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【Web3ブログ】シリーズ:DAOの財務管理における米国の課題と展望―第5回:トークン分配に関するセーフハーバー制度
2025.08.26
SECの姿勢変化と制度改革の機運
2025年以降、米国証券取引委員会(SEC)の執行方針には転換の兆しが見られます。これまでSECは、Kraken、Consensys、Coinbaseといった企業に対して、未登録証券の提供や資金の混同を理由に厳しい執行措置を取ってきましたが、2025年2月以降、それらの訴訟を順次撤回しました。
この変化は、分散型技術を既存の証券法の枠組みだけで評価することの難しさをうかがわせるものともいえ、Web3の構造的特性に即した制度設計に向けた機運が少しずつ高まりつつあるように思います。
セーフハーバー制度とは?
こうした背景のもとで、ブロックチェーンプロジェクト向けのセーフハーバー制度の導入が提案されています。
セーフハーバー制度とは、プロジェクトがネットワークの分散化や機能性を十分に実現するまでの一定期間、証券登録義務を猶予する仕組みです。
分散化を静的な条件とするのではなく、成長と開発の過程を通じて到達すべき段階的目標として位置づける点が特徴です。
たとえば、DAOにおいてよく用いられるエアドロップは、初期ユーザーへの報酬やガバナンス参加の促進、トークンの広範な分配による権力集中の防止など、重要な役割を果たしています。しかし、初期段階では中央集権的な要素が残ることが多く、米国の現行制度の下では法的な位置づけが不明確であり、開発者や関係者に対する執行リスクを生じさせています。
この点においても、一定の条件を満たすプロジェクトに猶予期間を設けるセーフハーバー制度は、分散化への移行を現実的に支援する制度として期待されています。
制度案の具体例:FIT21法案とPeirce提案
代表的な制度案としては、2024年に米国下院を通過したFIT21法案(未成立)や、SECのHester Peirce委員が提案したSafe Harbor Proposal 2.0が挙げられます。
Safe Harbor Proposal 2.0は、ネットワークトークンの初期開発者に対し、当該トークンの登録要件の適用を3年間猶予するものであり、その間にネットワークの機能性や分散化を実現することを条件としています。提案では、トークンがネットワーク上でのアクセスや参加、開発を促進する目的で提供されていること、インサイダーに対しては移転制限が設けられていること、トークンの販売に伴うマーケティングが投機目的ではなく消費的利用を重視していることなどが求められています。これらの条件が満たされた場合、トークンは最終的に証券として登録されることなく、ネットワーク上で自由に流通できるようになることが想定されています。
参照:Commissioner Hester M. Peirce” Token Safe Harbor Proposal 2.0” (April 13,2021) https://www.sec.gov/newsroom/speeches-statements/peirce-statement-token-safe-harbor-proposal-20
SECの枠組み案と今後の論点
こうした段階的分散化や機能性に基づくトークン配布、透明な開示による投資家保護といった改革の方向性は、SECが2025年3月に発表した「Safe Harbor Framework Overview」にも反映されました。また、より実効性と明確性を高めるための補足的な制度設計の提案も行われています。たとえば、Jennings氏、Ramaswamy氏らによるパブリックコメント(2025年5月)では、次のような具体的な補完案が提示されています:
- 分散化の判断基準として支配の不存在、すなわちプロジェクト主体によるコントロールの排除を重視すること
- ネットワークの成熟度を客観的な指標で定義すること
- セーフハーバーの対象をネットワークトークンに限定すること
- エアドロップなどの非資金調達的配布については、公平性とロックアップ条件を前提に容認すること
これらの提案は、Web3の構造的特性をふまえた制度設計の在り方に関する対話を深めるものとして注目されています。
参照:SEC “Token Safe Harbor Proposal 3.0” (Apr. 3, 2025) https://www.sec.gov/about/crypto-task-force/written-submission/ctf-input-shapiro-2025-03-14
Jennings, Ramaswamy el. at “Comments on the SEC Crypto Task Force’s Questions Concerning Public Offerings and Safe Harbor from Registration” (May 1, 2025) https://api.a16zcrypto.com/wp-content/uploads/2025/05/a16z-Crypto-SEC-RFI-Comments-on-Public-Offerings-and-Safe-Harbor-from-Registration.pdf
ホワイトハウス報告書と制度設計
2025年7月末、ホワイトハウスは160ページに及ぶ米国のデジタル資産市場構造に関する報告書を発表し、米国におけるデジタル資産規制の今後の方向性を提示しました。ここでは、SECに対し、分散化途上のプロジェクトに対して一定期間の登録免除を認めるセーフハーバーや、エアドロップを証券取引としない例外の導入など、柔軟なガイダンスや免除措置を整備することを求めています。これにより、分散型ネットワークが成熟するまで移行期にあるプロジェクトに法的安定性を与え、開発を阻害しない制度環境を整える狙いがあります。
参照:President’s Working Group on Financial Markets (July 2025) https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025/07/Digital-Assets-Report-EO14178.pdf
Skadden Publication “A Closer Look at the Trump Administration’s Comprehensive Report on Digital Assets” (Aug. 8, 2025) https://www.skadden.com/insights/publications/2025/08/a-closer-look-at-the-trump-administrations-comprehensive-report-on-digital-assets
こうした提言は、Hester Peirce委員によるSafe Harbor提案、FIT21法案、そしてa16zをはじめとする民間からのパブリックコメントとも方向性を同じくしており、段階的な分散化を許容しつつ、技術的な機能性を重視した評価枠組みを志向するものといえます。
最新の立法動向(GENIUS法、CLARITY法など)
さらに、2025年7月には、前回(第4回)で詳述したCLARITY法の下院通過のほか(第4回参照)、Stablecoinの安定性と透明性の確保を目的したGENIUS法の制定もありました。
これらの制度整備は、トークン配布の初期段階における法的不確実性を和らげ、セーフハーバー制度の現実的な制度設計を後押しする背景ともなると考えられます。
分散型社会に向けた制度的対応の一歩
こうした制度改革は、分散化の過渡期にあるWeb3プロジェクトの成長を支えつつ、投資家保護とのバランスを図る枠組みとして注目されています。
一方で、その具体的な制度設計や適用基準については、今後さらなる議論と制度的合意の深化が必要とされるでしょう。
次回(第6回)は、「Harmony Frameworkによる法的構造化」について、引き続き考えていきます。
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