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【欧州法務ブログ:アイルランド進出・アイルランド企業のM&A実施前に知っておきたい基礎知識】 第1回:アイルランドにおける会社設立
2022.07.27
はじめに
金融や電気通信などの特定の分野では当局からの許認可が必要とされる場合もありますが、アイルランドは、税制面を含めて、一般的に外国からの投資を促進し、ビジネス環境が整備されている国と言えます。特にブレグジットにより英国がEUを離脱した現在、英語を公用語とするEUの加盟国であるアイルランドは、EUへのゲートウェイとしての役割が注目されています。今後、アイルランドを拠点としてEUへ進出することを検討される日系企業も増えることが予想されます。本稿では、アイルランドに拠点を設立する際に役立つ基本知識、設立手続及び設立後、当局への主要な届出義務について御紹介します。
アイルランドでの拠点の設立形態
アイルランドに拠点を設立する場合、他の外国に進出する場合と同様に、まずはどのような形態で拠点を設立するかを決定する必要があります。その選択肢は、大きく分けて、アイルランド法に基づき、(1)法人格を有する拠点を設立するか、(2)法人格を有しない拠点を設立することが考えられます。
(1) 法人格を有する拠点を設立する場合
アイルランド法に基づき法人格を有する拠点を設立する場合、「会社」を設立することが最も一般的です。そして、アイルランド法でも複数の会社形態が認められています(注1)が、一般的には「有限責任会社」(Limited Company)を設立することが多いといえます。有限責任会社の株式は、株主が保有し、株主は出資した限度で会社の責任を負担します。有限責任会社の中でもアイルランドに進出する多くの企業は、株主数及び株式譲渡について制限がないPublic limited companyではなく、株主数及び株式譲渡に関して制限されるPrivate company limited by shares(以下、「LTD会社」といいます。)を設立しています。これは、アイルランドに進出する企業の多くは、アイルランド法人に多数の株主が存在することを予定しておらず、LTD会社にはアイルランド会社法に基づく規制がPublic Limited Companyと比べて少ないためです。LTD会社には、次のような特徴があります。
- 法人格があり、株主から独立して契約締結権限が認められる。
- 目的による制限がない。LTD会社には、会社目的が記載されるようなMemorandumやArticles of Associationといった定款がなく、簡潔な設立文書(Constitution)が作成される。
- 株主は有限責任であり、株式資本を有する。
- 株主は、最大149名とされている。
- 取締役を1名だけ置くことができる。但し、取締役が1名の場合、別途会社書記役(company secretary)を任命する必要がある。
- 定時株主総会(Annual General Meeting)を開催する必要がない。
- 書面により特別及び普通決議を採択することができる。
- 一定の場合、監査の免除を受けることができる。
なお、アイルランド法のもと株式数及び株式譲渡が制限されるPrivate company limited by sharesには、LTD会社とは別にDesignated Activity Company(以下、「DAC会社」といいます。)という会社形態も存在します。LTD会社とDAC会社の違いは、設立文書において会社の目的が記載されるかという点にあります。すなわち上記のとおり、LTD会社では設立に際して設立文書に会社の目的を記載する必要がないのに対して、DAC会社では基本定款(Memorandum)及び定款(Articles of Association)を作成し、基本定款に会社の目的を記載しなければなりません。そして、DAC会社の行為能力は、基本定款に記載された目的に限定されるため、特に規制が厳しい銀行や保険会社等の金融機関がアイルランドで子会社を設立する場合に利用される傾向にあります。
(2) 法人格を有しない拠点を設立する場合
アイルランド法に基づく法人格を有しない拠点を設立する場合には、アイルランドに支店(Branch)を設置することが考えられます。支店には、支店を設置した会社(外国会社(foreign company))と別個の法人格はありません。もっとも外国会社がアイルランドで支店を設置した場合、設置した日から30日以内にアイルランド法に基づきCompanies Registration Office(以下、「CRO」といいます。)に登録する義務があります。また、後述のとおり支店設置後も継続的にCROに一定の事項を届け出る必要があります。
設立手続
(1) LTD会社の場合
LTD会社を設立するためには、次の書類を提出してCROから法人設立証明書(Certificate of Incorporation)を取得します。提出された書類は一般に開示されます。また、手数料として、100ユーロ(オンラインで申請する場合は50ユーロ)を支払わなければなりません。オンラインでCRO所定の設立文書を利用して申請する場合、LTD会社は、通常5営業日内に設立できるとされています。
- 会社設立文書
