対談・座談・インタビュー
宇宙航空ビジネスにおける弁護士の役割
2020.10.01
宇宙航空研究開発機構(JAXA) の非常勤職員や各種政府委員を務めつつ、宇宙航空ビジネス法分野の実務をリードする新谷弁護士を中心に、TMIの航空宇宙産業・航空法・宇宙法分野を支える宇宙航空ロイヤーチームに、宇宙航空ビジネスの現状、今後への課題、そして弁護士としての関り方などについて聞きます。
はじめに
新谷弁護士
宇宙航空ビジネスは、今まさに産業が広がっていることを日々体感できる分野だと思います。関与する弁護士は、産業自体への深い理解はもちろんのこと、誰にも負けないという特定の法分野への専門性、そして新しい分野に自分の頭で考えて常に挑戦できるマインドが大事だと考えています。法分野で言えば、TMIのどのチームの弁護士にも活躍してもらう場面があるほど、宇宙航空ビジネスは総合事務所の英知を結集できる場だと思っています。
国内にロケット射場を一から作る日本初のプロジェクト
新谷弁護士
日本国内にロケット射場を作るために、地方公共団体が事業者に資金融資を行うというプロジェクトについて、当該地方公共団体のリーガルカウンセルを担当した案件がありましたが、担当した木村弁護士、どうでしたか?
木村弁護士
私は普段ファイナンス案件を中心に取り扱っていますが、このプロジェクトでは、太陽光発電等のプロジェクト・ファイナンスでの経験を活かして、融資を行う地方公共団体の立場から、ロケット射場建設・運営というプロジェクトをどのように評価するのか、どういった資産を担保としてどのように評価するのか、どういった場面を担保実行のトリガーとして設定するのか、などといった担保関連の論点を特に慎重に検討しました。一方で、これまで扱ってきたプロジェクト・ファイナンスでは見られないような前例がない点も多かったので、クライアントやチームのメンバーと何度も議論を行いながら契約書を作り上げていきました。
新谷弁護士
宇宙ビジネス特有の事情も踏まえて、プロジェクトが進行する中でどんな事態が起こり得るのかを具体的に想像して、トリガーを考えるのは大変でしたね。
木村弁護士
プロジェクトの観点でいうと、許認可も特殊なものが多くありましたね。担保や許認可に限らず、一から考えなければいけない論点というのがたくさんあったので、大変ながらも楽しかったですね。
新谷弁護士
同じ案件に関与していた出山弁護士はどうでしたか?
出山弁護士
一般的なプロジェクト・ファイナンスの案件と比べて、最も違いを感じたのは、代替する事業者がいないという点でしたね。プロジェクトが立ち行かなくなった場合に、レンダーの判断で、事業を他の事業者にステップインさせて、事業を継続させることを念頭に置く一般的なプロジェクト・ファイナンス案件とは異なり、代替する事業者がいないという点は契約書を作成する際にも特に留意するようにしていました。また、大きなプロジェクトであるほど、国や地方自治体の関与が不可欠となってくるため、常に行政法的な観点からの検討も重要になるということも意識させられた案件でした。
アジア初の宇宙港―Space Port
新谷弁護士
TMIでは現在、日本初の宇宙港、すなわち、Space Portを日本国内に設置するプロジェクトにもアドバイザーとして参加をしています。この件は政金弁護士が担当してくれていますが、なにかありますか。政金弁護士からは産業に対する熱意を一番強く感じています(笑)
政金弁護士
ロケット射場の場合は、地上の射場からロケットを打上げる方法によるものでしたが、宇宙港の場合は、既存の空港を利用して、飛行機がロケットを機体に付けた状態で離陸をした後、上空でロケットを発射する水平発射の方式をとっています。この宇宙港プロジェクトは宇宙産業と航空産業が融合したプロジェクトと考えます。
Space Portの建設は、日本のみならずアジアでも初の試みであり、日本が将来、宇宙事業においてアジアのハブとなることを期待されています。現在は小型衛星の打上げを目標にしていますが、将来的には有人飛行の実現を目標にしています。また、Space Portは単にロケットを打上げるためだけの施設ではなく、ホテルや宇宙を感じるエンタメ施設、物流施設等も整備され、宇宙を身近に感じられる人・物の交流の場所となることを構想しています(https://www.spaceport-japan.org/concept)。
法律面の検討については、飛行機や空港を利用することから航空法や空港法の既存規制を確認する必要があります。(飛行機の模型を手にしながら)これが日常的に利用する一般的な飛行機ですが、宇宙港ではこの飛行機にロケットに装着して飛行して空中で発射することになりますが、当然ながら航空法は、このようなことは想定していません。ロケットを載せた飛行機が航空法上の「航空機」に該当するのか、そもそも「航空機」とは何かを、既存の解釈を参考にしつつも、条文を読み込み、一から考えることから始まりました。航空局と事業者と一緒にディスカッションの場を設けていますが、これから一緒に考えて実現をさせていきましょうというスタンスで取り組んでいます。当然技術についても理解する必要があるので、技術部門の方たちと話しているときに出てきた専門用語や技術についても、図鑑や科学雑誌を見たりして学んでいくのも面白かったですね(笑)
