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才口弁護士に聞いてみよう(16)
2021.12.01
TMIの顧問弁護士であり、最高裁判事の重責も務められた才口弁護士に聞く、現代の「仕事」と「生き方」のヒント。
私は2年目の弁護士です。私は学生の頃から人前で話すことが苦手で、いまだに人前でプレゼンをする際には足が震えてしまい、思うように話せません。この弱点を克服すべく、今までさまざまなトレーニングを実施してきましたが、思うようには克服できません。私から見ると、先生は千軍万馬の猛者に見え、「弱点」と呼べるようなものが見当たらないのですが、何か先生にも「弱点」と呼べるようなものはあった、またはあるのでしょうか。もしある場合、その弱点と今までどう向き合ってきたのか教えてください。
到頭(とうとう)私も「千軍万馬」の「猛者」に見られ、おだてられて“弱点克服方法”などを聞かれることになりました。
元より心理学や言語学あるいは行動科学などを学んだこともありません。貫禄や信頼感は年齢や経歴からもたらされることが多いですから、外見や立ち振る舞いなどで実像を予測したり、惑わされたりしないでください。意外にもそれは虚像かもしれません。
2年目の弁護士さん。会話やプレゼン下手では困りましたね。
難関の司法試験を突破して弁護士の基礎体力を養成中にその実力を発揮できないでいる。
「才色兼備」適わず、まさに「天は二物を与えず」の喩えを地で行っているようです。
あなたの値打ちが生かされないで空回りしているのは“もったいない”です。
早期に現状から脱却してワンランク上を目指す必要があります。ポジションにより見える景色が変わり、次のステップへの向上心が高まるのです。
弁護士は在野法曹で、その使命は「基本的人権の擁護と社会正義の実現」にあり、その職務は、訴訟事件等に関する行為その他一般の法律事務に及びます。民事、行政事件に限らず刑事事件においては専門家として被疑者や被告人の防御を助ける弁護人です。
その使命実現のためには法曹としての必要最小限度の資質と能力が必要です。
職務の対象が、もの言わぬ物ではなく生身の人間であり、法曹はその中の弱者救済に務めなければなりません。
係争案件の調整や国家権力に対抗してクライアントの権利を救済するには書面のみならず会話が不可欠です。コミュニケーション下手、不足は問題解決に不利であることは明白です。
2年目の弁護士さん。あなたは法曹としての資質や能力が欠落しているのではありません。また、さまざまなトレーニングを実施されているとのことですから、積極的に実践的教育活動を継続・増強して「弱点」を克服しましょう。
私の乏しい知識と経験から助言できる回答は次のとおりです。
- 自己を知る。
鎌倉時代の随筆「徒然草」の作者兼好法師は「我を知らずして、外を知るという理あるべからず。されば、己れを知るを、物知れる人というべし。」と説いています。
あなたは己の弱点を知っているのですから“物知れる人”ですね。次は弱点克服の方策です。 - 聞き上手であること。
聞き巧者は、相手が話しやすいように受け答えして、巧みにその人の話を聞きます。
あなたは自分の弱点に委縮して「聞き巧者」ではないかもしれません。弁護士は聞き上手でないと紛争解決の糸口や方法を見出すことができません。尻込みせずに、身を乗り出して聞くのです。 - 会話の要旨や骨子をメモして臨場する。
プレゼンテーションにレジュメは不可欠ですが、不安ならば会話の時もメモを忍ばせて臨んだらよいでしょう。メモは簡潔明瞭でコンパクトなものです。
私の尊敬する、挨拶や講話が堪能な大先輩は、話題の骨子である「起承転結」を記載した紙片を胸のポケットに忍ばせてその場に臨まれていました。万全の準備が聴く人に感銘を与え、内容が記憶に留められるのです。会話の巧拙も原理は同じです。 - 勇気を持って決行する。
「弱点」克服のポイントを示唆しましたので決断して直ちにトライしてください。
事案の進展に伴って多くの試練が待ち受けています。次の試練の克服があなたを一回り大きく成長させると確信します。失敗を怖れずに自己を啓発すれば生きる道の糧となります。ご精進専一に願います。
最後に、私の「弱点」を吐露します。
主な生業は倒産事件で、即断・即決の習性でしょうか会話のテンポの早さが弱点でした。
早口では相手が理解することも納得することもできないと悟り、言葉を選んで活舌を鮮明にするように心がけ、次第にスローテンポに改善されました。
ところが、法曹人生の後半は裁判官という寡黙な世界に身を置き、洗練された判決文などを作成する立場になりました。
法曹として五感による啓蒙の方法が“聴覚”から“視覚”に急変したのは運命の皮肉です。
完
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