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【労働法ブログ】第1回 労働基準法上の労働者性 ― 労働者性研究会事務局担当者による解説 ―
2026.05.07
はじめに
フードデリバリーの配達員は労働者なのか。プラットフォームを介して働くフリーランスは労働者なのか。昭和60年にとりまとめられた現在の判断基準は新しい働き方に対応できているのか。
そのような議論が、現在、厚生労働省に設置された「労働基準法における『労働者』に関する研究会」(以下「本研究会」)において議論されています。
近年、プラットフォーム・エコノミーの進展により、仕事を引き受けるか否かの選択権がありつつも、働き方の実態は「労働者」に近似したプラットフォームワーカーが世界中で拡大し、加えて、AIやアルゴリズムによる労務管理のデジタル化等も発展しています。そうした中で、こうした新しい働き方への対応や、実態として「労働者」である者に対し労働基準法を確実に適用する観点から、労働者性判断の予見可能性を高めていくことが求められています。
また、既存の業種においても、近時、労働基準法や労働契約法の労働者性が争われた注目すべき事件も多く、例えば、ホテルの支配人・副支配人らの労働者性が争点となった事例(スーパーホテル事件・東京地判令和7年7月10日労判1340号35頁)、弁護士事務所カウンセルの労働者性が争点となった事例(西村あさひ事件・東京高判令和7年9月25日)、大学非常勤講師の労働者性が争点となった事例(国立大学法人大阪大学事件・東京高判令和7年1月30日労判例1329号5頁)などがあります。
そこで、本連載では、厚生労働省において、本研究会の事務局を担当していた筆者が、複数回にわたり、労働基準法上の労働者性に関する裁判例の動向等も踏まえ、本研究会の検討状況等について解説します。
労働者性が認められると・・・
ある働き方について労働者性が認められるか否かは、適用される法令や受けられる保護の範囲を左右するため、実務上きわめて重要な意味を有します。
労働基準法上の労働者に当たる場合、解雇制限、賃金保障、労働時間規制、年少者や妊産婦に対する就労制限などの保護を受けることができます。
また、労働契約法のみならず、労働安全衛生法、最低賃金法、労働者災害補償保険法等における人的適用範囲も、労働基準法上の「労働者」と一致するとされているため、労働基準法上の労働者に該当する場合には、これらの法律による保護も受けられることになります。
そのため、労働者性の判断基準に関する議論を行っている本研究会の動向は、今後の実務に大きな影響を与える可能性があります。
本研究会の設置の経緯
本研究会の設置・開催の経緯は以下のとおりです。
令和6年1月23日、今後の労働基準関係法制について包括的かつ中長期的な検討を行うとともに、働き方改革関連法附則第12条に基づく労働基準法等の見直しについて、具体的な検討を行うことを目的として「労働基準関係法制研究会」(座長:荒木尚志東京大学大学院法学政治学研究科教授(当時))が設置され、16回の議論を経て、令和7年1月8日、これからの労働基準法制の在り方について報告書がとりまとめられました。
同報告書においては、昭和60年にとりまとめられた労働基準法研究会報告「労働基準法の「労働者」の判断基準について」(以下「昭和60年報告」)について、その作成から約40年が経過し、働き方の変化・多様化に必ずしも対応できない部分が生じており、この間に積み重ねられた事例・裁判例等を分析・研究し、学説も踏まえながら見直しの検討をすることや、国際的な動向も視野に入れながら総合的な研究を行うことの必要性について指摘がなされ、厚生労働省において専門的な研究の場を設けて総合的な検討を行うべきこととされています。
そこで、労働基準法上の労働者性に関する幅広い知見を有する専門家を参集し、労働者性の判断基準に関する分析・研究を深めることを目的として、令和7年5月に、本研究会を設置し、検討が開始されました。
労働基準法における「労働者性」の判断基準
労働基準法第9条では、「労働者」を「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定しています。労働基準法の「労働者」に当たるか否か、すなわち「労働者性」は、この規定に基づき、以下の2つの基準で判断されることとされています。
- 労働が他人の指揮監督下において行われているかどうか、すなわち、他人に従属して労務を提供しているかどうか (「指揮監督下の労働」)
- 報酬が、「指揮監督下における労働」の対価として支払われているかどうか(「報酬の労務対償性」)
この2つの基準を総称して「使用従属性」といいます。
