対談・座談・インタビュー
電気通信分野における公正競争確保の課題と展望(後編)
2021.10.22
前回記事では、電気通信事業法及び独禁法を専門とする双方の弁護士にお集まりいただき、電気通信市場の特性や、電気通信事業法及び独禁法の基本的枠組みについて解説いただきました。後編では、前回と同じメンバーに、電気通信分野における近時の政策動向や今後の見通しについて、話を伺いました。
近時の政策動向
(1)電気通信事業法
山郷:
携帯電話市場は、ここ数年で大きく情勢が変化しましたよね。
岡辺:
電気通信事業法との関係では、令和元年10月1日に施行された改正法(以下「令和元年改正法」といいます。)により、通信料金と端末代金の完全分離や、不当な期間拘束の禁止といった新たな規制が導入されましたが、これが実務に与えた影響は大きかったのではないかと思います。
林:
これらの規制との関係では、総務省が「電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン」を定めていますよね。過去に4回改正が重ねられており、直近の改正は令和3年7月に公表されたばかりです。
山郷:
このガイドラインは非常に長く複雑なものになっているため、電気通信事業法を正しく理解していないと読み解くのがかなり困難です。元来、我が国の電気通信事業者はコンプライアンス意識が高いといえますが、令和元年改正法の施行後、複数の大手キャリアの販売代理店において、電気通信事業法73条の3により販売代理店に準用される同法27条の3の違反があったとして、総務省から行政指導を受けたという報道がありました。携帯電話の販売代理店は、委託元であるキャリアと別法人であることが多いのですが、委託元であるキャリアは販売代理店に対する監督責任を負うため、キャリアと販売代理店が一丸となってコンプライアンス体制を構築することが重要になります。近時、総務省が実施した覆面調査では、非回線契約者への端末の単体販売の拒否や、非回線契約者への端末購入サポートプログラム(一定の条件を満たした利用者に対して、端末代金の割賦残債の一部を免除するプログラム)の加入拒否が問題視されており、この点について特に注意が必要です。
岡辺:
令和元年改正法の施行から1年が経った令和2年10月には、令和元年改正法における措置の効果を踏まえて、総務省が今後さらに取り組むべき課題を示した「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」(以下「モバイルアクション・プラン」といいます。)が公表されました。モバイルアクション・プランでは、①分かりやすく、納得感のある料金・サービスの実現、②事業者間の公正な競争の促進、③事業者間の乗換えの円滑化、といった3つの柱が掲げられています。1つ目の「分かりやすく、納得感のある料金・サービスの実現」の観点では、令和元年改正法の執行を着実に進めることのほか、誤解を与える表記の是正、携帯電話の料金等に関するポータルサイトの構築、中古端末を含めた端末流通市場の活性化が取り組み事項として挙げられています。
林:
2つ目の「事業者間の公正な競争の促進」という点では、具体的な取り組み事項として、(1) データ接続料の一層の低廉化、(2) 音声卸料金の一層の低廉化、(3) 周波数の有効利用の促進、(4) インフラシェアリングの促進が挙げられています。音声卸料金の低廉化に関しては、近時、大手MNO(Mobile Network Operator)とMVNO(Mobile Virtual Network Operator)間の紛争を巡って、音声卸料金は適正な原価に適正な利潤を加えた金額を超えない額で設定する旨の総務大臣裁定が下されました。これを受け、各MNOでは音声卸料金の見直しが行われたところです。
山郷:
令和3年9月に総務省が公表した「競争ルールの検証に関する報告書 2021」(以下「競争ルール検証報告書2021」といいます。)によれば、音声卸料金に限らず、MVNOの関心を踏まえ、他のサービス領域においても、必要に応じて、接続料や卸料金の妥当性を検証すべきであるとの指摘がされているほか、卸料金の低廉化に向けた制度的な枠組みの構築が提言されているところです。同時期には、「接続料の算定等に関する研究会 第五次報告書」が公表され、第一種/第二種指定電気通信設備を用いた卸役務の適正性確保や、フレキシブルファイバに係る適正性・公平性・透明性の確保、スタンドアロン方式の5Gネットワークの機能開放等に関する課題も取り上げられており、接続料や卸料金の更なる引き下げに向けた議論が積極的に行われています。主要MNOが相次いでいわゆる格安プランを打ち出したこともあり、MNO・MVNO間での競争が激化しており、MNOとMVNOとの間での公正競争確保は今まで以上に重要なテーマとなるでしょう。
林:
その他にも、競争ルール検証報告書2021では、いわゆる既往契約(令和元年改正法の施行日前に締結され、電気通信事業法27条の3に適合していない契約のこと)の早期解消や、端末購入サポートプログラムの見直し、販売代理店の在り方の見直し、固定通信市場に係る課題等が議論されていますね。
山郷:
そうですね。これらの議論は周波数の割当手続の見直しの議論とも密接に関わっている点に注意が必要です。今後どのような制度設計になるのか現時点では明らかではありませんが、令和3年8月に総務省が公表した「デジタル変革時代の電波政策懇談会 報告書」によれば、周波数の割り当てに関し、事業者の公正競争確保への取り組みの程度を評価指標に加えてはどうかという提言がされています。したがって、事業者において公正競争確保への取り組みが不十分と評価された場合には、将来の周波数割当手続において不利に評価される可能性があります。各事業者においては、先手先手の対応が重要になるでしょう。
岡辺:
モバイルアクション・プランの3つの柱のうち、「事業者間の乗換えの円滑化」という点に関して言えば、番号ポータビリティ(MNP)の利用者負担料金が原則として無料化されたほか、令和3年8月10日に改正された「移動端末設備の円滑な流通・利用の確保に関するガイドライン」ではSIMロックの原則禁止の方針が示されました。また、同日には、eSIMサービス促進のための考え方や留意点を示した「eSIMサービスの促進に関するガイドライン」も公表されています。このほかにも、キャリアメールの持ち運びやワンストップ方式でのMNPの実現に向けた検討が進められているほか、競争ルール検証報告書 2021では、その他スイッチングコストに関する個別論点として、オンライン解約手続、端末補償サービス、端末の機能制限、電気・ガス等の他サービスとのセット販売による割引に関する論点が検討されており、引き続き注視が必要です。
山郷:
このほかにも、大手通信事業者によるグループ再編を巡っては、令和3年10月12日に「公正競争確保の在り方に関する検討会議 報告書」(以下「公正競争確保検討会報告書」といいます。)が公表されたところです。
(2)独占禁止法
戸田:
独禁法の文脈では、令和3年6月10日に公正取引委員会が「携帯電話市場における競争政策上の課題について(令和3年度調査)」と題する実態調査報告書を公表しました(以下「令和3年報告書」といいます。)。公正取引委員会は、過去にも、平成28年及び平成30年に同様の実態調査報告書を公表しています(以下、平成30年に公表された実態調査報告書を「平成30年報告書」といいます。)。今回の令和3年報告書では、平成30年報告書からの法制度や市場における競争状況の変遷を踏まえた考え方が示されているところです。
阪本弁護士、遠藤弁護士、令和3年報告書を受けて、何か気が付いた点はありますか。
阪本:
平成30年報告書で指摘されていた問題点には、その後の電気通信事業法の改正により対応がなされたものもあります。平成30年報告書では、通信サービスと端末のセット販売が問題視されていました。具体的には、セット販売時の端末提供価格を大幅に値下げし、これが私的独占や不当廉売に該当し得るという点です。これに対して、令和3年報告書では、電気通信事業法の改正によって通信サービスと端末のセット販売における値下げ幅に制限が加えられたことが指摘されており、平成30年報告書で指摘されていたような私的独占や不当廉売に該当する恐れは低下しているのではないかと思います。
もっとも、令和3年報告書では、新たな問題として、端末購入サポートプログラムに関する問題点が指摘されています。
先ほど、総務省の覆面調査の結果、非回線契約者への端末購入サポートプログラムの提供拒否の事実が認められたとの話が山郷弁護士からありましたが、令和3年報告書によれば、「MNO3社が現在提供している端末購入サポートプログラムについては、消費者アンケートの結果を踏まえれば、多くの利用者が、通信契約を結んでいなければ利用できないと認識しているおそれがあると考えられる」ことを前提に、「MNO3社による端末購入サポートプログラムが、消費者に契約変更を断念させることで消費者の選択権を事実上奪うものと判断される場合であって、他の通信事業者の事業活動を困難にさせるときは、独占禁止法上問題となるおそれがある(私的独占、取引妨害等)」とされています。
つまり、「端末購入サポートプログラムによる端末値引きという経済的メリットを享受するためには回線契約の締結が条件付けられている」という印象を消費者に与えていることから、事実上のセット割引になっているのではないかという指摘がなされています。この点については、主要なキャリアにおいて見直しが進められているようですが、今後も端末購入サポートプログラムの運用にあたっては、慎重な対応が必要になると考えられます。
遠藤:
