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ヨーロッパ・スーパーリーグ構想とEU競争法
2021.06.11
はじめに
サッカーはヨーロッパで非常に人気のあるスポーツです。日本からヨーロッパのサッカー事情をフォローされている方も多いと思います。
2021年4月、イギリス、スペイン、イタリアにある12のサッカーチームが自国リーグを離れて独自のリーグ(いわゆるヨーロッパ・スーパーリーグ)を創設する構想を発表しました。突然の発表であったように感じますが、このようなヨーロッパ各国のトップチームだけを集めてリーグを創設する構想は特に新しいものではないようです。人気・実力・収益力等の優れたこれらのチームが定期的に対戦することで、自国の国内リーグで他のチームと対戦するよりも、より多くの観客を動員することができ、高い放映権手数料を取得することが可能となり、その結果これらのチーム(特にチームのオーナー)は、より多くの収益を得ることができるためです。この発表を受けて、人気チームが脱退することになる各国国内リーグ、欧州サッカー連盟(以下、「UEFA」と言います。)、国際サッカー連盟(以下、「FIFA」と言います。)は、当然、強く反発しました。特にUEFAやFIFAは、スーパーリーグに加盟するチームでプレーしている選手は、その間、ヨーロッパ又は国際レベルでの大会に参加できなくなるという制裁を課することを示唆しました。また、メディアでも多く報道され、サッカー連盟だけでなく、多くのサポーターもこの構想に反対しました。このような状況を受けて、参加を表明していたイギリスのいくつかのチームが撤回することになり、結局ヨーロッパ・スーパーリーグを創設する構想は断念されました。その後、UEFAは、主導的な役割を担ったスペインとイタリアのチームに対する懲罰手続を開始しましたが、これに対して、これらのチームは、UEFAやFIFAによるこのような行為がEU競争法に違反するものと主張しています。今後、本件紛争は、欧州司法裁判所で審理されることになります。
EU競争法の観点からの検討
このような紛争にEU競争法が関連することに疑問を持たれる方も多いかと思います。もっとも、欧州では、過去に国際スケート連盟(International Skating Union、以下「ISU」と言います。)が関係した本件紛争と類似の事案があります。ISUは、国際オリンピック委員会が公認しているフィギュアスケートやスピードスケート競技に関する唯一の国際スポーツ団体です。ISUは、フィギュアスケートやスピードスケートの世界大会や国際大会を開催するというような経済的活動を行うほか、その構成員が遵守しなければならないルール・規制を策定する権限を有しています。ISUが策定したルールには、ISUに所属する構成員が参加することができる競技大会についても定められていました。
当該事案は、ドバイで開催される予定であったISUが公認していないスピードスケート大会に関して、当該競技大会に参加した選手は、ISUが主催する大会へ参加する資格を失うとISUが判断したため、当該大会の開催が断念されたというものです。断念された競技大会へ参加することを予定していたオランダ人選手がISUのルール及び判断がEU競争法に違反する可能性があるとして、2014年に欧州委員会に苦情を申し立てたことが当該事案の端緒です。欧州委員会は、2015年に調査を開始して、ISUが策定したルールにより、その所属するスピードスケート選手が(ISUではない)第三者によって開催・運営される競技大会に参加することができず、そのため第三者がISUと競合する競技大会を開催・運営することが妨げられたと判断しました。その結果、欧州委員会は、ISUのルールがスピードスケート競技大会を開催・運営し、それに伴う商業的活動に関する市場における競争を制限する目的があったと判断し、EU競争法に違反するとの決定を下しました。その後、ISUは、欧州一般裁判所に控訴を申し立てましたが、同裁判所は、2020年12月16日、当該欧州委員会決定を支持する判断をしました。特に、同裁判所は、ISUの策定したルールが明確性、透明性に欠け、恣意的な運用をなされる恐れがあり、またISUによるアスリートへの制裁は不相応であることを指摘し、大会参加資格に関するISUのルールは、欧州委員会決定のとおり、関連市場における競争を制限する目的を有すると判断しました。なお、ISUは、当該判決を不服として、現在、欧州司法裁判所へ上訴しています。
ヨーロッパ・スーパーリーグ構想へのあてはめ
ヨーロッパ・スーパーリーグ構想を提案したチーム関係者は、上記ISUの事案を事前に十分に検討して、このような構想を発表したものと思われます。ヨーロッパ・スーパーリーグ構想について、競争法に限らず、その他の法律上の論点も生じることが考えられますが、競争法の観点だけから検討すると、ヨーロッパ・スーパーリーグを創設することにもそれなりの合理的な理由があったようにも思えます。すなわち、サッカーの競技大会を開催・運営するのをFIFAやUEFAなどの既存団体だけに独占させず、第三者組織にも認めることによって、FIFAやUEFAなどの既存のスポーツ団体と新規に参入する第三者組織との間に競争が生まれ、その結果、競技大会の開催・運営などに関するサービスが向上し、試合のチケット代金が低下し、ひいてはより多くの一般消費者がプロサッカーの試合を観戦することもできた可能性があります。また、スーパーリーグに参加したチームに所属する選手がFIFA・UEFAが開催する大会へ参加することを全面的に禁止するのではなく、FIFAやUEFAが掲げる理念に沿わない競技大会やFIFA・UEFAが策定したサッカー競技としての共通の統一的スタンダードに沿わないような大会の開催や参加だけを禁止することもできたとも考えられます。FIFAやUEFAの声明では、スーパーリーグに参加したチームだけでなく、所属する選手に対してもその間、UEFAが主催するチャンピオンズ・リーグやヨーロッパ・リーグ、国内リーグへの参加を全面的に禁止し、国際大会への参加も広く禁止することを示唆しています。これは、上記、ISU事案と同様に不相応に重い制裁のようにも思われます。
欧州司法裁判所の判断に注目
前記のとおり、ヨーロッパ・スーパーリーグ構想は、FIFA・UEFAのみならず、リーグに参加することを表明したチームのサポーターから強い反発を受けました。サポーターの怒りの矛先は、経済的利益を追求し、私欲を優先したチームのオーナーに向けられていたようです。御存知のとおり、欧州ではサッカーは単にビジネスとしての側面だけではなく、長い歴史を有し、地域社会に根付いたものとして認識されています。イギリス人もローカルチームを応援していることが多いように思います。また、チームもサポーターの社会的階層や人種的背景を反映していることもあり、この問題はビジネスやスポーツ、ましてや法律(競争法)という観点だけから割り切れない側面もあると思います。
このように欧州ではサッカーについて、個人の思い入れが強いことから、ジョンソン英首相やフランスのマクロン大統領といった政治家は、サポーターに同調するようにヨーロッパ・スーパーリーグ構想を批判するような声明を出しました。これに対して、EU競争法を執行する権限を有する欧州委員会は、本件を解決するために競争法の権限を行使するつもりはなく、このような紛争はスポーツに関する仲裁裁判所で解決するのが適しているという声明を出して、紛争に巻き込まれることを避けているようです。今後、本件を審理することになる欧州司法裁判所がどのような判断をするのか注目されます。
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