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【会社法実務ブログ】社外取締役ノート(3)社外取締役と業務執行
2021.01.29
近時、その重要性や存在感が高まり続けている社外取締役。ガバナンスの文脈で語られることが多い役職ですが、一方で、その位置づけや職責などについて考えてみると、実にユニークな存在であることが分かります。そんな社外取締役について、考えてみましょう。
前回の予告どおり、今回は、社外取締役と「業務執行」について考えてみたいと思います(前回の最後では“そのうち”と述べておりましたが、思いのほか筆が進みました)。
早速ですが、クイズです。
Q1. 社外取締役は、会社の業務を執行してもよいか?
Q2. 社外取締役が行ってはいけない「業務執行」とは何か?
答えられたでしょうか?(サラッと答えが出てきたら素晴らしいです!)
社外取締役はその会社の業務執行をしてはいけない、ということは何となく認識している人も多いのではないかと思います。実際に、会社法では、社外取締役の要件の一つとして、「当該株式会社又はその子会社の業務執行取締役(株式会社の第363条第1項各号に掲げる取締役及び当該株式会社の業務を執行したその他の取締役をいう。以下同じ。)若しくは執行役又は支配人その他の使用人」でないことを規定しており(会社法第2条第15号イ)、取締役が「当該株式会社の業務を執行した」場合には、社外取締役の要件を満たさないこととされています(分かりづらいですよね…)。
他方で、ご存じのとおり、近年、コーポレート・ガバナンスの議論の中で、社外取締役に期待される役割というものがますます拡大していっており、コーポレートガバナンス・コードにおいても、次のように規定されています。
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しかしながら、社外取締役に求められる上記のような役割については、もともと会社法が想定していた社外取締役の権限・職能から理論的に導かれたものというよりは、企業不祥事が続く状況の中で、「社外取締役にどのような役割を担わせることが望ましいか」という観点から導かれているというのが実情のように思います。
そのため、社外取締役が行うことができない「業務執行」とは一体何なのか、という点については、上記のような要請に基づく実務が先行し、学術的には、必ずしも議論が煮詰まっていなかったようにも思われます。「業務執行」とは一体何なのか、と正面から尋ねられると答えるに窮する人も少なくないのではないでしょうか(弁護士でも一瞬「うっ、、、」となる人は少なくない気がします。)。
この点について、近年では、次のような学説も有力に提唱されています。
①会社法第2条第15号の趣旨が、監督者の被監督者からの分離・独立を確保することにあることを理由として、取締役が継続的に業務に関与するか、又は代表取締役等の業務執行機関に従属的な立場で業務に関与した場合のみ、「業務を執行した」ことになると解すれば十分であって、特定の事項について会社から委託を受けて、業務執行機関から独立した立場で一時的に業務に関与することは、業務執行には当たらないと解することができるとする見解(田中亘「MBOにおける特別委員会」金融・商事判例1425号14頁)
②社外取締役の要件として業務執行に関与しないことが求められている趣旨が、業務執行者の指揮命令系統に属したことの影響を排除することにあることを理由として、社外取締役が行うことができない「業務執行」とは、業務執行者の指揮命令系統に属して行われるものに限られるとの見解(石井裕介ほか「平成26年会社法改正を踏まえた実務の検討⑴コーポレート・ガバナンスに関する規律の見直し」商事法務2056号32頁)
③社外取締役に期待される役割(経営全般の監督機能、利益相反の監督機能及び助言機能)を担うための行為については、経営者との一体化・従属を生じない限りにおいて業務執行には該当しないとする見解(大杉謙一「業務執行」法学教室415号34頁、田中亘ほか「座談会 会社法制の今後の課題と展望」商事法務2000号83頁〔後藤発言〕)
また、有識者からなるコーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」報告書の中でも、原則として「業務を執行した」には当たらないと解される社外取締役の行為として、以下の各行為が掲げられているところです(同報告書別紙3「法的論点に関する解釈指針」)。
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実際に、我々実務家としても、社外取締役に求められる役割という視点を重視して、上記のような見解を一つのベースにして、実務上のアドバイスをすることが多いように思われます。
しかしながら、前述した学説や、上記の研究会報告書別紙の中で挙げられた行為に関して、法解釈上の疑問の余地がないわけではありません。実際に、前述の見解を提唱する学識者自身が、「こういった解釈は社外取締役が期待される行為をできないということになっては困るという考慮から提唱されたものであり、『業務執行』という言葉から自然に導かれるかどうかは大いに疑問である」と述べていたりもしますし(令和元年改正会社法に係る第5回法制審議会41頁〔田中幹事発言〕)、今回の会社法改正に係る立案担当者も「(上記研究会報告書の)指針に挙げられた行為、特にMBOなどについては、できるほうが良いという価値判断があったのだと思います。改正法において新たに設けるような規律がない中で、できるという方向で解釈されていた面があると思いますので、それと異なった解釈もあり得ないわけではないと思いますし、限界等も必ずしも明らかでない側面があると思います。」と述べているところです。
このように、実は、これまでの実務においても、社外取締役が行うことができない「業務執行」とは一体何なのか、という問いに対する答えは固まっていなかったんです(驚きですよね。)!!
