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【スマートシティ連載企画】第10回 スマート・ツーリズムと観光産業の未来
2021.11.10
TMI総合法律事務所 スマートシティプラクティスグループ
元総務省総合通信基盤局専門職・弁護士・NY州弁護士 山郷 琢也
元総務省総合通信基盤局専門職・弁護士 岡辺 公志
観光産業の再生とスマート・ツーリズムに対する期待
2019年末頃から感染が拡大しはじめた新型コロナウイルスは、我々の日常を大きく変化させるとともに、多様な産業に対して大きな打撃を与えました。新型コロナウイルスによる影響が最も大きかった産業の一つが観光産業です。
2003年に、当時の小泉政権が観光立国宣言を行い、「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を立ち上げて以来、2019年まで、我が国の観光産業は堅調に成長を続けており、特にインバウンド市場の成長が目覚ましいといえます。観光庁が公表する統計情報によれば、2019年には、訪日外国人旅行者数は3188万人、出国日本人数は2008万人を記録しています。しかしながら、同統計情報によれば、新型コロナウイルスが全国的に蔓延しはじめた2020年には、訪日外国人旅行者数は前年比マイナス87.1%の412万人、出国日本人数は前年比マイナス84.2%の317万人にとどまっており、急激な需要の減少がみてとれます。
かかる観光産業における需要の急激な低下に伴い、宿泊業や旅行業といった観光関連産業に対する影響は深刻なものとなっています。国交省が公表した令和3年版観光白書によれば、宿泊業に関しては、2021年上半期の各月における宿泊予約数が2019年比で50%以上減少したとの回答がいずれの月においても過半数を占めるほか、旅行業に関しても、大手10社の2021年上半期の予約人員数は、2019年比で80%以上減少したとの調査結果があります。特に、海外旅行や訪日旅行に対する影響は顕著で、2019年比で100%近くの減少率を記録している月すらあります。
このように、新型コロナウイルスの感染拡大により大打撃を被った観光産業の早急な立て直しが急務となっている反面、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした非接触や三密回避を中心とする新たな行動様式は今後も常態化するとみられており、いわゆるニュー・ノーマルにいかに対応するかが、観光産業の再生の鍵となっています。これを解決するための有力な手段として期待されているのが、スマート・ツーリズムです。スマート・ツーリズムは、多義的な言葉ではあるものの、要するに、デジタル技術を活用し、旅行者の顧客体験の向上や、更には地域経済の活性化につなげる取り組みということができます。
本稿では、国内外におけるスマート・ツーリズムに関する近時の取り組み事例を概観するとともに、スマート・ツーリズムを実現する上での法的課題について考察します。
国内外におけるスマート・ツーリズムに関する近時の事例
(1) データ利活用型沖縄観光振興モデル
2021年9月、沖縄県や沖縄観光コンベンションビューロー等が、共同して、データ利活用型沖縄振興モデルの構築に向けた取り組みを進めると公表しました。
報道発表資料によれば、データ利活用型沖縄振興モデルとは、観光を軸としたデータプラットフォームを構築し、沖縄全体で観光客のニーズ、移動、消費等のデータを可視化することで、観光地経営の高度化、将来的にはスマートシティの実現につなげるという取り組みのようです。詳細については、今後検討が進められるものと思われますが、MaaS、WiFi、観光情報、EC、キャッシュレス決済といった様々なチャネルから横断的にデータを収集・分析することで、観光振興モデルの構築や新産業創出に役立てることが計画されています。また、データの整備にあたり、「協調領域」と「競争領域」を整理し、データ利活用のエコシステムをいかに構築するかが検討されています。
(出典)https://www.pref.okinawa.jp/site/shoko/johosangyo/kankopf.html
(2) 京都観光快適度マップ
京都市及び京都市観光協会は、2020年11月から、三密を回避し、より安心、安全、快適な市内観光を実現するため、市内のエリアごとの観光快適度予測を「京都観光快適度マップ」として提供する取り組みを進めています。京都市内の主要な観光エリアごとの時間帯ごとの混雑度合いを、向こう数カ月にわたって予測するというもので、京都市のプレスリリースによれば、「観光快適度」の予測にあたっては、通信事業者が提供する位置情報ビッグデータ分析ツールや、大手SNS事業者が提供する時系列予測モデルを利用しているとのことです。
