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【英国】【商標】英国判例紹介 色彩商標について
2022.09.21
はじめに
1831年に事業をスタートさせた英国の老舗菓子メーカーであるCadbury UK Ltd(以下、(キャドバリー社とします。)は、長年に亘り、紫色をブランドイメージとし、紫色のパッケージのチョコレートを製造販売してきました。
出展:https://www.cadburygiftsdirect.co.uk/cadbury-dairy-milk-bar-850g.html
キャドバリー社は、2004年から紫色の色彩商標を複数回に亘って出願し、20年近くを経て色彩商標を登録するに至りました。本稿では、出願の変遷と、色彩商標に対して英国高等法院が示した判断を紹介します。
キャドバリー社の色彩商標出願
(1)2004年出願
キャドバリー社は2004年に以下の紫色の色彩商標を、第30類(チョコレート,チョコレート飲料等)で出願し(UK00002376879)、商標について「紫色(Pantone 2685C)は、商品の包装の目に見える表面全体に適用されるか、又は、目に見える表面全体に適用される主要な(predominant)色彩である。」と記述しました。
出展:https://trademarks.ipo.gov.uk/ipo-tmcase/page/Results/1/UK00002376879
これに対し、Société des Produits Nestlé S.A.(以下ネスレ社とします。)は上記出願への異議申立を行い、当該申し立てが認められたため、キャドバリー社は英国高等法院に不服を申し立てましたが、2018年に示された判決では「商標の記述に含まれる『主に』(predominant)の記述は、色彩商標に他の色彩が含まれることを認識させるものであり、商標を限定していない。」と判断され、UK00002376879は最終的に拒絶されました。
(2)2013年出願
キャドバリー社は、2013年に同じく紫色の色彩商標を、第30類(ミルクチョクレート,チョコレート飲料等)で3件出願し、商標を以下の様に記述しました。
商標1: UK00003019361
願書に表示される商品(ミルクチョコレート,チョコレート飲料他)の包装に適用される紫色(Pantone 2685C)
商標2: UK00003019362
願書に表示される商品(ミルクチョコレート,チョコレート飲料他)の包装の目に見える表面全体に適用される紫色(Pantone 2685C)
商標3: UK00003025822
願書に表示される紫色(Pantone 2685C)
ネスレ社は3件の出願に対して、英国商標法第3条 (1) 項 (a)[1]を根拠に、再び異議申立を行いました。商標2の登録は認められたものの、商標1及び3への異議申立が認められ、キャドバリー社は高等法院に不服を申し立てました。その後、キャドバリー社とネスレ社は和解しましたが、特許庁は、高等法院での審理を進めました。なお、審理では、商標の識別力についての審理はなされず、出願された商標が「標識」に該当するかについて審理が行われました。
英国高等法院の判断
英国高等法院は、色彩商標の登録可能性について、欧州司法裁判所がLibertel事件[2](Libertel Groep BV v Beneleux-Merkenbureau)で示した判断を適用し、輪郭のない単色の色彩商標であっても、(i) 標識であり、(ii) 図形で表現でき、(iii) 識別力を有する場合には、商標として登録可能である、と示したうえで、商標1、商標3に対して以下の判断を下しました。
商標1の記述について、UK00002376879で指摘された「主要な(predominant)」という表現が含まれないものの、裁判官は、色彩が適用される部分が、商品の包装全体なのか、部分的なのかが記述において制限されておらず、2004年に問題となった記述よりも不明確な記述であると判断を示しました。その結果、商標1は標識ではないと判断されました。
一方、商標3に対しては、商標1とは異なる判断が示されました。裁判官は、欧州司法裁判所がLibertel事件で輪郭のない単色の色彩商標の登録を認めたことを受け入れたうえで、商標3は標識であると判断しました。以下は、裁判官が挙げた理由の要旨となります。
・色彩そのものは標識である。
・色彩の使用は、包装、文書、広告、商品に対して使用される場合、標識の使用となる。
・単一の色彩からなる標識は、曖昧さや形態の多様性をもたらすものではない。
・審判官は、「包装の表面全体」のような限定を伴う場合に、色彩商標が標識となりうると判断したことになるが、この判断は、輪郭のない色彩そのものを標識として認める欧州司法裁判所の判例法とは矛盾する。
・Libertel判決では、輪郭のない単一の色彩商標の登録が「適切な状況下において」許諾されると示されているが、キャドバリー社の色彩商標は、その長年の歴史と公衆の潜在意識における立ち位置により、登録可能でなければならない(裁判官は、キャドバリー社の色彩商標が適切な状況下にないのであれば、他に適切な状況下といえる事例が思い浮かばない、とまで述べています。)。
おわりに
キャドバリー社の、20年近くにも及ぶ色彩商標の登録へのプロセスは、商標の記述に最も制限の少ない態様で登録が認められ、強固な権利の獲得につながりました。
本判決は、輪郭のない単一の色彩商標について、商標の記述に「包装の表面全体」の様な使用方法の制限を加えずとも、「標識」として認められることを示しており、色彩商標の登録における、大きな指針を示す判決になると考えます。
ただし、本判決では、色彩商標の識別力そのものについて争われてはおらず、識別力の立証は、変わらず困難であることと考えられます。また、裁判官が、キャドバリー社の長年の歴史を考慮していることを踏まえると、本判決後に色彩商標の登録が容易になるということはなく、色彩商標の登録困難性は、今後も変わらないであろうと思われます。
しかしながら、キャドバリー社の様に長いブランドの歴史を持ち、単色をブランドのイメージカラーとして使用する企業は少なからず存在します。これらの企業にとって、本判決は色彩商標の登録を目指すうえで非常に参考になるものと考えます。
[1] 商標登録の拒絶理由として、法上の「商標」(公衆等が明確かつ正確に権利者に与えられる権利が判断できるものであること)の要件を満たさないものは登録されないことを規定しております。
[2] オレンジ単色の色彩商標について、商標の登録可能性が争われた事件。
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