そして、そんな状況の中で、今回の会社法改正の中で、新たに、「業務執行の社外取締役への委託」という制度が新設されることになりました(改正会社法第348条の2)。
これは、簡単に言えば、(a)会社と業務執行取締役との間の利益が相反する状況にあるとき、(b)その他業務執行取締役が業務を執行することにより株主の利益を損なうおそれがあるときは、取締役会決議を経ることによって、「業務執行」を社外取締役に委託することができる、というものになります。
これだけ聞くと、今まで社外取締役が行うことができなかった「業務執行」を、社外取締役が行えるようになる、という点で大きな影響があるように思えるかもしれません。しかし、前述の「業務執行」の範囲に関する実務の考え方は、まさに、上記の(a)・(b)のような場面でこそ社外取締役が実効的な監督機能を実現できるように普及してきたものです。そのため、今回の改正が社外取締役の実務にどこまでの影響を与えるかという点については、実は、現時点では「分からない」としか言いようがありません。
実際に、この改正に係る議論の中では、繰り返し、「セーフ・ハーバー・ルール」としての機能が強調されています。
つまり、社外取締役をもっと有効活用していくべきである、という価値判断が前提となったうえで、「●●という仕事を経営陣に行わせると、株主を不安にさせるかもしれない」、「けど、これを社外取締役に任せていいのか。●●は業務執行に当たってしまうのではないか。よく分からん。困った。」という状況下において、「不安が残るから、やはり社外取締役に任せるのは、やめておこう…」ではなく、「念のため取締役会決議を経たうえで、社外取締役に任せよう!」となるように活用が想定されている制度なわけです。
そのようなわけで、今回の改正に係る議論の中では、現行法の解釈上、「業務執行」に該当しないと考えられている社外取締役の行為について、新たに「業務執行」に該当することを前提に規律を設けたものではないという意図が強調されているわけです。
つまり、前述の「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」報告書の中で挙げられている行為についても、現行法上、業務執行ではないと解されるのであれば、会社法改正後も、取締役決議を経ることなく社外取締役に任せても問題ない、と言っているわけで、それらの行為が「業務執行」に当たるか否かについては、答えを出してくれていないわけです。
筆者らの感覚としては、少なくとも、現在の実務で社外取締役において一般的に行われているような行為(例えば、MBOの場面で対象会社の社外取締役が特別委員会の委員として諮問を受けることや買付者との間で交渉を行うことなど)については、今回の改正を受けても、必ずしも、本制度に基づく委託が行われるようなことは多くないのではないかという思いを持っておりますが、より保守的な対応を取る企業が出てきても不思議ではありませんし、今後、企業を取り巻く環境が変化してくれば、社外取締役に任せたいと考える事象が新たに出てくる可能性は十分にあり、その際には、本改正制度が実効的に活用される場面が出てくることもあるでしょう。
実際に本改正制度が今度どのように、そして、どの程度活用されるかは、実務の積み重ねの中で決まってくるかとは思いますが、これを機にコーポレート・ガバナンスに関する議論が一層発展していくことを願う次第であります。
結果として今回の改正制度の活用に繋がらないとしても、社外取締役を持つ企業においては、現在自社を取り巻く環境の中で、コーポレート・ガバナンスを向上していくために、社外取締役にどのような役割・機能を持ってもらうか(より細かく言えば、どのような作業を行ってもらうか)という点を継続的に検討していくことは、非常に大事なことのように思われます。
今回の改正を受け、「業務執行の社外取締役への委託」に関する規定を新設するために、取締役会規程を改訂する企業も少なくないかと思いますが、その際には、合わせて今一度、上記のような点を取締役会のメンバーで議論してみることもいいかもしれません。
長くなってしまいましたので、今回はここまでにしたいと思います。今後も、社外取締役という存在について、様々な視点から考えていきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。