宇宙分野における立法面の整備の必要性
政金弁護士
当局とのディスカッションを通じて感じたことですが、既存の法整備が追い付いていないということに加えて、打上げについては、人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律が制定されていますが、実務を前提にすると細かい内容や運用が十分に整備されていない部分もまだ残っているという印象がありました。
新谷弁護士
最先端のビジネスの進歩に、制定法が追い付かないのは仕方ないのですが、人の生命・身体への危険性があるほか、自然環境にも大きな影響を生じさせる可能性がある宇宙ビジネス分野では特に法整備が重要なため、立法面の動きはクイックに対応していかないといけないと考えています。
小林弁護士
立法の必要性という観点については、電波法上の論点も問題になってくると思います。無線局を開設し、運用する場合には、原則として電波法に基づく免許が必要となりますが、既存の枠組みに該当しない新しい無線局に対しては、当該無線局についての免許のカテゴリや要件等が定められていないため、免許を受けることができません。その結果、電波を飛ばせないということになります。しかし、電波が飛ばせないとなると、通信を行うことができないので、ロケットとの交信が困難となってしまいます。
新谷弁護士
このように立法面の整備が重要ななか、国内法のみならず、政府間の折衝を調整する案件も増えてきており、グローバルな色合いも強くなってきていますね。
宇宙分野の特殊性と他分野の重要性
― 立法への関与や、宇宙産業に携わる民間企業と政府機関との取次ぎに関する案件の一方で、ロケット製造・打上げ・運営という一連のバリューチェーンで見たとき、TMIが最も深く関連しているのはどのあたりでしょうか。
新谷弁護士
元々はロケットの製造・打上げや、国から発注を受けて人工衛星の製造を行う、いわゆるレガシー企業といわれるような企業からの依頼が多かったです。最近では、これらの案件のノウハウを活かして、ロケットや人工衛星を利活用して、新たなサービスの提供を行うスタートアップの仕事、そしてそれらの会社に投資するサイドでお仕事をすることも増えてきていますね。
― ロケットを製造している事業者が自ら打上げる、ということもあるんですか?
新谷弁護士
日本では以前はあまりありませんでしたが、最近のベンチャー企業の中にはそういった企業も出てきて、バリューチェーンにも変化が出てきていますね。
― 薬事分野でも同じかもしれないが、あらゆる事業分野に共通する法的アドバイスのみならず、その業界特有の知識や行政への申請の流れ等、実務上重要となる論点に関するアドバイスも提供することができる、というのが特に強みになる分野であるように感じました。
新谷弁護士
それは本当にそうだと思います。投資の際、法務デューディリジェンスは内制化されているクライアントであっても、「宇宙ビジネスDD」として事業分野のデューディリジェンスについてだけTMIへ依頼していただくこともあるので、宇宙産業特有のノウハウがあるか、という点はとても重要視されているように思います。
― 一方で、新谷弁護士としては、宇宙チームのメンバーに対して、宇宙産業に一本足ではなく、他分野での専門性を培うことも重要と考えていますよね。
新谷弁護士
そうですね。他分野での経験も積極的に積んでもらいながらも、宇宙が好きで、情熱を傾けてくれる人に関与してもらいたいですね。宇宙の世界は、今後何十年単位で動いていく世界なので、情熱を持った若い弁護士たちにどんどん活躍していってほしいと思っています。全体の業務量の10分の1程度を宇宙に注力してもらって、残りはほかに自分が興味を持っている分野にのめり込んでほしい、とチームのメンバーにもよく言っていますね。
伯耆弁護士
他分野での専門性を高めることが重要というのはその通りだと思います。宇宙分野は、今までになかった論点が特に多く出てくる分野ですが、そういったときに他分野における経験・考え方が起点となることも多くあります。実際に担当した案件でも、例えば、人工衛星の売買代金の一部の支払を遅らせる場合に、売主側から、人工衛星から生じる利益を当該売買代金の支払に充てることを確保させるか、という点を検討することになった際には、他のファイナンス案件で培った経験を活かして議論を進めることができました。
宇宙と紛争案件
新谷弁護士
伯耆弁護士は、人工衛星の製造に関わる大型紛争案件をはじめ、多くの宇宙関連案件を担当されていて、宇宙チーム立ち上げの立役者でもありますが、これまでの思い出深い話等はありますか。
伯耆弁護士
