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【Web3ブログ】「StableCheck」とは―信頼を可視化するステーブルコインの国際的評価基準
2025.10.29
はじめに
2025年10月、ステーブルコインの国際的業界団体であるStablecoin Standard(SCS)はステーブルコインの信頼性と安全性の評価基準「StableCheck」を公表しました。
プレスリリース:SCS ”Stablecoin Standard Establishes StableCheck: An Independent Stablecoin Evaluation Framework” (https://decrypt.co/346337/stablecoin-standard-establishes-stablecheck-an-independent-stablecoin-evaluation-framework)
StableCheck は、特定の法域の法的枠組みや規制要件を前提とせず、金融監督当局によるライセンス制度とは異なる第三者的スコアリング・フレームワークとして設計されています。
そのため、StableCheck には、日本の制度と必ずしも一致しない評価要素も含まれています。しかし、その包括的な構成は、各国の制度を越えてステーブルコインの信頼性を共通言語として可視化する試みであり、日本の発行体にとっても、米国、EU、シンガポール、香港など主要法域の実務を含む国際基準と自社の開示・運用体制を照らし合わせる上で有用な指標となり得ます。
また、StableCheckは、日本の厳格な制度に基づき発行されるステーブルコインの安全性を国際的に明確化するツールとしても機能し得ます。
さらに、StableCheck が提示する “Open Questions”(未解決課題の整理)は、各国当局が共通して直面している論点を体系的に整理しており、日本においても国際的な議論の方向性を把握するうえで参考となるでしょう。
本稿では、この StableCheck の全体像を日本の法務の視点も踏まえてご紹介します。
詳細は、SCS公式サイト掲載のStableCheck Whitepaperをご参照ください。
SCS公式サイト:StableCheck (https://www.stablecoinstandard.com/stablecheck)
2つの中核的な問い
StableCheck の評価分析は、次の2点の問いを中核としています。
1.保有者は、請求に応じて直ちに額面どおりの償還を受けられるか。
2.高品質流動ステーブルコイン(High-Quality Liquid Stablecoin:HQLS) とは、どのような特性を備えているか
これらの問いは、制度や設計の妥当性だけでなく、実際の市場でのパフォーマンス(価格安定性や償還実績など)も含めて総合的に検証されます。また、StableCheck は、一度きりの静的な評価にとどまらず、定期的な検証と見直しを通じて、各発行体の改善や進展を継続的に反映していくことが想定されています。
StableCheck は、公表資料から基本的な信用要素を評価するSection1、発行体のユーティリティ、運用実務、技術的展開などをより深く検証するSection2、および現行制度では整理しきれない政策的論点や国際的整合性の課題を示すSection3 の三層構造となっています。
評価結果は、SCS の公式ウェブサイト上のダッシュボードに掲載され、主要ステーブルコインごとのスコアや比較分析が公開されています。これにより、利用者や機関投資家は、発行体の透明性・流動性・リスク管理体制を一目で把握できるよう設計されています。
Section 1: Six Pillars(六つの柱)
StableCheckは、信頼性を構成する六領域を柱として設定し、それぞれに複数の指標を設けた合計23項目の評価基準で構成されています。
A. 規制監督とガバナンス(Regulatory Oversight & Governance)
発行体がどの監督当局の下で運営され、どのようなガバナンス体制を備えているかを評価します。
① 規制当局の監督下にあるか。
② 発行・償還・リザーブ管理・取引の実績があるか。
③ 独立取締役やリスク委員会などのガバナンス・リスク管理体制を持つか。
これらの項目は、リスク委員会・社外取締役・情報開示ポリシーの整備などの仕組みを通じて、 発行体自身がどこまで市場や利用者に説明責任を果たせているかといった、内部統治の透明性を問うものです。
複数の法域で運営する発行体にとっては、各国で異なる監督制度や登録要件のもとでも一貫したガバナンス構造を維持できているか評価される可能性があります。
B. リザーブ資産の質と法的分離(Reserve Asset Quality & Legal Segregation)
リザーブ資産の健全性と倒産隔離性を評価します。
④ リザーブが100%以上担保され、高品質かつ分散された流動資産で構成されているか。
⑤ 市場価格で定期的に評価されているか。
⑥ 保管金融機関の信用リスク管理が確認されているか。
⑦ リザーブが法的に分別・破綻管理されているか。
⑧ 再担保設定を制限し、不合理な拘束のない形で即時流動性を確保しているか。
⑨ 運転資金は、リザーブ資産と完全に分離されているか。
日本の信託型や資金移動業型のステーブルコインでは、リザーブ資産が信託口座に保管され、法的な分別管理、再担保の制限、および倒産隔離が制度的に確保されています。そのため、当該項目は高い評価が得られると考えられます。
C. 流動性と償還パフォーマンス(Liquidity & Redemption Performance)