(出典)https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000277725.html
(3) 旅行先推奨チャットボット
オランダのアムステルダムは、観光産業におけるデジタル技術の活用に積極的な国際都市の一つであり、同市が取り組むスマート・ツーリズム施策は我が国でも参考になります。
例えば、アムステルダム市のブランディングやマーケティングを担当するNPO法人であるamsterdam & partnersは、「Goochem Chatbot」という旅行先推奨チャットボットを提供しています。旅行者は、Facebook Messenger上で提供される同アプリ上で、初めに自身の興味・関心に関する11の質問に答えることで、AIから、当該旅行者の嗜好にあったイベントや観光スポットの提案を受けることが可能になります。国際的には、「Goochem Chatbot」のように、AIやビッグデータを活用してツアープランニングを行うという動きが益々活性化しています。
(出典)https://www.axendo.nl/blog/deel-twee-over-de-casus-chatbot-goochem
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/downloadfiles/fy31/handbook2.pdf 17頁
(4) バーチャル・ヘルシンキ
フィンランドのヘルシンキも、スマート・ツーリズムの導入に非常に積極的な都市の一つです。ヘルシンキは、European Capital of Smart Tourismの初代受賞都市に選出される等、観光分野における先進的な取り組みが国際的にも評価されており、我が国が見習うべき点は多いように感じます。
ヘルシンキが取り組んでいるスマート・ツーリズム施策の一つに、「バーチャル・ヘルシンキ」というプロジェクトがあります。これは、バーチャル空間上にVRコンテンツでヘルシンキの観光名所を再現するもので、旅行者は、専用のアプリをダウンロードすることで、あたかも現地にいるかのような感覚で、バーチャル空間上に再現されたヘルシンキの観光地を自由に散策することができるようになります。
新型コロナウイルスの感染拡大により、様々な産業分野でバーチャル化の取り組みが急速に進んでいますが、観光産業においても、このようなバーチャル化をどう実現するか、またそこからどのようにマネタイズしていくかが重要になるでしょう。
(出典)https://www.virtualhelsinki.fi/
スマート・ツーリズムにおいて問題となり得る法規制
(1) パーソナルデータ関連規制
ア 国内個人情報保護法
上記2の(1)で紹介した「データ利活用型沖縄観光振興モデル」のように、近年は、関係自治体・事業者間でデータ連携基盤を構築し、観光関連の誘客拡大・消費促進や混雑解消のためにデータの共有・利活用を行う取り組みが行われています。
このようなデータ連携基盤で利活用されるデータについては、個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます。)が定める「個人情報」や「個人データ」に該当するものも多いと考えられますが、個人情報や個人データについては、利用目的の通知・公表、第三者提供の制限、外国の第三者への提供の制限、安全管理措置の構築等、様々な規制が適用されます。
また、現行個人情報保護法においては、地方公共団体は個人情報保護法の適用対象となっておらず(個人情報保護法第2条第5項第2号)、各地方公共団体がそれぞれ条例において個人情報の取扱いに関するルールを定めています(同法第5条参照)。スマート・ツーリズムのためのデータ連携プラットフォームには地方公共団体が参加する例も多く見られますが、地方公共団体による個人情報の利用や地方公共団体からの個人情報の提供については、各地方公共団体の条例で定められているルールが適用されることに留意が必要です。
また、場合によっては、国の行政機関や独立行政法人等がデータ連携プラットフォームに参加する場面も想定されますが、現行法上、前者は行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「行政機関個人情報保護法」といいます。)によって、後者は独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「独立行政法人等個人情報保護法」といいます。)によって、それぞれ規律されることになります。