LTD会社の場合には1つの書類で足りますが、前記のとおり、DAC会社の場合にはMemorandum及びArticles of Associationの2つの書類となります。 - 次の事項が記載されたForm A1(CRO所定の書式)
-会社の名称
他の会社と類似の名称、侮辱的な用語等の利用は制限されており、予め使用を望む名称につきCROのウェブサイトで使用の可否を確認しなければなりません。
-登録住所地
CROから通知等が送付される住所となるため、アイルランド内に所在する必要があります。また、CROは会社記録や書類等を検査する権限があるため、登録住所地として私書箱を利用することは認められず、物理的に存在する所在地のみが許されます。
-メールアドレス
-主要な活動
-取締役及び会社書記役
LTD会社の場合、1名の取締役を任命することも認められています。もっとも、法人取締役は認められず、取締役は18歳以上であることが要件とされています。また原則として、取締役のうち1名は、欧州経済領域(European Economic Area)に所在している必要があります(注2)。また、取締役のほか会社書記役も任命する必要があります。取締役1名の会社では、取締役と同一人が会社書記役を兼ねることは認められていません。
-出資者及び取得株式数
(2) 支店の場合
外国会社がアイルランドに支店を設立する場合、設立日から30日以内に、次の書類とともにForm F13をCROに提出する必要があります(注3)。各書類の言語が英語ではない場合、認証付きの英訳も提出します。手数料は、60ユーロ(オンラインで申請する場合は50ユーロ)です。
- 謄本認証付きの外国会社についての定款等の設立文書
- 法人設立証明書(及び名称変更証明書)の謄本
- 前事業年度の会計書類
設立後の届出義務について
(1) LTD会社について
アイルランド法に基づく全ての会社は、毎年CROに年次報告(Annual Return)を提出する必要があります。2017年6月1日からは提出はオンラインのみに限定されています。通常、最初の年次報告書提出日は設立日から6か月後とされています。年次報告は、年次報告提出日から56日以内にCROに届け出る必要があり、届け出ない場合には制裁の対象とされています。年次報告書には、取締役及び会社書記役、登録住所地、株主及び株式資本に関する情報を記載する必要があります。初回の年次報告書以降は、LTD会社の財務諸表(financial statements)も合わせて提出する必要があります。
また、会社設立後、主に次のような事項について変更があった場合も、その都度(通常、変更があった日から14日以内)にCROに届け出る必要があります。
- 会社の法定書類が保管されている場所
- 定款
- 取締役及び会社書記役
- 取締役が外国で取締役資格を喪失した場合
- 株式資本
(2) 支店について
外国会社にかかる次の事項についての変更があった場合には、その都度(通常、変更があった日から30日以内)、支店がCROに届け出る必要があります。
- 外国会社の設立文書
- 外国会社の取締役、会社書記役、その他、外国会社を代表する権限を有する者、外国会社のために送達書類を受領する権限を有する者
- 支店の住所地
- 清算等の手続が開始された場合
外国会社に係る会計書類も、原則として本国法において提出日とされた日から30日以内にCROに提出する必要があるとされています。
(注1)アイルランド法に基づくPrivate companyには次の種類があります。Private company limited by shares (LTD)、Designated Activity Company (DAC) limited by shares、Designated Activity Company (DAC) limited by guarantee、Private Unlimited Company (ULC)。また、Public Companyには次の種類があります。Public Limited Company (PLC)、Public Unlimited Company (with shares)(PUC)、 Public Unlimited Company (without shares)(PULC)、 Company Limited by Guarantee (CLG)、 Societas Europaea (SE)
(注2)会社がアイルランドで行われている1以上の経済的活動と「真正かつ継続的な関連性」を有し(“has a real and continuous link with one or more economic activities that are being carried on in the State”)、CROからその旨の認証を受けた場合(Section 140 Certificate)には、最低1名の取締役がEEAに所在していなければならないという原則は免除されます。なお、会社が取締役会を開催する場合、税法の観点からも取締役の過半数が出席して、アイルランドで実施されることが多いようです。
(注3)EEAに所在する会社がアイルランドに支店を設置する場合には、Form F12を利用します。
※本ブログは、TMI総合法律事務所の外国法共同事業先であるSimmons & Simmons LLPアイルランド ダブリンオフィスパートナーのディビッド・ブランガム弁護士(アイルランド法、イングランド&ウェールズ法)の協力を得て作成しました。