令和3年報告書では、阪本弁護士が指摘されている点の他に、平成30年報告書では取り上げられていなかった新しい問題についても取り上げられています。
例えば、令和3年報告書29頁において、「端末メーカーが、端末の修理市場において、自社と競合する修理業者を市場から排除すること等独占禁止法上不当な目的の手段として、合理的な理由なく、第三者修理業者に純正部品を提供しないようにするなどして、修理業者の事業活動を困難にさせるなどの場合には、独占禁止法上問題となるおそれがある(私的独占、取引拒絶)」と指摘されています。これは、いわゆるアフターマーケット市場の問題であり、東芝エレベーター事件(大阪高判平成 5年7月30日)や東急パーキングシステムズ事件(公正取引委員会勧告審決平成16年4月12日)の先例があります。
また、純正部品を販売しない場合のほか、第三者修理業者に対する取引条件を不利にするといった行為も、第三者修理業者の事業活動が困難になる可能性があり、これらの先例に照らして問題となり得ます。ただし、令和3年報告書においては、「サードパーティ製部品であっても適正な修理を行うことは可能である」と明記されているため、第三者修理業者が純正部品の提供を受けなければ事業活動が困難になるといえるかは、明確ではないように思われます。このように、独禁法に違反するか否かの判断にあたっては、行為によってどの事業者がどのような影響を受けるのかを個別具体的に評価する必要があります。
阪本:
先ほど林弁護士から、競争ルール検証報告書2021において、販売代理店の在り方の見直しが議論されているとの話がありましたが、販売代理店に関する問題は令和3年報告書でも取り上げられています。例えば、MNOが販売代理店に対し、端末の割賦払いの上限額を設定し、当該上限額と MNOのオンライン直販価格及び販売代理店の仕入価格を同額とした上で、端末を割賦払いの上限額を上回る金額で販売しないよう要請するといった場合には、再販売価格の拘束の問題が生じ得るとの指摘がなされているところです。かかる指摘については、具体的な事実関係を精査する必要があるかと思いますが、場合によっては独禁法を踏まえた対応が求められる可能性があります。代理店との取引に関しては、主要なキャリアにおいて見直しが進められているようですが、今後も、独禁法を踏まえた制度運用に留意する必要があります。
戸田:
阪本弁護士、遠藤弁護士、ありがとうございます。
お二人のご指摘の点に加えて、先ほど、山郷弁護士のコメントの中でMNOとMVNOとの間での公正競争確保が重要なテーマになるとの話があったところですが、令和3年報告書の中でも、MNOとMVNOの公平性(イコールフッティング)の観点についても言及がありますね。
MNOのサブブランドにおける価格設定について、「現行の接続料や卸料金を前提とすると、MVNO が実現することが極めて困難なプラン(データ容量、データ通信品質、無料通話)となっており、接続料や卸料金が、MNO と MVNO のイコールフッティングの観点から適正ではないのではないかとの意見がMVNO から示されたこと等を受け、総務省の『接続料の算定等に関する研究会』において、検証が行われているところである」とされています。先ほど山郷弁護士から紹介があった「接続料の算定等に関する研究会 第五次報告書」によれば、主要MNOの新料金プランについて直ちに原価割れの状況にあるとは言い切れないとの記載がある一方で、データ接続料等の水準が適切かという観点からは疑義が残るとの指摘がされています。この点は、前編で阪本弁護士がコメントされていたマージンスクイーズの問題になるのではないかと思われます。この点に関し、今後も継続的な検証が行われるとのことですので、各事業者においては留意が必要です。
今後の見通し
山郷:
今や携帯電話は我々の生活になくてはならないインフラになりましたが、その一方で、一般消費者向けの携帯電話サービスは、全体として契約数が頭打ちになっているとの指摘もあります。MNO、MVNO各社とも、料金プランやサービスを工夫し、利用者の獲得に努力していますが、将来的には、自動運転やドローン、ロボット等、産業分野での利用が主戦場になるのではないでしょうか。特に、大容量高速通信や、超低遅延、同時多数接続といった特色を有する5Gは、コンシューマーユースよりも、産業シーンでその真価を発揮すると言われており、通信事業者各社は、異業種のパートナーと共に、新規ビジネスを「共創」するという流れが主流になりつつあります。これは従来B to C、B to Bサービスであった通信事業者が、B to B to B/Cのような形でサービスを提供する機会が増えることを意味します。
林:
5G時代に突入したことで、市場の競争環境にも変化が生じてきましたよね。
山郷:
