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重大な過失による解雇と合意解約の交錯 ― フランス破毀院判決を読み解く ―
2025.10.20
フランス破毀院社会部は2025年6月25日判決(n° 24-12.096)において、合意解約(rupture conventionnelle)の手続中に従業員が重大な過失を理由に解雇された場合の法的効果について、重要な判断を示しました。
本稿では、雇用契約終了につながる二つの措置が交錯した本件を通じて、雇用主が留意すべき実務上のポイントを解説します。
事件の概要
営業部長として長年勤務していた従業員は、2018年1月15日付で会社と合意解約を締結し、実際の退職日は6か月後に設定されました。
フランス労働法典第L.1237-13条に基づき、合意解約締結後には15暦日の熟考期間があり、この期間中は当事者いずれも自由に契約を撤回できます。本件では熟考期間が経過し、行政による認可決定(homologation)も既に下りていました。
ところが、退職日を迎える前に従業員の重大な過失が発覚し、会社は懲戒解雇の手続きを進め、同年4月23日付で解雇を通知しました。会社が合意解約に基づく特別補償金の支払いを拒否したため、従業員は解雇の無効確認及び補償金・損害賠償の支払いを求めて労働審判所に提訴しました。
下級審の判断
会社は、合意解約締結後に従業員のセクハラ行為を知り、「その事実を知っていれば合意しなかった」と主張しました。これを受け、労働審判所は会社の同意が錯誤に基づくものであり、合意が有効に成立していないとして、従業員の請求を棄却しました。
従業員は控訴し、控訴審では、「合意解約そのものが有効に成立していたか」という点から、「その後に行われた解雇によって、合意解約の効力が失われるのか」という点へと議論が移りました。
控訴院は、撤回期間満了後から効力発生日までの間に雇用主が重大な過失を知った場合には解雇が可能と判断しました。今回のケースでは、会社が撤回期間終了後に過失を把握し、迅速に手続きを行ったことから、重大な過失による解雇が有効であり、これにより雇用契約は合意解約の効力発生日より前に終了したと認定しました。
したがって、控訴院は「錯誤による合意不存在」ではなく、「重大な過失が撤回期間後に発覚した場合には、解雇が優先し、合意解約は効力を生じない」との立場を採用しました。
破毀院の判断
破毀院はこれを破棄し、合意解約の効力に関して重要な判断を示しました。
すなわち、合意解約が撤回されず、行政認可が下りた後に重大な過失が発覚して解雇された場合であっても、合意解約契約自体は有効に存続し、特別補償金の支払い義務も消滅しないとしました。
つまり、解雇は退職日を前倒しする効果にとどまり、合意解約契約そのものを無効にするものではないという考え方です。
また、合意解約補償金の債権は行政認可の時点で既に成立していることも明確に示されています。
このように、撤回期間を過ぎて行政認可が得られた後は、たとえ重大な過失が発覚しても補償金支払い義務が残るとした点で、本判決は初めてその原則を明示的に認めたものといえます。
実務上の留意点
- 撤回期間中であれば、雇用主は合意を撤回して解雇手続を開始することで、補償金支払いを回避できます。
- しかし、撤回期間経過後に行政認可が下りた場合には、たとえ重大な過失が発覚しても、合意解約補償金の支払い義務は残ります。
また、本判決は、予告期間を伴わない重大な過失に焦点を当てていますが、単純な過失の場合も注意が必要です。単純な過失による解雇では通常、予告期間が設けられます。この予告期間の終了日が合意解約の効力発生日を超える場合、合意解約が優先し、解雇は成立しません。
したがって、合意解約の効力発生日を過ぎた後は、たとえ解雇手続が進行中でも、契約終了日は合意解約によって確定します。
このように、本判決は合意解約と解雇の関係を明確化し、雇用主・従業員双方にとっての法的安定性を高める結果となりました。合意解約手続中に重大な過失が発覚した場合には、撤回期間の経過時期と行政認可の有無を慎重に確認し、適切に対応することが求められます。