ブログ
【令和元年改正会社法特集】 改正会社法施行前後で検討・対応すべき事項のまとめ(取締役の報酬等に関する規律の見直し)
2021.01.22
「会社法の一部を改正する法律」(以下「改正会社法」といいます。)が、2019年12月4日に成立し、取締役の報酬等に関する規律の見直しを含むその一部が2021年3月1日より施行されます。
本稿においては、取締役の報酬等に関する規律の見直しに関し、改正会社法の施行前後で対応すべき事項について、解説いたします。
改正の概要
取締役の報酬等に関する規律について、改正内容は主に以下の4点です。
①取締役の個人別の報酬等の内容についての決定方針の決議
改正会社法においては、次に掲げる会社(以下「上場会社等」といいます。)の取締役会は、取締役の報酬等の内容の決定手続等に関する透明性を向上させる目的で、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を決定(決議)しなければならないこととされました(改正会社法361条7項)。ただし、取締役の個人別の報酬等の内容が、定款又は株主総会の決議により具体的に定められているときはこの限りでありません。
・監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限る。)であって、金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの
・監査等委員会設置会社
②非金銭報酬等の株主総会決議事項(「具体的な内容」)の明確化
非金銭報酬等に係る株主総会決議事項は、現行法上、「その具体的な内容」を定めなければならないと規定されているのみで、どの程度「具体的な内容」を特定しなければならないかは、明確ではありませんでした(会社法361条1項3号)。
そこで、上記①と同様の目的により、株式会社が、取締役に対して、報酬等として当該会社の株式又は新株予約権を付与しようとする場合には、定款又は株主総会の決議により、当該株式又は新株予約権の数の上限等を定めなければならないこととされました(改正会社法361条1項3号・4号、改正会社法施行規則98条の2・98条の3)。
③取締役の報酬等である株式及び新株予約権に関する特則
また、株式会社が、業績等に連動した報酬等を適正かつ円滑に取締役に付与することができるようにする目的で、上場会社(注1)が取締役の報酬等として株式の発行等をする場合には、募集株式と引換えにする金銭の払込み等を要しないこととするなどの見直しもされました(改正会社法202条の2第1項・第2項等)。
④事業報告による開示の充実
さらに、法務省令においては、取締役の報酬等に関する事項について、事業報告による情報開示に関する規定の充実が図られました(改正会社法施行規則121条4号~6号の3)。
対応すべき事項
これらの改正内容を踏まえて、改正会社法の施行前後で対応しておくべき事項は以下のとおりです。
1.取締役の個人別の報酬等の内容についての決定方針の決議
上記①のとおり、上場会社等の取締役会は、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を決定(決議)しなければなりません(改正会社法361条7項)。
当該改正については、特段の経過措置が設けられていないため、決定方針を定めていない上場会社等は、改正会社法の施行日(2021年3月1日)以後、すみやかに当該方針について決議する必要があります(注2・注3)。上場会社等が、当該方針を決定せず、又は決定した当該方針に違反して取締役の個人別の報酬等の内容を決定した場合、当該決定は違法であり、無効であると解されておりますので(注4)、十分にご注意ください。
具体的に決議する必要のある方針の内容は、主に以下のとおりです(改正会社法施行規則98条の5)。
ア (業績連動報酬等・非金銭報酬等以外の)取締役の個人別の報酬等の額又はその算定方法の決定に関する方針
イ (業績連動報酬等がある場合には)業績指標の内容及び業績連動報酬等の額又は数の算定方法の決定に関する方針
ウ (非金銭報酬等がある場合には)その内容及び額若しくは数又はその算定方法の決定に関する方針
エ 取締役の個人別の報酬等の額に対する報酬等の種類ごとの割合の決定に関する方針
オ 報酬等を与える時期又は条件の決定に関する方針
カ (取締役の個人別の報酬等の内容に係る決定を取締役その他の第三者に再委任する場合には)再委任を受ける者に関する、次に掲げる事項
・氏名又は地位若しくは担当
・再委任する権限の内容
・再委任する権限が適切に行使されるようにするための措置を講じるときはその内容キ 取締役の個人別の報酬等の内容についての決定の方法(上記に掲げる事項を除く。)
ク 上記に掲げる事項のほか、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する重要な事項
具体的な記載例としては、東京株式懇話会において2020年12月4日付けで公表されている「会社法改正の概要と株式実務への影響」(https://www.kabukon.tokyo/activity/data/study/study_2020_10.pdf)が参考になります。
2.非金銭報酬等に係る報酬議案の取り直しの要否の検討
上記②のとおり、非金銭報酬等の株主総会決議事項が明確化されているため、該当する報酬等がある場合には、決議事項が網羅されているかをご検討いただき、網羅されていない場合には、改めて株主総会で決議を行う必要があります。
ただし、非金銭報酬等に関して、当該非金銭報酬等を受け取る権利が具体的に発生しているといえるような株主総会決議やそれに基づく取締役会決議がすでにされている場合には、改めて株主総会の決議を経る必要はないと考えられています(改正会社法附則2条ただし書)(注5)。
3.事業報告への対応
上記④について、事業報告に記載すべき事項として法務省令で定められている項目は、主に以下のとおりです(改正会社法施行規則121条4号~6 号の3)。
ア 取締役、会計参与、監査役または執行役ごとの報酬等の総額(業績連動報酬等、非金銭報酬等及びそれら以外の報酬等がある場合はそれぞれの総額)及び員数