はい。5Gは高い周波数帯を使うため、電波の伝搬距離が短いという特性があります。そのため、カバレッジの拡大のためには、基地局をより稠密に設置しなければならないという特徴があり、設備コストが増大しがちです。そのため、MNO各社は、サービスレイヤでは競争関係を維持しつつ、インフラレイヤでは、設備のシェアリング(以下「インフラシェアリング」といいます。)等を通じて、コスト削減に向けた協調姿勢をとるといった流れができつつあります。
阪本:
今、山郷弁護士がおっしゃっていた、インフラシェアリングの点については、独禁法の観点からも留意すべき点があります。MNO各社すなわち競争関係にある事業者同士の業務提携という形で、インフラシェアリングの機運が高まっているとのことですが、独禁法の観点では、不当な取引制限(独禁法3条、2条6項。いわゆるカルテル。)に該当するとの疑いをもたれないよう、特に留意が必要といえます。この点については、ケースバイケースの検討が必要ですが、一般的には、提携当事者間の意思決定及びそれに伴う行動の一体化がどの程度進むのかがポイントであり、コスト共通化割合等を精査する必要があります。
遠藤:
もう1つの重要な判断要素としては、業務提携に伴う情報交換・情報共有があります。具体的には、競争関係にある事業者間において、現在又は将来の事業活動に係る価格等重要な競争手段の具体的な内容に関して、相互間での予測を可能にするような効果が生じる場合には、競争事業者間での情報交換・情報共有が独禁法違反になるおそれがあります。情報交換・情報共有に関する具体的な対応策としては、部門間におけるファイアウォールの設置、業務提携に関係する者との秘密保持契約の締結、業務提携に従事する者の情報へのアクセス制限などの情報遮断措置を講じることが重要と考えられています。
岡辺:
阪本弁護士、遠藤弁護士、独禁法の観点からの留意点についてのご指摘をありがとうございます。
5Gの普及に伴い、固定・移動市場の融合やネットワークの仮想化が加速することが予想されますが、これも電気通信市場の競争環境の変化の一要因となるのではないかと思います。今後、ネットワーク仮想化が進むことで、ネットワーク・オーケストレーションやネットワーク・スライシングによる新たなサービスが生まれ、設備の設置主体と機能の提供主体の分離が進むと思われます。前編でもお話しした通り、電気通信事業法においてはボトルネック設備などの設備により形成される市場支配力に着目した規制が行われてきましたが、電気通信市場における競争が機能ベースの競争に移っていくと、電気通信事業法の建付けの見直しが必要になるかもしれません。
山郷:
そうですね。将来的なネットワークの在り方については、公正競争確保検討会報告書でも言及があるところです。ネットワークの仮想化やハード・ソフト分離の進展等も踏まえつつ、公正競争確保の観点から、あらゆる主体を対象として必要な検討を行うべきとの指摘がされています。ほかにも、公正競争確保検討会報告書では、ネットワークや市場の融合への進展やネットワーク機能に起因する市場支配力をどう考えるべきかという問題提起もされているところです。将来的には、OTT事業者のような上位レイヤの市場支配的な事業者が電気通信市場に参入し、仮想ネットワークサービスを提供する可能性は十分にあり、国際動向も含め、市場動向には注視が必要です。
また、スタンドアロン構成の5Gが実現し、その機能がMVNOに対して開放されれば、MVNOは、特定の用途に適したスライシングネットワークを仮想的に提供することが可能になるため、MVNOにとってはサービスの差別化が図りやすくなるのではないでしょうか。現在のMVNOの多くは、一般消費者を対象とする格安プランを主戦場としていますが、将来的には、MNOの手が届かないニッチな用途・市場に向けた専門性の高い通信サービスを提供することで、MNOとMVNOの棲み分けがより一層進むのではないかと思います。
戸田:
令和3年報告書49頁では、スタンドアロン構成による本格的な5G時代への移行にあたり、MVNOがMNOと同時期に利用者に対して5Gサービスを提供することができるよう、MNOからMNVOに対して機能開放を行うことが競争政策上望ましいとの指摘がされています。この点における独禁法上の評価は、今後の市場動向を見守る必要がありますが、スタンドアロン構成の機能をMNOがMVNOに使用させる取引の際に、前編で阪本弁護士から指摘があったマージンスクイーズの事件と同様の事実関係がある場合には、独禁法上の問題も生じる可能性があるため注意が必要となると考えます。
山郷:
前編の冒頭で述べたとおり、電気通信分野における法規制に適切に対応するためには、電気通信事業法と独禁法の双方の正しい理解が不可欠です。電気通信分野については、既存の規制の見直しや新たな規制の策定が続くなど、刻一刻と状況が変化しており、事業者にとっては、対応に苦慮することがあるかと思います。そのような事業者の皆様にとって有益な情報をお届けできるよう、今後とも継続的に情報発信できればと思います。
本日はどうもありがとうございました。