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【労働法ブログ】ジョブ型雇用ってどうなの?(3)
2023.06.05
本稿では、ジョブ型雇用の導入時の留意点について述べます。
ジョブ型雇用を導入する多くの場合、就業規則を変更することになると思われますが、その場合、具体的にどのような手順を踏めばよいでしょうか。
労働契約法第10条は、就業規則の不利益変更が有効たりうるためには、①変更後の内容を周知させることと、②労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであることを求めています。
この点、就業規則の変更によってジョブ型雇用の導入する場合、それが「不利益」変更なのかと疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。つまり、ジョブ型雇用を導入したとしても、職務内容によって賃金が下がる場合ばかりでなく、上がる場合もあるので、必ずしもジョブ型雇用の導入が「不利益」な変更にあたらないのではないか(=労働契約法第10条が適用されないのではないか)、という疑問です。
しかし、ジョブ型雇用の導入によって、従来型の年功序列型の賃金制度が、職務評価と基本給が紐づけられた賃金制度に変わった場合、職務内容の変更によって基本給が増減することになる結果、ほぼ確実なものとして受けることができていた安定的な年功序列による昇給を受けられなくなりますので、こうした不安定化をもって「不利益」変更に当たると考えられます。また、実際に職務内容の変更によって基本給が減額した従業員にとっては当然に「不利益」変更に該当することになります。
ジョブ型雇用の導入が「不利益」変更にあたるとすると、前述のとおり導入されるジョブ型雇用の制度設計が「合理的」なものであることが必要になりますが、ジョブ型雇用の導入にあたって「合理」性を確保するためには、どのような点に注意すればよいでしょうか。
ジョブ型雇用のもとでは、効率的な人員配置を行うことによって、社内の適材適所が実現されるといったメリットが得られますから、ジョブ型への「変更の必要性」は認められるでしょう。
そうすると、ポイントは従業員の受ける「不利益の程度」になると思われます。例えば、多くの従業員にとって賃金が減額される制度設計になっていないか(裏返せば、多くの従業員の賃金が制度変更前と比べて維持されているか)、多くの従業員にとって賃金が維持されるとしても一部の従業員の賃金が著しく減額されていないか、賃金原資の額が大きく変更されていないかといった点を検討し、合理性のある制度設計を行うことが必要になります。
一例として、職能資格制度に基づく年功序列的な賃金制度に代わって、人事評価によって昇給・降格もあり得る成果主義的な賃金制度が導入されたところ、かかる就業規則改訂による賃金制度の変更が争われた事案(東京高判平成18年6月22日労判920号5頁・ノイズ研究所事件)においても、裁判所は、競争環境が激化する中で労働生産性を高めて業績を好転させる必要があったことをもって変更の高度の経営上の必要性を認め、従事する職の重要性の程度に応じた処遇を行うこととして自己啓発や努力を促す賃金制度の構造上の変更を必要性に見合ったものとし、かつ、賃金制度の変更は賃金原資総額を変更するものではなく(下線部は筆者)、配分方法を合理的なものに改めようとするものであることや、それなりの緩和措置として2年間調整手当(下線部は筆者)を支給していること等を認定し、結論として就業規則の不利益変更を合理的なものと認定しています。ジョブ型雇用の導入に伴って就業規則を変更する際にも、参考になるものと思われます。
これまでジョブ型雇用について検討してきましたが、ジョブ型雇用は、昨今の法改正や最高裁判決によって議論された同一労働同一賃金の原則とも親和性がある制度であり、導入を検討する企業も多いとは思われます。政府も「新しい資本主義実現会議」において、日本と他の先進国との間で専門的な職務の賃金に大きな格差があり、年功序列的な賃金制度のもとで優秀な人材を確保することは難しいとの問題意識を示しているところであり、ジョブ型雇用の導入が進むように事例集を提示する方向性での検討を進めている状況にあります。こうした社会的な流れの中で職務内容と賃金が紐づいたジョブ型雇用の導入は加速していくものと思われますので、これまで論じたように、ジョブ型雇用の法的な検討は今まで以上に重要になっていくものと思われます。