平常時および市場ストレス下においても、迅速かつ完全に償還要求を履行できる能力かを評価します。
⑩ 即時(T+0またはT+1決済)の額面償還を法的に保証しているか。
⑪ 1日で発行量の10%超を償還できる流動性を備えているか。
⑫ 異常事態に備えたストレステストと対応計画を実施しているか。
ここでは、「即時償還(T+0/T+1)」や「1日で発行量の10%超を償還できる流動性」といった厳格な定量的基準を設けているのが特徴といえます。
D. 透明性と保証(Transparency & Assurance)
発行体がどの程度オープンに情報を開示しているか、また第三者による検証がどの程度厳格に行われているかを評価します。
⑬ 月次以上の頻度でリザーブを公開しているか。
⑭ ホワイトペーパー等で償還ポリシー・手数料・リスクを開示しているか。
⑮ 独立した会計事務所または監査法人によって月次で検証されているか。
⑯ 年次監査を実施し、財務諸表を外部検証しているか。
日本では、透明性の担保主体は一次的に規制当局にあり、発行体は定期的に監督当局へ報告を行う一方、一般利用者に対して月次でリザーブ内容を公開する法的義務まではありません。
これに対し、StableCheckは、リザーブ情報を月次で一般に開示することを通じて、市場による自律的な監視と信頼性の可視化を重視している点に特徴があります。
E. オンチェーンおよび市場パフォーマンス(On-Chain & Market Performance)
市場実績と価格安定性を評価します。
⑰ 24時間以上2%超の乖離(de-peg)を起こしていないか。
⑱  主要取引所(CEX・DEX)で十分な流動性と狭いスプレッドを維持しているか。
これらの指標は、価格の理論的安定性ではなく、市場参加者が実際に換金可能な現実的安定性を測定するものです。この領域は、規制的なルールによる形式的な監督ではなく、市場データに基づく透明な事後評価を中心としており、規制的コンプライアンスを補完する「実績ベースの透明性」の試みとも評価できます。
F. 不正防止・プライバシー・サイバー耐性(Anti-Fraud, Privacy, & Cyber Resilience)
法令遵守・データ保護・サイバー防衛体制を検証します。
⑲ 不正防止ポリシーを有し、発行体およびカストディアンが運用しているか。
⑳ AML/CFT(マネロン・テロ資金供与防止)および制裁遵守ポリシーを整備しているか。
㉑ 個人データ保護方針を整備し、苦情対応を行っているか。
㉒ 利益相反を特定・開示・管理する仕組みを備えているか。
㉓ セキュリティ監査と事業継続計画を維持しているか。
AML/CFTおよび制裁遵守ポリシーは、単に文書整備の有無を確認するだけでなく、トランザクションレベルでの追跡・分析・スクリーニングの実効性まで評価されます。
特に近年は、トラベルルールの実装を前提に、オンチェーン分析による疑わしい取引の自動検知や、スマートコントラクトを用いたリスクスコアリングなど、RegTechを活用した実践的アプローチが広がっています。各発行体がどのようにこれらの技術を統合し、透明性とプライバシーの両立を実現していくのか、その具体的な取り組みが今後の焦点となりそうです。
Section 2: 追加的デューデリジェンス
StableCheck Plus は、前述の23項目では把握しきれない定性的情報を補う補足質問群です。法的ライセンス構造、多法域発行、リアルタイム監査、償還条件など、ステーブルコイン発行体の運営透明性と制度的整合性をより深く検証することを目的としています。
例えば、次のような評価項目が挙げられています。
- 発行体が複数の法域で運営する際の制約や調整方法
- リザーブとして認められる資産カテゴリー(現金・短期国債に限定されるか、より高リスク資産を含むか)
- 新規発行の管理方法(オンチェーンでリザーブと発行量を照合できるか)
- ステーブルコインを法定通貨に換金する際のプロセス(発行体のポータル経由か、仲介者・認定参加者を介するか)
- 他国居住者による償還・転換の可否や手続
- リザーブ以外の公開データ(アクティブウォレット数、地域別分布、取引量、ユースケースなど)の有無
- 主要取引所での平均日次取引量、上場状況(CEX・DEX)、および基軸通貨としての利用度
- ステーブルコインが複数のブロックチェーン上でネイティブ展開されているか
StableCheck Plus は、単に規制遵守を確認するものではなく、国際的な信頼をどう示すかという観点から説明力を点検するツールとして活用できる可能性があります。
Section 3: 今後の課題
ホワイトペーパー末尾では、現行制度では整理しきれない8つの政策的論点を「Open Questions」として提示しています。
- ステーブルコインの分類明確化(法定担保型・暗号担保型・アルゴリズム型の線引き)
- 国際的規制調和(各国監督基準の共通化)
- 規模別の比例的監督(小規模発行体向け段階的ライセンス)
- 事業モデル制限(ナローバンク型への誘導)
- リザーブ保険・保証制度(銀行預金保険に類似した仕組みの検討)
- リアルタイム監査の導入(DLT報告やオンチェーン検証)
- 集中リスクの開示(大口保有・エコシステム依存)
- データプライバシーとブリッジリスク標準化
これらは 国際的にどのような方向で制度調和を進めるべきかという共通課題の整理として位置づけられています。これらは世界各国が制度整備を急ぐなかで、透明性・比例性・技術標準化という共通目標を見失わないための試みといえます。規制や市場の枠組みが次々と変化していく中で、こうした視点を踏まえた持続的な制度設計が今後ますます重要になっていくでしょう。
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