もっとも、労働者性が問題となる個別の事案において、上記2つの基準のみによっては、当該働く人が労働基準法上の労働者に該当するか否かを判断することは困難な場合が多くあります。
そこで、当時蓄積していた労働者性の判断に係る裁判例等を踏まえながら、その当時の働く人を念頭に労働者性を判断するための要素をまとめ、個別の事案について判断するための基準として活用できるように考えられたものが、昭和60年報告です。
昭和60年報告では、労働者性の判断にあたっては、請負契約や委任契約といった形式的な契約形式にかかわらず、契約の内容、労務提供の形態、報酬その他の要素から、個別の事案ごとに総合的に判断することとし、以下のとおり、具体的な判断基準を示しました。
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1「使用従属性」に関する判断基準 ア 仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無 (2)「報酬の労務対償性」があること 2「労働者性」の判断を補強する要素 |
昭和60年報告の上記基準は、現在も行政解釈・司法判断において、一般的に用いられています。

(出典)『フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン』(令和3年3月26日・令和6年10月18日改定内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省)
本研究会における議論状況
開催状況
本研究会は、現在まで5回開催され、主に、裁判例、国際動向の分析・研究を行い、令和8年1月28日の第5回研究会において、これまでの議論を整理した素案が検討されています(令和8年5月現在)。本研究会の開催状況は以下のとおりです。
- 第1回 裁判例、国際動向、学説の分析・研究
- 第2回 法曹専門家(労働者・使用者を代理する弁護士)からのヒアリング
- 第3回 裁判例、国際動向の分析・研究
- 第4回 裁判例、国際動向の分析・研究
- 第5回 これまでの議論の整理(案)の検討
本研究会の今後の開催予定について、開催要綱においては終了時期は定められていません。今後、様々な議題を検討してく必要があると思われるため、今後一定の期間、検討が継続するものと思われます。
議論状況
本研究会においては、法曹からのヒアリングにおいて検出された課題等も踏まえつつ、裁判例や国際動向の分析・研究をもとに、現在の労働者性の判断における状況が議論されています。議論されているテーマが多岐にわたるため、本稿ではすべてを紹介することはできませんが、労働者性の判断の実務に影響があるテーマとしては、例えば、以下のようなテーマがあります。
- 「通常注文者が行う程度の指示等」及び「業務の性質等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定される場合」の在り方
- 「事業組織への組み入れ」、「契約内容の一方的・定型的決定」などに関する事情の位置づけ
- 労働者性推定規定と立証責任転換に関する考え方
それぞれのテーマについて今後も議論が続くと思われますが、これまでの本研究会の議論状況について、第5回研究会の資料「これまでの議論の整理(案)」の該当部分を抜粋して紹介します。
●「通常注文者が行う程度の指示等」及び「業務の性質等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定される場合」について
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昭和60年報告に示す判断要素のうち、「業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無」においては、 業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素である。しかしながら、この点も指揮命令の程度が問題であり、通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督を受けているとは言えない。(以下略) とされ、「拘束性の有無」においては、 勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されていることは、一般的には、指揮監督関係の基本的な要素である。しかしながら、業務の性質上(例えば、演奏)、安全を確保する必要上(例えば、建設)等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定される場合があり、当該指定が業務の性質等によるものか、業務の遂行を指揮命令する必要によるものかを見極める必要がある。