このように現行法上は、個人情報を取り扱う主体の法的性質によって、個人情報保護法、行政機関個人情報保護法、独立行政法人等個人情報保護法、各地方公共団体の個人情報保護条例という異なる規律が適用されることになり、それが官民一体となったデータ連携を阻害するとの批判が長らくありました。
ただし、この点については、2021年5月19日に公布され、同日から2年以内に全面的に施行される改正個人情報保護法(以下「令和3年改正個人情報保護法」といいます。)により、個人情報保護法、行政機関個人情報保護法、独立行政法人等個人情報保護法の三法が統合され、また、地方公共団体における共通ルールが設定される予定となっています。
そのため、スマート・ツーリズムに関連して個人情報を扱う場合には、これらの個人情報関連の法規制に配慮して制度設計を行う必要があるほか、場合によっては、令和3年改正個人情報保護法も見据えた対応が必要になります。その他、データ連携基盤において遵守すべき個人情報保護法上の規制については、本連載の第6回「スマートシティ×データ利活用」をご参照ください。
イ 海外個人情報保護法
訪日外国人向けのサービスについては、EUのGDPR(一般データ保護規則)等の海外個人情報保護法が適用される可能性があります。例えば、EU域内から訪日する観光客に対して訪日前後にサービス提供や広告配信等を行い、これに関連して当該観光客の個人データを取り扱う場合、「EU 域内のデータ主体に対する物品又はサービスの提供」(GDPR第3条第2項(a))に該当するとしてGDPRの適用対象となる可能性があります。GDPRは、これに違反した場合、最大で、2000万ユーロ又は違反者の全世界年間売上高の4%のいずれか高い金額が制裁金として課せられるため、事業に与えるインパクトは深刻です。
また、2020年1月1日から施行され、同年7月1日から執行が開始されている米国カリフォルニア州消費者プライバシー法(以下「CCPA」といいます。)も、場合によっては、日本法人に対して域外適用される可能性があるため、留意が必要です。例えば、日本法人が、カリフォルニア州の居住者に対してオンラインサービスを提供するにあたり、その個人情報を収集し、かつ、当該法人の年間売上高が2500万米ドルを超えるような場合には、CCPAが適用される可能性があります。CCPAは、違反時に行政に対して支払う民事罰は最大で7500米ドルと、GDPRよりも低い水準となっていますが、消費者1名あたり、最大で750米ドルの法定損害金が認められる可能性があるため、取り扱う個人情報の規模によっては、集団訴訟(クラスアクション)によって、多額の損害賠償責任を負うというリスクがある点に留意が必要です。
ウ 位置情報の利活用
スマート・ツーリズムでは位置情報が利活用されることが多いですが、位置情報については、個人の趣味嗜好や思想信条を容易に推測できる場合もあるため、プライバシーの観点から特に慎重な取扱いが求められます。
また、上記2の(2)で紹介した「京都観光快適度マップ」では、通信事業者が提供する位置情報ビッグデータ分析ツールが利用されていますが、利用者の基地局に係る位置情報やWiFi位置情報については、通信の秘密としても保護の対象となる場合があります。
総務省の「位置情報プライバシーレポート」は、このような位置情報の性質を踏まえて、電気通信事業者が位置情報を取得・利用・第三者提供する際には、個別かつ明確に利用者の同意を取得することが必要であるとしています。ただし、「十分な匿名化」を経た位置情報については、個人を特定されるリスクが大きく低減されているため、通信の秘密に該当しない限りは利用者の同意なく利用・第三者提供することが可能であり、通信の秘密に該当する場合も、一定の条件のもとでは契約約款等に基づく事前の包括同意による利用・第三者提供が可能であるとの考え方が示されています。電気通信事業関連の業界団体が共同で作成した「電気通信事業における『十分な匿名化』に関するガイドライン」29-34頁では、利用者の動態や利用ルート等を把握して観光政策や立地戦略に利用するというユースケースを念頭に、位置情報について「十分な匿名化」を行うための加工方法の例が紹介されています。
(2) 旅行特有の規制
旅行に関するサービスを提供するにあたって適用され、許認可や届出が必要となる主な業規制としては、旅行業法や住宅宿泊事業法に基づく業規制が挙げられます。
