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INXによる世界初のセキュリティ・トークンの米国SEC登録IPO(第1回)
2021.05.19
はじめに
2021年5月3日、INXリミテッド(以下「INX」という)は、米国証券取引員会(以下「SEC」という)に登録したINXのセキュリティ・トークン(以下「本トークン」という)のIPO (以下「本IPO」という)をクロージングした。INXは、2017年にジブラルタル会社法に従い設立され、デジタル資産の資本市場プラットフォームを提供するイスラエルのスタートアップ企業である。
米国SEC登録のセキュリティ・トークンによるIPOは、世界初のディールである。
INXの本トークンによる本IPOの構成
INXは、機関投資家及び一般投資家向けに8,360万ドルのIPO(第1回公募)を行った。
・1トークン当りの公募価格は0.90米国ドル、合計9,290万トークンを販売
・投資の最低単位は1,000米ドル
・本トークンの払込用通貨は、米ドル、ビットコイン、イーサー(ETH)、USDコイン。
・米ドルとBTC・ETHの交換レートは、投資家が本トークンのPurchase Agreement(以下「本買取契約」という)をINXに提出した日の12:00時点のBLXやELXにおける交換レート。
・本トークンの仕様は、ERC20(注1)ブロック・チェーン資産(イーサリアム規格のブロック・チェーンで用いられるスマート・コントラクトを用いてプログラムされたデジタル資産)である。
本IPOの募集は、INX役員により、ウエブサイトの購入ポータル(図1参照)を用いて行われ、各投資家は本買取契約と申込書をダウンロードして応募する。
本IPOによりINXは83.6百万米ドルを調達し、本トークンを取得した投資家総数は7,300超。
・投資家の所在国は75ヵ国。ブルー・スカイ法(米国各州の証券取引規制)により参加できなかった投資家数は61,000を超える。
・本トークン取得対価の内訳は、54%が暗号資産(BTC、ETH、USDC)、46%が米ドルであった。
本トークンの内容
(1) 本トークンが表象する法的権利
ブロック・チェーン(分散型台帳)に記録されたデジタル資産の取引を行うためには、当該資産が法的権利の根拠を持ち、当該権利の帰属が法的に確認され、その保有者となる投資家はKYC/AML(本人確認とアンチ・マネーロンダリング)手続(以下「KYC/AML」という)を経なければならない。
① 本トークン所有者は、本買取契約に記載された契約上の権利を保有する。
② 投資家はイーサリアム・ワレット・ウエブサイトにデジタル・ワレットを開設し、INXの「IPOサイト」で応募申込を行う(下記「図1」参照)。申込時にKYC/AMLが要求され、承認されると投資家名とワレット・アドレスがホワイトリスト・データベースに記録される。
③ 本トークンの権利帰属は、INXレジストリー(以下「本トークン名簿」という)の記載により確定される。
・本トークンの権利帰属は本トークン名簿だけにより証明され、本トークンのソース・コード、裏付けとなるブロック・チェーンやネットワーク関係者によって決められるものではない。
(2) 投資家が本買取契約に従い取得する権利の内容 (注2,3)
① INXの「累積・修正営業キャッシュ・フローの40%」(以下「本分配」という)を、2021年以降、持分比例的に受領する権利 (セキュリティ―・トークン的性格):
・本分配は、前年12月31日時点の累積「営業キャッシュ・フロー」に基づいて計算され、計算結果が「正の数値」である場合に、3月31日時点で登録された投資家に対して、4月30日に本分配が実施される。
例えば、2020年12月31日時点の「累積・修正営業キャッシュ・フロー純額」は、マイナス12,419,000ドルであったから、2021年4月には本分配は行われない。
・また、本分配は、必ずしも自動的に実施されるものではなく、INXの取締役会が前年度の監査済み財務諸表及び本分配を承認することを条件とする。
② 現在INXが事業開始を進めている「証券取引プラットフォーム」を10%のディスカウントでサービスを受けることができる取引手数料の支払に本トークンを用いる権利 (ユーティリティ―・トークン的性格)
(3) 本トークンの流通市場
・IPOのクロージング時点で本トークンの公式の流通市場は整備されていない。
・米国人は、登録された証券取引市場か代替取引システム(ATS)が本トークンの取引の取扱いを認めれば、本トークンを当該市場で流通させることができるが、まだ米国の各取引所やATSは本トークンの取扱いを認めていない。
・2021年1月19日、INXは、米国のFINRA(注4)及びSIPC(注5)登録ブローカー・ディーラー、ATS(代替取引所システム)オペレーターであるOpenfinance Securities LLC (以下「OFN証券」という)の買収に係る最終契約を締結した。FINRAの審査を経て、OFN証券が本トークンの最初の取引市場を開設し、OFN証券はINX取引所となる予定である。
本トークンIPOの意義
本トークンIPOのユニークな特徴は次回に解説するが、本IPOの歴史的意義は、2018年の世界銀行によるブロック・チェーン社債であるBond-iの発行以来、世界で初めて米国SECの登録要件を満たしただけでなく、公募により不特定多数の一般投資家向けデジタル証券の販売を実現し、証券口座を経由せずPCやスマホでのオンライン募集を可能にしたことにある。
筆者は2019年に国内企業のユーロ市場ブロック・チェーン社債の発行体側カウンセルとして関与したが、デジタル資産として社債発行の「仕組み法」は会社法で満たされる一方、一般投資家向け公募の実現には技術面・規制面のハードルが認識された。本トークンIPOでは、個人投資家のスマホ経由のKYC・AML審査と購入申込が実現され、非中央集権化された投資家ネットワーク付き金融商品が技術的に実装可能であることを証明した。残る課題は、流通市場の整備と規制対応ということになる。
【図1】
(出典) INX – The Token Offering Page
(注1) 「ERC-20」はEthereum Request for Comments: Token Standard #20)の略で、イーサリアム(Ethereum)ベースでトークンを発行する規格。「トークン(Token)」は、ブロック・チェーン上の資産やユーティリティの総称、「ERC-20トークン」は、ERC20を用いて開発されたトークンの総称。
(注2) 本トークン所有者は、定款と買取契約に記載された以外の権利を持たず、INXの株式等のエクイティ証券に帰属する権利(議決権や配当受領権等)を持たない。
(注3) INXは本トークンをエクイティとして取扱わない方針だが、米国連邦所得税目的では、利益参加権型のトークンがエクイティとして扱われる可能性もありうる。
(注4) FINRAとは、Financial Industry Regulatory Authority(金融取引業規制機構)。米国の金融業の自主規制機構。2007年にNASD(全米証券業協会)とNYSE(ニューヨーク証券取引所)の自主規制部門が統合して設立。米国SECの監督下で、規制規則の策定、証券会社の検査、一般投資家向けの教育・広報などを行う。
(注5) SIPC とは、Securities Investor Protection Corporation(証券投資者保護公社)。証券会社が破たんした際にその顧客口座の有価証券や現金類を50万ドル (現金は10万ドル) まで保証する機関。米国SECに登録するブローカーやディーラーが加入を義務付けられている。
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