とされている。すなわち、「指揮監督」「拘束性」を判断する上での留意点として、
という考え方を示している。 このような、「通常注文者が行う程度の指示」かどうか、「業務の性質等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定」されているかという観点を判断の際に用いることについて、構成員からは、労働者であってもそうでなくても同じように存在する事実については、労働者性に関して中立的なものとして、労働者性を肯定する方向にも否定する方向にも評価しないという考え方であるとの意見、どのような契約であっても債務の特定に必要な指示・拘束等についてはニュートラルに捉えるべきであるとする考え方であるとの意見、仮に請負固有の指示の在り方が認められるとして、裁判所がそれが労働契約を基礎付けるものではないという趣旨で「業務の性質」上当然と表現しているとの意見、裁判所は、昭和60年報告を基礎とし、そこで示された判断要素を「業務の性質」等のフィルターを通して事実を客観的に認定、評価しているとの意見などがあった。 労働者性判断に当たって業務の性質等による影響を考慮する考え方は、多数の裁判例において実際に用いられているものであることも本研究会において確認された。一方で、構成員からは、予見可能性の低下や濫用の懸念などについても多数の意見があったことから、その理論的な位置づけも含めて検討を行うべきものであり、業務の性質等の考え方を引き続き用いるとしても、予見可能性の低下や濫用の懸念への対応に関して検討が必要と考えられる。 |
(本研究会第5回資料 資料No.1 これまでの議論の整理(案)38頁~40頁)
●「事業組織への組み入れ」、「契約内容の一方的・定型的決定」などに関する事情について
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本研究会において、構成員から、労働組合法上の労働者性の判断要素と示されているいわゆる「事業組織への組み入れ」、「契約内容の一方的・定型的決定」に関する事情が、労基法上の労働者性に関する裁判例における判断でどの程度考慮されているか確認すべきとの指摘があったことを踏まえ、裁判例から該当部分を抽出し整理した上で分析した。 |
本研究会第5回資料 資料No.1 これまでの議論の整理(案)49頁)
●労働者性推定規定と立証責任転換
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労働者性の判断に当たり、一定の要件のもとで、その者が労働者に該当するものと推定する「推定規定」、 そして同推定の反証は発注者(使用者)側が行うことを求める「立証責任の転換」が、アメリカ合衆国のカリフォルニア州などにおけるABC テスト及びそれを踏まえた立法措置のほか、EUの「プラットフォーム就業における就業条件改善に関する指令」において見られる。 法曹専門家からのヒアリングにおいては、
などの意見があった。 構成員からは、推定規定と立証責任の転換の導入は、労働者性判断の予見可能性に資するところがあるとの意見、労働法規の違反が刑事罰の対象になるような場面では、有罪を推定することになりかねないため、そのような問題を意識しつつ、日本の労働法制のもとで労働者性判断に推定を用いる可能性、場面、使い方などを考えていく必要があるとの意見などがあった。また、アメリカ合衆国のABC テスト及びそれを踏まえた立法措置について、労働者性推定のあり方を具体的に考えるに当たっても参考になるとの意見、推定規定・立証責任の転換の導入は、各国の状況を見ながら検討していくべき課題であるとの意見などがあった。 |
(本研究会第5回資料 資料No.1 これまでの議論の整理(案)59頁)
おわりに
現在、ILO第113回総会(令和7年6月)、第114回総会(令和8年6月)においても、プラットフォーム経済におけるディーセントワークに関する基準がテーマとされています。そのため、今後、国際動向も踏まえながら、国内の労働者に関する議論も進んでいくと思われます。
労働者性の判断は、個別事案ごとの事情に大きく左右されるうえ、判断基準もなお抽象的な側面を有しています。そのため、実務においては、裁判例や制度的議論の蓄積を踏まえながら、判断の予見可能性を高めていくことが重要です。
本稿が、労働者性に関する理解を深めるとともに、実際の案件を検討する際の一助となれば幸いです。
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