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【SDGs・ESG】サステナブルファイナンス(第1回:ESG投資について)
2021.09.10
はじめに
近時、ESG投資やサステナブルファイナンスという言葉を目にする機会が増えていることと思います。政府により示された、2050年までのカーボンニュートラル実現に不可欠な資金の調達手段としても、急速に注目が集まっているところです。ESG投資については、すでに相応の議論が蓄積されてきているところですが、本稿では、現在の状況を踏まえて、改めてESG投資について概観することにしたいと思います。
概要と経緯
ESG投資とは、広義には、環境(Environment)、社会(Social)、企業のガバナンス(Governance)に関する課題を考慮して行われる投資行動をいうとするのが一般的な理解であろうと思います。
ESG投資の範囲をより具体的に示す観点からは、ESG指数(ESGの観点から発行体を評価して算出される金融商品の指数)をベンチマークとする投資と定義されることもあるようです。なお、近時、EUが公布した「サステナブル投資に関する規則」では、何がサステナブルファイナンスであるかの分類(タクソノミー)が示されており、ESG投資の範囲を画する上で重要な基準になると考えられています。
ESG投資が広く認知されることとなったきっかけは、2006年に国連により提唱された責任投資原則(Principles for Responsible Investment。以下「PRI」といいます。)とされています。PRIとは、機関投資家やアセットオーナーにより遵守されるべき6つの原則であり、投資分析や投資判断において、ESGに関する課題を考慮に入れるべきこと等を内容とするものです。
PRIの署名者は年々増加しており、2021年9月時点での署名者は4,300を超えています。日本では、2015年9月に世界最大の機関投資家であるGPIFが署名したことをきっかけとして署名者が増加し、2021年9月時点での署名者は95とされています。(注1)
ESG投資に関しては、投資のパフォーマンス以外の要素を考慮に入れることから、投資成績を犠牲にするものではないか、ひいては、資産の運用者がその資産の受益者に対して負担する受託者責任に抵触するのではないか、という議論もあったところです。しかし、PRIの頭書において、「我々(筆者注:署名者である機関投資家ら)は、受益者に対して負う忠実義務を踏まえ、ESG課題がポートフォリオのパフォーマンスに影響を与えうることを確信している」とされている通り、ESG投資の正当性は、当初から、純粋な投資行動として合理的である点に求められていました。近年、ESG投資には、長期的にリスク調整後のリターンを改善する効果があることを示す研究成果も増えてきており、ESG投資が受託者責任に抵触しないことについては、一定の支持が得られている状況と理解されます。ESG投資を正しく理解するためには、投資パフォーマンスから離れてまでESG課題に取り組むべきことを求めるものではないことを認識することが有益であるように思われます。
ESG投資の規模
Global Sustainable Investment Allianceによれば、2018年時点における、総運用資産に占めるESG投資の割合は、欧州で48.8%、米国で25.7%、日本で18.3%に達するとされており、その規模は年々拡大しています。(注2)
関係者の状況
以下では、主に日本における関係者の状況について触れることにしたいと思います。
(1) 政府
政府は、パリ協定を踏まえ、2050年までにカーボンニュートラルを実現することを目標として宣言しました。この趣旨は、本年5月26日に成立した改正地球温暖化対策推進法にも盛り込まれています。カーボンニュートラルを実現するためには、初期的に多額のインフラ投資が必要となるところ、政府資金のみでは不足するため、民間資金を動員することが必要となります。そのため、カーボンニュートラルとファイナンスは密接に関連した問題ととらえられるようになりました。こうした経緯から、環境省だけでなく、金融庁及び経産省等の各省庁において、ESG投資及びサステナブルファイナンスに関する検討・議論が進められているところです。
(2) 金融庁
① サステナブルファイナンス有識者会議
金融庁は、2020年12月、国内外の成長資金がカーボンニュートラルの実現に向けた企業の取組みに活用されるよう、課題や対応案について検討することを目的として、「サステナブルファイナンス有識者会議」を設置しました。同会議においては、企業による非財務情報等の開示、グリーン国際金融センターの実現に向けて直接金融参加者が果たすべき役割、間接金融にかかわる金融機関が行うべき投融資先の支援やリスク管理の在り方について議論がなされ、6月18日に、その内容をまとめた「サステナブルファイナンス有識者会議報告書」が公表されたところです。(注3)
② スチュワードシップ・コード
責任ある機関投資家が順守すべき原則を示すスチュワードシップ・コードは、2020年に改定され、サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を考慮すべき旨が盛り込まれることとなりました。具体的には、機関投資家は、
- 投資先企業の持続的成長に向けた建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)に際して、投資先の事業環境などに対する深い理解のみでなく、運用戦略に応じたサステナビリティを考慮すべき旨(原則1の指針1-1)、
- サステナビリティに関する課題をどのように考慮するかについて、スチュワードシップ責任を果たすための指針において明確に示すべき旨(原則1の指針1-2)、
- エンゲージメントが、中長期的な企業価値の向上や企業の持続的成長に結びつくように意識すべき旨(原則4の指針4-2)
などが記載されるに至っています。(注4)
(3) 経済産業省