イ (業績連動報酬等がある場合には)次に掲げる事項
・業績指標の内容及び当該業績指標を選定した理由
・業績連動報酬等の額又は数の算定方法
・業績指標に関する実績ウ (非金銭報酬等がある場合には)非金銭報酬等の内容
エ 会社役員の報酬等についての定款又は株主総会決議に関する、次に掲げる事項
・定款の定めを設けた日又は株主総会決議の日
・定めの内容の概要
・定めに係る会社役員の員数オ 取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を定めているときは、次に掲げる事項
・方針の決定の方法
・方針の内容の概要
・当該事業年度に係る取締役の個人別の報酬等の内容が当該方針に沿うものであると取締役会(指名委員会等設置会社にあっては報酬委員会)が判断した理由カ (上記オ以外の方針を定めているときは)当該方針の決定の方法及びその方針の内容の概要
キ (取締役の個人別の報酬等の内容に係る決定を取締役その他の第三者に再委任する場合には)その旨及び再委任を受けた者に関する次に掲げる事項
・氏名並びに地位及び担当
・再委任された権限の内容
・その者に権限を再委任した理由
・権限が適切に行使されるようにするための措置を講じた場合にあっては、その内容
多くの上場会社は、企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(平成31年内閣府令第3号)による改正を受けて、有価証券報告書において上記の記載事項のうち、多くの事項をすでに開示しているものと思われます。そのため、本改正は、上場会社の開示実務においては、それほど大きな影響を与えるものではないと考えられます(ただし、事業報告と有価証券報告書で完全に記載事項が一致しているわけではないため、事業報告と有価証券報告書を作成する際には十分にご注意頂く必要があり、事業報告と有価証券報告書の一体開示をされる上場会社は特に注意が必要といえます。)。他方で、上場会社等(上記の定義をご参照ください。)のうち、非上場の会社は、大きな影響を受ける可能性がありますのでご注意ください(注6)。
なお、施行日(2021年3月1日)前にその末日が到来した事業年度のうち最終のものに係る事業報告の記載については、従前の例によるとされています(改正会社法施行規則附則2条11項)。そのため、事業年度の末日が、施行日の前後いずれであるかによって事業報告へ記載すべき事項が異なり、決算期が2021年2月以前の会社は、本改正により追加された開示項目を記載するまでに1年間猶予が生じることになります。
4.有価証券報告書への対応
上場会社の場合、有価証券報告書の「役員の報酬等」の欄において、有価証券報告書提出日現在の役員の報酬等の額又はその算定方法の決定に関する方針の内容及び決定方法(方針を定めていない場合にはその旨)を記載することが求められております(企業内容等の開示に関する内閣府令第2号様式記載上の注意(57)、第3号様式記載上の注意(38))。
したがって、上場会社においては、上記1.で決定された取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針の内容を、「役員の報酬等」の欄に記載する必要があるところ、上場会社が改めて従来の方針と異なる内容の方針を決議した場合には、当該有価証券報告書の記載を変更する必要があります。
なお、上記のとおり、事業報告と有価証券報告書の記載内容には若干差異があるため、ご留意ください。
5.コーポレート・ガバナンスに関する報告書への対応
上場会社は、改正会社法の施行以前から、コーポレートガバナンス・コード(2018年6月1日改訂)において、「取締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定するに当たっての方針と手続」を開示することについて言及され(コーポレートガバナンス・コード原則3-1(ⅲ))、当該事項をコーポレート・ガバナンスに関する報告書に記載することが求められております。
したがって、上場会社が、改めて従来の方針と異なる内容の方針を決議した場合には、その決議後に提出されるコーポレート・ガバナンスに関する報告書において、上記1.で決定された方針に従い、報酬の決定方針に関する欄の記載を変更する必要があります。
本稿について、ご質問がある場合には、以下のメールアドレスまでお問い合わせください。
tmi-blog-inquiry@tmi.gr.jp
今般の改正会社法についてより詳しくお知りになりたい方がいらっしゃいましたら、弊所より、「実務逐条解説 令和元年会社法改正」も発刊されておりますので、ご参照いただければ幸いです。
https://www.shojihomu.co.jp/publication?publicationId=14602864
注1 金融商品取引法2条16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社をいいます。
注2 当初、取締役報酬等の決定方針については、改正会社法の施行日(2021年3月1日)までに決定しなければならないと考えられていましたが(東京株式懇話会「会社法改正の概要と株式実務への影響」11頁参照)、最新の立案担当者解説記事において、「報酬等の決定方針の決定を義務づけられる会社は、施行日前に報酬等の決定方針に相当する事項を決定していない場合には、施行日以後すみやかに報酬等の決定方針を決定しなければならないこととなる。」とされ、施行日後に決定を行うことも許容する内容とされております(渡辺諭・藺牟田泰隆ほか「会社法施行規則等の一部を改正する省令の解説[Ⅱ]-令和二年法務省令第五二号-」旬刊商事法務2251号125頁)。
注3 すでに報酬決定方針が定められている場合には、当該決定方針が法務省令の内容を満たすかぎり、明示的にあらためて方針を決定し直す必要はないと考えられています(神田秀樹ほか「座談会 令和元年改正会社法の考え方」旬刊商事法務2230号22頁)。
注4 竹林俊憲「一問一答 令和元年改正会社法」78頁(商事法務、2020年)
注5 神田ほか・前掲注3)23頁
注6 髙木ほか・前掲注2)36頁