ア 旅行業法
旅行業法は、旅行業を営む者に対して、観光庁長官の登録を受ける義務を課しています(旅行業法第3条)。ここでいう「旅行業」としては、運送・宿泊のサービスについての契約締結や媒介・取次ぎ等を行う事業がその代表例ですが、「旅行に関する相談に応ずる行為」(旅行業法第2条第1項第9号)を有償で行う事業も含まれることに留意が必要です。
「旅行に関する相談に応ずる行為」の外延は必ずしも明確ではないものの、上記2の(3)で紹介したアムステルダムの「旅行先推奨チャットボット」のようなサービスを提供する場合において、サービスの中で交通手段や宿泊施設に関する提案を有償で行う場合には、旅行業者としての登録が必要となる可能性があります。
なお、旅行業者として登録した事業者に対しては、旅行業法上、営業保証金の供託、旅行業務取扱管理者の選任、旅行業約款の作成、取引条件説明書面・契約書面の交付等の義務が課せられることとなります。
イ 住宅宿泊事業法
民泊に関するサービスにおいては、住宅宿泊事業法に注意する必要があります。
住宅宿泊事業法は、いわゆる民泊を営む者に対して住宅宿泊事業者としての届出義務を課し、民泊用住宅の維持保全業務を営む者に対して住宅宿泊管理業者としての登録を受けることを要求しているほか、住宅宿泊仲介業務(宿泊者や住宅宿泊事業者のために民泊サービスについて代理して契約を締結し、媒介をし、又は取次ぎをする行為)を行う事業を有償で営む者に対して、住宅宿泊仲介事業者としての登録を受けることを要求しています(住宅宿泊事業法第46条)。
そのため、民泊のマッチングサービスを有償で提供する場合には、住宅宿泊仲介業者としての登録を受けることが必要になることに留意が必要です。
住宅宿泊仲介業者に対しては、住宅宿泊仲介業約款の作成義務や、契約締結前に宿泊者に書面を交付して説明を行う義務等が課されます。
(3) 建造物や美術作品を含む観光地映像の動画配信等における留意点
上記2の(4)で紹介した「バーチャル・ヘルシンキ」のように、観光地のVR動画等を配信する場合、動画に映り込む建造物や美術作品の権利処理について留意する必要があります。
まず、第三者の施設管理権の及ぶ施設の内部でVR動画を撮影する場合、施設管理権を侵害するおそれや、施設側の定める規約等に抵触するおそれがありますので、事前に施設管理者から許諾を得ておくことが適切です。なお、道路からの撮影については、道路使用許可が必要になる場合もあります。場合によっては、ドローンによる空撮等も考えられますが、ドローン活用の法的留意点については、本連載の第7回「ドローンの活用のために(前編)」、「ドローンの活用のために(後編)」をご参照ください。
また、建造物や美術作品は、建築の著作物や美術の著作物として著作権法上の保護の対象となっている可能性があります。
建築の著作物や、原作品が屋外で恒常的に設置されている美術の著作物については、「建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合」や「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合」等を除き自由に利用することができますが(著作権法第46条)、美術の著作物のうち恒常的に設置されていないもの(例えば芸術祭の期間中のみ展示されるオブジェ)をVR動画として配信する場合には、著作権法第30条の2(付随対象著作物の利用)として許容される範囲の映り込み等の場合を除き、著作権者の許諾を得る必要があると考えられます。
また、VR映像等において企業ロゴが書かれた看板等を再現する場合、第三者の登録商標との関係で一定の配慮が必要になる場合も考えられます。
なお、著名な建造物の利用に関する最近の訴訟として、平等院鳳凰堂の写真を使ったジグソーパズルを販売した玩具会社に対して、平等院が販売停止等を求めた例があります。
この訴訟については、報道によると、「玩具会社は在庫を廃棄し、かつ今後無断で製品を販売しない一方で、平等院は廃棄費用を負担する」という条件での和解が2020年10月に成立しているようですが、観光資源となっている建造物や美術作品を利用した商品・サービスを提供することについては、思わぬ紛争をもたらすおそれがありますので、必要に応じて、あらかじめ施設管理者や著作権者等の権利者との間で利用条件や利用範囲を明確化しておくことが望ましいと考えられます。
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