経済産業省は、関係省庁と連携し、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定しました。この戦略においては、カーボンニュートラルへの対応を成長の機会ととらえた上で、その対応により成長が期待される産業分野に対し、あらゆる政策を動員していくことが定められています。その政策ツールの一つとして金融が挙げられており、再生可能エネルギーの導入に向けたファイナンス(グリーン)、低炭素化への移行段階に必要な技術に対するファイナンス(トランジション)、脱炭素化イノベーションに向けた取組みへのファイナンス(イノベーション)を推進していくこととされています。(注5)
(4) 環境省
環境省は、日本においても増加しているグリーンボンドの普及促進のため、グリーンボンド・ガイドラインを策定しています。このグリーンボンド・ガイドラインは国内のグリーンボンド発行事例では広く利用されています。また、環境省では、ESG金融ハイレベル・パネルのもとにポジティブインパクトファイナンスタスクフォース及びESG地域金融タスクフォースを設置するなど、ESG投融資の普及啓発を行っています。
(5) 国土交通省
国土交通省は、日本の不動産投資市場におけるESG投資の促進のため、「ESG不動産投資のあり方検討会」を設置して、「中間とりまとめ」を公表しているほか(注6)、不動産分野における非財務情報の開示のため、「不動産分野TCFD対応ガイダンス」を公表しています。(注7)ESG投資については、セクター毎で異なる考慮が必要になるところ、上記のガイダンスは、不動産分野に特化した形で作成されています。
(6) 東京証券取引所
東証が定める、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたコーポレートガバナンス・コードでは、2015年の導入当初より、上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである(原則2-3)とされていました。同原則は2021年6月に改定され、上場会社が取り組むべきESG課題の内容を、より広範に、かつ詳細に示すものとなっています。コーポレートガバナンス・コードの改定に関しては、弊所の北島隆次弁護士によるブログ「コーポレートガバナンス・コード改訂案等を踏まえた企業に求められるサステナビリティ(気候変動、人権等)対応、投資家対応」もご参照下さい。(注8)
(7) アセットオーナー(GPIF)
GPIFは、他の年金基金に先駆けてPRIに署名し、ESG投資を推進しています。2020年度のESG活動報告によれば、2021年3月時点で、ESG指数に基づくパッシブ運用の運用資産額は合計で約10.6兆円まで拡大しています。(注9)GPIFが毎年公表するESG活動の活動報告は、他のアセットオーナーや資産運用者にとって参考になるものと考えられます。
おわりに(課題と展望)
ESG投資が効率的に行われるようにするためには、投資先企業においてESG投資に関する情報開示が適切になされるとともに、開示情報が正しく評価され、アセットオーナーや運用機関において活用されることが必要となります。
企業による情報開示に関しては、各国の団体から様々な開示基準が提案され、また、各国・地域において制度化に向けた検討がなされているところです。開示情報が効率的に利用されるようにするため、国際的に統一された枠組みが設けられることが期待されます。
また、ESG情報の評価に関しては、複数の評価機関が存在し、合従連衡とも評しうる状況であろうと思います。各機関において評価基準が区々であったり、評価の中立性が十分確保されていないとの指摘も見られるところです。ESG情報の評価には、金融商品の格付けや、金融指標の算出と類似した点があるように思われます。ESG評価の在り方を検討するに際しては、格付けや金融指標に関して過去に生じた不祥事例を参考にすることも有益であるように思われます。
(注1)https://www.unpri.org/searchresults?qkeyword=¶metrics=WVSECTIONCODE%7c1018
(注2)https://japansif.com/gsir2018jp.pdf
(注3)https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20210618-2.html
(注4)https://www.fsa.go.jp/news/r1/singi/20200324/01.pdf
(注5)https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012.html
(注6)https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk5_000198.html
(注7)https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk5_000215.html
(注8)https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2021/12530.html
(注9)https://www.gpif.go.jp/investment/GPIF_ESGReport_FY2020_J.pdf
TMI総合法律事務所では、サステナブル・ロイヤーチームを組織し、こうしたサステナブルファイナンスについても議論を重ね、随時執筆やセミナーを開催しています。
●企業のサステナブル(SDGs・ESG)活動とリーガルの役割
https://www.tmi.gr.jp/eyes/crosstalk/2021/12486.html
●TMIのサステナビリティ関連サービス~多様なバックグラウンドを有する専門家によるプロフェッショナル・リーガルサービスを提供
https://www.tmi.gr.jp/eyes/blog/2021/12491.html
以上
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