通じて約7,000万ドルを調達しており、形式上はガバナンストークンとして設計されていました。しかしSECは、MNGOトークンがプロトコルの成長に応じた利益を投資家に期待させる性質を持っている点に着目し、これを実質的な投資商品=証券と判断しました。
このケースでは、証券性のある資産をSECへの登録や適格投資家限定措置など適切な法的評価を経ずに販売した点が問題視されており、単なる形式上の手続違反ではなく、本質的な規制違反と位置付けられました。
参照:SEC “SEC Charges Entities Operating Crypto Asset Trading Platform Mango Markets for Unregistered Offers and Sales of the Platform’s “MNGO” Governance Tokens” (Sept. 27,2024)
https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2024-154
Sarah Wynn “Mango DAO and Mango Markets agree to settle SEC charges involving unregistered sale of MNGO tokens“ (Sept. 27, 2024)
https://www.theblock.co/post/318552/mango-dao-and-mango-markets-agree-to-settle-sec-charges-involving-unregistered-sale-of-mngo-tokens
いま必要なのは、明確なルールと予見可能性
これまで、どのトークンがいつ証券とみなされるのかは、SECによる事後的な執行(enforcement)を通じて判断されるケースが多く、開発者・プロジェクト側にとって極めて不透明な状況が続いていました。
このような不確実性は、DAOの成長やトークン設計の自由度を制約してきたとの指摘も多く、明確で予見可能な制度整備への期待が高まっていました。
こうした背景のもと、2025年7月に下院を通過したCLARITY法案は、トークン(デジタル資産)の法的分類と規制適用の枠組みの明確化に向けた大きな一歩といえます。この法案は、デジタル資産の性質・機能・流通方法に応じて、①CFTCが監督を行うデジタル商品(Digital Commodities)、②SECが監督を行う証券的性質を有するデジタル資産(Restricted Digital Assets)、そして③GENIUS法に基づき発行される認可型決済ステーブルコイン(Permitted Payment Stablecoins)の3類型に分類しています。
DAOの文脈で特に重要なのは、ガバナンストークンが開発や運営の成熟度に応じて分類を移行し得る仕組み(maturity framework)が制度として明示された点です。たとえば、資金調達を目的として販売され、投資リターンが期待される初期段階のガバナンストークンはRestricted Digital Assetに該当する可能性があり、その場合、原則として証券法上の登録が必要となります。もっとも、配当や利益分配を伴わず、ネットワークの分散化や運営の独立性、利用実績など一定の要件を満たした場合には、監督当局から成熟度認定(maturity certification)を受けることでデジタル商品に再分類され、現物取引においては事前登録を要しないなどといった規制負担が軽減される可能性があります。
CLARITY法の導入は、形式や技術的特徴にとどまらず、経済的実態や利用目的を重視する規制アプローチへの転換を示すものであり、分散型ガバナンスと法制度の共存を模索するDAOが制度的予見可能性を確保するうえで極めて重要な意義を持つといえるでしょう。
次回は、【第3部:制度的・構造的アプローチ】に進みます。第5回では、トークン分配に関するセーフハーバー制度についてご紹介します。
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