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M&Aに伴う海外企業結合届出における日本法弁護士の役割
2023.04.27
はじめに
経済のグローバル化に伴い、多くの日本企業が海外子会社を有し、又は海外輸出による売上高を計上するようになっている。その結果、日本企業同士のM&Aであっても、海外競争当局に対する企業結合届出(以下「海外届出」という。)が必要となる場合が増えている。
本稿では、M&Aに伴う海外届出において、日本法弁護士が果たす役割を概説する。
日本法弁護士を起用すべき理由
M&Aを行う当事会社が海外届出に対応する場合、各国の現地弁護士を直接起用する方法と、取りまとめ役として日本法弁護士を起用する方法の2つが考えられる。前者の方が日本法弁護士に支払う報酬を節約できる分コストを抑えられるように見えるかもしれないが、主に以下の理由から、日本法弁護士を起用する方が費用、時間及び作業量を節約できる場合が多い。
まず、現地弁護士の起用に先立って、各国における届出要否の初期的検討を行い、現地弁護士を起用する国を絞り込む必要がある。後述のとおり、このような初期的検討は十分なノウハウを有する日本法弁護士にて一括して行うことができる。そのため、まずは日本法弁護士に初期的検討を依頼する方がコストを節約することができる。
また、当事会社が適切な現地弁護士を選定することは決して容易ではない。国によっては弁護士の質にばらつきがあり、当事会社が選定した現地弁護士が適切な対応をとれない可能性もある。この点、各国の専門家との豊富なネットワークを有する日本法弁護士を通して現地弁護士を選定すれば、事案の性質、予算規模等を考慮しつつ最適な現地弁護士を選定することが可能になる。
さらに、届出制度は国によって大きく異なり、日本の独占禁止法上の届出制度の知識だけでは、現地弁護士と円滑なコミュニケーションをとることは難しい。そのため、各国の届出制度の要点を押さえ、日本法との異同を含む留意点を把握する日本法弁護士を起用することで、現地弁護士とのコミュニケーションを円滑化することが望ましい。
このように、コスト、効率等の観点からは、海外届出の取りまとめ役として日本法弁護士を起用することが適切といえる。
届出要否の初期的検討
当事会社は、M&Aにおけるデューデリジェンス(以下「DD」という。)の開始後、海外届出の取りまとめ役となる日本法弁護士を選定し、各当事会社(連結ベース)の直近事業年度における国別売上高情報を共有する必要がある。ここにいう「各当事会社」とは、原則として、買主側当事会社の最終親会社を頂点とする企業グループと、対象会社及びその子会社からなる企業グループの2つである。ブラジルなど一部の国では当事会社の捉え方が異なるが、初期的検討を開始する段階では上記の理解で差し支えない。なお、もう少し遅いタイミングで海外届出に向けた準備を開始することも可能だが、早い段階で届出を要する又はその可能性がある国の目星を付ける方が安全である。
各当事会社の国別売上高情報を受領した日本法弁護士は、少なくとも一方当事会社が売上高を計上している国を中心として、最新の届出基準に基づいて届出要否を分析する。届出基準は国によって大きく異なり、当事会社自身で正確に分析することは現実的ではない。しかしながら、十分な経験を有する日本法弁護士であれば、諸外国における最新の届出基準に関する独自のノウハウを有しており、比較的短期間で初期的検討を行うことができる。
初期的検討の段階では、①確実に届出を要する国、②確実に届出不要と判断できる国、及び③国内資産額、市場シェア等の追加情報を要する国に仕分けすることになる。DD又はM&Aの交渉と並行して初期的検討を進める関係で、当事会社が上記③の追加情報を提供するには相当程度の時間を要することが考えられる。しかしながら、届出を要する又はその可能性がある国の目星がつけば、当面はDD又はM&Aの交渉を優先し、届出準備を若干後回しにすることも不可能ではない。
DD又はM&Aの交渉がある程度進み、当事会社に若干の余裕が生まれたところで、上記③の追加情報を提供し、日本法弁護士による届出要否の初期的検討を完了する。日本法弁護士限りで届出不要と判断できなかった国については、現地弁護士の選定に進むことになる。
現地弁護士の選定
現地弁護士は、事案の性質、当事会社の予算規模等を考慮し、日本法弁護士が有するネットワークの中から選定することが一般的である。ただし、当事会社が特に希望する現地弁護士がいれば、当該現地弁護士に依頼することもある。
この段階では、届出要否の確定、届出書類の作成及び提出、当局との交渉等のフェーズごとの報酬見積り(必要に応じて相見積り)を現地弁護士から取得するとともに、当事会社間での費用分担、支払方法、支払タイミング(毎月払い、案件終了後の一括払い等)等も定めておく必要がある。なお、現地弁護士を起用する国の数が多い場合、支払処理だけでも作業負担が大きいため、案件終了後の一括払いとするよう現地弁護士に打診することが多い。
届出準備
現地弁護士を選定した後は、現地弁護士にて届出要否を確定させ、届出が必要と確定した場合は届出書類の作成及び提出作業に進む。その際、現地弁護士は、通常、当事会社に確認すべき事項を一覧化した質問票(Request for Information, RFI)を使用して必要情報を収集する。
現地弁護士の選定から届出完了までの所要期間は、各国における当事会社の競合状況等によって大きく左右されるため一概には言えないが、少なくとも2か月程度は見ておきたい。また、日本法弁護士が各国の届出準備の進行を適切に調整できるか否かも、スケジュール全体に大きく影響する。
日本法弁護士は、既に当事会社から受領した情報又は有価証券報告書等の公開情報から回答可能な情報を現地弁護士に共有するとともに、必要に応じて補足コメントを付し、当事会社に確認すべき情報を限定及び明確化する役割を負う。また、ある国に関して問題となった事項があれば、それを踏まえて他国の現地弁護士にも注意喚起するなど、積極的な対応も行う。さらに、質問事項に対する回答が困難である場合、当事会社の状況等を踏まえて代替案を提示するなど、届出準備を円滑化する役割も担っている。
このように、当事会社と現地弁護士の間に立つ日本法弁護士は、単に受動的な翻訳家として介在するわけではなく、より効率的かつ円滑に届出準備を進めるために積極的かつ能動的に対応する役割を負っている。
届出完了後の対応
届出完了後も、各国の当局から追加質問を受けることがある。届出完了まで迅速に対応できたとしても、届出完了後の当局対応を迅速かつ適切に行えなければ、クロージングに支障が生じる可能性がある。そのため、十分な経験を有する日本法弁護士が、届出完了後も各国の状況を注視し、適切に対応することが求められる。また、当局からクリアランス(承認)を得た後も、クロージング完了後に当局に報告書等を提出すべき国も存在するため、最後まで日本法弁護士によるフォローアップが必要となる。
さいごに
上記はあくまで海外届出における日本法弁護士の役割の概略であり、個別の事案に応じて、より具体的な留意点が出てくる。しかしながら、十分なノウハウを有する日本法弁護士による適切なサポートが重要となる点は変わらない。
海外届出の対応に不備があった場合、クロージングが遅延したり、ペナルティを受けたりするリスクがあり、実際にそのような事態に陥った企業の事例も存在する。DD及びM&Aの交渉と比較すると海外届出対応は後手に回ることもあるが、対応を怠ることによってM&A全体に大きな影響を与える点に留意が必要である。
以上
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