紛争、トランザクションを問わず、やりがいのある案件に多く携わらせていただいたと思いますが、思い出深いという意味では、宇宙チームとして初めて受任することになったある紛争案件が挙げられます。この案件は、ある人工衛星製造業者(クライアント)が、ある大型人工衛星の下請業者として製造の遅延に基づく責任を問われ、損害賠償請求を受けたというものでしたが、問題となった人工衛星の調達にあたって銀行からのローンの調達を伴う一種のプロジェクト・ファイナンスのスキームが組まれていたことにも起因して、クライアントが非常に大きな金額の賠償を請求されていた状況でした。クライアントが他の2つの法律事務所に相談をした上で、TMIにサード・オピニオンを取りにこられたというのが受任のきっかけでした。我々は、時間をかけて慎重に事案を検討した結果、一筋縄ではいかないものの、クライアントの責任を限定することも可能であると考えました。案件個別の内容にもかかわりますので詳細は割愛しますが、大きく言えば、クライアントのプロジェクト上の立ち位置と、人工衛星製造契約の特色に着目したものです。特に後者について、そもそも、類型的にリスクの高い人工衛星製造請負契約では、いずれの当事者も不合理に大きな責任を負うこととならないよう、ある特殊な手当てがされていることが一般的です。問題となった契約においてはそのような手当てがとられていなかったのですが、双方の当事者の責任限定のための手当てがなされていることが一般的であるという実務上の慣行に照らして契約書を解釈し、責任を限定することが考えられたのです。その後、我々のチームで案件を受任し、クライアントと密な議論を重ねながら相手方との交渉を進め、最終的にはクライアントに満足いただける形で和解をすることができました。主張の内容が必ずしも一般的なものとは言えなかったこともあり、長期にわたり厳しい交渉を行うことになりましたが、結果としてクライアントの担当者の方々にも非常に喜んでいただくことができました。
新谷弁護士
この案件はクライアント社内でも大変評価して頂いたとのことで、私達もとても感動した案件でした。
宇宙とエンタメ
新谷弁護士
宇宙にはやっぱりロマンが詰まっておりますので、エンターテインメント関連の仕事もありますね。エンタメ関連は主に石原弁護士に担当してもらっていますが、どうでしょう?
石原弁護士
宇宙というと、宇宙活動法や航空法、アメリカやイギリスなどの最先端の国の動向や法制のリサーチなど、あまり派手ではない地道な仕事も多いものの、その成果として、「宇宙」に対して誰しもが抱く、人類の未来のような、一般の人たちや子供たちをワクワクさせるエンターテイメントにつながっていくことを実感できると、やはりやりがいのある、夢のある分野だと思いますし、何より私自身もとても楽しみながら案件に携わらせていただいています。
新谷弁護士
日本の若い人たち、いま小学生の子供たちが少しでも宇宙に興味を持ってくれるきっかけになってくれれば、と思いますよね。
― やっぱりみなさん、いつか自分も宇宙へ行きたい、と思ってるんですか?
新谷弁護士
そう思ってるのはこの二人(伯耆弁護士・政金弁護士)だけだと思います(笑)。ちなみに2024年にはアメリカが月にゲートウェイをつくり、そこから更に火星を目指すことが計画されています。ライト兄弟が飛行機を飛ばしたとき、だれでも当たり前に飛行機に乗れる未来をどれだけの人が想像できたでしょうか。今まさに来るべき未来を見据え、宇宙空間を利用した移動手段の実現を視野に入れて動いている産業界と力を合わせながら我々も尽力しています。
宇宙と知的財産権
新谷弁護士
個人的に、今後の宇宙開発は、遠隔操作ロボットによってまずは進められていくと考えています。そういったロボットを使った宇宙開発等に関与されている春日弁護士はいかがでしょうか。
春日弁護士
私は元々コーポレート分野の人間でしたが、最近になって初めてロボティクス分野の会社にどっぷり関わらせていただいたことで、知的財産権の重要性を強く感じました。高度な技術開発にあたっては、企業間の共同開発も頻繁に行われるものの、開発が進む中で、紛争が生じることも少なくありません。そのような可能性も見据えた上で、契約書の内容を検討し、紛争の予防を図るという視点は、どの分野でも共通する基本的な点ではあるものの、ロボット技術など最新の科学分野においても非常に重要だということを改めて感じましたね。それになにより、クライアントから宇宙分野の最新のお話などを聞くと、夢が膨らんで、心を鷲掴みにされますね(笑)
新谷弁護士
若手の弁護士たちが熱意をもって取り組んでくれるのが何より嬉しいですね。
宇宙航空法の未来
新谷弁護士
宇宙というのはただの場所に過ぎなくて、単に「宇宙法」と切り取られるのは少し違うかな、と思っています。今後宇宙が人類の活動領域となった場合、宇宙空間をベースとして一次産業から全ての産業が再構成されることになるはずです。そのとき法律事務所として必要となるのは、宇宙関連法令の知識にとどまらず、宇宙航空ビジネスの実務に精通した総合的な知見であると考えています。